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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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番外編:妻の異変

「それで、熱は下がったのか?」

「……たぶん」


 まだ熱っぽいはずなのに、それでも城へ行くと言い張る妻と一緒に馬車に乗る。


「雪が解けてからで十分だ」

「王女様はあの塔から出られないんですから、せめて別な顔を見せたいんです」


 下の弟妹きょうだいと同い年だからか、やけに王女を気にしている。


 歳の離れた兄弟がいることは同じでも、家を出てから産まれた弟だ。

 血の繋がりがあるというだけで魔法が掛かりにくい相手だということと、メイリアに風邪を引かせた元凶だということくらいの存在でしかない。


「いま何か、物騒なことを考えませんでしたか?」


 体調が万全ではないからと、抱えるようにしていたら。

 膝の上にいるメイリアがローブの中をのぞきこんで、何を考えているのだとたしなめる。


「わかるって言ったでしょ?」

「……何も考えていない」

「嘘をつくな」


 少し呆れた溜息を吐きながら、妙なことは考えなくていいと言っていく。

 別に、アレをどうしようかとは考えていない。……まだ。


 揺られ過ぎて顔色が悪くなったメイリアを抱え直して、いつものように頭を撫でていく。


 魔法を使うなと言われているから、ただ撫でているだけなのだが。

 それでも嬉しそうな顔をして、今度はホッとした溜息を吐いていく。


 いまだに不思議なのだが、どこが安心しているところなのだろうか。




 ガタガタと揺られながら、雪の降る街を通り過ぎて。

 見慣れた白い建物の前で止まったら、いつもの御者が馬車の扉を開けていった。


「うぅ……」

「大丈夫か」


 久しぶりに乗ったからか、体調が戻っていないからか。

 あまり動かないようにと抱えていても、元から揺れが激しい馬車は酔うらしい。


 真っ白に近い顔色になって、口元を押さえてうめき出してしまった。


「このまま帰るか?」

「それだと次は本当に春になりますし、せっかく来ましたから」


 お城まで頑張ったんだからと、挨拶だけでもすると言い張る妻を運ぶように抱え直す。

 扉を押さえながら待っていた御者と、門の騎士には妙な顔をされてしまったが、構わずに歩き出す私に道を譲るように脇に避けていった。


「わたし用に縫っていたローブを持ってくれば良かったです」

「被るか?」

「シュトレリウス様は被っていてください」


 白くなっていた顔に少し赤みが差したと思ったら、人前で抱えられるのは恥ずかしいと小さく呟いた。

 ローブがいるならと脱ごうとしたら、それは被ったままでいいと途中で止められる。


「いいのか?」

「わたし以外の前で、簡単にその中を見せないでください」

「?」


 どういう意味かはわからないが、取らない方がいいらしい。




「相変わらず、可愛らしい会話ね」

「リュレイラ様?」


 なるべく丁寧に動かないように歩いたことで、ようやくメイリアの顔色も落ち着いていった。

 扉から顔を出した王女の声に振り返って、それでも言われた言葉に首を傾げる。


「この廊下というか、塔全体に魔法が掛かっている。この建物に入ってからは、会話も音もすべて王女のいる部屋に届くようになっている」

「うえっ!?」


 それなら前にデーゲンシェルムを蹴ったときとか、丸聞こえだったんじゃないかと詰め寄られるがすでに遅い。

 今のやり取りもきちんと聴こえていると話したら、ピタリと止まってもっと顔が赤くなっていった。


「魔法使いの馬鹿」

「……すまん」


 よくわからないが、とりあえず恥ずかしいことだったらしい。

 何に怒るのかもいまだにわからないが、何に恥ずかしがるのかもわからないままだな。




 メイリアを抱えたままで王女のいる部屋に入り、そのまま椅子に座らせていく。

 扉の前で下ろせと言われたが、無視をしたら頬をつねられた。


「このような格好ですみません」

「いいのよ、まだ体調が戻っていないのでしょう?それに、面白い物が見れましたから」

「面白いもの?」


 ニヤニヤと微笑みながらこちらを見る王女の言葉に、首を傾げて見上げている。

 人がつねられていることを面白いとは、悪趣味な王女だ。


「座らないんですか?」

「ここでいい」


 まだ少し青い顔のメイリアの隣りに立ったままでいたら、座らないのかと隣りの椅子を引いていく。

 その椅子には「では、わたくしが座ります」と、勝手に王女が座っていった。


「相変わらずの過保護と言いたいけれど。まだ本調子ではないのでしょう?無理はしないで」

「はい、ありがとうございます」


 紅茶よりはハーブティーがいいかと淹れ直してもらったら、ようやくホッと一息ついたみたいだ。

