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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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七話:もう一人の弟

「それで。このネックレスから会話が聴こえるとかはありませんよね?」


 わたしの誕生日にもらったネックレスをつかんだら。

 周囲から見えにくくする魔法以外に、余計なことをしていないかとシュトレリウスに詰め寄る。


 前に身に着けるようにと言われたネックレスは、実は特殊な魔導具で。

 それは遠くにいても持ち主のシュトレリウスに声が届くという、ストーカー垂涎の逸品だ。


 そんな前科がすでにあるから、ここでキッチリ問い詰めないと。


「どうなんですか?」


 昼食が終わって、最近お気に入りの暖炉のある部屋で。

 ふかふかの揺れる椅子の、さらにシュトレリウスの膝の上にどっかりと座ってすごんでやる。


「そこまではしていない」


 ちょっと不機嫌そうな顔で、魔導具にするには魔力以外も必要だからとつまらなそうに教えてくれた。


 簡単にできたなら、即座にしてやるのにとでも言いたそうな感じだな。


 遠く離れても声くらいは聴きたいとかならかわいいけれど、これはそういう意味じゃない。

 常に監視していたいとは変態か。


「してないなら、まあいいです」


 じいっと見つめ続けても、視線を逸らさないなら本当みたいだし。

 膝の上にまたがるように座っていた姿勢を横に直して、ちょうどいいからぎゅっとしてやろう。


「頭、撫でて」

「……」


 ムスッとしたまま膝から降りないわたしに、とっても戸惑っているらしい。

 両手を所在なさげに広げたまんまで固まっているから、とりあえず頭を撫でろと言っていく。


 フンだ、もっと撫でろ。




 昨日はそのまま、あれしろこれしろとわがままを言い続けてスッキリした。

 でも、その代わりなのかなんなのか……。


 夜がいつもよりも、その、アレだったのは、シュトレリウスなりの仕返しかなんかだろうか。もっと遠慮しろ。

 今日こそ窓を拭こうとバケツを持った途端、腰が砕けて動けなくなったじゃないか。困った。


「大丈夫ですか、奥様?」

「うん。壁に沿って歩けば、なんとか」


 家の外側の掃除だから、そのまま壁に手をつけながら横歩きをすれば大丈夫なはずだ。

 よし、行けそう。


「行けそう、ではなくて。こういう時のための、メイドわたしなんですからね?」

「わかっているよ」


 でもその、昨夜が原因で動けないから任せるっていうのは、かなり恥ずかしいし申し訳ない。


 よろけながらも掃除をすると言い張るわたしに、呆れた溜息を吐きながらも。

 無理はしないようにと言い含めたら、ユイシィも掃除をしに反対側へ行ってしまった。


 これもシュトレリウスのせいなんだから、帰ったらつねってやろう。






「んーっ、はあ……。綺麗になった」


 ヨタヨタしながらも、なんとか一階の窓拭きは終わったぞ。

 窓や壁はそんなに傷んでいなかったから、これで雪が積もっても安心だな。


「庭も特に問題なかったですわ」

「じゃあ、お昼にしましょうか」

「疲れたぁー」


 少しずつ動けるようになった後半は、ちょっとやり過ぎなくらい動いてしまった。

 肩をほぐして背中を伸ばしたら、美味しい昼食をいただくことにしよう。


「食後は休んだほうがいいですよ」

「畑をいじったら夕食まで休むよ」


 軽く着替えたら厨房に入って、久しぶりにパンケーキランチにしようかと小麦粉を取り出していく。


 今日はシュトレリウスのお弁当の日だから、夕食でまた別な料理を試そうかな。

 お弁当の日は多めにおかずを作るから、改めて用意しなくても豪華になるのはいいところだ。


 ユイシィは朝食の残りのスープに色々足して、シチューっぽいおかずスープにするらしい。美味しそう。

 これはシュトレリウスは持って行ったことがないから、スープジャーみたいな容器があるといいのに。


 ふかふかのパンケーキを人数分作りながら、小さい鍋に入れたらお城でも食べられるのかなとか考える。


「昨日のテリーヌは断面が綺麗でしたけど、生のトマトは水分が多くて難しいですね」

「ドライトマトにすればいいのかも」


 春野菜があるから、切り口の彩りが良かったんだよね。

 こういうところは、野菜があって良かったと喜んだけれど。


 やっぱりもうすぐ雪が降るって冬に、春野菜が普通に採れるのはビッミョウな気分だ。


「味に変わりはありませんし、何より魔法が使えるような特殊野菜ではないんでしょう?」


 リュードもユイシィも、身体に問題はないなら別にいいとアッサリだけれど。

 庭の薔薇は普通なのに、畑の季節がちぐはぐとか意味がわからん。


「次にお城に行ったら、詳しそうな人に訊いてみるよ」


 雪が本格的に積もる前に、一度お城に来て欲しいって言われているもんね。

 相手が王女様っていうのが、わたしの交友関係のよくわからないところだ。




