三話:旦那様と双子たち
「おかえりなさいませ、シュトレリウス様」
「ただいま。……誰がいる?」
「え?」
少し早めに帰ってきたシュトレリウスを門の前で出迎えたら、わたしの後ろにある家の扉を見ながら尋ねてきた。
まだ起きてないはずなんだけど、気配でもするのかな。
「わたしの両親と弟妹です。前振りもなく来てしまってすみません」
「それは構わないが、今日は泊まるのか?」
「あ、そうか。そうなりますね」
着いて早々に双子の弟妹は眠りこけ、腰をやられた母親も少し話したら休みたいと弟妹の隣りの部屋で眠っている。
慣れている父親はわたしと話しながら、男女別にどの名前がイチオシかと一人で盛り上がっていた。
……気ィ早ぇって何度言ったらわかるんだよ、父ちゃん。
軽く頷いたシュトレリウスが、まだ城に戻っていなかった御者に声をかけて何事かを話し始めるとは珍しいな。
わたしが声をかけた朝は飛び上がったのに、なに普通に振り向いて聞いてんだよ。喧嘩売ってんのか。
そのままシュトレリウスの話す言葉に真面目な顔で何度か頷いたら、馬に跨がった。このままお城に帰っていくらしい。
帰り際にはわたしにも軽く会釈をするところも、いつもと違う謎な行動だ。
「何か頼んだのですか?」
「明日は休むということを城に伝えてもらった。下の弟妹もいるなら街へ出掛けたいのではないか?」
「えっ」
外に大人数で向かうなら、馬車は必要だから朝に迎えに来てもらうけど。向かう先は城ではなくて街中だと、なんともないことのように言っていく。
「いいのですか?」
「新年に帰らないと言ったから来たのだろう。構わない」
そういう意味じゃなくて。国を守るという仕事をたった一言の伝言だけで、そんなに簡単に休んでいいのかなって尋ねたのに。
大丈夫なのかと見上げたら、なぜか顔を近付けられた。……そういう意味じゃねえ。
睨みついでにローブを剥いで、意地悪く微笑んでいる紫の瞳と目を合わせる。おいこら、何をそんなに笑ってるんだ。
ムスッとするわたしの顎に指をそえて、もう一度、近付けるために顔を上げさせていく。
「ただいま、メイリア」
別に、ただいまのちゅーがなかったから不機嫌なんじゃないわ。
「……おかえりなさいませ、シュトレリウス様」
少しだけ離れたらムッと睨み付けて、わたしからも近付けてやる。
まさか外でわたしから近付かれると思わなかったのか、いつも細い瞳をちょっと驚いたように見開いて固まった。
フン、勝った。
「下の弟妹も起きたっぽいので食堂へ行きましょうか。……シュトレリウス様?」
軽く着替えるために寝室に行ったら、ローブを被ったり剥いだりとなんだか忙しなく動き始めた。
服をつかんでローブをつまんで、何をしとるんだ、お前は。
「……」
寝室の中で黒くてデカい塊がウロつくから、とっても邪魔くさいし鬱陶しい。
そもそも服をつまみながらソワソワするって、初デート前の女子か。
「中身は知っていますから、ローブを被ったままでもウチの家族は誰も気にしませんよ」
「……そうか」
実家でローブを取ったと言っても、まだ二回しか会っていないわたしの家族にどうしようかと迷っていたらしい。
わたしの言葉にホッとして、結局被ることで落ち着いた。
わたしと出掛けたときはいつも通りだったくせに、なんだその差は。もっと妻にも気を使わんか。
って、泥だらけで出迎えたことがあったな。わたしこそ、もっと夫に気を使え。……明日はちょっとだけ着飾ろう、うん。
シュトレリウスはローブを被ったままで、食堂の扉を開けたらドーンと二つの塊が体当たりしてきた。
「危ないって言ってんだろうがっ」
「起きたよ、お姉ちゃん!おかえりなさい、シ、シュトレリウス、さまっ!」
「おかえり、黒い塊」
「……ただいま」
わたしの両脇を固めるように、双子がしがみついてくる。
そうして「お帰り」と言う弟妹に、シュトレリウスがローブ越しでも困惑していることがわかる。
小さく頷いたら、これまたとっても小さな声で返事をしてくれたけど。
声、ちっちぇ!