 顔色が少し良くなったメイリアを見て、ようやく肩の力が抜けていく。




 お茶を飲んだならすぐに帰ると言い張る私のローブを引っ張って、なんのために来たんだとジロッとにらんだ。

 渋々、今朝摘みたての花を出したら、年相応に王女が微笑んで嬉しそうに受け取っていった。


「風邪がうつると悪いので、食べものではありませんけど」

「まあ!かわいらしい花ね」


 花束はどちらかというと、病気をした方がもらう立場だと話していたが。

 前に花束を渡すと機嫌が直ると言われた話を思い出して、何歳でも効く方法なのだということを知る。


 あの変態デーゲンシェルムが、婚約者である王女に花を贈ったことがあるのかは謎だが。


 メイリアの隣りに座っていた王女が、花を飾るようにと頼んでいく。

 そのまま新しいケーキを持ってこさせる様子から、まだ帰す気はないらしい。


「だって久しぶりじゃないの。そもそもシュトレリウスは、仕事以外の話をちっともしてくれないじゃない」

「必要ないだろう」

「歳はデーゲンシェルムよりも離れていますけど。メイリアさんの夫でもあるのなら、妻の友人のわたくしとしても接してみてくださいな」

「断る」


 五年近くの付き合いにはなるが、あくまで城の中の特殊な場所でしか会うことがない人物だ。

 王族が国民の一人である自分と、どうして仲良くしようとするのか意味がわからない。


「石頭ね。もっと柔軟になればいいのに」

「しつこい」


 肩をすくめて溜息を吐いて、大人びた王女は無茶なことしか言わない。




 王女との、会話になっているのかわからないやり取りを見ていたメイリアが、カップを置きながらおかしそうに小さく微笑んでいる。


「なんだ?」

「だって、ウチにいるときと全然違うじゃないですか」

「当たり前だ」


 城はあくまで仕事をする場所で、魔法を使うことが中心でも、普段は雑務がほとんどだったりする。

 家はメイリアがいるのだから、帰る場所で寛げるところだ。全然違う。


 それよりも顔色があまり良くないと手のひらを当てたら、少しだけ赤くなって唇を尖らせていく。

 これも恥ずかしいことらしい。やはり、よくわからない。


「家にいるときと違うというけれど、シュトレリウスは会話ができるの?」

「結構たくさん喋りますよ?」

「えっ」


 メイリアの言葉に椅子を揺らすほど驚いて、そのまま交互に見比べながら顔を引きつらせるとはどういう意味だ。


「えぇ~……。何よ、それ。ちっとも喋ってくれないし、そのローブの中身だって見せたことはないのに」

「必要ないだろう」


 そもそも城でなんと言われているか、知らないはずはないというのに。


「魔法使いに呪いなんて効くはずがないじゃない」

「ただ目つき悪いオッサンが入っているだけですよ」

「……」


 馬鹿らしいとアッサリと言う王女に、手を振った妻がなんでもないことのようにローブの中身を話していく。

 今は亡くなっている曾祖父に似ていると聞いたことがあるが、そんなに目つきが悪いのだろうか。


 思わず眉間を寄せてしまったら、ちらっと見上げたメイリアが呆れた瞳で見つめていた。


「もう見慣れましたよ」

「……そうか」


 特に気にすることではないと、最初から怖がったことなんてないでしょうと言っていく妻はどうして気が付くのだろうか。

 なんの話だと怪訝な顔を向けている王女の反応のほうが、きっと正しい気がするのに。




 このままではいつものように半日近くいそうだと気が付いて、そろそろ帰ると言ったら。

 今度は王女もすぐに頷いて、アッサリと扉まで見送ってくれた。


 それでも出る直前にローブを引っ張って、「シュトレリウスは、まだ仕事が残っていますからね」と余計なことを言われてしまう。

 このまま春まで家にこもっていることは許さないと、きちんと自分の教育をしなさいとは。


「デーゲンシェルムがいるだろう」

「長ったらしい詠唱だらけで、時間ばかり掛かるのよ」

「無詠唱は教えられないと言ったはずだ」


 自分でもわからないことは教えられないと言っているというのに、それでもいざという時のために知っておきたいと無茶を言う。


 仕事の話は後にしろとローブをつかんでいる手を離し、メイリアを抱え直して扉に向かう。


「あんまりやつれているようではなくて、むしろ少しふっくらした気がするけれど。顔色はあまり良くないから、次は雪が解けたら来てちょうだい」

「悪化しないように気を付けます」


 来たときと同じく抱える私に、少しだけ躊躇ためらっているようだが。

 それでもいつもよりも寄りかかるように身体を預けて、小さく手を振りながらやっと家に帰れることになった。


「食欲が落ちなかったからって、食べ過ぎたかなあ」

「太ったわけではない。気にするな」


 自分の頬をつまんで、風邪を引いた後なのにと不思議な顔をしていく。

 それよりも沈むように眠る方が問題なのではと言ったら、疲れているのかなと首を傾げた。




 しばらく作っていないからと、帰ったら厨房に向かって行って。

 今日の夕飯はやっと作れたと、嬉しそうに話していく。


