十二話:魔法が解けた瞬間
「おかえりなさいませ、シュトレリウス様」
「ただいま」
いつもより少し遅めに帰ってきたシュトレリウスは。
これまたいつもよりも、ぐったりとしていた。
「何かあったんですか?」
嵐のあった秋みたいに、国を守っているという結界に何かがあったんだろうか。
ローブを軽く引っ張ったら銀の髪が現れて、振り向いた鋭い目の下にはうっすらとクマが見えた。
「今朝と随分、容貌が変わっていません?」
丸一日お城に行くだけで、そんな顔になるものなの?
まさか魔力を使い過ぎて、身体に負担が掛かっているとか言わないよね。
それともルィーズが言っていたように、髪が短いことで寿命がもっと縮まったとかなんだろうか。
不安な顔で見上げるわたしの頭を軽く撫でたら、休んだ分、王女様の無茶に付き合わされたからだと話してくれた。
「でも、魔法を使うと寿命にも影響があるんでしょう?いくら国を守らなきゃいけないからって、王女様をかわいがっている国王様はなんにも言わないんですか?」
かわいがり過ぎているから、余計に王女様の意志を尊重とか言って、多少の無茶もさせてしまっているんだろうか。
自分も魔法使いなら、一日で使える魔法の量とか限度とか、わかりそうなものなのに。
そんな感じには見えなかったけどなと首を傾げたら、その国王様にも無茶を言われて振り回されたのだとげっそりしながら呟いた。
「……もし、その無茶でわたしよりも先に死ぬことになったら、相手が国王様でもぶっ飛ばしますからね」
「義父と喧嘩をしたことのある国王だ。その辺りは知っている」
「え?」
身体を酷使する魔法を使って何かあったら、絶対にわたしが乗りこんでぶん殴ると国王様に思われているわたしって、何者なんだろうか。
すでに喧嘩をしたことのある、父ちゃんの娘だからだな。うん、きっとそう。
「いや。愚弟を何度も殴って追い返しただろう?」
「そっすね」
顔を殴れば周りにバレるからと、ユイシィと言っていたのに二回も殴ったもんなあ。
その後に義両親が乗り込んできたりとか、慰謝料払えとか言われなかったからすっかり忘れていた。
「次は見えないところに殴ります」
「……そうだな」
義父と同じなヘラっとした顔を思い出して、ムスッとするわたしの頭を撫でながら、それでも止めないシュトレリウス。
国王様ももしかして、こんな感じで諦めたんだろうかと思ってしまった。
王女様、結構ガンコだし強引だもんなあ。
見た目がかわいいから許されている部分も多いと思う。実際、とってもかわいらしいし。
自分の普通すぎるうっすい茶色の髪をつまんで、やっぱりちょっとつまらないと唇を尖らせる。
「……だから。顔は近付けなくていいんですってば」
「妻の機嫌を直しているだけだ」
「じゃあ、もっとしてください」
「ん?」
一回くらいで直る、安い機嫌じゃないんだからねと。
ちょっとだけ背伸びをして顔を近付けるわたしに、シュトレリウスも近付いていく。
そのまま何度も近付けていたら、とっても遠慮がちにノックがされた。
コンコンという控えめな音は、とっても小さくて。
何度目かで気が付いて離れたら、これまた小さいユイシィの声が聴こえてきた。
「あの……旦那様、奥様?そろそろ夕食はいかがでしょうか」
「はいいいっ!!?」
「ぐっ」
これから眠るんじゃなくて、まだ夕食の前だったんだとその言葉で思い出す。
慌てて離れようとするわたしは、ついでとばかりに目の前の腹に拳をめりこませてしまった。
「ああっ、すみません。シュトレリウス様!」
「っ……」
恥ずかしかった気持ちはあるけれど、嫌だから殴ったんじゃなくて。
わたしの機嫌を直さなくちゃいけない原因を思い出して、とっさに拳が出てしまっただけで。
「……すみません」
「いや、いい」
ここは寝室だから。その、近付いていても何をしていても問題はないんだけど。
今は夕食の前だったことをシュトレリウスも思い出して、食堂へ行こうと手を伸ばしてきた。
大変申し訳ない。
次からはシュトレリウスじゃなくて、きちんと義父弟を殴るからね。