「声ちっせぇな!」
「ギルタ、言葉遣い!メイリアも!!」
「「はーい」」
手を振りながら口の悪いわたしとギルタを父親が嗜めて、さらにジロッと母親が無言で睨んできた。
すみません。
「ほら、二人も離れて。夕食だよ」
椅子に座ろうと双子の肩を叩いたら、それには無視をしてひたすらシュトレリウスを見上げている。
蜂蜜色の大きい二人の瞳に見つめられたシュトレリウスは、出迎えの挨拶をされたときよりも、どうすればいいのかわからないみたいだ。
ローブ越しだからわかりにくいけど、ものすっごくオロオロしている。
その様子はかわいいんだけど、それより離れない双子はどうしたんだ。
「座らないの、二人とも?」
ぎゅっとしがみつきながら、なんでひたすらシュトレリウスを見ているんだ。
もう一度、背中を叩いて声をかけても、ちっとも動かないし、なんならもっと絞めてきた。く、苦しい……。
わたしの左側でぎゅっとしていたギルタがもっと近付いたら、シュトレリウスを見上げて口を開いた。
「オッサンには無理だろ」
「何が?」
何が無理なのかと尋ねても、ギルタが見上げたままローブに向かってニヤリと口元を歪めたら、プイッと顔を逸らしていった。
それでもわたしにしがみついたまま、離れる気はまだないらしい。
「わたしたちのお姉ちゃんだもんね」
「そうだけど?」
ちょっとだけ唇を尖らせたミレナも、当たり前なことを呟いたらプイッと顔を逸らしていく。
「なんなの、ふたりとも」
「「なんでもなーい」」
「??」
フンッと顔を逸らした双子は、「なんでもない」のだと言ったらやっと離れて、さっさと用意された椅子に座ったら、ご飯はまだかと催促してきた。
「なんなの?」
「……」
首を傾げても尋ねても、それ以上は話してくれないらしい。
隣りのシュトレリウスを見上げたら、困惑はしていないけれど、なんだか複雑な気持ちになっているっぽかった。
「???」
夕食が終わったら、長旅だったし明日は街に出るからと、みんなで早めに休むことにする。
客室にもお風呂はあるから、それぞれで入ってもらうことにして。
わたしたちはいつものように左右に別れて、こっちもこっちでそれぞれ浴室に向かっていく。
「はー……なんか疲れた」
急に人が増えたからか、あちこちに気配がしていて落ち着かない。
春まではこれが当たり前だったのに、すっかり大人四人だけの静かな家に慣れたんだろうな。
「……でも、そのうち増えるかもしれないし」
早くても夏ではないけれど、秋だったらわたしとおそろいで、冬生まれだったらシュトレリウスとおんなじだ。
ついでに魔法使いだったら銀の髪になって、魔法使いじゃなかったら、うっすい茶色の平凡な子供が産まれるのかな。
そんな未来は、まだまだとっても先だけれども。
「あれ。そういえば、魔法使いの名前ってみんな長いな」
銀の髪のシュトレリウスに、金の髪のリュレイラ様。さらに珍しいと言われている、白金の髪の変態野郎はデーゲンシェルムという名前だ。
「確か国王様はラデュレスト……だっけ」
けれどウチの父親が考えている孫の名前は、どれもとっても平凡だったはず。
法則か何かが決まっているなら、別な名前も考えたほうがいいよね。だってわたしが魔法使いを産むかもしれないこと、勝手に気に病んでいるみたいだし。
父親が孫の名前一覧として読み上げたとき、ビッミョウな顔をしていたのは長ったらしい名前がなくて落ち込んでたのかもしれない。
「そういうことは、一人で抱えこむなっての」
もう一人じゃないんだから、ちゃんと二人の問題として考えてもらわないと。
だってその……いつになるかは、まだわからないけれど。
産まれてくる子は、わたしとシュトレリウスの二人の子供なんだから。
「おやすみー、姉ちゃん」
「おやすみぃ、お姉ちゃん」
「はい、おやすみ。明日は出掛けるからね」
「「わーい!!」」
どこかに行こうとは考えていたみたいで、そこそこいい服を持ってきたからそれを着るんだとウキウキしている。
興奮してはしゃぐ二人はかわいいけど、今日も眠れるんだろうか。
早めに寝るようにと言って扉を閉めたら、隣りの部屋の両親にも挨拶をしに行こう。
「街に行くなら買い物だよね」
誕生日に贈った総レースのワンピースの高級品じゃなくても、もっと寒くなる前にコートとかも買ってあげたほうがいいかな?
