十三話:続・お城でお茶会
ガタガタと相変わらず揺れる馬車に乗って、真っ白い大きな建物へと向かって行く。
「重いぃぃ……」
「うるさい」
朝食を何度も食べに来ていたデーゲンシェルムから聞いたのか、王女様がユイシィのスープが飲みたいと言い出して。
それなら鍋ごと持って行けばいいかということで、責任を持ってデーゲンシェルムが抱えて運ぶことになった。
わたしとシュトレリウスはお弁当を抱えながら、向かいの椅子に座っているだけで。
さらにシュトレリウスは、揺れて酔わないようにとわたしを抱えてくれてもいる。
「天気が良くても寒いからと、具だくさんのシチューにしたんですよ」
「そ、れは、楽しみですね……うぅ」
「うるさい」
うめきながらもしっかりと抱えて、シュトレリウスが黙れと言うたびに律儀に口を閉じる。
この人、もしかしなくとも一番弱いんだろうか。立場とか、色々。
「いやあ。一応、金や銀よりも珍しい白金の髪ですから、対外的には国王様と同等なんですよ」
金と銀は家系的に産まれやすいとされているからか、それほど珍しくはない。
けれど突発的にいつ産まれるのかわからない白金の髪の魔法使いは、一人いるだけで国が向こう百年以上は栄えると言われているくらいに価値があるらしい。
らしいなのは、残念な中身と下僕体質だからだけど。
どうもこう、威厳というか希少価値とか。
そういうのがデーゲンシェルムには、全然感じられないんだよなあ。
それもこれもシュトレリウスが喋らなくて人づきあいが悪い、というのをカバーするために装っているのなら、また話は違うんだけど。
「あはは。私がそんな高尚な人間に見えますか?」
「見えない」
「でしょう?」
はははと笑いながら、そんな価値はまったくないと言い切るデーゲンシェルム。
貴族の端っこのさらに下の、没落っていう冠をつけた我が家の母ちゃんにも殴られたくらいだしなあ。
あれは久しぶりに見たわ。
いつ見てもえぐるような鋭く重い拳は、ほれぼれするくらいにカッコいい。
うんうんと頷くわたしに、デーゲンシェルムもうっとりとしている。
「ええ。本当に、いつもキュレイシーの奥様はイイ拳をお見舞いしてくれまして」
「……」
どうりで、父親よりも母親に恭しい態度を取っていると思った。
ギルタとミレナも不思議がっていたけれど、いつも言い過ぎて殴られるところまでがセットなら、そりゃあ貴重な人だよね。
……つまり母子そろって殴られているのか。
そんな人、今までいなかったわ。
「光栄です」
「うっさいわ」
弟妹がシュトレリウスよりもデーゲンシェルムのほうが、結婚相手になれば良かったんじゃあとかうすら寒いことを言っていたけれど。
絶対に御免だ。断固拒否をする。
「私だってお断りしますよ。今の関係でこそ、メイリアさんも私を存分に罵ってくれるのでしょうし」
キリッと碧い瞳を真剣に輝かせて、アホなことを言うんじゃない。変態か。
あ、変態だった。
「酔ったか?」
「うーん。たぶん、大丈夫……かな?」
馬車から降りたときに足元がふらついて、ちょっとよろけたからか。
慌てて支えたシュトレリウスが、前みたいにわたしを抱え上げて心配そうに覗きこんでくる。
気持ち悪いことはないし、熱があるわけでもない。
まあ気持ち悪い会話はしてしまったけれど、それは脇にでも置いといて。
額に触れるシュトレリウスの手のひらも、ひんやりとしていなくて温かい。
「下ろしてください」
「断る」
門を守っている護衛に人にもジロジロ見られているし、いつもの御者も馬車の影からじいっとこっちを見つめている。
なんだ、その目は。こんなところでローブを取ったりしないんだからな。
「ぐぅ……。お、重い……」
「うるさい。黙って持て」
スープの入った鍋の上に、お弁当の包みまで置いていくシュトレリウス。
なんとか踏ん張ったデーゲンシェルムが、プルプルと震えながらも抱えてくれている。
「わたしではなくて、お弁当を持ってください」
「断る」
構わずに歩き出すシュトレリウスを叩いて抗議をしても、首を横に振ったまま断固拒否の姿勢を崩さない。
チラッと震えたままのデーゲンシェルムを見やったら、ものすっごく顔を歪めながらも嬉しそうだからいいってことにしよう。
一番輝いているのは白金のまぶしい髪じゃなく、満足そうに微笑んでいる顔とはどういうことだ。
やっぱり変態は魔法使いよりも意味がわからない存在だな。
この前みたいにゆっくりと丁寧に、なるべくわたしを揺らさないようにと歩いてくれるのは助かるけれど。
「せめて、部屋に入る前には下ろしてください」
「……」
「返事は?」
「嫌だ」
「んだと、ゴルァ」
恥ずかしいから下ろせって言っているのに、部屋の中に入っても下ろす気はないと言い放つ。
こうなったシュトレリウスは、頑固でとても面倒くさい。
けれどわたしを下ろさないってことは、王女様を見下ろしたままってことになるじゃないか。
それはさすがに不敬すぎると訴えたら、椅子には座ると意味がわからないことを言っていく。
つまり……?
