八話:お茶会は寒空の下で
「変態は義弟でしたよ」
「弟?」
いつもなら開けっ放しの門が閉まっていて、さらに二重になっていたのはなんでなんだと。
心配したシュトレリウスに、閉めた理由を簡潔に話す。
「奥様、それでは短すぎて伝わっていませんよ」
首を傾げたシュトレリウスを見て、すぐさまユイシィが突っ込んでくるけれど。
変態か変質者かストーカーとしか言いようがないんだから、ひとまとめで変態でいいじゃないか。
「ルィーズ坊ちゃんが家に来たんですよ。すぐに追い返しましたけど」
「……そうか」
シュトレリウスが独立したときに、リュードも雇い主を変えたからか。
主の実の弟でも自分の知っている人だったとしても、門の中には入れていないと軽く話すリュードに、シュトレリウスのほうが呆気に取られているみたいだ。
うん、やっぱりこっちはかわいいな。
「それで、何をしに来たんだ」
「ええと……」
脱いだローブを玄関先で受け取りながら、着替えようかと自室に向かっている途中で尋ねられるけれど。
「さあ?」
「”さあ?”?」
「だってわたしを追い駆けたら道に迷ったので、家を目指してまで来たっていうから」
そんな気持ち悪い理由を聞かされたら、相手が誰だって追い返すでしょ。
ユイシィは真っ先に塩を持ってきて、豪快に門に向かって投げつけて。
顔見知りのはずのリュードも、呆れつつもキッチリと門の鍵を閉めたもんね。
「でも家まで来れたってことは、シュトレリウス様は許可をしていたってことですよね?また来そうですけど、次は家の中に入れたほうがいいですか?」
「入れなくていい」
被せ気味に、うんざりするような口調で言い放つ。
首を振って溜息まで吐いて、ものすっごく面倒くさそうだ。
一応、シュトレリウスの実の弟じゃないの?
ギルタとミレナに対する態度と違い過ぎる。
「この家に来てから産まれた弟だ。会ったことも話したこともない」
「それはもう、血が繋がっているだけの他人ですね」
「ああ」
けれど血が繋がっているというところが、魔法の厄介なところで。
身内限定の魔法にしたら、どんなに嫌でも拒絶しにくいと言われたら困るな。
「見た目は義父様に似た好青年でしたけど、中身はデーゲンシェルムよりも気持ち悪いです」
「それは最悪だな」
「はい、とっても」
上着から顔を出したシュトレリウスの、顔が思いっ切り歪んでいる。
デーゲンシェルムは、アレでわりとまともだもんね。変態だけど。
「とりあえず殴っときましたから、今年はもう近寄ってこないんじゃないでしょうか」
「……そうか」
ちょっと遠い目をしつつも、門の中に入れていないならいいかと納得してくれたみたい。
「やっぱり、門の中に入れるのはマズいですか?」
「そうだな。一度入れた者を追い返すには、別な魔法が必要になる」
「じゃあ入れないようにします」
変態を追い出すために、シュトレリウスの寿命を使うなんて最悪じゃないか。
この先は長生きをして、子供と孫とのんびり過ごすって決まっているんだから。
「絶対に入れませんから、勝手に魔法は使わないでくださいね」
いざとなったら蹴り上げてでも入れさせないと言うわたしに、今度はしっかりと頷いてくれた。
とても確信を持っているような、実感のこもった頷き方だ。
……シュトレリウスのことも、蹴り飛ばしたことあったもんね。
その節は申し訳ない。
夕食で二人にも伝えたら、今もキッチリと閉まっている門を確認する。
今まであちこち開けっ放しだったなあ。いくら近付けないからって、不用心すぎる。
カーテンも引いていない寝室に戻る途中で、伝え忘れていたことを思い出した。
そうそう。フェイナとお茶をしようかって話していたんだった。
「ウチでするのか?」
すでに日課になっている、ベッドの上で髪を拭きながら尋ねてみたら妙な顔をされてしまった。
「前と同じで門の前ですよ。遅咲きの薔薇があったでしょう?あれを見ながら門の前でお茶をしようかって話していたんです」
まだ雪は降らないといっても、外でするのはアレかもしれないけれど。
色々あったデュラー家の一人娘だし、何より父親に対してはまだ警戒しているみたいだもんなあ。
わしゃわしゃと拭いていたタオルから覗く顔は、やっぱりビッミョウだ。
っていうか、すごく嫌そう。
「結婚をしろと、フェイナちゃんに追いかけ回されたのがそんなに嫌だったんですか?」
「そうではない」
「お茶会に来るのはフェイナちゃんだけで、デュラーさんは来ませんよ?」
「……」
あ、こっちか。
名前が出た途端にムスーッとして、来ないとわかったらホッとするとは。
わかりやすすぎて、ちょっとおかしい。
「なんだ」
小さく微笑んだわたしに気が付いて、妙な表情をしてくるシュトレリウス。
そういうちょっとした顔も、考えてみればたくさん見せるようになったなあ。
「だって、春と違ってわかりやすくて」
「そんなことを言うのはメイリアくらいだ」
ギルタも喋んないし動かないから、何考えてんのかわかんねえって言っていたもんね。
「でも、それは当たり前です」
「?」
リュードみたいに、二十年近く一緒にはいないけど。
それでも半年以上、毎日しっかり見ていたんだから。
「何が当たり前なんだ?」
「教えません」
「む?」
髪を拭いていたタオルで顔を隠して、そう簡単に教えてなんてやらないと言い張ってやる。
っていうか、わたしばっかり見ていたみたいで恥ずかしいじゃないか。
ユイシィが言っていた、シュトレリウスが好き過ぎるって言葉のまんまみたい。
「ひゃっ!?」
「言う気になったか?」
「……絶対に言わない気になりました」
タオルを取りついでに顔を近付けたら。
ついでとばかりにどこ触ってんだ、この野郎。
何度か近付いて、いつものように服に手を掛ける様子に。
これまた前から気になっていたことを思い出した。
「どうした」
「……あの、足りてます?」
「何がだ?」
いまだに頑張って寄せないとできない谷間は、シュトレリウスの手のひらに余裕で収まるくらいの大きさしかない。
つまりやっぱり、夫としては物足りないんじゃないの?
