十四話:突然のお客様
「んん?」
すっかり外が白くなった冬の朝。
今日はもっと着込まないと家から出られなそうだなあと思いながら、クローゼットにある中でも厚めの生地の服を取り出して着てみたら……。
「どうした?」
「それが……」
胸は少しずつ成長してくれても、元々が控えめだし。
ユイシィのようなボタンが弾けそうという山ではないが、それなりに成長したら前が閉まらないことがわかった。
服に身体を入れた瞬間、お腹周りももしかして?と思ったのは脇に置いといて。
それでも入ったからと首まであるボタンを閉めようとして途中で止まってしまった。
「くっ……」
「メイリア?」
一緒にお風呂に入ることはできても、朝の支度中は相変わらず背中を向いてもらっている。
そんな背中からわたしの悲鳴が聴こえてきたら、そりゃあ慌てて振り返るわな。
あ、ちょっと、なんだその顔は。
ボタンが閉まらなくて悪戦苦闘している妻に、なんという顔を向けているんだ。
「何をしているんだ?」
「……太ったみたいでサイズが合わないんです」
息を止めてまでボタンを閉めようと頑張っていたけれど。
それでは息苦しいと気が付いて、結局、真ん中あたりまで開けたまま息を吐く。
はあ……、苦しかった。
もう少し余裕がある服に替えても、やっぱりこっちもとってもビッミョウ。
そうか。胸がきついと服が引っ張られて腕が回らなくなるんだな。
ふむ、勉強になった。
「っはあ……」
シュトレリウスは首を傾げたまま、わたしの着替えを黙って見つめて。
やっと着れても腕周りが動きにくいと振り回すわたしに、「殴りに行くのか?」と頓珍漢なことを呟くだけとはどういう意味だ。
「行きませんよ。そもそも雪が積もったんですから、家から出たくありません」
「それがいい」
本当に、実家とは全然違う。
朝目覚めたら、外が一面真っ白くなっているとか。
寒いのも忘れて窓に駆け寄って、そのまま飛びこむ勢いでかじりついちゃったもんね。
まあ雪が反射している外よりも、隣りで眠っている銀の髪のほうがまぶしかったけれど。
相変わらず、憎らしいくらいに輝きを放っているサラサラな銀の髪だ。
生地は薄くて寒いけど、分厚いショールを掛けてなんとか過ごすことにする。
このままではわたしがまともに着れる服がないとやっと気付いたシュトレリウスが、家に服屋を呼ぼうかどうしようかと考えこんでしまった。
「一時的に解除とか緩和とかできないんですか?」
「その間、家が無防備になることは避けたい」
カリッと焼けたバゲットをちぎりながら、城に行ったほうが早いかと呟いていく。
身内でもそうじゃなくても門に入れたら、次からその人はフリーパスになっちゃうもんなあ。
王女様御用達の店の人を寄越してくれるのはありがたいけど。
できればあまり家には入れたくないシュトレリウスと、今まで入れたことのない人が簡単に家に入れるようになるのは避けたいわたしだ。
「じゃあお城で採寸なり、服を持ってきてもらうなりしたほうが早いし安全ですね」
「そうだが……」
王女様に服屋を紹介してもらうことが嫌なのかな?
ビッミョウな顔をしたまま、他の方法はないかとまだ考えこんでいる。
「ほら。また火傷をしますよ」
「……」
地面が雪で見えなくなってから、我が家の食事はちょっと熱めだ。
ミネストローネをすくいながらボーッとしているシュトレリウスに突っ込んだら、ハッと気が付いて向き直った。
ぷぷっ。そんなに慌てなくてもいいのにね。
……それにしても、どうして全体がふっくらし始めたんだろうか。
とりあえずお城に行って話してくることになったので、今日からしばらくはちょっとあちこち窮屈な服を着ているしかないらしい。
腕が突っ張る……動きにくい。
「顔はそんなに太ったって感じに見えないんですけどねえ」
「成長期っていつまでだっけ?」
「人によりますな」
動きにくいなりに掃除をしながら、こんなに動いているんだけどと首を傾げるわたしに。
雑巾を絞ったユイシィは見た目もそんなに変化しているように見えないと呟いて、天井の隅を払っているリュードは十代ならまだ成長するのではと言っていく。
「旦那様は気付かなかったんですか?」
毎日一緒にいて、さらにお風呂にも入っているから一番よく知っているはずのシュトレリウスは、朝のわたしの言葉にも首を傾げているだけだった。
そういえば、最近はあちこちつまむことが多かったかも。
ん?つまりわたしが太ったことはすでに気付いていて、それでも黙っていたってこと?
