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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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九話:義理の姉弟は相容れない

「それでですね。先日のお茶会の様子を父上に話したら、なぜか僕が怒られたんですよ」

「あっそ」

「なんでだと思いますか、メイリアさん?」

「そういうところじゃないの?」


 あれからなぜかシュトレリウスの弟だというルィーズが、しつこく毎日のようにウチに来ている。なんでだ。


 この義弟おとうとが来るせいで、強制的に門を挟んで会話をする羽目になっている現状も意味がわからん。帰れや。


 はーっと白くなってきた息を吐きながら、こいつは友達がいないんだろうかと横目で見る。


 ……いなさそうだな。いたらこんなところに来ないだろうし。

 わたしも人のことは言えない、狭すぎる交遊関係なのは置いといて。




「それで、今度は孫の話になりまして……」


 しっかしこいつ、よく喋るなあ。シュトレリウスが喋らない分、こいつに全部いったんだろうか。

 シュトレリウスが喋らないのは、環境のせいもあるけれど。


「家を存続させるためには、やっぱり一人でも男がいると助かりますよね。でも僕の場合はメイリアさんという婚約者がいなくなったわけですから、相手を探すところからなんですよね」

「わたしの婚約者はシュトレリウスだけだって言ってるでしょ」


 雪がちらほら降ってきたから、いい加減、暖炉のあるあったかい部屋に戻りたい。

 そんなことを思いながら空を見上げていたら、ルィーズも気が付いてくれたみたいだ。


「僕を家の中に入れてくれれば解決しますよ」


 これなら問題ないと、ドンと胸を叩いて微笑んでいく。


 ……そっちじゃねえよ。


「問題しかないから門を閉めてんだろうが」

「僕のほうが一つ歳が上になるとはいえ、メイリアさんは兄の嫁なんですから姉弟ではないですか」

「お前のような弟を持った覚えはない」


 っていうか、なんで毎日のようにウチに通ってんだ。

 そもそも二回も殴られたのに来るとは、まさかデーゲンシェルムみたいに何かを期待しているんだろうか。変態か。


「その、変態と呼ぶのはやめてくれませんか」

「他に呼び方がないじゃん」


 名前は呼びたくないと顔を逸らしたら、しょんぼりしてしまった。

 やっぱりその顔はかわいくない。


「それよりシュトレリウスを遠ざけていた母親は、跡継ぎの息子がこの家に来ていることに何も言わないの?」

「母上ですか……」


 だから坊ちゃんはとっとと家に帰れという意味をこめたのに、さらにグチグチと鬱陶うっとうしくなってしまった。


 いつもより早いけど、もう一枚の門扉も閉めたら鍵も掛けることにしよう。

 よし、やっと静かになった。


 何やら外で叫んでいるけれど、玄関扉も閉めたら聞こえなくなったから放っておく。

 律儀にシュトレリウスが帰ってくるまで付き合っている義理はないもんね。




「なつかれたのか?」

「なつくというよりは、単純に愚痴を言える相手がいないんじゃないですか?」


 夕食をいただきながら、さっきまでの話をしていく。

 毎日のように来るから、すでに日課になっている定期報告みたいだ。意味がわからん。


「家のことを気軽に話せる人がいないことが原因でしょうか」

「ファウム家を狙っている輩に話せば、隙を見せることになるからな」


 女子なら結婚相手として、男子なら乗っ取りとかか。

 名前だけなら聞いたことあるっていう程に有名な家は、実はあんまりないもんなあ。


 わたしはファウム家に嫁いだけれど、夫であるシュトレリウスはとっくに独立しているから名前だけで関係ない。

 さらに事情は知っているなら、家については一番話しやすい相手になるのか。


 熱々のビーフシチューに入れた分厚い牛肉を口元に運びながら、それじゃあ気楽な友人関係は築けないなあと少し同情する。

 だからって、毎日来るのはいい加減にして欲しいけれど。




 今日の内容はシュトレリウスの代わりに後を継ぐことが不安だとか、母親が納得する相手を見つけないといけないけど見つからないとかで。

 段々鬱陶うっとうしくなってきたと思ったら、とうとうシュトレリウスが戻ってきてファウム家を継げばいいのになんて、頓珍漢なことまで言ってくる始末だった。


「名前は変えられないからそのままだが、独立したときに相続に関することも放棄してある」

「じゃあやっぱり、弟に頑張ってもらうしかありませんね」


 そもそも小さな頃から、国を守るために城に勤めていたシュトレリウスだ。

 雑務処理なんかもしていたから、この小さな家を守ることはできるけれど。代々続く家を継ぐことは教わっていないから、ファウム家に戻れたとしても継ぐことは無理だと首を振っていく。


