五話:綺麗な花には棘がある
仕事に行くというシュトレリウスを見送ろうとしたら、今日は馬車から白金の髪を持つ青年が降り立った。……眩しいな。
「初めまして、メイリアさん。私はデーゲンシェルムと申します」
「初めまして、デーゲンシェルム様。メイリア・ヴァン・ファウムと申します」
結婚をしたからキュレイシーからファウムと名乗りを変えたわたしに、とても面白そうな顔で見つめてくる。
細めた瞳は深い海のような碧色で、ローブを被ったシュトレリウスと並ぶと迫力がある高身長。
「近いうちに、ご自宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「では、楽しみにしております。行きましょうか、シュトレリウス様」
「……」
ローブを被っているから表情が見えない無言のシュトレリウスとは対照的に、爽やかな笑顔を振りまいていくデーゲンシェルム。……これはまたシュトレリウスの陰気さが際立つなあ。
それはいまさらだから置いとくことにして、そのまま無言で馬車に乗ろうとしやがる旦那様のローブを思いっ切りつかんで引き戻す。
「出掛けるのですから、何か言うことがあるでしょう」
「……」
「出掛けるのですから、わたしに向かって言うことがあるでしょう、シュトレリウス様?」
今日はお客様がいるから、笑顔を向けながら気を使って話しているというのに、ちらっとこちらに顔を向けても無言だ。
「おう、コラ。なんか言うことがあるんじゃねえのかって聞いてんだろうが」
「奥様、しーっ!」
すぐにいつも通りに戻ったわたしの腕を叩いてユイシィが窘めるけど、いつまでも言わないコイツが悪いんだから仕方がない。
ローブから手を離し腕を組み、仁王立ちして下から睨みつける。
「なんか、言うことが、あるでしょう?」
舐めてんのかゴラァとメンチ切ったら、ようやく口を開いて絞り出すようにたった一言を呟いた。
「……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
まったく、言えるなら早く言えっつーんだよ。
それでも言ってくれたんだからと、馬車が見えなくなるまで手を振ってやろう。
「奥様、お客様の前なのですから」
「同類っぽいからいいかなと」
「いいわけないでしょう」
はーーっと疲れ切った溜息を思いっ切り吐いて、さらに呆れた視線も向けてくるユイシィ。すまんね、口が悪くて。
だって挨拶は最低限の礼儀だと叩き込まれた前世だったし、何よりちゃんと見送ろうとしている妻に向かって無言とはどういうことだ。
「奥様は本当に、旦那様が大好きですねえ」
「ん!?」
「どうでもいい相手だったら、こんなに毎日挨拶をしろなんて言わないでしょう?」
「名前以外知らない相手に、好きとかそういう感情はないんだけど」
「嘘おっ!?」
「いやあ、マジマジ」
むしろ今の状態の、どこらへんにときめけばいいと言うのか。
「それでも旦那様について、名前しか知らないってことはないでしょう?」
「馬車でどこに行ってるかも知らないし、魔法が使えることも昨夜まで知らなかったよ」
「はぁ!?」
無関心にもほどがあると、家の外を掃除をしながらユイシィにくどくどとお説教をされてしまった。
でも訊いてこないのはお互いさまだし。……興味がないってのもあるけど。
「ご自分の結婚相手ではないですか。そりゃあ魔法が使える人の寿命は他の人よりも短いと聞きますけれど。それにしたって、すぐに未亡人になるわけでもないのですし」
「え?」
雑巾を絞って窓を拭きながら言ったユイシィの言葉に、葉っぱを集めていたホウキを持つ手が止まった。
「魔法使いって短命なの?」
「国を守るための膨大な魔力を持つと言われている方々ですよ?今の国王様はもうすぐ孫が生まれるって年齢まで生きていらっしゃいますけれど。自分の身体の中にある魔力を常に抑えないといけないのですから、普通の人より酷使している結果なのでしょう」
国を守っているっていうのも初耳だけど、寿命が縮む魔法をあんなに簡単に使わせてしまったなんて。
「奥様?」
「寿命が増えることはないよね?」
「魔力の消費を抑える魔導具とか、詠唱の時間を短くすれば負担は少ないとも聞きますけれど……。それ以上はわたしにもよくわかりません」
帰ってきたら本人に訊いたほうが早いと言われて、水を換えにバケツを持って行ってしまった。
「……何をしていた」
「野菜の収穫です。採れたてが一番、栄養がありますから」
「そうか」
昼食をいただいたら、天気がいいからと畑に精を出していたらけっこうな時間が経っていたらしい。
ローブ越しで見えないけど、きっとものすごーく変な顔をしているんだと思う。
「お帰りなさいませ、シュトレリウス様」
「……ただいま」
顔にも手にも、っていうか全身が泥まみれだけど。帰ってきた挨拶をしたら朝と同じく小さくだけど返してくれた。やれば出来るんじゃん。
「間抜け面」
「んだと、ゴラァ」
「奥様、しーっ!」
浴室に行って気が付いたが、鼻と額に思いっ切り泥が付いていた。……こりゃあ確かに間抜け面だわ。
いつもとは逆に、お風呂に入ってから夕食をいただいていく。
さっぱりした後はお腹を満たさないとね。
「いただきます」
「……ます」
手を合わせて食べる前の挨拶をして、いつものように無言で夕食をいただいていく。
昨夜は結局なんにもなかったとわかって、とてもがっかりしたユイシィだったけど。わたしの名前を呼ぶようになったシュトレリウスに、母のような慈愛がこもった視線を向けて頷いているから放っておくことにしよう。
「ああ、そうだ。そのローブを被っているのって髪の色が目立つからですか?」
「それもある」
「目つき悪いですもんね」
「口の悪さよりマシだ」
「うっせぇっ」
ああ言えばこう言うわたしたちに、温かいまなざしを向けていたユイシィが半眼になって無言で睨んできた。……すみませんね、いつものことです。
「それで、そのローブなんですけど前は見えているんですか?」
「布の厚さに関係なく見えるような魔法陣が組み込まれている魔導具だ」
「ふぅん」
前見えてんのかなと気になってたんだけど、全然関係なく見えてるとわかって安心した。……ん?
