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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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四話:触れ合いは最小限

 わたしの父親が孫を切望していることを目の当たりにしたからか、お茶会が終わってもシュトレリウスは書斎からちっとも出てこない。昼食は食堂で食べてくれたけど、そのまままた書斎にこもってしまった。


 まあこれで手を出せるなら、この一ヶ月何してたんだよって話だけどね。


「奥様のお父様は、本当にお孫様をお待ちになっているのですねえ」

「下の弟妹がまだ十歳とかだし、自分も兄弟がたくさんいたからか家族は多くないとって思っているみたい」

「それなのに奥様は養子を取ろうと考えているとか……」

「仕方ないじゃん」

「はーー……」


 父親が置いていった赤ちゃん服の絵を見ながら、ユイシィが深い深い溜息を吐いて肩をがっくりと落としていく。

 溜息なんて、こっちがたっぷりとあの男に向かって吐きたいわ。


「今夜は精がつく夕食にいたしますね」

「そんな気を使わなくていいよ、いまさら」

「新婚なんだからと遠慮しすぎていました。旦那様が絶対に奥様に手を出すようにいたしますので」

「いやちょっと」

「他にも色々仕込んでおきます!」

「聞いてる?」


 なんだか変な気合いを入れたユイシィが明後日の方向へ暴走し始めた。

 色々仕込むってなんだよ、色々って。


 ちょっと顔が引きつるわたしに向かって、とても輝かしい笑顔を向けてくるユイシィ。握っているその拳にはどんな意味があるんだ、ユイシィさんや。


「大丈夫ですよ、奥様。わたし、頑張ります!」

「頑張らなくていいから……」


 そうと決まったらとわたしを厨房から追い出し、準備に忙しいと扉も閉めてしまった。

 やることがなくなったわたしは、仕方がないから裏の畑へ野菜の様子を見に行くことにする。


 今晩は何が待っているんだろうか……。




「……」


 一応、夕食だからと食堂へ現れて、いつもの椅子に座っているシュトレリウス。

 ……今日はローブ被ったままで助かったかも。どんな顔すればいいかわかんないから、できればわたしも被りたいくらいだ。


 そんな旦那様に期待のこもった瞳を向けるユイシィが、ウキウキしながら並べていく夕食を見て顔が思いっきり引きつった。


「あの、ユイシィさん?」

「ごゆっくり~」

「……」


 うふふと極上の企んだ笑顔を振りまいて、(うやうや)しく扉を閉めて二人きりにする。そんな気遣いはいらん。


「いただきます」

「……ます」


 精がつきそうなガッツリメニューだけどツッコミもなく無言でいただいていく。

 夕食がコレでも本人にやる気がなくちゃ意味がないと思うぞ。


「今日は作らなかったのか?」

「ユイシィが張り切ったので出番がありませんでした」


 だから今日も畑を耕すご令嬢、それはわたし。


 やっぱりなんの仕事をしているのかとか、もうちょっと訊いたほうがいいかな?野菜を作らなくちゃいけないくらいに困窮(こんきゅう)している家庭事情ではないと思うし。

 でも畑は昔からしていたことだから、気分転換にも野菜は作りたい。


 それより子作り頑張れよと言われてのメニューだったことを思い出し、小さく溜息が出た。


「……」


 腹持ちよさそうだなあと考えながら、今日も無言で咀嚼(そしゃく)するだけの食事。

 美味しいんだけど意図が丸分かりだからちょっと恥ずかしい。まあ向こうはローブ被っているから表情は見えないけど。


 気付いているのか何を考えてんだか知らないけど、寝る前に会ったらこれは誤解だときちんと伝えよう。




「……来ないぞ?」


 土仕事をしたから、わたしは夕飯前にお風呂は入った。けれど向こうは違う。

 なのにちっとも寝室に来ないということは、もしかして今日は別な部屋で眠るつもりなんだろうか。


 残さずに食べてはくれたけど、食事の意味がわかって腰が引けたとか……。


「どんだけヘタレなんだよ、あいつは」


 そりゃあこの一ヶ月、まったくなんにもないから色々な意味の夕食が出てきたんだけど。これで手を出されても正直ビッミョウだとしか思えなかったからいいけどさ。

 だってつまり正常時には、わたしに手を出す気がないってことになるじゃん。


 そんなことを考えながら、一応ベッドの上で正座をして待っているというのに。

 うら若き十六歳の若妻を放って、十歳年上の旦那様はどこで何をしているんだ。




「……熱い」


 さすが、ユイシィ特製の精がつくメニューだ。しばらくは良かったのに、段々身体が熱くなってきた。

 正直、脱ぎたい。しかしすでに今日のわたしは脱いでいるような寝巻きだ。これ以上脱いだら裸になる。それはいかん、さすがに。


 色々仕込むと宣言した通り、ユイシィはわたしの寝巻きまで用意していた。つか、どこで買ってきたんだよ。


 寝室に入る前に無理矢理着替えさせられたけど、部屋に戻って別なものにしようとしたらこれ以外はなくなっているという徹底振りだった。

 仕方がないから着てるけど、これ腹とか足とか他にも色々と出てるんだけど……。


 向こうではネグリジェと呼ばれているそれは、レースが無駄にヒラヒラついてはいるが布面積が極端に少ない。なんでパンツ見えてんの?意味なくない?今日に限って意味はあるか。


