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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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プロローグ ~いつもと違う朝~

 部屋の空気が、ピリッと冷えていることがわかる。

 これはアレだ、もうすぐ雪が降るという手前の空気だ。


「さむい……」


 違う、あったかい。

 ついでに、なんだかとっても気持ちがよくってふわふわする。


 それならともっと近付いたら、目の前にたっぷりのぎゅっとしようっと。

 そのまま頬をすり寄せて、隙間なんてないくらいに抱き締める。


 ここは落ち着く香りに気持ちいい場所だから、ずっといたいなあと思ったら。

 低くて静かな聞き覚えのある声が上から降ってきた。


「おはよう」


「……?」


 まだ眠い目をこすりながら、ものすごくまぶしい方向へ視線を向ける。


 朝にしては、ちょっとまぶしすぎない?

 カーテンもベッドを囲う布も何もないなら、まぶしいのも当たり前かもしれないけれど。


「起きたか?」

「おきる?」


 まぶしくて開けられない瞳をそれでも細めたら、とっても見慣れている顔が目の前にあった。


 ……なんだ、シュトレリウスか。


 そりゃまぶしいわ。だって日の光が反射する、サラッサラな銀の髪だもんね。

 でも寒いしまだ眠いんだから、珍しく先に起きてまで挨拶をしなくてもいいんだよ。


 もぞもぞと布団を被ったら、あったかいところに潜り直して。

 わたしはまだまだ眠いんだと、主張をするように丸くなる。


「起きないのか?」

「ねむい」


 お布団で頭まで丸ごと隠したら、「あと、ごふん」と言って寝直すことにする。

 ああ、やっぱりここは気持ちがいい。




「……ん?」


 ふわふわの場所のはずなのに、なんだか硬いな。

 シュトレリウスはいつも質のいい服を着ているから、触り心地はいいはずなのに。


 ペタペタと手のひらを当てたら、目の前のシュトレリウスは服を着ていないと気が付いた。


「くすぐったいのだが」


 ……待て。もしかしなくとも、わたしも何も着ていなくない?


 思わず布団をガバッとはいだら、寒すぎる空気が全身を襲ってきて豪快なくしゃみが出た。


「ぶえっくしょいっ!!」

「っしゅん」


 おいコラ、妻よりもかわいいくしゃみをするんじゃない。


 ずずっと鼻を押さえたら、冷たい空気を浴びてやっと目が覚める。


「……さささ寒い!」

「当たり前だ」


 一応、着てはいたけれど。一応だから、冬の朝にしては薄着すぎだった。

 慌てて二人一緒に布団に戻って、そうして思いっきりぎゅっとして温まることにする。


 はあ……、やっぱりここは温かくて気持ちがいいな。


「じゃなくて」


 そもそも、なんで二人してこんなに薄着なんだっけ?


「脱いだからだが?」

「……」


 服をつまんで首を傾げたからって、当たり前のように言うんじゃない。


「違うな。メイリアの服は脱が」

「言わなくていいっ」


 ぬ、脱がせたとか脱いだとか、朝から言わなくていい、馬鹿者!






 春に結婚をして、季節一つ分ずつ、ゆっくり、かなーりゆっくり過ぎていきながら。

 ちょっと、これまた本ー当ほんとーうにちょっとずつ、近付いていって。


 季節をいくつまたぐ気だってくらいに、かなり遅くなったけれども。


 ……ええと。


 その、アレだ。今は、ふ、夫婦になれた、朝っていうやつで。


「それで、メイリア」

「な、なに!?」

「起きないのか?」

「……」


 なんで服着てないんだっけって昨夜のことを思い出したら、腰が抜けたとは言いにくい。

 だからって、すぐには起き上がれないんだからどうしよう。


「起こして」


 はいっと両手を伸ばして、お前のせいなんだからと八つ当たりをしながら誤魔化すことにする。

 だってあの、昨夜がアレだったのはシュトレリウスのせいだし。


「?」


 いつもならすぐに伸ばした手をつかんだら、お布団ごと抱えてくれるのに。

 今日は静かにじいっと、わたしを見ているだけとはどういうことだ。


「バランスが悪いな」

「なんの?……って、ちょっ!?」


 じいっと無言で見つめていると思ったら、謎の言葉を呟いて顔を近付けて。

 あああ、朝だって言ってんだろうがっ!


「これでいい」

「っ……」


 わたしからはどう頑張っても見えない位置に、な、何を付けて満足そうに頷いているんだ、この野郎。


「勝手に増やすなっ!!」


 左胸に付いていないからって、追加でわざわざ付けなくていいんだよ。

 大体、バランスってなんだ、バランスって。


 この変態!




 ムスーッとしたまま、それでも起こしてもらったら、今度は床に落ちたままの服がとっても気になってきた。

 丁寧に折りたたまれていても、それはそれでビッミョウだけれども。つーか誰が畳むと言うんだ。


「なんだ?」


 寒いからと布団ごと抱えてもらって、とりあえず窓際の椅子に座らせられる。

 あの床の服はいつ拾えばいいのかとチラチラ見ていたら、上着から顔を出したシュトレリウスが声を掛けてきた。


 さっさと自分の着替えを済ませたシュトレリウスに拾ってもらうのもなんか違う。っていうか恥ずかしい。ものすごく。

 いくら脱がせたのはシュトレリウスだからって、取ってきてとは言いにくい。困った。


 これはやっぱり、後でリネン類と一緒にまとめて回収することにしよう。それが一番、自然だしね、うん。


「まだ立てないのか?」

「立てます。……支えがあれば」

「ほら」


 立ち上がってもテーブルから手を離さないわたしに、いつもの大きい手のひらを差し出してくる。

 そのまままた抱えたら、今度はクローゼットの前に下ろされた。いや、目の前で着替えとか恥ずかしいんだけど。


「あっち向いて!」

「立てていないではないか」

「背中を支えにしますから、後ろを向いてくれればいいんですっ」


 回れ右をして背中を貸せと、かなり理不尽なわがままを夫に言う。

 なんだ、その顔は。すでに全部見られているからって、それとこれとは別なんだよ。


「それは後ろにボタンがあるものだ」

「……一人で閉められます」


 こら、こっちを見るなと言っているだろうが。

 わたしが手に取ったワンピースを見て、一人で着れるものじゃないって突っ込むんじゃない。




 やっぱりムスーッとしたまま着替え終わって、ようやく歩けそうだからと扉に向かう足元がふいに浮かんだ。


「わっ」

「今日はどっちに行くんだ?」

「厨房です」

「わかった」


 慌てて首に腕を回して落ちないようにとくっつくわたしに、なんでもないようにシュトレリウスが抱えて歩く。


 ベッドまで運んでもらうのはさすがに慣れたけど、こうして家の中をうろつくのはまだ気恥ずかしくてちょっと困る。

 早いことは確かだし、何より途中の廊下でへたり込むよりはマシだもんね。


「今日は歩けますよ」

「ついでだ」


 ちょっと唇を尖らせてにらんだら、どうせ行き先は同じ方向だからと下ろしてくれる気はないらしい。

 それなら、運ばれてやってもいいけど。


「あ、そうだ」

「?」


 春から散々、わたしが言っていたことだというのに。

 さっきは睡眠を優先して、シュトレリウスに伝えるのを忘れてた。


 何か忘れ物でもしたのかと首を傾げているシュトレリウスに、しっかりと視線を合わせて伝えなきゃ。


「おはようございます、シュトレリウス様」

「……おはよう、メイリア」


 やっぱり朝は、この挨拶から始めないとね。


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