 そりゃそうだ。


 ウチの呑気な父ちゃんは、国を守ることも土地を守ることと一緒だと言っていたけれど。

 魔法を使って国全体を守ることと、与えられた領地を自分の手腕で守ることが一緒のはずがない。


 本当に、なんで父ちゃんはあんなに呑気なんだろう。

 ギルタとミレナも見た目だけで、ここはあんまり似なくて良かったな。


 食後のコーヒーを飲みながら頷いたら、なんか妙な視線を正面から感じるな。


「なんですか?」

「なんでもない」


 かと言って母親のあの迫力も誰も似ていないから、本当に見た目だけなんだなあと言ったら不思議な顔で見つめられてしまった。


 なんだ、その目は。何が言いたい。




「うぅ、寒い……」


 今日も来ていた義弟の相手をしている途中で雪が多めに降ってきたからと、門を閉めて追い出して、とっとと家の中に避難する。


 暖炉に火を入れて、あったかい部屋でのんびりとシュトレリウスを待とうっと。


 まだ会いたくないのかなんなのか、シュトレリウスが乗った馬車が見えるとルィーズはすぐに帰る。

 義弟避けに、しばらく家にいてもらうのもいいかもしれない。


「……ん?なんかだるい?」


 家の中なのに寒気がするし、身体全体がだるい気がする。


 変態ルィーズが連日、通ってくるからだろうか。

 ただでさえ実家よりも雪が深まる中央なのに、外に長時間いたらそりゃ凍えるか。


 ユイシィにお茶を用意してもらって、リュードには暖炉に火を入れてもらおう。

 わたしはその間に軽く着替えてって、なんだかちょっと、お貴族様の妻みたい。


 シュトレリウスは稼いでいないわけじゃないし、何よりこれが普通なんだけど。

 今までも自分のことは自分でしていたから、誰かに用意してもらうことに慣れなくて、照れくさく感じてしまうな。




「あったかいぃ」


 パチパチと火がぜる音が心地いい部屋に入ったら、ほんのりと暖まっていて、肩の力がふっと抜けていく。

 いつものベッドの中とは別な暖かさも、寒い冬は特にいいな。


 一番はシュトレリウスの腕の中だから、早く帰ってこないかなと窓を見つめる。


「奥様、顔が赤くないですか?」

「え、赤い?」


 別に恥ずかしいこともなかったし、そもそも今まで会っていたのは義理の弟のルィーズだ。

 いやちょっと、恥ずかしいことは考えちゃったけど。


 でもそれだけで、ユイシィが妙な顔にならないと思うしなあ。


「あれ?」


 手のひらを額に当てたら意外と熱くて、熱いと意識をしたら目の前が真っ暗になった。


「きゃあっ、奥様!?」

「どうしました!?」


 慌てたユイシィの叫び声で、薪を追加しようとしていたリュードも駆け寄ってきたけれど。

 それよりも先にふかふかのカーペットの上に椅子ごと倒れて、わたしはそのまま気を失ってしまったらしい。


「うーん……」


 冬の寒い日に、毎日のように外に出てばかりだったからかなあ。

 熱を出して倒れるなんて、とっても久しぶりすぎて懐かしい。


 でもせっかく、ちょうどいい暖かさにホッとしたところだったのに。

 熱いぃ……。




「……ん」


 控えめに扉が開いた音で、シュトレリウスが帰ってきたことを知る。

 ここはいつものベッドの上みたいだから、リュードが運んでくれたのかも。


 倒れてからは眠り続けてしまって、今日は出迎えに行かなかったな。

 せめて起き上がろうと動いたら、それよりも先にシュトレリウスが近付いてきた。


「おかえりなさいませ、シュトレリウス様」

「起きなくていい」


 起き上がろうとするわたしに手で制したら、ベッドの脇に座ってのぞきこんでくる。


 春は散々、喧嘩腰だったけれど。

 わたしが門まで出迎えに来なかったのは、実は今日が初めてだったりする。


 出迎えがなくて不思議に思っていたら倒れたと聞けば、そりゃあ慌てて部屋に来るか。

 それでも控えめに入ってきたのは、眠っているとも言われたからかな。


「熱が出たと聞いたが?」

「魔法は使わなくて良いですからね」

「……わかった」


 額に手のひらを当てているだけだけど、こういう時、無詠唱って厄介だ。

 魔法を使うときは少しだけしか光らないから、気を付けないといつ使っているのかわからない。


 使うなと、自力で治すから大丈夫だと伝えたら、そっと頭を撫でるだけにしてくれたみたい。

 ……不満そうな顔ってことは、やっぱり使う気だったな。前にも何度も言ったはずなのに。


「魔法は使わないでって言ったでしょう?」

「今使わないで、いつ使うんだ」

「自然に治せるものには使わなくていいんです」


 物理的な攻撃には痛みを感じても、病気をしたことがないならわかんないか。

 倒れるくらいに熱が出て呼吸が荒くなっているわたしに、どうすればいいのかと困っているみたい。


 今まで病気になった人を見たことがないから、訳がわからない状態なのかな。

 それでも普通の人は、魔法を使って治さないんだからね。


「リュードは病気になったことがないんですか?」

「ない、と、思う」


 二十年近く一緒に暮らしてきた、執事な庭師はいつでも元気だったらしい。

 薔薇を扱っているから、とげが刺さったり軽い怪我はあったのかもしれないけれど。


 それよりもシュトレリウスを守ろうと、自分のことは自分で処理していたんだろうな。




「魔法が使えないなら、何をすればいい?」


 何度か咳をして熱が上がってきたわたしを見て、魔法を使って治すくらいしかできないのにとガッカリもしているみたい。


 だって、いつもは国を守っているんだもんね。

 それよりもちっぽけな妻一人も守れないとは、魔法使いの名がすたるとでも思っているのかな。


 そんなこと、全然ないのに。


「傍にいてくれればいいんですよ」

「……他には?」

「頭を撫でてください」

「わかった」


 それじゃあいつもと変わらないって、ビッミョウな顔をしつつも撫でていく。


 病気のときはいつもよりも心細くなるんだから、傍にいてくれるだけで十分なんだよ。




 夕食はわたしの隣りで一緒にいただいて、軽くお風呂に入ったらすぐに駆け足で戻ってきて。

 ぎゅっとお布団と腕の中に閉じこめるように、いつもよりも優しく抱き締める。


 そうしてたまに頭を撫でながら、少しだけ落ち着いたわたしに、やっとシュトレリウスもホッとしていった。

 わたしもそのままウトウトしながら、静かに眠ることにしよう。


 わたしのじゃない小さな寝息と、ゆったりと聴こえる心臓の音が心地いい。


 ほらね。やっぱりここが一番だ。


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