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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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番外編:魔法使いの兄の嫁

 兄はいるけれど見たことがなくて。

 話したことも一度もないなら、それは家族と言えるんだろうか。




「あれが呪いの子……」


 二番目の男子として産まれたのに、一番目は魔法使いだからと自分に跡継ぎという役が回ってきて数年後。

 父親と一緒にお城に通うようになり、仕事を教わりながら過ごしていたある日。


 小さなざわめきとともに、遠くに歩いている真っ黒いかたまりを噂している声が耳に届いた。


 シュトレリウス・ヴァン・ファウム。


 黒い塊それが自分の実の兄で、歴史的に見ても珍しい、詠唱を言わずに魔法が使える希少な魔法使いだと知ったのはいつだったか。


 家では兄の話は皆無で、父親からはたまに聞くけれど、母親からは一度も聞いたことがない。

 兄弟だと紹介されたことも、同じ席に着いたこともなければ声を聞いたこともまったくない。


 それなのに知っているのは無詠唱の魔法使いっていうことと、いつでも被っている黒いローブのせいもある。

 それ以上に自分の母親でもある人が言ったことで広まった、不名誉な噂があまりにも有名だからだ。


 曰く、『ローブの中を見たら呪われる』、なんて。


 馬鹿らし過ぎるそんな噂を、お城の中では信じている人ばかりで逆に驚いていた。


 それでも、自分には関係ないと。

 母親から言われていたこともあるけれど、何よりこの先も会うことはないんだろうなと思っていた。




 そんな兄と結婚して、さらに順調に一緒に暮らしているという奇特な女性。


 メイリア・ジャン・キュレイシー改め、メイリア・ヴァン・ファウム。


 父親同士が昔した約束だからと、その女性が兄の婚約者だと小さい頃から聞かされていた。

 けれどこれは自分にも関係があることで、兄とは十歳も歳が離れているからと、もしも・・・のために僕も婚約者の一人となっていた。


 魔力を体内に閉じこめている影響で、魔法使いは産まれながらに短命だと言われていて。

 国を守るという重要な役割なのに、その身を国に使っているというのに理不尽な話だ。


 さらに貴族とは名ばかりの、あきらかに金目当てとわかっている相手と結婚しなくちゃいけないなんて。

 向こうは助かるかもしれないけれど、こっちはとんだ貧乏くじじゃないか。


 だから相手の女性が十六歳になっても兄が元気で、さらに何を思ったのか気に入ってくれて。


 そのまま結婚をすることになったからと言われたときはホッとした。

 僕の跡継ぎに影響があると悪いからと、サッサと独立までしてくれたのは、正直言うと助かった。


「でも、お互いのどこが気に入ったんだろう?」


 兄も兄だけど、メイリアさんもメイリアさんだ。

 まあ向こうは実家が路頭に迷うってところだったから、結婚しなくちゃ困ったんだろうけど。


 それでも会ったことのある父親の話では、仲睦まじく暮らしているらしい。


「確かめてみるか」


 春に結婚して、すでに半年以上。

 父親の話でしか聞いたことのない、兄嫁に会いに行こうと思い立つ。




「……なんだ、あの人は」


 自分で言うのもなんだけど、父親に似て温和な見た目で家柄も申し分ない。

 さらにニコリと微笑めば、年齢なんて関係なく、女性は誰でも嬉しそうに微笑み返してくれるのに。


 キュレイシー一家が出掛けているのを見たときは、並んでいる家族を見てそっくりだと思ったし。

 何より向こうも父親に似て、のんびりとした見た目と素朴な雰囲気だと感じた。


 落とした果物を拾ったときだって穏やかで、ちょっと抜けている人なのかと思っていたくらいなのに。


「誰だ、てめえ」


 丸っこい目元は鋭く、呑気な見た目はガラリと変わる。

 普通の女性特有の少し高めの声は僕の父親よりも低く、さらに下からにらみつける全身の雰囲気はかなり怖い。……思わず二歩ほど下がったくらいだ。


