番外編:魔法使いは変態だらけ 前編
ガタガタと、必要以上に揺れる馬車に乗って半日近く。
家から出たことも遠出をしたことも、馬車に乗ったことだってないオレたちは、初めて家から飛び出した。
「あ。畑以外が見えてきたよ、ギルタ」
「デケー家だな」
パタパタと椅子に膝立ちしながら外を見てはしゃいでいる双子のミレナと一緒に、景色が変わった外を見て、ウチの周りとは全然違うんだなってことを知る。
姉ちゃんが住んでいる家は、ウチとあんまり変わらないって言ってたなあと思い出しながら、窓から見える家を眺めていたらミレナがポツリと呟いた。
「お姉ちゃん、なんで新年に帰ってこないんだろう」
「それをこれから訊きに行くんだろ」
秋に帰ってきたとき、しっかり食べてはいるようで、やつれていなかったことはいい。
でもそれと新年は帰らないという返事は別だ。納得していないし納得できるわけがない。
あの黒い塊に何か言われたくらいでは、大人しく聞いている姉でないことはわかっている。
……から、余計にどうして新年に帰ってこないか、こうして直接訊きに行くことになったことは助かった。
「二人とも、大人しく座っていなさい」
「「はーい」」
小さく母親が窘めて、ついでとばかりにこげ茶の瞳を細めてジロッと睨む。
この表情の母親は、とっても不機嫌だと経験上知っている。
大人しくミレナと並んで座り直して、でもすぐに揺れと椅子の硬さで座っていられなくて立つことになった。
「二人とも」
「だって母ちゃん。椅子が硬すぎて、ずっとなんて痛くて座ってらんないぜ」
「お姉ちゃんが乗ってきた、あの白い馬車ならふかふかなんだろうねえ」
「……ごめんね、父さんが用意できる馬車はこれが精いっぱいなんだよ」
また母親の睨みつけるような視線を感じたけど、最後まで言う前に、途中で何度か立たないと無理だと言ってやる。
ミレナが外を見ながら、姉と黒い塊が乗ってきた馬車の座り心地はどうなんだろうと呟いたら、父親が申し訳なさそうに謝ってきた。
「別に。父ちゃんの甲斐性がないことは前からだろ」
「うっ」
「ギルタ」
「はいはい」
本当のことだけど、それ以上は言うなと母親ストップがかかる。
だってそのせいで姉ちゃんが売られるように、十歳も年上のオッサンに嫁がなくちゃいけなくなったんじゃないか。
これにもいまだに認めたくないから、項垂れている父親にフンッと一息吐いて、ミレナと並んで外の景色を見ることにする。
「お、店とか増えてきた」
「わたしのワンピースとか、ギルタのベルトとか売っているお店もあるのかなあ」
「あおいう高級なお店は、城の近くだと思うよ」
しょんぼりしていた父親が、ミレナの言葉で顔を上げて答えてくれた。
そもそもこっちから行くんじゃなくて、向こうから品物を持ってくるんだと言われても意味がわからないだけだ。
とりあえず、次元が違うってことだな。
そんな店が近くにあって、さらに城で働いている旦那とか、姉ちゃんはここで上手く生活できているんだろうか。
「あれ、あの看板」
流れる景色の途中に、誕生日プレゼントの一つにもらったチョコレート屋の看板が見えた。
「あのチョコレート、すっごく美味しかったよねえ」
「うん。口に入れたらすぐに溶けるのに、舌に味がいつまでも残ってんだ」
大事に大事に食べていたおかげで、もうちょっとだけ残っている。
季節限定品だと言っていたから、冬になった今はまた新しい味があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、家に帰るまでに姉ちゃんと出掛けられないかなあとミレナと呟く。
せっかく遠出してきたんだし、何より市場以外の店があるところは見てみたい。
眠い目をこすって、着くまではと頑張って起きていたら。
ふいにガタンと思いっきり揺れて、目的地に馬車が止まったみたいだ。
「お父様、”来ちゃった”じゃありません。来るなら来るって先に言ってくれないと、こちらも準備があると言っておいたでしょう」
「ごめんごめん。今日なら行けそうだってわかったからさあ」
こっちにだって都合があるんだからと、雑巾を握ったままの姉が着いて早々に父親に怒っていった。
年末の大掃除をしていたからの、雑巾なのはわかるけど。
相変わらず貴族のご令嬢とは程遠い生活で、全然変わっていなくて、らしくて笑ってしまう。
そんな変わらなすぎる姉に、母親が頭を抱えているのはいつも通りだ。
姉に謝り終わった呑気な父親は母親の隣りで、何かを捜すようにきょろきょろとし出した。
「シュトレリウス君は?」
「シュトレリウス様はお城に決まっているでしょう」
ものすごく呆れた溜息を吐きながら、アイツは仕事だと言っていく。
そりゃそうか。つーか、そういう父ちゃんはいつ仕事してんだ?
