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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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一話:実家からの強襲 前編

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、シュトレリウス様」


 軽くわたしの頭を撫でてから、旦那様であるシュトレリウスが迎えの馬車に乗りこんでいく。

 その扉を閉めた御者が、ちょっと首を傾げながら小さく呟いた。


「今日もローブは被ったままなのか」

「取れって言えば取ると思いますけど?」

「あ!?……これは失礼いたしました、奥様」


 独り言に返事をしてしまったからか、わたしからまさか声が掛ると思っていなかったのか。

 御者が飛び上がるほどビックリして、慌てた様子で馬にまたがった。


 そうして急いで手綱を引いて、これまた逃げるように門から走り去っていく。


「そんなに驚かせたのかな」


 なんだか化け物から逃げるような慌ただしさだな。

 化け物って誰がやねん、失礼な。




「人前で滅多に喋らないローブを取らないで有名な旦那様の顔を、思いがけず見れたからじゃないですか?」

「え、オッサンの顔が見たいの?変態か」

「そうじゃなくて……」


 うわっと顔を歪ませて思いっ切り引いたら、そうじゃねえとメイドのユイシィに呆れられてしまった。


「お城では、まだ王女様ですら旦那様の素顔を見たことがないのでしょう?それを偶々たまたまとは言え、見てしまったんですから」


 秋にわたしの実家に帰ったときに、馬車の中で眠ったからと。ローブを外したままのシュトレリウスが出てきたことが、よっぽど珍しかったみたい。

 さらに「なんだ」と一言だけだけど、御者に対して声を掛けたことも今までなかったんなら、次は何を話すのかと気になることも仕方がないか。


 家の中ではローブを取ることも話すことも普通にはなったけど。

 外で取ったのがあれっきりなら、幻か何かかと思うかも。


「そう考えると、シュトレリウスは希少生物か何かのたぐいかな」

「レア度高いっていう意味では、国王様とお茶をするよりも高いと思いますよ」

「それならかなり貴重だね」


 なんせ貴族の下のさらに端っこにいるウチの父親も、よく国王様とはお酒を飲んでお互いの子供の話で盛り上がっていると話していたもんね。

 さらにどっちの子供が可愛いかと喧嘩になったこともあったとケロッと言うのは、心臓に悪いからやめてくれ。


 国王様相手に何してんだよ、父ちゃんは。死にたいのか。


 でもその国王様も見たことがないと言うなら。

 確かにレア度で言ったら、シュトレリウスのローブの中身のほうが珍しいか。




 玄関扉を開いて、朝食の片付けをしようとそのまままた厨房に向かって行く。


 トマトが苦手だと言われたけれど、さすがに春いっぱい食べさせられたら克服したようだ。

 なので今朝もサラダに入れて、しっかりと食べ終わったお皿を見て満足そうに頷いていく。


 今日の夕食は何にしようかな。

 寒いからシチューがいいか、それとももっと熱々のグラタンにしようか。


 食器を洗いながら考えていたら、隣りで拭きながらユイシィがさっきの続きをそのまま話す。


「国王様とは歳が近いわけでもないのに、不思議なご関係ですよね」

「おかげで『孫はまだなのか、名前は決めたのか』って一緒に訊いてくるから、わたしにとっては鬱陶うっとうしい存在だけどね」

「国王様を鬱陶うっとうしいと言うのも奥様くらいでしょうねえ」


 またしても呆れた溜息を吐いたユイシィが、「それが奥様ですけれど」と、なんだか諦めているような表情で首を振ってお皿を戸棚に片付けていく。


 どういう意味だろう。




 朝食の片付けが終わった厨房から出て、日課になっている掃除をしようとユイシィと道具を取りに行く。


 実家くらいの小さな家だから、二人でも手分けをすればすぐに掃除が終わっちゃう広さだけれど。

 さすがに新年を迎えるなら、いつもはしない場所の掃除と一緒に修理箇所も確認したいところだ。


「この前の嵐のときに見回りましたけど、もうすぐ雪が降りますからね」

「こっちは結構、積もるんだっけ」

「そうです。奥様の実家より中央のほうが寒くて、雪もたくさん積もります」


 一面が雪になるところは一緒だけれど、こっちの場合は降るときは腰の上までの量が降るらしい。

 ちょっと楽しみだけど埋もれるってことだから、今のうちに直せるところは直さないと危険だな。


 って、やっぱり一応は貴族のご令嬢がすることではないな。

 いまさらだし、料理もしている時点でお察しだけれども。


「今日は天気がいいから窓拭きをしましょうか」

さんが気になるんだよね」

「拭きがてら、補修が必要な場所がないかも確認しましょう」


 バケツと雑巾を抱えて外に出たら掃除の開始だ。

 けれど途中で、くるっと振り向いたユイシィが改めて訊いてきた。




「ところで、奥様は新年に実家に挨拶に行かなくてもいいんですか?」

「実家からこの前届いた手紙には来ないのかと尋ねられたけど、こっちにいるって返事をしといたよ。それに、ユイシィとリュードは全然休めてないでしょ?新年くらい、ゆっくりしてくればいいよ」