 名乗らなかったのは確かに悪かったけれど、まさか本当に知らないとは思わなかったんだ。

 ……という言い訳をしたら門を閉められた。なんでだ。


「前はどうして家まで来れなかったの?」


 閉められた門の隙間から訴えたら、途中でメイリアさんが振り返って尋ねてきた。

 今度こそ正直に言おうと決めて、メイリアさんを追いかけたら途中で見失って、それならと家を目指したら簡単に着いただけだと言ったら拳が飛んできた。


 意味がわからない。


 この人は本当に、端っこながらも貴族の令嬢で。

 さらに自分よりも一つ下の、元婚約者なのだろうか。




 この時は両親が出掛けていたこともあって、気付かれなかったけれど。

 次にデュラー家のフェイナとお茶をしたときは、さすがに出迎えた父親に気付かれて書斎まで連れていかれてしまった。


「ルィーズ、その顔はどうしたんだい」

「殴られました」

「……誰に?」


 ファウム家と言ったら、国の中枢を担っている重要な家柄で。

 さらに国王様とも懇意にしているから、兄が魔法使いじゃなくても重用される家のはずなんだ。


 その嫡男の僕を殴るのは、一体誰なのかと父親がいぶかしむのも当然だろう。


「今日はデュラーさんの娘とお茶会だと言っていなかったか?」

「フェイナさんと兄の家に行ったんですよ。そこでメイリアさんに殴られました」

「ああ、なるほど」


 告げ口みたいで嫌だけど、正直に言わないと母親が出しゃばってきそうだし。

 今も見つからないようにと自分の書斎に隠すように僕を連れてきていることからも、大事にはしたくないんだろう。


「何をしたんだ?」

「兄の代わりの婚約者候補だったと話しただけですよ」

「それだけではないはずだ」

「……」


 なんだか確信をもって、わかっているような父親の口調が気になるな。


 これもまた、言い訳みたいでカッコ悪いけど。

 ぽつぽつと初対面のことから話したら、思いっ切り深い溜息を吐かれてしまった。なんでだ。


「メイリアさんは、なんというか……。手が早いところもあるけど、シュトレリウスを大切にしてくれているからなんだよ」

「?」


 だから殴られても仕方がないと、全面的に僕が悪いと怒られた。

 意味がわからない。


「でもリュードにも追い出されるし、関係ないと言われたんですよ。父上が雇っている執事のはずでしょう?」

「あれはもう、シュトレリウスが雇い主だから。ファウム家とは別だし、元々この家を好いてはいない」

「え?」


 小さい頃に何度か家に報告に来ていたから、てっきり僕のことを話して紹介してくれるのかと期待したのに。

 そっちにも「家には入れない」と言われて、キッチリ鍵まで掛けられたのはそういうわけか。


 それでも僕のことまで嫌いになるなんてと思ったけれど。

 メイリアさんと一緒で、兄のほうが大切だってことなんだろう。


「とにかく、シュトレリウスの家には近付かないように」


 近付くのなら覚悟をしておけと言われて、顔の腫れが引くまでは人前に出ないことになった。


「父上も近付けませんよ。次に会ったらぶん殴るって言っていましたから」

「……そうか」


 孫には簡単に会わせてくれなさそうだなと、肩を落としてガッカリしたまま書斎の扉を閉めていった。


 全然意味がわからないけれど。母親が兄のことを話さない分、父親は兄を大切にしているんだろう。


 兄が魔法使いじゃなかったら、きっとそのまま跡を継がせたんだし。

 メイリアさんだって、わざわざ僕まで婚約者候補にしなくても良かったんだろうな。




「……そういうわけで。家でもどこにも僕の居場所がないんですよ」

「知らんわ、去れ」


 家を目指せば着くからと、今日も来たら門を無言で閉められた。

 それでも話し続けたら、一応、門越しに話は聞いてくれているみたいだからと続けることにする。


「冷たいですね。僕たちは元でも婚約者ではないですか」

「わたしの婚約者はシュトレリウス一人だし、夫もシュトレリウスだけだ」


 門の隙間から見えるメイリアさんの顔はものすごく嫌そうで、さらに手を振ってさっさと去れと容赦がない。