ウチは大丈夫なのだろうかと心配になっていたら、姉がオレたちにいつも通りの笑顔を向けてきた。
「長旅で疲れたでしょう。ケーキでも食べる?」
「食べる!」
「わぁい」
しょっちゅう立って誤魔化していたけど、そろそろ揺れすぎて疲れたところだったとミレナと喜ぶオレに姉も嬉しそうだ。
朝が早かったから眠いのもあるけれど、アイツがいないならつまんないな。
それでも久しぶりの姉のケーキが食べられるからと、そのまま食堂へとみんなで向かうことにする。
「なんか、本当にウチと変わんない大きさなんだな」
「だねえ」
家に入るまでの薔薇園は見事だったけど、さらに丁寧に手入れされているのがわかって安心したけれど。
国を守っている魔法使いって儲かんないのかなと、ミレナとコソコソ呟いていく。
「ああ……やっと落ち着いた」
母親はふかふかの椅子に座れて、地面が揺れていないと言って安堵していた。
父親もその様子にホッとしているけれど、いつも父ちゃんはどうやってあの馬車で城まで出掛けていたんだろうか。
「お姉ちゃんの糖蜜タルト、久しぶりだねえ」
「だな」
あったかい紅茶に久しぶりの姉のタルトで、オレとミレナもホッとしていく。
ホッとしたついでに眠気が一気に来て、そのまま夕食まで眠ってしまった。
「ん?」
「ぐー……」
「二人とも、眠っちゃったみたいだね」
……せっかく久しぶりに姉に会えたっていうのに、昔みたいにオレたちは用意された部屋まで運ばれてしまったらしい。
十歳にもなったのに、これじゃあいつまで経っても姉を守れないじゃないか。
くそう。
「二人とも、起きたなら夕食だよ」
「「はーい」」
もう母ちゃんの前でも気にしないことにしたのか、スープ以外は全部姉の手作りの夕食らしい。
いいじゃん。姉ちゃんの料理は美味いんだからさ。
「おかえりなさい、シュトレリウスさま!」
「おかえり、オッサン」
オッサンが帰ってきたといって門まで迎えに行った姉と一緒に、胡散臭い黒いローブを被ったオッサンが食堂に現れた。
おい、声ちっちぇえぞ。もっとちゃんと喋れや。
相変わらずな姉には和んだけど、オッサンの変わらなさは大丈夫かと不安になるな。
姉とは何やらわかり合っているようなカンジなのが、またムカつくところだ。いや、あれって会話になってんのか?
夕食が終わったら、すぐに休もうと用意された部屋に入っていく。
各部屋に風呂があるということも、その風呂のデカさにも驚いた。足が伸ばせるって最高だな。
驚きながらも部屋でミレナと話していたら、眠る前に姉が明日の予定を言っていった。
「明日は出掛けられるから、街に行こうか」
「わぁい」
「うえっ。あの馬車にまた乗んの?」
素直に喜んだミレナは、誕生日にもらった総レースのワンピースを持ってきてよかったと大はしゃぎだ。
オレだってベルトに合う服を持ってきたから、出掛けるのは大歓迎だけれど。
たぶん母ちゃんは、あの馬車にはもう二度と乗りたくないんじゃないだろうか。
「それなら大丈夫だよ。お城の馬車で行くから」
「え、あの白い馬車に乗れるの!?」
「うん、シュトレリウス様が頼んでくれたの。じゃあ明日ね、おやすみ。ギルタ、ミレナ」
ガタつく硬い椅子の馬車に乗らないのは助かるけど、本当に城で働いてんだなとわかって複雑だ。
それなら掃除くらい雇いにさせればいいのにとも思ったが、姉は好きでやっているのだからオレが口に出すことではないかと思い直す。
「そこは素直にありがとうって言えばいいんだよぅ」
「オレが?」
「みんなで。それに、シュトレリウス様はお姉ちゃんの旦那様でしょう?つまりわたしたちのお兄ちゃんってことだよね」
「……兄ちゃんて年でもツラでもないじゃんか」
明日はお兄ちゃんて呼んでからかおうかと言いながら、寝足りないのかミレナがあっさりと寝息を立てていった。
兄っていう立場だろうけど、オレはやっぱりまだ認めたくないんだからなっ。
いつもよりもふかふかのベッドで、ふわふわの布団を被っても、兄と呼ぶのは断固拒否してやる。
「おはようぅ」
「うん……」
ふかふか過ぎるベッドに負けて、思いっきり爆睡してしまったらしい。
いつもよりもぼけっとした顔で、寝ぼけながらもミレナと朝の挨拶をしていたら、ノックの音がして姉が覗いてきた。
「二人とも、起きた?朝食はできてるから支度したら食堂へおい、でっ」
「お姉ちゃん、おはよー!」
「姉ちゃん、おはよ」
「ぐうっ……。おはよう、ギルタ、ミレナ」
ドーンッといつものように突進して、隣りにいる黒い塊に見せつけるように見上げてやる。