「つまりそっちは見えてるのに、わたしは見えないってこと?」
「そうなる」
「変態か」
「奥様っ!」
「こっそり覗き見とかイイ趣味してんなあ」と睨んだらちょっと顔を逸らした。
やっぱり昨夜言い損ねた、イラッとすることその三も言うことにしよう。
「目つきの悪さもその髪の色もわたしはまったく気にしませんので、家にいる間は取ってくれません?」
「……」
「剥いでやろうか?」
「……」
にこりと微笑んで、そのローブ剥いでやると言ったら渋々取った。
別に目つきが悪いだけで見てくれが悪いわけじゃないし。その髪の色がなんだって言うんだか。
「わあ……、旦那様は本当に銀の髪なのですねえ」
「んー、やっぱりわたしも金だったら見栄えがするかな?」
「奥様は奥様ですよ」
「どういうこと?」
とても失礼なことを言われた気がするぞ。でもユイシィはそのままお皿を片付けてお茶を並べ、さっさと厨房へ行ってしまった。
もしかしてまた気を使われたんだろうか。いらんっつーのに。
「……金になってどうするつもりだ?」
「え?単純に見た目のバランスがいいかなって思っただけで意味はないです」
だってわたしの髪といえばうっすい茶色なんだもん。他の大多数の人も似たような色味だけど。
「並んだら銀のほうが目立つでしょ?外に出る時に、わたしのほうが見劣りするのが癪なだけです」
だからって金に染められるわけでもないけど。それに金の髪だともれなく魔法使いみたいだし。
ってことは金の髪と噂の王女様も魔法使いか。
「魔法使いって血統じゃないんですか?」
「王家は代々のようだが、他は突然変異だと言われている」
「へえ」
突然変異ってことは、わたしが魔法使いを産む可能性は低いのか。
頭は撫でてもらったけど、それ以上はまったくないもんな。
そんなことを思いながら、今日も先に寝室に入った。
「あれ?」
いつもより香りが満ちていると思ったら、ミニバラが綺麗に咲いていた。小さいのにすごい香りだなあ。
「どうした?」
「ああ。庭師にもらったミニバラが咲いたみたいです」
今日はすぐに部屋に入ってきたシュトレリウスが、窓際にいるわたしに何をしてるのかと訊いてきた。
「……ローブ」
「……」
どうして風呂上がりなのに暑苦しい格好をしてるかな、こいつは。
また渋々と取ったら髪がまだ濡れていて、窓から入った月明かりに照らされて不思議な色合いになっていた。
「……なんだ」
「髪が銀だとこうも違うんですね」
自分のうっすい地味な茶色の髪をつかんで、水滴と髪の色が反射している様子を見上げて呟くわたしに怪訝な顔を向けてきた。
「それより髪、まだ濡れてるじゃないですか。風邪引きますよ」
常に魔力を貯めている身体だから、もしかしたらすぐに治るのかもしれないけど。
ローブの代わりに頭からタオルを被せて、そのままわしゃわしゃと拭いてやる。タオル越しだけど柔らかい髪質。なんだこいつ、髪もサラサラとか喧嘩売ってんのか?
しばらくしたら離れて、いつものように書斎に入っていった。無言かよ、いいけど。今日もまた書斎に籠るってことかな。
そんなにポンポンと次にいけたら一ヶ月もなんもない訳じゃないだろうと納得して、すでに慣れた一人だけのベッドに行こうとタオルを置いたら扉が開いた。
「どうしました、シュトレリウス様?」
「……やる」
「へ?」
バサリと色とりどりの花束がわたしの目の前に現れた。
「今日は何かの記念日でしたっけ?」
「いや。……デーゲンシェルムに花でも買っていけと言われただけだ」
おお、さすがイケメンはイケメンらしいことを言うな。
それを真面目に受け取って買ったのか、この男は。どんな顔して買ったのかと思ったけど想像できなかった。
「ありがとうございます」
「……」
小さく頷くだけだけど、いつもと違う。
ローブを被ってないからだと気付いて心臓が早鐘を打っていく。もしかして、今までもこんな風にまっすぐわたしを見ていたんだろうか。
「い、いい香りですね」
誤魔化すために花束に顔を埋めるように呟いたら、ふっと月の光が遮られて、代わりにふんわりと石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。
「……悪くはない」
見上げたら銀の髪が目の前にあって、花束を挟んで過去最高に顔が近付いた。
ただそれだけなのに全身が真っ赤になったのがわかる。
こっちが逆光でよかったかも。だってこんな顔、絶対に見せられない。
「先に眠っていていい」
「……は、い」
まだ花束に顔を埋めているわたしの頭を軽く撫でたら、書斎の扉が静かに閉まった。
バタンと音が聞こえて、わたしはその場にへたり込む。
なんだ、今のは。