 わたしが実家にシュトレリウスと行ったときも、この家を守ると残っていた二人だもんね。

 シュトレリウスもファウム家には帰ったことがないと言うのなら、新年は夫婦二人で過ごすのもいいだろう。


「それなら遠慮なく帰らせていただきます。まあ奥様は毎日のように家事全般やっていますから、代わりのメイドを探さなくても安心なところは助かりますね」

「掃除はさすがにサボらせてもらうけど、こっちもこっちでのんびり過ごすよ」


 そもそも、普段から誰も来ない家だ。

 新年だからって人が増えるわけでも、普段は交流がない親戚が挨拶に来るわけでもない。


 雑巾を軽く絞ったユイシィも頷いて、基本的に四人しかいない家だったと思い出したみたい。


「郵便物は届きますけど、定期的に来る人は奥様のお父様か、旦那様の同僚のデーゲンシェルム様だけでしたね」

「王女様が来たがっているけど、あの塔・・・から出る許可はもらえないだろうしなあ」

「魔法使いとか王族とか、つくづく不便ですよね」

「だねえ」


 魔法使いは、他の大多数の人が持っていない魔力を抱えているからか短命だと言われていて。

 さらに王女リュレイラ様は王族ということもあって、専用の塔に閉じこめられるように暮らしている。


 歳はわたしの弟妹と一緒の十歳だっていうのに、自由に外に行くことも、色んな人と会うことも制限されているなんてもったいないよなあ。


 次にまたお茶に呼ばれたら、美味しいお菓子を作って持って行かなくちゃ。




 わたしは玄関周りからしようかと、ユイシィとそれぞれ雑巾を持って左右に分かれることにした。

 本当にこじんまりとした小さな家だから、玄関周りもそんなに大きくなくて助かるな。


 あ、クモの巣発見。ホウキで先に掃いてから、拭き掃除に変更するか。


「ん?」


 ホウキを取ってきて軽く掃くかと立ち上がったら、聞き慣れた馬車が近付いてくる音が聞こえてきた。


「もー……。来るなら来るって、前もって教えろって言っといたのに」


 この馬車はアレだ。

 孫はまだなのかと訊きながらも、赤ちゃん服の新作カタログとお守りを持ってくる、ウチの父ちゃんが乗ってくる馬車の音だ。


「掃除は中断か」


 せっかく天気が良かったのに。まったくタイミングの悪い。


 文句の一つも言ってやらなくちゃと雑巾を持って門に行ったら、想像通りの馬車がわたしの目の前でゆっくりと止まっていった。




「まさか……」


 けれどそこから出てきた人は、見覚えはあるけど馬車から出てきたことを見たことがない人で。

 ニコニコと微笑みを浮かべた顔を見せつつも、細めたこげ茶の瞳は笑っていない。さらに額には青筋が浮かんでいるということは、とても怒っているということだ。


 無言でじいっと見るシュトレリウスのクセも、恥ずかしいからやめて欲しいところだけど。

 この人の、この笑顔の下で、ものすっごく不機嫌になっているところもどうにかして欲しい。怖い。


 案の定、わたしの手元をじろっとにらみながら、とても低い声で怒鳴り出した。


「……メイリア。その手に持っている雑巾は何ですかっ」

「お、おかあさま……」


 馬車から降りて仁王立ちしているその人は、わたしの母親その人で。

 その後ろから申し訳なさそうな顔で控えめに出てきたのは、いつも勝手に来ている父親だ。




「ねーちゃん!」

「おねえちゃぁんっ!!」

「へ!?」


 バアンッと勢いよく扉を開けて飛び出してきた二つのかたまりは……


「ギルタ、ミレナ!?」


 この秋に十歳になったばかりの双子の弟妹きょうだいが、容赦なく体当りしてきてわたしにしがみつく。

 まさか二人もいるとは思わなくて混乱しているわたしに、いつものヘラッとした笑顔を父親が向けて言い放つ。


「来ちゃった」


 キュレイシー一家が勢ぞろいなんて、意味がわからんぞ。


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