 お昼は一緒にと、食堂で三人並んで食べながら。

 いい天気だなあと外を見ていたら、ユイシィが思い出したように呟いていく。


「あれから、一般人のほうの変態は来ませんね」

「街に出ても会ってないよ」

「すぐに塩をまいたからですかな?」


 家に着いてから塩の入った瓶を持って門に出たわたしに、何事かと二人がぎょっとしたけれど。

 お清めだと言ったら納得して、二人も豪快にまいてくれた。


 家に来ないのは塩の効果だとしても、街で会わないのはネックレスに掛けた魔法のせいかもしれない。


 元々、誰にも声は掛けられないから気にしなかったけれど。

 これを身に着けているわたしって、周囲からはどういう状態に見えているんだろうか。


「しかし奥様に声を掛けるとは、旦那様に近付こうと考えている人ってことですかな?」


 リュードもあれから警戒をして、庭の手入れをしながら外を見張ってくれている。

 それでも不審な馬車も人も来ないと、サラダを口に運びながら相手の意図がわからないと首を傾げてしまった。


「魔法を掛けてるのに見えるってことは、ファウム家の人ってことになるんだろうけど……」

「それなら年齢的に旦那様の弟、ですかね?」


 これに関しては、さっぱりデータのない人物だ。

 独立するまではシュトレリウスのことを報告にファウム家に行っていたリュードも、小さい頃しか会ったことがないからよくわからないらしい。


「奥様を乗せようとしていた馬車の紋章は覚えています?」

「馬車乗り場には他にもあったから、どの馬車に乗せる気だったのかはわかんない」


 いくらお金持ちだからっていっても、店の前に馬車を横付けするわけじゃない。

 大通りのあちこちにある、駐車場みたいな場所に馬車を置いて店まで歩くか、従者に頼むことが普通だ。


「次に会ったら名前を言いますかな?」

「どうだろう」


 こっちが知っていると思っての態度、って感じじゃなかった気がする。

 確かめるような試すような言い方だったから、わたしが知ってても言わなかったんじゃないだろうか。


 話しながらの昼食が終わっても、いい考えなんて浮かばない。

 三人しかいないからと、厨房まで各自でお皿を持って向かいながら、この問題は脇にでも置いておくことで決定だ。


 三人寄っても情報が少ないなら、知恵が出なくても仕方がないね。


「でも家まで来れなかったってことは、弟じゃないんじゃない?」

「それならただの変質者ですね」


 そういうことにしておいて、お皿を片付けたら庭でもいじろうっと。

 いい加減、実家から持ってきた種を植えないと腐ってしまうわ。




 厨房の端っこで育てていた苗を持って庭へ出ようとしたら、サッサとリュードが抱えてくれた。

 こういうとき、男手って大事だよね。助かる。


「何を植えるんですかい?」

「かぼちゃは芽が出てきたから、後は葉物かな?」

「鍋の美味しい季節ですもんね」


 植えるには遅いかもしれないけど、ハウスっぽく囲った中で育てるんだ。

 一旦植えたら枯れないみたいだからと、開き直って色々試してみることにする。


 リュードは庭の雪囲いをすると言って、苗を置いたら薔薇園のほうに向かって行った。

 ユイシィはわたしの手伝いで、一緒にスコップを持って畑仕事だ。


もう一人の変態デーゲンシェルムは、そろそろ来るでしょうか?」

「お母様に殴られてから来てないねえ」


 朝食を一緒に摂るくらいに、毎日のように通っていた時もあったけれど。


「またウチに迷惑掛けたからって、王女様に怒られて自粛しているのかも」

「本当に、見た目がいいだけの残念さ……」


 デーゲンシェルムが来たら目の保養とウキウキしていたユイシィも、さすがに十歳の幼女に怒られる美青年は御免らしい。

 その前に、王女様はこいつが婚約者でいいんだろうか。不安しかないんだけど。




「ところでユイシィって結婚しないの?」

「え!?」


 わたしよりも二つ下だから、もうちょっとで適齢期のはずだ。

 さらにこれはとっても悔しいから言わなかったけれど、ユイシィは小柄の割に立派な胸の持ち主だったりする。


 ……半分。いや、三分の一でいいから分けてくれないかな。


 思わずじいっと胸元を見ながら尋ねたら。

 兄弟が多すぎる家から出たくてこっちに来たからと、自分に関してはリュード並みに考えていないと言い張った。


「わたしが結婚していなくなったら、奥様のお子様は誰が世話をするんですか?」

「……ま、まだほら、いつ産まれるかはわかんないし」


 それに下の弟妹きょうだいの世話はしてたから、今でもそこそこできると思う。

 産むってことは経験したことがないから、動けるのかはわからないけれど。


まだ・・

「う、うん」


 なんだ、その目は。

 やることやってんなら、そろそろじゃないのかとか言う気なのか。




 そのまま無言で見つめられるのも居たたまれないから、黙々と野菜を植えていくことにする。

 冬に鍋はつきものだし、葉物はたくさん植えておかないとね、うん。


「あれ、誰か来たみたいですよ」

「え?」


 なんだか表が賑やかだ。っていうかもしかしなくとも、リュードと誰かが喋ってる?

