十話:過保護な旦那様
三日くらい寝こんだけれど、順調に回復するわたしを見て安心したらしい。
やっとシュトレリウスも仕事に戻ると、お城に行くと言って出掛けていった。
「旦那様がこんなに家にいたの、初めてでしたね」
「うん」
まだ起き上がらないようにと言われているので、わたしはベッドから動けない。
代わりに見送ったユイシィが、迎えの馬車に乗っていたデーゲンシェルムがげっそりしていたと教えてくれる。
「王女様の教育係と、国を守る何か面倒くさい魔法を定期的にする役。それと国王様のお相手に、その他諸々の雑務……を、全部一人でしたんだと訴えていました」
「それはまた、珍しいね」
普段は二人でしていることを、一人きりで三日間なら激務だったんだろうな。
それでもガクガクと揺さぶって文句を言いながらも、涙ながらに喜ぶ図しか浮かばないけど。
「はい、その通りです」
「やっぱり……」
連日の激務を「ご褒美だったんですか!?」と歓喜するとは、アイツの弱点はなんなんだろう。
無視しても殴っても喜ぶのなら、微笑みながら全面的に肯定しまくればいいんだろうか。
「それはそれで別なプレイとかなんとか言って、喜びそうですけど」
「だよね」
ただでさえ厄介な義弟が通って寝こんだんだから、これ以上、変態に体調を崩されたくない。
この話も脇にでも置いといて、無視することにしようっと。
朝の様子を話しながら、ユイシィがわたしの髪を丁寧にすいていく。
わたしは軽く絞ったタオルで身体を拭いていたら、背中越しに妙な視線を感じるんだけど。
……ほら、あの、わたしに熱があったから。
ええと、あの、あれだ。夜は普通に眠っただけだから何か付いているとかはないはずだ。うん。
「何?」
「熱が出たのに食欲はあんまり落ちなかったからか、病気後のやつれた様子にはなりませんでしたね」
「うん。前なら軽くしか食べられなかったんだけど、今回はお腹がすいて仕方がなかったんだよね」
最初は慌てていたシュトレリウスも食事の様子と量を見て、本当に病気なのかと疑っていたくらいだ。
いつもよりも高い体温と咳で、やっぱり風邪なんだとわかってくれたけど。
ユイシィが用意してくれた軽めの食事をおかわりとか、シュトレリウスよりも食べていたかもしれないな。
「それでも回復がゆっくりだったのは、他に何か原因があったんでしょうか?」
「新しい変態が毎日通ってくるストレスとか?」
「ああ……、それは大いにあり得ますね」
また塩でもまいておきますと、ユイシィが請け負ってくれたから頼んでおこう。
「風邪を引いたと話したら、申し訳なさそうな顔はしていましたよ」
「そのまま来なくなるといいんだけど」
「そろそろ雪が深くなりますから、さすがに来ないでしょう」
桶とタオルを片付けたユイシィが、熱めに淹れたお茶を持ってきてくれた。
蜂蜜入りがホッとするから、まだ喉が痛いのかな
もっとちゃんと治るように、しっかり食べたらたっぷりと眠ろうっと。
「あれ?」
ふっと人の気配がしたと思ったら、シュトレリウスが目の前にいた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
久しぶりに顔が近いと、ちょっとびっくりするな。
「熱は下がったのか?」
「うーん……、もうちょっと、かな?」
わたしの頭を撫でていた手のひらを額に移したら、そのままこつんと額を合わせていく。
まだシュトレリウスのほうが冷たい気がするから、そんなに下がっていないのかも。
久しぶりに寝こんだからか、まだちょっと熱っぽい気がするし。
全身がなんだかだるいままなのも、治らない原因なのかな。
そんなに疲れているんだろうか。それともやっぱり、ストレスかなあ。
「次に見掛けたら片付けておく」
「リュードとユイシィでも追い返せますから、魔法でも物理的にも攻撃しなくていいです」
ムスッとした顔で、実の弟を片付けるとか言うな。
まあ、あっちの意味で言ったんだろうけど。
「手は汚さないでください」
「……」
「返事は?」
「…………わかった」
まったく、何をする気だったんだ。
それでもまだまだ納得していないシュトレリウスは、義弟をどうしてやろうかと考えているみたい。
「すぐに追い返さないで、話を聞いていたわたしも悪いんです。それに雪が積もりそうになってきましたから、春まで来ないと思いますよ」
「二度と来なくていい」
寝こんだことがないわたしが、三日も五日も動けないでいたからって。
そんなに怒ることでも、珍しいことでもなんでもないんだよ。
こういう時、いつでも守られてばかりいる気がするから困る。
拗ねるようにちょっとだけ尖らせた唇に、久しぶりの感触が近付いた。
「……顔は近付けなくて、いいんですけど」
唇を尖らせたからって、なんでそこで近付いて、じろっと睨んだらきょとんとするんだ。
「まだ熱いな」
「どこで確かめてんですか」
うつると悪いからと今までしなかったからって、何度も近付けるんじゃない。
っていうか、そういう意味で尖らせていたんじゃないわ。
背中に回した腕に力をこめて、ついでにぎゅっとしてやる。もっとしろ。
「そういえば、それはなんですか?」
起きたときから気になっていた、シュトレリウスの隣りにある、やけにデカい箱を指差して訊いてみる。
何が入っているんだろうか……。
まさか変態が飛び出してくるのかと身構えたら、ふっかふかの毛布が出てきた。
「なんですか、これ?」
「王女とデーゲンシェルム、国王からの見舞いの品だそうだ」
「……何、そのメンツ」
手触りの良すぎる毛布は真っ白で、ふわふわもしている。