「奥様は少しやせ過ぎですしね」
「ちょうどいいくらいになった、ということなのでしょう」
「……そう?」
去年の服が着れなくなったことは、喜ぶことじゃないかと二人は言ってくる。
お腹周りは置いといて、胸が大きくなって服が閉まらないとか万歳三唱レベルだけれども。
「それに別な可能性が高まったってことになるんじゃないですか?」
「ああ、なるほど」
お腹周りもふっくらとして胸も大きくなってきたのならと、雑巾を握りしめたユイシィが茶色の瞳を輝かせながら振り返った。
リュードもその言葉に賛同するように頷いていく。
母親に言われて気にしていたけど、特に変わったことはないんだよなあ……。
「単純に食べ過ぎて太っただけの可能性よりも高いと思う?」
「……」
「なんか言え」
妊娠しているのではと力説するメイドは、わたしの言葉に執事と一緒に視線を逸らした。
おいコラ、無言で顔を逸らすんじゃない。
雪が降る前から食欲の増していたわたしは、ちょっとは落ち着いたけど相変わらず食べている。
その分、動くようには気を付けていたんだけどなあ。
どっちなんだろうとお腹をさするわたしに、下の弟妹を妊娠したときの自分の母親を思い浮かべているらしい。
じいいっと見つめたユイシィが、妊娠初期の様子とわたしを見比べている。
「わたしの母親はつわりがひどかったので、ある意味とってもわかりやすかったんですよね」
「馬車にはちょっと酔うけど、それ以外では全然だよ」
むわっとした湯気の香りでむせるとか、食べ続けないと気持ち悪いとか。
そういう特徴的な変化はまったくないと言うわたしに、知っているユイシィも頷いていく。
「そうなんですよねえ。食欲は旺盛ですけど、それだけですから」
「気持ち悪いから食べたいんじゃなくて、お腹がすくから量が足りないと感じるんだよね」
「それこそ、ただの成長期ってことでしょうか?」
畑と家事は実家にいた頃からしていたけれど。
さすがにこんなに毎日のように、あちこち掃除とかはしていなかったか。
「じゃあまた、お預けですか」
「うん、たぶん」
一番楽しみにしていると聞いていたリュードはそれでも控えめに微笑むだけで。
向こうの義両親よりウチの両親よりも、真っ先に教えたい人にガッカリされるのは申し訳ないな。
そのまま掃除を続けて、これで新年が迎えられそうだと一息ついて。
日が落ちることが早くなったなと外を見たら、いつもの馬車が近付いてくる姿があった。
「おかえりなさいませ、シュトレリウス様」
「ただいま」
このローブは万能のようで、雨も弾くし雪でも寒くないらしい。
触れた布はひんやりとしているのに中のシュトレリウスは暖かいとか意味がわからない。
「それなら、このローブを被っていれば暖かいでしょうか?」
無事に完成したわたし用の真っ白いローブを掲げて見せたら、小さく頷いて問題なさそうだとお墨付きをいただけた。
「じゃあ明日からはこれを被っています」
「明朝、家に来ることになったからすぐに作ってもらう」
「え、家?」
それは一番、シュトレリウスが心配していたことなのに。
アッサリと他人を家に入れるとは、どういう心境の変化だろうか。
「いつも王女の塔に入るときに使う、用途が限定されている魔導具があるらしい」
「へええ……」
王女様がいる塔は、それこそウチよりも厳重な魔法が掛かっている場所だ。
許可をした人しか入れないところは一緒だけど。
一度許可をしたからって、服とか靴とかの業者が次からフリーパスになるのは困るからと、入るときにだけ許可が下りるという限定の魔導具の存在を教えてくれた。
「いちいち業者が来るたびに魔法を使っていたら、寿命がもったいないですもんね」
「そういうことだ」
これなら誰の負担にもならなくて安心だとホッとするわたしに、ものすっごく顔を歪めているシュトレリウス。
「何か問題でもあるんですか?」
まさか変態の業者が来るのかと身構えたら、そっちのほうが害がない分マシだと妙なことを呟いた。
変態のほうがマシで害がないって、どういう意味だ。
「たくさん作ることになっている。時間が掛かるから昼食の支度もして欲しいと言われた」
「たくさんですか?……わかりました」
ちっともわからないけど、冬が長いなら服はたくさん必要だもんね。
……ギルタとミレナには、新しいコートも買ってやれなかったのに。
わたしばっかりフルオーダーって、ちょっと申し訳なくなってくるな。
「そちらも問題ない」
「え?」
「明日、メイリアの両親も一緒に来ることになっている」
「えっ!?」
服の話をしたら、王女様がすぐに手紙を出すように伝えて。
あっという間に馬車の手配も何もかも済ませて、今まさにこちらに向かっている最中らしい。
「え、な、なんで?」
「明日、本人に訊いてくれ」
前よりもげっそりとしたシュトレリウスは。
これ以上は面倒くさいと手をパタパタと振って話をサッサと終えてしまった。
本人って、誰のことだ?