「でもなんだか、味覚も変わった気がするんですよね」

「そうか?」


 いつもよりも薄味な気はするが、それでも変わらずに美味しいと伝える。

 絶対に城の料理人のほうが美味しいはずだと言うけれど、ゴテゴテと飾り立てるだけの料理を美味しいとは感じないのだから仕方がない。


「熱は下がったのか?」

「うーん。それがもう、なんだかよくわからなくて……」


 今は風呂の中だから、熱いのは当たり前だからと。

 それでも額に手のひらを当てても、熱っぽい状態が長かったからと首を傾げてしまった。


「明日、お母様が来るので訊いてみます」

「そうか」


 風邪を引いたと伝えたら、雪が降る前に一度尋ねると返事が来た。

 父親はその間に城へ行くと話しているが、最初の馬車は大変だったはずだ。


「それが、国王様にお酒を渡して馬車を変えてもらったらしいです」

「……そうか」


 飲み比べでは勝負にならないからと、それなら賄賂を渡してしまえとは。


「だから次は腰をやられたりしませんから、魔法は使わないでくださいね」

「わかった」


 昼前に帰るから会わないかもしれないけれど、こっそりでも使うなと先に言われてしまった。

 使ったほうが早いと思うのに、それよりも長生きをしろとは変なことを言う妻だ。


「変ではありません。普通です」

「そうか」


 少しムスッとした表情で、いいから自分よりも長生きをしろと何度も言ってくる。


 その言葉に何を思っているか、きっと知らないのだろうな。




「あ、シュトレリウス君」


 ニコニコと、メイリアと同じ薄い茶色の髪の義父が手を振ってくる。

 この城で私に向かってそんな顔をする人も、声を掛けてくる人もいないのだけれど。


 そういえば昔から、被ったままのローブについても噂についても、家のことに関しても何も言ってこない不思議な人だったな。


「メイリアが倒れたんだって?」

「私の愚弟のせいです」

「ああ、いいんだよ。それに弟ったって、まだ会ったこともないでしょう?」


 血が繋がっているだけの他人だと、メイリアと同じことを言って笑い飛ばす。

 メイリアはよく呑気だと言うけれど、抜けているだけの人でないことはすでに知っている。


「ちょうどいいから、一緒に家に行こうか」


 そのまま自分の妻を迎えに行くからと、同じ馬車で家に戻ることになった。

 ガタガタと揺れるところは同じでも、椅子の柔らかさが違うと話していく姿は普通だ。


「あ、それでね。今度はもっと長い名前を考えてみたんだけど」

「長い名前?」

「だって魔法使いってみんな名前が長いだろう?メイリアに言われたから、いくつか考えたんだよ」


 そう言ってつらつらと、名前らしき文字がたくさん書かれた紙を取り出して説明する。


「これは女の子で、こっちは男の子。どっちが産まれても、きっと可愛いよねえ」

「……」


 子供の服だという絵が描いてあるカタログを持って、さらに孫の名前をいくつも考えたのだと、前にも何度も話していて。

 安産祈願や他にも色々、各種お守りも持ってきたと、メイリアがうんざりした顔で教えてくれたけど。


 その名前の一覧は、どれも短い名前だけしかなくて。


「メイリアが気にしちゃってさあ。でもほら、ウチは魔法使いでもなんでも孫には変わりないからね。どっちも大歓迎だよ!」

「そう、ですか」


 そんな未来は、いつになるかはわからないけれど。


「きっと、もうすぐだよ」


 案外近いと簡単に言う言葉に、小さく頷いたことに気付いてくれただろうか。




「おかえりなさいませ、シュトレリウス様。お父様も一緒に戻ってきたんですか?」

「ただいま」

「ついでだよ」


 そう言った父親に、新しく考えた名前の一覧を渡されたメイリアの表情がおかしい。

 いつもならうんざりとして、顔を歪めながらも渋々受け取っていたはずなのに。


「魔法使いは長い名前になるんだろう?それでどっちでもいいように、男女合わせて十個考えたんだけど」

「それはありがとうございます。でもちょっと、タイミングが悪いというか良いというか……」

「どうかしたのか?」


 メイリアと出迎えた母親をチラッと見て、そうしてなんとも言えない顔を向けてくる。

 今日だけで何かあったというのだろうか。


 額ではなくてお腹に手を当てて、守るように一つ撫でたら。

 少し言いにくそうに、それでも母親に促されて口を開いた。


「たぶんですけど、できたみたいです」

「何がだ?」

「ええと……だから、その、こ」

「?」


 実家に帰ったときのように、視線をさ迷わせて唇を尖らせる。

 さらに頬を赤く染めながら、ぼそぼそと小さな声で囁くメイリアの口元に耳を近付けることにした。


「だから、あの!……こっ」

「こ?」

「子供ができたかもって言ったんですっ」


 いつになるのかと思ったばかりだというのに、そんな未来は意外と近かったらしい。


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