 配達の人にしては親しげな口調ってことは、知り合いか誰かかな。


 ユイシィと首を傾げながら門に向かったら、見たことのある人物がそこにいた。


「てっめえ、何しにきやがった!?」


 艶のある茶色い髪を揺らして、手入れの行き届いた指先をこちらに向けて振っているソイツは先日の変態じゃないか。


「ああ、なるほど。では坊ちゃんが先日の変態ですかい」

「僕が変態!?」

坊ちゃん・・・・?」


 スコップを向けてにらみつけるわたしに納得したのか、リュードが一つ頷いたら、変態改め坊ちゃんに向き直る。

 言われた坊ちゃんはぎょっとして、なんで変態って言われているのかとリュードに詰め寄った。


「きちんと奥様に名乗らないからですよ」

「僕のことは知っていると思ったんだよ」

「私も話すまで気付かなかったと言ったでしょう?」


 やれやれと、子供に諭すようにリュードがたしなめる。

 それでも見たことがない人だからと、わたしの後ろでユイシィがものすっごく警戒している。


 でもリュードの口調が柔らかいってことに気が付いて、やっぱりさっき言っていた人物なんじゃとわたしを見上げてきた。




 門の前で四人で並んだまま、一番気になっていたことを確認しようか。


「まずは名乗れ」

「これは失礼いたしました。僕……私はルィーズ。ルィーズ・ヴァン・ファウムと申します」


 ニコリと初対面と同じ顔で微笑んで、やっと名乗ってはくれたけれど。


 やっぱり全然、聞き覚えがない名前だ。

 だってウチではファウム家に関して、話題に上る日はないもんね。


 名前を聞いたのに顔を歪ませたままのわたしに、小さく呆れた溜息を吐いたリュードが付け加えてくれた。


「今年で十八歳になった、旦那様の弟様ですよ」

「あ、そう」

「それだけですか!?」


 じゃあこれでと畑に戻ろうとするわたしに、もっと何かあるだろうと近付いてきた。

 なんだコイツ、しつこいな。


「変態の正体がわかっても、わたしにとっては関係ないもん」

「貴女にとっては義理の弟じゃないですか」

「だからといっても、旦那様はすでに独立しておりますからな。ファウム家にというより旦那様に嫁いだだけですし、確かに関係はありませんね」

「リュード!?」


 弟だからなんだってんだと次々と言ったら、しっしと門から追い出していく。


「え、ちょっと!?」


 このままウチでお茶でもという流れを期待してたんならノーサンキュー。

 そんなに甘いわけがないだろうが。


「ウチに来れたんなら身内認定されてるんだろうけど。今まで会ったことも聞いたこともない人を、簡単に家に入れるわけねえだろうが」

「え?」

「旦那様と奥様の許可がない人は、そこから中に入らないでください」

「え?」


 しっしと手を振るわたしとユイシィに、ルィーズは訳がわからないと首を傾げている。

 見知ったリュードなら何か言ってくれるかと見上げても、とってもにっこりと微笑むだけだ。


「そういうわけですから、ルィーズ坊ちゃんはこのままお帰りください」

「は!?」


 ガシャンッと目の前で門を閉めて、変態改め義理の弟でも容赦しないと言い放つ。


「ちょっとちょっと。ぼ……私はちゃんと名乗ったじゃないですかっ」


 ガシャガシャと門をつかんで揺らすんじゃない。近所迷惑になるだろうが。


「初対面の態度が悪かったんだから仕方がありませんな」

「そっちだって、僕をめちゃくちゃにらんだじゃないか」

「怪しい人にはにらんで当然です」


 緩く首を振ったリュードが鍵を掛けて、ユイシィも殴られないだけマシだと言い放つ。


「いや、ちょっと」

「うっせぇクソガキ。とっとと去れ」


 しっしと手を振って、それ以上騒いだら殴ると拳を握ったら、やっと大人しくなってくれた。


 しょんぼりするな。シュトレリウスと違ってかわいくない。




 そのまま家に戻ろうとする途中で、もう一個の気になることを思い出して振り返ったら、気が付いた向こうも顔を上げて尻尾でも降りそうな勢いで近付いてきた。

 犬か。


「入れてくれるんですね!?」

「違う。この前はなんで家までついてこなかったの?」


 そしたら怪しさはもっと増すけど、すぐに身内だってわかったのに。

 まあ、だからって入れないけど。


 門越しに尋ねたら、思い出しながら首を傾げたままで話していく。


「前のときは、メイリアさんについていったら途中で見えなくなってしまったんですよ。今日はまっすぐ家を目指したら着きました」

「ついてくんなって言っただろうが、変態ストーカー野郎!」

「ふごっ」


 門の隙間からぶん殴り、そのままもう一枚の扉も閉めて完全に門前払いを食らわせてやる。


「塩まこう」

「そうしましょう」

「持ってきました!」


 三人で並んだら、丁寧に門に向かって塩をまいて。

 ついでにパンッと手を叩いてお祓いもしておく。よし、完璧だ。


 ……それよりも、ここには変態しか近付かんのか。最悪すぎる。


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