今日着てきた服は一応、一張羅だけれども。……古着感が半端なくて、わたしばっかり新しい服を用意されている現状に申し訳なくなってくる。
「おやすみなさいませ。お父様、お母様」
「おやすみ、メイリア」
さすがに遠出は疲れたのか、両親ももう半分寝かけていた。
明日の予定を確認したら、すぐに扉を閉めることにしよう。
「コートは高そうだから、クリスマスってことにすればいいかな。でもあんまりポンポンと高い物を与えるのはよくないよね」
それでも去年の服は着れないだろうしなあと思いながら廊下を歩いて、これもシュトレリウスに訊いてみるかと寝室の扉を開いた。
「……また、乾かしてないし」
ぼうっとしたまま、ベッドに座っているんじゃない。
ローブの代わりにタオルを被って、何をボケっとしてるんだ。
いつになったら自分で乾かしてくるんだと、わしゃわしゃと髪を拭きながら文句を言ってやる。
「どうしました?」
いつもなら気持ち良さそうな顔になって、すぐにうとうとし始めるのに。
今日はなんだかムスッとしたような表情で、わかりやすく口をへの字に曲げている。
「なんですか、その顔は」
「……」
タオルを取って覗きこむように近付いたら、ポスッとわたしの肩に頭を置いて、さらにさっきの双子みたいにぎゅっとしてくるシュトレリウス。
帰ってきて御者に声をかけることも珍しいけれど、わたしに埋まるように寄りかかるように身体を預けてくることも珍しいな。
拗ねてるっていうか、謎の行動はかわいいんだけど意味がわからん。
どうしたんだろう?
ポンポンと背中を撫でるように叩いて、頭を抱えるようにぎゅっとしてみる。あ、ちょっと動いた。
「シュトレリウス様?」
「……無理ではない」
「何が?」
もっとぎゅっとキツく抱き締めたら、謎の言葉を呟いていく。
いやちょっと苦しくなってきたから、わたしはそろそろ無理なんだけど。
「苦しい」
「……」
苦しいと言いながら背中を叩いたら緩めてくれた。……助かった。
「わたしを潰すことが無理じゃないってことですか?」
「……違う。すまん」
緩めたついでに顔を覗きこんだら、今度はなんとも言えない表情になっている。なんだろう、この顔の意味は。
「んっ?」
近いついでに、もっと顔が近付いて。
外ではできない、吐息ごと深く絡ませるように唇を塞いでいく。
わたしも背中に腕を回したら、ベッドの軋む音が耳に響いて思い出す。
今日は同じ家の屋根の下に、家族がいる状況だったことを。
「……き、今日は、無理です」
わたしの服にかけていたシュトレリウスの手をつかんで、家族が帰るまではしたくないと言っていく。
さすがに扉の外で聞き耳立てているとか、薄い壁一枚むこうで聞こえているとかではないけれど。
気持ち的に無理だと言ったら、ガッカリとも違う、なんとも複雑な表情を浮かべている。
「あ……の。同じ家の中に家族がいるので、その、恥ずかしいんです」
「そうだったな」
無理な理由を言ったら、今度は納得したように頷いてすぐに身体ごと離してくれたのはどういう心境の変化だろうか。
「……か、帰ったら、その。……だいじょうぶ、です」
俯きながら、さっきのシュトレリウスの返事の声よりも小さい声で呟いた言葉は聞こえたかな。
チラッと見上げたら、今日も月の光に反射してまぶしい銀の髪と、わかりにくく微笑んでいるっぽいシュトレリウスの紫の瞳と目が合った。
その、無言でじっと見るクセ、恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。
恥ずかしいと言う意味で尖らせた唇に軽く触れたら、ふんわりと包むように抱え直して、ふかふかのお布団に丸ごと包んでいった。
「おやすみ、メイリア」
「……おやすみなさいませ、シュトレリウス様」
ぎゅってしながら眠るのは、いつものことだもんね。
今日はこれで眠ろうと、もっと布団と腕の中に潜りこんで瞳を閉じることにする。