ちょっと気まずい夕食が終わったら、部屋のお風呂に一緒に入る。
もう寒いから、部屋から出ないで済む浴室はありがたい。
「あったかい……」
ぎゅっとしながら湯船に浸かるとか、春では考えられない近さだなあ。
こうして一緒に入ることも増えたのに、わたしの髪の毛は相変わらずだけれども。
くそう、銀の髪は今日も憎らしいくらいにサラサラなのに。
何が違うというのだろうか。やっぱり素材か。
「あ、そういえば」
「なんだ?」
前々から不思議だったんだけど、さっきもあってやっぱりわからなくなった。
今日も前髪をかき上げてリーゼントっぽいシュトレリウスを見上げて、これも何かの魔法なのかと尋ねてみることにしよう。
「わたしがローブを引っ張ると、簡単に脱げるのはなんでですか?」
ミレナがコートを買って欲しいとローブを引っ張ったときは、外だからかなと思ったんだけど。
門から出ても簡単に取れるから、どうしてなんだろうと不思議だったと話したら一つ頷いてくれた。
「メイリアだけが外せるようになっているだけだ」
「え、わたしだけ?」
そりゃあ散々目を合わせろと、ローブを取れとは言ってきたけれど。
自分からも外すようになったのに、わたしは簡単に外せるの?
「一番最初に目が合っただろう」
「……婚約が言い渡された、本当の最初ですか?」
「そうだ」
ただでさえ背の高いシュトレリウスで、さらに『ローブの中を見たら呪われる』とか言われていたくらいだ。
王女様は好奇心のほうを優先させそうだから、覗きこんだこともありそうだけど。
身長差に阻まれて、きっとしっかり中を見れたことはないんだろうな。
「ローブの中を見て、さらに目が合ったら発動する魔法か何かですか?」
「どちらかというと解除される魔法だ」
「解除?」
誰が引っ張ってもナイフとかで切り裂こうとしても、びくともしない頑丈な真っ黒いローブは。
たった一つだけの条件を満たすと、その人限定で効かなくなる魔法が掛かっていたらしい。
「その魔法を解除した、最初の人がわたしってことですか?」
「そうだ」
噂なんて知らなかったからと、ローブの中を覗きこんで。
さらにしっかりとシュトレリウスと目を合わせても、逃げも隠れもしないことが条件とは。
「なんだか随分、雑な魔法ですね」
だってわたしなら、何歳でもローブを取れと言っただろうし。
ただの目つきが悪いだけのヤツに、怯えるなんて馬鹿らしい。
目つきが悪いだけって知っているのは、わたしの家族とリュードとユイシィだけだったな。
……あと一応、いつも馬車で送ってくれる御者も。
「じゃあ、あの噂の呪いが解けたみたいなものなんですね」
まだ家の中でしかローブは取ったことがない。
実家でも取ったけど、一度だけだしわたしの家族だけだったからいいとしても。
会話も増えて、最初に怒り続けた挨拶はするようになって。
ご飯は食べるし、もちろん毎日元気だし。
そんな現状を、春とは違うなあとだけしか思わなかったけれど。
小さい頃からのシュトレリウスを誰よりも知っているリュードから見たら、全然違う感想なんだろうね。
それよりも、わたしが呪いを解いた役になるのか……。
ぱちゃぱちゃとお湯で遊んでいたのに、急に眉間をぎゅっとするわたしに。
シュトレリウスが覗きこんで、怪訝な顔を向けてくる。
「どうした?」
「わたしが呪いを解いたなら。……嬉しいんですけど、逆だなと思いまして」
「逆?」
だってイバラ姫の眠りから、目を覚ましてくれたのは王子だし。
呪いとは違うけど、塔から出られないラプンツェルを助け出したのだって王子だもん。
シュトレリウスは姫ってガラじゃないから、わたしも王子にはならないけれど。
「姫……」
童話の物語はわからなくても、こういう呪いのかかった姫君を助けるのは、いつでも王子だと伝えたら自分の役割も思い立ったらしい。
いつかみたいに呆然として、そのままビッミョウに顔を歪ませたまま固まってしまった。
この流れなら、目覚めのキスをすれば起きるのかな?