だって寝室にあるベッドはふかふかだし。お城のシュトレリウスの部屋にあったソファなんて、もっとふわふわだったし。
つまりわたしの胸では足りなくて、ふかふかを求めているとかじゃないんだろうか。
「??」
じいっと自分の胸元を見つめるだけのわたしに、まったく気付いていないシュトレリウスは首を傾げて座り直した。
そうしてわたしの視線の先を見つめるけれど、何を差しているのかわからないみたいだ。
じゃあ、これでもいいってことなのかな。
わたしとしては、もうちょっと欲しいところなんだけど。
「妻としてなら、十分だと思うが」
「へ!?」
わからないなりにも、なんとか考えてくれたみたい。
……そういう意味では、ないんだけど。いいってことにしてやろう。
「違うのか?」
「それで、いいです」
「??」
こういうときばっかり、まっすぐ見つめないでよね。
やっぱり今日も恥ずかしくなってきたから、頬をつねって顔を近付けてやる。
ていっ。
午前中のほうが暖かいからと、シュトレリウスを見送ったら、門の前にお茶会の用意をしていくことにする。
フェイナが見たがっていた薔薇は、帰りに持って行けるようにとテーブルに花束っぽく飾ってくれた。
今日も執事なのか庭師なのか、よくわからないリュードだな。
「砂糖よりは蜂蜜にして、ジンジャーも入れましょうか」
「デザートも熱々のフォンダンショコラだから少しはいいかな」
家の中に入れれば、問題ないんだけど。
一回でも門の中に入れると次からフリーパスになると言われたら、防犯上もこうするしかないよね。
「こうして花束にするなら、向こうの家に行ったほうが良かったんじゃないですか?」
「デュラー家はお客様が多いから、そのたびに挨拶に行かなくちゃいけなくて忙しないの」
薔薇が見たいだけなら持っていけばいいのにと、ユイシィが首を傾げている。
前に一度だけ行ったときのことを話したら、それじゃあゆっくりできないかと納得してくれたけど。
「一人娘っていうのも大変ですね」
「だねえ」
跡継ぎっていう立場じゃないわたしたちは、想像するしかないもんね。
キュレイシー家はギルタが継ぐことになっているけど、ミレナと二人で一人なところがあるからなあ。
「ファウム家の跡継ぎは変態……、弟さんになるんでしたよね?」
「そうらしいね」
これもわたしたちには関係ないかとテーブルの皺を伸ばしていたら、こっちに近付く馬車が見えた。
「こんにちは、メイリアさん」
「帰れ」
フェイナと一緒に来た人は、この前ぶん殴って今まで話題にしていたその人だった。
なんでお前がここにいる。呼んでねえよ。
しっしと手を振って追い返すわたしと、一緒に来ることになったルィーズを交互に見ながら、間に立っているフェイナがオロオロしている。
「お城で会ったときに、今日のお茶会の話をしたら一緒に行きたいと言われてしまいまして……」
「フェイナちゃんは歓迎するけど、こいつは許可していないから近付くな」
ファウム家の跡継ぎに頼まれたら断りにくいことはわかるから、そっちにはニコリと微笑んでいく。
でも隣りでニコニコしている変態改め義理の弟は、呼んでねえからな。
っていうか椅子も二脚しか置いていないんだから、お前は遠慮をしろと睨んでおく。
「一つしか違いませんけど、義兄妹ではないですか」
「貴様と仲を深める気はない」
ここは義理の兄妹同士、仲を深めましょうとか気持ち悪いことを言うな。
それでも今日はフェイナが連れてきたお客だからと、リュードが渋々椅子を持ってきた。
「旦那様には許可をされていませんから、今日も家の中には入れませんよ」
「……いいよ、ここで」
ちょっと唇を尖らせながらも、門の前でいいと座っていく。
フェイナも小さくホッとして、やっとお茶会のスタートだ。
「あ、そうでした。忘れないうちに渡しておきますね」
「?」
熱めの紅茶を飲んでホッとしたら、フェイナが馬車から降りたときから持っていた袋を掲げて、遅くなったけれどと、誕生日プレゼントだと渡してくれた。
「え?」
「秋は体調を崩しやすくなるので、渡せなかったんです。気に入ってくれるといいんですけど……」
「あ、ありがとう」
うわぁ……友達からもらうの、初めてなんだけど。
フェイナも初めて渡したと言って、二人して照れくさくなってしまった。