今日もまぶしい銀の髪で目覚めて、外を見たら昨日よりも積もっているみたい。
ギルタとミレナが来るのなら、一緒に雪合戦とかかまくらとか作れるかな。
「服が先だ」
「わかっています」
窓に張り付いているわたしに、自分の真っ黒いローブを被せたら。
冷えると悪いとすぐに抱えて、そのまま足まで包んでいった。
シュトレリウスも薄着だけど、わたしも一枚しか来ていないのは誰のせいだと睨んでおく。
睨みついでに尖らせた唇には、触れなくてもいいんだってば。
「……ん?」
朝から馬車の音が近付いたと思ったら、我が家の前で止まったらしい。
「ねえちゃーん!」
「おねーちゃああん!」
「「おっはよーう!!」」
「んん!?」
朝食を作ろうかと厨房に向かう途中の廊下で、盛大にわたしを呼ぶ双子の声が響いていく。
あ、そうか。昨日のうちに家を出たなら、朝イチで着くか。
「はいはい、今開けるから!」
気が付いたリュードが先に出て、二重になったままの門扉の鍵を開けていく。
ガチャガチャという音よりも、雪ではしゃぐ双子の声が大きい。
「こら、近所迷惑になるでしょ」
「「はーい」」
ガラッと開けついでに窘めたら、前みたいに飛び付いては来なかった。
それはいいけど、どうして弟妹まで一緒にまた来ているんだ?
「服の採寸ですからね。ついでに連れてきました」
「国王様に呼び出されたら断れないじゃないか」
前よりも立派な馬車が迎えに来たことで、今日の母親はとっても元気だ。
倒してベッドになる特殊な馬車だったからか、快適だったと双子も話す。
だからって、全員でそろって来た意味はわからんぞ。
説明をしろと言うわたしに、父親は国王様の命令だからとしか言わない。
これから城に行くわけでもないのにと怪訝な顔を向けたら、もう一台、とっても豪華な馬車が我が家に向かってくるのが見えるんだけど……?
「ギルタ、ミレナ。失礼のないようにね」
「「はーい」」
返事だけはいつでもいい双子に、母親がジロッと睨む。
ビシッとみんなで背筋を伸ばしたことを確認した母親が頷いたら、今まで見たことがないくらいに豪華な馬車が目の前で止まった。
「やあ。……来ちゃった」
「来ちゃった」
「連れてまいりました」
ニコニコと同じ顔で微笑みながら、金の髪をまぶしく輝かせて。
国王様と王女様というVIP中のVIPが、なぜか目の前に並んでいる。
「まぶしいぃぃ……」
ミレナが思わず手のひらで目を覆って、ギルタも一緒に目を隠す。
「見ましたか。ラデュレスト様、リュレイラ様!そっくりでしょう!?」
「本当だ」
「本当ねえ」
前にも双子のそっくりさに興奮したデーゲンシェルムが、今日も同じ様子の二人に感動している。
言われた金の髪の親子は楽しそうに深紅の瞳を輝かせて、双子って面白いと興味津々だ。
「……いや、なんでいるんだよ」
「メイリア、しいっ」
ぽつりと呟いたわたしの言葉には、父親がいつものように窘めただけだった。