なんかきっともっと驚いて、朝まで固まってしまいそうな気がするな。
今日は比較的天気がいいからと、お城の図書館に行くことになった。
本当は春までわたしに外出をさせたくないらしいシュトレリウスは、あんまりいい顔をしなかったけれど。
王女様からお昼を一緒にと言われたら、さすがにお断りは難しいもんね。
それに、ほら……。ま、まだお腹にいるとは限らないじゃん?
そもそも昨夜だってあの、アレだったし。
疲れ切ってげっそりとしていたから、そのまま眠るのかと思ったのに。
それとこれとは別だとでも言うように、夕食もわたしもたっぷりといただいていった。
まったく。いつになったらもう少し、遠慮ということを覚えるんだ。
もう眠いと言うわたしにきょとんとした顔を向けて、ちっとも足りないと真面目な顔で言うんじゃない。
ぶちぶちと文句を言いながら、焼き立てのパンに野菜と薄切りにしたローストビーフを挟んでいく。
そのわたしの隣りでは、また違った呟きをし続けているユイシィがウロウロしていた。
「本当に鍋ごと持っていくんですか?」
「だって、ユイシィのスープを飲んでみたいって要望だったじゃん」
「それは大変名誉あることですけれど、馬車の中ではこぼれそうで……」
お城からの真っ白い馬車は、それはもう豪華な布張りの中身で。
そんなところにスープをこぼしたら、首を飛ばすくらいでは済まされないと真っ青な顔をしてしまう。
「大丈夫だよ。こんな時のために、もう一人呼んであるんだから」
「ああ、それもそうですね。じゃあ、いっか」
前にも崩れると悪いからと、馬車の中でずっとお弁当をデーゲンシェルムに持たせたんだもん。
国を守る魔法使いの使い方としては、ちょっと雑だしおかしくても。
一番たくさん食べるんだから、これくらい持ってもらわないと。
「それにこぼれたら、持っていたデーゲンシェルムのせいにするからいいの」
「それなら安心ですね」
はあっと安堵の溜息を吐いたユイシィが、サラッとひどいことを言っていく。
いくら見た目が良くても、変態には容赦しないな。さすがだ。
「もう一人の変態が現れましたからね。あれから来てはいませんけど、変態に手加減は無用と思い直しました」
「それがいいね」
次に来たら塊の塩を投げつけて追い返すと、とてもたくましいことも付け加えていく。
変態男子しか寄り付かないせいで、ユイシィの婚期が遅れたらどうしよう。
「わたしのことは気にしなくていいって言ったじゃないですか」
「だって立派な胸があるのに、もったいないじゃん」
「胸で恋愛はできませんよ」
バインと豊満な胸を叩いて、こんな物はただの脂肪じゃないかと断言する。
その脂肪が欲しい人間の目の前で、簡単にいらないとか言わないでほしい。じゃあ、くれよ。
じとっと思わず見つめたら、ユイシィが首を傾げてわたしの寂しい胸元を指差してきた。
「でも食欲が増えたおかげか、奥様だって前よりも大きくなったではありませんか」
「そうなんだけど……」
遅れてきた成長期なのか、栄養状態が良くなったおかげなのか。
それともその……あの、ええと。夜のせいなのかはわからないけれど。
ちょっと、ほんのちょーっとだけだけど、わたしにも自力で谷間ができるようになってきた。
これを見たときは感動して、そのままシュトレリウスに「どうだ!」と見せびらかしてしまったくらい、テンションが上がったりして。
まあ「どうですか?」と尋ねても、きょとんとして「何がだ?」と。
妻の劇的な変化に気が付かない、残念な夫だったけれども。
もっとなんかあるだろうが。天然物の谷間だぞ。
「ほら。旦那様は奥様の胸の大きさは関係なく、お好きではありませんか」
「……」
それは喜ぶところなんだろうけど、わたしばっかり気にしているみたいでなんかムカつく。
もっとこう、なんかあるだろうが。
「そこで旦那様が喜んだら、怒るくせに」
「……うるさいよ」
フンだと顔を逸らしてサンドイッチを詰めこんで、お城に行くための準備をしようと厨房から逃げることにする。
それでもやっぱり、それはそれで。
胸は大きいほうが絶対にいいんだもん。