「嫌だわ、シュトレリウスったら。わたくしの目の前で、膝の上にメイリアさんを乗せるってことなの?」
「ぎゃおうっ!?」
クスクスと揶揄う微笑みが聴こえたと思ったら、扉からちょこんと覗く、金の巻き髪の持ち主が顔を出した。
「馬鹿!」
「……」
恥ずかしいことを言うんじゃないとバシバシ叩いても、ぷいっと顔を逸らして無言とはどういうことだ、この野郎。
部屋に入る前に暴れたら、さすがに渋々だけど下ろしてくれた。助かった……。
さすがに王女様とデーゲンシェルムという、顔見知りしかいない部屋の中でも。
そんな人たちの目の前で夫の膝の上に乗りながら、優雅に茶なんてしばけないに決まっているだろうが。
それでも頬をつねって抱えている腕を叩いて、大暴れをしないと離してくれない過保護をどうにかしてほしい。
これでお腹に子供がいたら、今ので危ない状態になるってくらいに暴れてしまったのに。
いないと思っていての過保護なら、出来たら今度こそ家から一歩も外に出さなさそうだ。
「当たり前だ」
「夫婦でも監禁は犯罪ですからね」
何を当然という顔で言い切ってるんだ。
こら、そこできょとんとするんじゃない。
もっと別な考えはないのか。
「そうねえ、最近のシュトレリウスは過保護すぎるわ。今日だって、もっと雪が少ないうちにって前々から頼んでおいたのに」
やれやれと呆れた溜息を吐きながら、金の巻き髪を揺らした王女様が紅茶を飲んで呟いた。
「聞いていないんですけど?」
「言ってないからな」
「阿呆」
しれっと王女様からの招待を無視するんじゃない。
前にもあったからか、わたしが聞いていないと知っているからか。
王女様は肩をすくめるだけで、「春の前に連れてきたからいいけれど」とアッサリ言っていく。
図書館にも行きたかったから、冬の間に来れて助かったけど。
これも催促しなかったら、絶対に雪が解けるまで言わなかったんだろうな。
「命令違反なんですから、もっと怒っていいんですよ?」
「メイリアさんのことを想ってしていることですから、夫婦のことに口は出しません」
呆れた視線は向けたままでも、考えてしていることだからと窘めないらしい。
じゃあ張本人のわたしがもっと怒ることにしよう。
反省しろと頬をつねることにする。
軽くお茶をして、ちょっと話して。
昼食までは王宮図書館に行けばいいと、また馬車に乗りこんだら、隣りの建物に向かうことにする。
「わたくしは別な用事があるの。お昼にまた会いましょう」
「わかりました」
お弁当を楽しみにする王女様は、ニコリと微笑んで手まで振ってくれた。
その隣りにいるデーゲンシェルムと並んだら、一応、お似合いと言えばお似合いな見た目なんだけど。
歳の割には達観している大人びた王女様と、中身が残念過ぎる変態イケメンの組み合わせかあ……。
「まあ、それなりに合っているんでしょうか?」
「そうだな」
息もぴったりに揶揄ってくると、うんざりした表情でシュトレリウスが呟いた。
それならおしどり夫婦というか、お似合いの二人なんだろうな。
そんな話をしながら、真っ黒いローブのデカい塊の隣りで会話をしながら歩いていく。
そそくさと道を譲るのは助かるけれど、わたしには一切視線を寄越さない。
強固な魔法が掛かっているネックレスをしているからか、前みたいにお城に入る前に別な魔法は掛けていないと言うのに。
こうも避けられると、なんかアレだな。
マジでどう見えているんだろう、わたしは。
「おや、こんにちは」
「デュラーさん」
一つに束ねた栗色の髪を揺らしながら、少し釣り目の茶色い瞳を細めて微笑む。
前は声を出したことで気が付かれたみたいだけど、今もしっかりとシュトレリウスの隣りのわたしを認識しているみたいだ。
「外に出ても大丈夫なのですか?風邪を引いたと聞きましたが」
「もう治りました。せっかくプレゼントをいただいたのに、中途半端なお茶会になってすみません」
「こちらこそ、娘が失礼しました」
ローブ越しだからわかりにくいけれど。
繋いでいる手をぎゅっと強く握って、ものすっごく睨みつけているシュトレリウスを盛大に無視してわたしと話し続けるデュラー家のご当主様。
わたしに嫁にならないかと言うくらいの肝の太さだもんね。
直接見えていないならスルーしようとは、避けられたさっきと違ってちょっと面白い状況だ。
「お父様、お待たせしました。あ、メイリアさん」
父親が見えたのなら、娘も当然見えるわけで。
わたしがデュラー家に行ったことと、何か関係しているのかな?