フン、お前にはまだ無理だろう。
「おはよう、シュトレリウス、さま!」
「おはよう、オッサンも」
「ああ。おはよう」
けれど戸惑っていたような無言の昨夜とは違い、ビッミョウに口元が歪んだ挨拶を返しやがった。
なんだソレ、もしかしなくとも笑っている顔なのか?不気味だ。
着替えたら食堂へ行って、これまた久しぶりに姉の作った朝食を全部食べていく。
これから出掛けると話したら、母親はまだ腰が治っていないらしく渋い顔をしていた。さすがに一晩じゃ治らないらしい。そりゃそうか。
姉は馬車といえば白い立派なものしか乗ったことがないからか、まだ治らない母親を心配そうに見つめている。
「お母様、そんなにひどいの?」
「立てるけど、歩くのはかなり遅くなると思うわ。それではギルタとミレナが楽しめないでしょう?わたしのことは気にしないで行ってきなさい」
それに馬車はこりごりだと、恨めしそうに顔をしかめてもいる。
よっぽどキツかったのはわかるけど、馬車に乗らないで母ちゃんはどうやって家に帰るつもりなんだろうか。
母親の状態がわからなくて首を傾げたオッサンに、姉ちゃんが説明していった。
「わたしたちが乗って行った、ふかふかの椅子じゃないんですよ。木の板だけみたいな椅子に半日揺られたので腰がやられたんです」
ものすごくわかりにくいけど、その言葉に本当にちょっとだけ頷いたみたいだ。
ほんっとうにちょっとしか頭が動いていないから、オレにはやっぱりわかんねえけど。
「失礼」
「え?」
納得したのか、腰を押さえている母親に一歩で簡単に距離を縮めたと思ったら、背中の辺りに手のひらを添えていく。
「シュトレリウス君、何をっ」
「え?あ……腰が治って、るの?」
姉が途中で止めるようにローブを引っ張ったけれど、構わずにオッサンが母親に何かをしたらしい。
母親が痛みがないと驚いたら、父親までビックリして固まってしまった。
「これも、魔法?」
「そうだ」
申し訳なさそうな顔をしている姉が気になるけれど、母親が動けるようになったと喜んでいる様子に複雑らしい。
オッサンは前にもしていたように、そんな姉の頭を撫でてビッミョウにまた口元を歪めている。
姉が裾を引っ張ったからか、今日も被っていたローブが取れてしまった。
まぶしい銀の髪と目つきの悪さは相変わらずで。それでも前よりも目元が優しく見えるのは、気のせいじゃないはず。たぶん。
いや、それよりもなんか喋れや。
急に母親に近付いたら怖いだろうが。
そろそろ馬車が来るからと、腰が治ってご機嫌な母親も一緒に門の前で待っていたら。
なぜか真っ白い馬車が二台もこっちに向かって来た。
六人乗っても余裕な大きさに見えるのに、二台で行くんだろうか。
「うげっ」
「……」
ものすごっく嫌そうに顔をしかめた姉が、これまた嫌そうな言葉を発しながら馬車を睨んだ。
「どうかしたのか、姉ちゃん?」
「あー……、もう一人の魔法使いが乗っていると思うけど気にしないで無視していいから」
「え?」
早口で一気に言った姉の言葉を理解する前に、馬車が門の前に止まったら。
中からものすっごくまぶしい男が出てきて、ものすっごくまぶしい笑顔を向けてきた。
「まぶしいぃぃ」
白に近い銀の長い髪は、後ろで一つに束ねているみたいだ。
ソイツが動くたびに光が反射して、オッサンよりもまぶしくて仕方がない。
「おはようございます、キュレイシーさん!」
爽やかな笑顔を振りまきながら、爽やかな声で元気に挨拶をしてくる。
見た目も声の大きさも社交性も、全部オッサンとは真逆の人だな。
「おはよう、デーゲンシェルム君」
「あら、デーゲンシェルム様ではないの」
「これは奥様、お久しぶりでございます」
貴族の下っ端のさらに下の両親に対して、国を守っているという貴重な魔法使いらしき男が恭しくお辞儀をしていく。
え、父ちゃんて意外と偉いんだろうか。ビックリだ。
母ちゃんに対してのほうが態度がいい気がするけれど、言うと父ちゃんが悲しそうだから置いておく。
さすがに我が家の力関係までは知らないだろうしな。
「こちらの二人が前に言っていた双子ですね?」
オレらに顔を向けたと思ったら、ものすっごく嬉しそうな笑顔を見せる。
まさに満面の笑みなんだろうけど、オレは思わず一歩下がって、ミレナと一緒に姉ちゃんの後ろに急いで隠れてしまった。
なんかわかんないけど、オッサンよりも不気味で得体が知れない気がする。
「さすが、メイリアさんの弟妹ですね。わかってる!」
「……」
おい、どういう意味だ。
ついでに、なんでそこでもっと輝くんだ。喧嘩売ってんのか。