 ファウム家の跡継ぎって言うと手をこすり合わせて持ち上げて、ニコニコと微笑んだ顔しか見せないように最大限に気を使ってくれるのに。

 この人は正体を知るまでの数秒間だけしか、そういう顔を見せてくれていない。


「わたしがあんたにソレ・・をして、なんかメリットでもあんの?」

「メリットと言われても……」


 そういうものじゃないのかと首を傾げたら、ハッと鼻で笑われた。


 家の立場も身分的にも、圧倒的に僕のほうが上なはずなのに。

 そんなの関係ねえとばかりに、ただただ鬱陶うっとうしそうに僕を見つめているだけとは。


 まさか兄にも、こんな態度のままじゃないよなあ。


「兄は貴女のどこをお気に召したんですか?」

「知らんわ」


 いいからとっとと帰れと言って、もう一枚の頑丈で分厚い門扉も閉めていく。

 あ、鍵まで掛けた。本当に入れない気なんだな。




 妙なお茶会になった、デュラー家のほうにも謝りに行こうと振り返ったら、真っ白い馬車がこっちに向かってくる様子が見える。

 あれ。鍵が開いた音が聴こえるし、もしかして門扉も開いた?


「チイッ、まだいたのか」

「……」


 舌打ちって……。初めてされたんだけど。


 分厚い扉を開けてのぞいた表情は穏やかに微笑んでいたのに。

 まだ門の前に立っている僕を見つけたら、思いっ切り顔を歪めて舌打ちまでしてきた。


 この人、本当に端っこでも貴族のお嬢様なんだろうか。


 しっしとさっきよりも容赦なく追い払われたので、仕方なく馬車が置いてあるところまで歩いていくことにする。

 城の紋章入りの馬車に乗って、この家に向かってくる人は一人しかいないもんな。


 まだかち合わない方がいいかと家の角に隠れたら、予想通りの真っ黒いローブを被った背の高い男性が降り立った。


「おかえりなさいませ、シュトレリウス様」


 え、何その笑顔……と、その声。


 さっきまでとは全然違う。

 少しだけ高い声は、兄を見つけて弾んでいるようにも聴こえた。


 しばらく何事かを話したら、メイリアさんがローブをはいで銀の髪が現れる。

 え、ちょっと。外なんだから、それ以上は近付かないで欲しいんだけど。


 微笑み合いながら話している二人は、確かに父親が言っていたように仲がとっても良いみたいだ。


 けれど銀の髪の隙間から見える兄の顔は両親に似ていなく、肖像画でしか見たことがない、曾祖父様ひいじいちゃんにそっくりなキツイつり目だった。


 孫嫁にあたる母親とは、ソリが合わなかったと聞いている曾祖父そっくりとは……。


 国を守る名誉ある魔法使いなのに、代々排出しているファウム家に嫁いだのに。

 どうして母親はあんなに兄を避けるんだろうと、不思議だったけれど。


 これで疑問の一つだった、兄を徹底的に避け続ける理由がわかった気がする。


 それでも見た目も歳の近さだって、自分のほうがいい気がするのに。

 兄がメイリアさんのどこを気に入ったのかもわからないけれど、メイリアさんが兄のどこを気に入っているのかも謎のままだ。


 そうして二人は家の中に入っていって、リュードがキッチリと門扉を閉めて鍵を掛けていく。




 ウチでは考えられないくらいに、家中が穏やかな雰囲気を漂わせていて。

 それはメイリアさんと結婚をしたからなのかと、少しうらやましいと思えた。


 僕が誰かと結婚をしても、あの家から出られるわけじゃない。


 世間的には兄のほうが色々と言われてさげすまれているようだけれども、あの家に縛られている僕のほうが絶対に不幸な気がする。


 それにしても……


「あれが噂の銀の髪か」


 今でも日の光に反射してまぶしい髪は、昼間だともっとまぶしそうだな。


 自分のなんの変哲もないフツーの茶色い髪をつまんで、魔法が使える証である特別な髪を欲しいと感じてしまった。


「あ、ローブの中を見てしまったな」


 けれど毎日見ているメイリアさんは幸せそうだから。

 ローブの中を見たら呪われるんじゃなくて、幸せになれるんだと思うことにしよう。


 それでも母親には、きっと話せる日は来ないんだろうけど。


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