さらに結構大きいのに、すごく軽いとは意味がわからん。
何これ。いつまででも触っていたいくらいに気持ちいいんだけど。
思わず顔ごと埋めたわたしに、倒れたのかとシュトレリウスが慌ててしまった。すまん。
「普通はカーテンと天幕を引いて、ベッド周りを温めるのだと言われた」
ちょっと申し訳なさそうな顔で、わたしが風邪を引いたのは、自分のせいでもあるとしょんぼりとする。
「その代わりに、この毛布ですか?」
「そうだ」
寝室が寒すぎるのではと訊かれたから話したら、それでは当たり前だと王女様が怒ったのはいいとしても。
こんなものをすぐに手配ができる王宮が怖すぎる。いくらするんだ、これ。
でもシュトレリウスが真っ暗いところで眠れない理由は聞いたから、雪が降ってもそのままの予定だったし。
これだって、そんなに気にしなくてもいいことなのに。
「……顔は近付けるなと言わなかったか?」
「そんな顔をするほうが悪い」
「どんな顔だ」
風邪を引いた大半の原因は、きっとあの義弟のせいだろうけれど。
それでも自分が悪いと言うシュトレリウスに顔を近付けたら、とってもビックリされてしまった。
さっき近付けたのは自分のクセに。
それに、そんなかわいい顔をするほうがやっぱり悪いんだよ。
きょとんとして、どんな顔をしていたのかと首を傾げているシュトレリウスに。
もう一回って、何度も近付けようっと。
お風呂に入って温まったら、もっと温まるお布団に潜りこもう。
せっかくだからと、ふっかふかの真っ白い毛布を上に掛けたら、何だか雪の中に埋もれてしまったみたいに見えるのはビッミョウだなあ……。
凍えるような寒さじゃなくてとってもあったかいから、いいってことにしておこう。
「色が白だと雪みたいですね」
わたしと同じくビッミョウな顔をしているシュトレリウスに言ったら、小さく頷いて溜息を吐いた。
「王女がピンクで国王が金、デーゲンシェルムは赤がいいと鬱陶しかったからこの色にしたんだが……」
「そのメンツを鬱陶しいと言うのはシュトレリウス様くらいでしょうね」
わたしも言っちゃったことはあるけれど、なんかきっと、ワイワイと勝手に盛り上がったんだろうし。
シュトレリウスはそんな三人に囲まれて、うんざりしていたんじゃないかな。
「それにしても、ピンクと金と赤ですか……」
なんだ、その色のチョイスは。その毛布の下で、誰が眠るか考えての選択か。
どれも嫌だからと、シュトレリウスが勝手に選んだ白だけど。雪に見えるなら寒すぎたかと、もっと別な色にすれば良かったと呟き始めた。
「そうですね。白以外なら……深緑とか?」
それならちょっとクリスマスっぽいけど、真っ白よりは温かみがあるかも。
「明日にでも用意しておく」
「二枚もいりませんっ」
そういう意味じゃねえと言ったら、やっぱり首を傾げられてしまった。
まったく、こういうところはお坊ちゃんなんだから。
「わたしのネックレスと一緒です。それにこれはもう使ったんですから、もったいないでしょ!」
「そういうものか」
「そういうものです」
見た目が寒いこの毛布は、リュードかユイシィにあげればいいとか、そんなに簡単に言わないでよね。
「……でも、いつも頑張ってくれている二人に、クリスマスプレゼントは必要でしょうか?」
誕生日はしなくていいってすでに言われているから、クリスマスくらいは許して欲しい。
いつもよりも豪華な食事にケーキと、ふかふかの毛布のプレゼント。
うん。全然休みがない二人だから、せめてゆったりと眠って欲しいな。
「色は何色がいいんだ?」
「んー……。白だとおそろいになるから嬉しいけど、それこそクリスマスカラーとか?」
リュードは庭師でもあるんだから、深緑が似合う。
ユイシィはまだまだピチピチの十代だし、ここは赤がいいかな?
軽く頷いたシュトレリウスが用意をしておくと言ってくれたから、実家に帰る前の二人に贈ろうっと。
「あと、この毛布のお礼がしたいのでお城に行きたいです」
「出掛けるのはもう少し体調が戻ったらだ」
わたしの額に手のひらを置いて、まだ熱っぽいと眉間を寄せて断固拒否だ。
でも、雪が積もる前にお茶をしようねって、リュレイラ様と約束したんだし。
「これ以上遅くなると、雪が積もって動けなくなりますよ」
「……解けたらでいいんじゃないか」
「それって来年の春ってことじゃないですか」
フンッとなんでもないことのように言い張って、雪が降ってきたから外には出るなと、過保護さに拍車がかかっている気がする。
「薔薇がもうすぐ終わるでしょう?あれをお礼代わりに持って行きたいです」
「……」
「すぐに帰りますから」
「それなら、まあ」
王女様は専用の塔から出ることがないってことで、行ったらいつも半日近く過ごしちゃうんだよね。
でも今回はわたしの体調が万全じゃないからと、すぐに帰ると言ったらやっと頷いてくれた。
いくら言い方がムカついたからって、目の前でルィーズを殴ってしまって。
そのままお茶会がお開きになったことも、フェイナを驚かせたまんまなことも気になるから、こっちにも挨拶に行きたいところだ。
ただルィーズを連れてきたってことで、益々シュトレリウスの警戒対象になってしまったからなあ。
例の誕生日プレゼントも、まだ箱に仕舞ったままだし。
何が入っているのか、考えただけでまた熱がぶり返しそうな気がするけれど。そろそろ開けて確かめないと、ずっと開けないままで放置しそうだ。
こっちは雪が解けてフェイナの誕生日になったら、お返しと一緒にお礼を持っていくことにして。
とりあえず、ふっかふかの布団と腕に包まれて眠ろうっと。