そのまま先日のお茶会をお互いが謝って、シュトレリウスも小さくだけどお辞儀をしていく。
本当に小さくだから、きっとデュラー親子は気付いていないと思うけど。
「春になったらお礼をさせてね」
「わっ、楽しみにしています!」
前にわたしが持って行ったクッキーが家で好評だったと話してくれて、雪が解けたらと約束をする。
やっぱり、歳の近い友人ていいな。
また王女様ともお茶をしようとも言って、こっちとも手を振って別れることにする。
にこやかに微笑む父親には、シュトレリウスが思いっ切り嫌そうに顔を歪めていたけれど。
「ローブ越しでも気が付く人はなかなかいませんよ」
「……」
口元がムスッと歪んでいるから、もしかしたら気付いたかもしれないね。
それでも無視をするのがデュラーさんだから、余計に面白くないんだろう。
「ふふ、ふ」
「……」
そういうところもかわいいと、思わず笑ったわたしを小さく突いていく。
ローブ越しだってなんだって、わたしにはとっくにバレバレなんだからね?
スープを鍋ごと温めてもらったら、そのまま深いお皿に入れて持ってきてもらう。
お弁当を広げてお皿に並べ直して、ちょっとしたパーティが始まった。
「この白いスープが、シチューというものなのね?」
なんとシチューも知らない王女様は、とても楽しそうにスプーンですくって口に運んでいった。
キラキラと深紅の瞳を輝かせている表情は、年相応に見えてかわいいな。
貝とミルクの、クラムチャウダーとかなら知っているんだろうか。
似てはいるけど、シチューは庶民って感じだもんなあ。美味しいけど。
「美味しいでしょう?私は何度かおかわりを頼んだくらいです。そのおかわりは、二回に一回しか持ってきてくれないんですけどね」
「そんなメイド、最高ですよね!」と、ユイシィの雑な対応を絶賛するいつもの変態トークは盛大に無視をする。
うん、ローストビーフもいい感じにできているな。
「オムレツが挟んであるサンドイッチって、とっても豪華に見えるのね」
ふわふわのオムレツをサンドイッチにしたものを、美味しそうにぱくついていく。
ふんふんと楽しそうな表情を見て、もう一人分、用意したほうが良かったんだろうかと思い出した。
「お父様の分ってことかしら?」
「はい。前にパウンドケーキを持ってきたときは、国王様の分も作っていたので」
言われなかったから忘れていたけど、国王様もなかなかの庶民舌を持っていたはずだ。
わたしが作った平々凡々なお菓子を何度も作れと言ってくる、ちょっと困ったオジサンでもある。
ちょっと考えこむように視線を上に向けながら、とても器用に半熟オムレツのサンドイッチを切り分けていく王女様。
さすが、カトラリーの扱いが上手すぎる。
ウチの弟妹ももうちょっと、こういうところを教育しないとだね。
一応できてはいるけれど、取り損ねたら「ああ、やべぇ」とか言っちゃうからなあ。
つまり口の問題か。
どうしてくれようかと考えるわたしに、リュレイラ様が一つ頷いた。
「そうねえ……、こういう食事はお父様も知らないでしょうし。何よりシュトレリウスがいつも食べているならって、興味はあるみたいだったわ」
わたしの料理っていうよりは、城の料理人に容赦なくダメ出しをする気難しいシュトレリウスが、いつも文句を言わずに食べている物が気になっているということか。
今もわたしの隣りで一緒に持ってきたポテトサラダを口に運びながら、静かに食べているシュトレリウスはかなりレアらしい。
ウチではこれ、いつもの姿なんだけどな。
「いまだに取ってくれないローブの中身と一緒で、食事をする姿もお城では結構レアなのよ」
「国王様とたまにお酒を飲んでいるところが、またレア度を増しているんですよね」
「ふぅん」
しょっちゅうお酒を飲みかわし、あげくに喧嘩をしたウチの父ちゃんはどんな存在なんだろう。
「そういう意味では、キュレイシーさんはかなり特殊ですね」
特殊というなら、下手な詐欺には引っかからないでほしいわ。
そのおかげでこうして結婚しているから、文句が言えないのはちょっと困るけど。
「あまり中央まで来ない奥様も、なかなかだと評判ですよ」
「別な意味で、でしょう」
「そうですね。公の場でも私に拳を向けられる人は、なかなかいませんので」
ケロッと気にしていないデーゲンシェルムは、軽口で言うけれど。
国を守る魔法使いを公の場で殴り倒すって、結構、マズいんじゃないの?
……いや。つーか何してんだよ、母ちゃん。