「あ、開けていい?」
「はい、どうぞ」
上等な箱に入っていて、分不相応な品の予感がして恐れ多いな。
……いや、待て。なんかとっても馴染みのあるロゴが見える。
馴染みがあるっていうか、すでに見慣れているっていうか。
「これ、往来で開けても大丈夫?」
「え?あ、そうですね。……男性の前では、ちょっと」
「だよね」
「なんですか?」
チラッと自分の隣りに座っているルィーズを見て、そういえばこいつがいたんだったと思い出してくれたみたい。
あっぶねえ。蓋を開ける前に気が付いてよかった。
「中身はなんですか?中途半端で気になるじゃないですか」
「ダメですよ、ルィーズ様。これはシュトレリウス様しか見てはいけません」
「え?」
「……」
とっても見覚えのあるロゴは、ユイシィ御用達のお店の物で。
つまり買いこんでいて顔が覚えられている、例の寝間着を扱っているところだ。
今すぐに中身を確認したいところだけれど、ニコリと微笑んでお礼だけ言っておこう。
っていうか、何が入ってるんだろうか。
後ろでユイシィが親指を立てていることから、なんかアレな品物の気がするぞ。
「ええ、そうです。ユイシィさんに教えてもらったお店で選びました」
「そっすか」
「デザイナーさんがとても張り切ってくれて。わたし、初めてオーダーしたんですよ」
「へえ、そんなお店があるんですか」
フルオーダーをしてくれる、服か靴のお店だと思っているのか。
ルィーズが今度行ってみようかなと、気軽に店の名前を訊いている。
「女性専用のお店ですから、婚約者か奥様ができたらがいいですよ」
「ああ、ではまだ先ですね」
なんだとちょっとガッカリして、そんな相手は今のところいないと肩を落とした。
「ファウム家の跡継ぎなのに、婚約者もいないの?」
会ったのはこの春先だけれど、シュトレリウスには結構前からわたしがいたみたいなのに。
わたしの一つ上なら、そろそろ決まっていないとマズイだろうに。
「わたしみたいに、自分で探してこいとか言われているんですか?」
フェイナは十六歳までに自力で見つけるか、父親が選んだ人になるか、なんだったね。
「いえ、違いますよ。決まっていたようなものだったんですが、いなくなったので一から探さないといけなくなったんです」
「えっ……、亡くなられた、とかですか?」
それなら訊いてしまって申し訳ないと謝るフェイナに、そうではないと明るく微笑む。
そのままわたしに視線を向けたら、なんでもないことのように言っていく。
「兄はいつまで生きれるかわからないじゃないですか。だからメイリアさんが十六歳になったときに亡くなってしまっていたら、僕が代わりに結婚する予定だったんです」
「へ!?」
「あれ、聞いていませんか?」
……シュトレリウスが確か、そのようなことを言っていた気がするけれど。
「無詠唱の魔法使いって、今まであまり確認できていないんでしょう?それに小さい頃に短くなってから髪も伸びないと聞いていたので、あまり寿命はないんじゃないかと言われていたんです」
それでも父親同士で約束した結婚だから、シュトレリウスがダメだった時の代わりの自分なのだと話していく。
どんな顔をすればと困惑していたフェイナも、魔法使いがいた家だからか事情をわかってくれたみたい。
すぐに納得して、わたしとルィーズを交互に見比べた。
「じゃあ婚約者って、メイリアさんだったんですか?」
「そういうことですね」
長兄だけど跡継ぎじゃなくて、ファウムという名前はそのままだけど独立していて。
さらにいつ死ぬかわかんないからと、わたしの婚約者候補の一人に弟までって。
「……ざけんな」
「どうしまし……うぐっ!?」
「きゃあっ!?」
義両親は今まで放置していたことで、一回は殴ってやろうと思っていたけれど。
一回くらいじゃ気が済まない。顔が腫れあがるまでぶん殴ってやる。
殴られて椅子から転げ落ちたルィーズに、しっかりと宣言をするように指を差す。
「帰ったらお前の両親に言っておけ。シュトレリウスに近付いたら、殴るくらいじゃ済まさないからな!」
わたしよりも長生きをして、たくさんの家族に囲まれて。
そうして今までの分、誰よりも絶対に幸せになるのがシュトレリウスなんだから。