 ついでに上は寄せて上げたり詰めてあったりと、ボリュームがあるように見える工夫もされている。貧相で悪かったな。頑張れば谷間くらいはできるわ、頑張れば。


 その頑張った谷間の下は開いていて、布は両脇に流れるようになっているデザインだ。可愛いしフリルもリボンもついているのはいいんだけど、お腹が丸出しなのはどういう意味かな?


 その下は両脇にリボンがついている、これまたレースたっぷりなのに布面積が最小限のパンツのみ。

 さすがにこの格好でベッドに入る勇気はなかったから、頭からバスタオルを被って隠れるように隅に座っている。普段のシュトレリウスみたいに今も頭から被りっぱなしだ。


「……」


 女子はお腹を冷やしちゃダメなんだよ、ユイシィさんや。

 でもきっと今頃は、やりきった自分に満足して眠っているんだろうなあ。はぁ……。


 それはそれとして熱い、ものすごく。




「あああ、熱い!痛ッ」

「っ……」


 タオルを被ったままベッドの上で眠ってしまったみたいで、頭を勢いよく上げたら何かにぶつかった。いってぇぇ……。


「痛っぇなあ、ったく。……何してんですか、シュトレリウス様?」

「……急に起き上がったのはお前だろう」


 どうやらわたしの頭が痛い原因は、覗き込んだシュトレリウスの顎が当たったかららしい。

 わたしは頭の天辺を、シュトレリウスは顎をさすりながら苦悶の表情をしている。


 痛い原因に向かってぶすっと睨んだら、顎をさすっている手元がぽうっと光っていた。

 今のって……。


「魔法が使えるんですか?」

「髪の色を見ただろうが」

「髪の色と魔法に何か関係が?」


 今のって治癒魔法だよね。だって舌噛んだぽいのに普通に話しているし。詠唱が聴こえなかったけど、無口なんだからいらないんだろう。便利だ。

 じゃあってことで、わたしも自分の頭を指差した。


「ついでにわたしの頭も癒してください。どっかの誰かの顎が当たったんで痛いんです」

「……」

「ケチケチすんな。ついでにそのまま頭撫でて」

「……」


 恐る恐る、ふわとろオムレツを突いた時よりも慎重に、わたしの頭に大きい手のひらが乗っかった。

 すぐに光が見えて痛くはなくなったけど、無言でただ手を置いているだけとはどういうことだ。


「撫でて」

「……」

「撫でろって言ってんだろーが」

「……」


 いいから早くと頭を指差すわたしに、渋々ゆっくりと撫でていく。




 ……もう、これだけでいいや。一足どころか何光年も飛びすぎなんだよ。


 相手はわたしよりも年上だけど引きこもりが長そうな箱入り坊ちゃんだし。対するわたしも、ここに来てからは特に誰とも会ってないからどうすればいいのかわからないし。


 だからこんな、ちょっとだけの触れ合いでいいってことにする。静かすぎて眠くなってきたし。


「……訊かないのか」

「何をですか?」


 ゆっくりと撫でる手のひらが気持ちよくてうとうとするわたしに、静かに尋ねる声が聴こえた。


 そういえば今日は二度も先に声を出したな。どっちも質問だけど。

 でも何を訊かないのかと言っているのかわからなくてちょっとだけ見上げたら、ローブの間から少し躊躇っているような視線が窺うようにわたしを見下ろしていた。


「魔法が使えることを」

「ああ。……使える人がいるとは知っていましたけど、それが何か?」


 この世界には魔法使いがいる。でもそれだけで自分とはまったく関係がない。

 だって使える人は一握り。一生のうちに会える人のほうが少ないとも言われているし、そもそもどこにいるのかも知らないレアキャラだ。


 そんな人物が、まさか自分の旦那様ってことにはちょっと驚いたけど。


「その魔法を使って戦争してんならぶん殴りますけど。そもそもどこに行ってるのかも、なんの仕事をしてるのかも知りませんし」


 言いたくないなら別に言わんでいーわと鼻で笑ったら、今度は妙な表情を浮かべている。


「訊いたほうがいいなら聞きますけど?」

「いや、いい」

「どっかにカチコミ……。隣国とかに戦争してるんですか?」

「していない」

「じゃあいいですよ」


 だってわたしが家で何をしているのかも知らないでしょ?まあ主に掃除と料理と畑仕事ですけど。

 前世のわたしから見たら専業主婦万歳!な毎日だろうね。たまに退屈だけど不自由ではないし。




「そうですね、一つ言わせてもらうなら」


 イラッとすること、その二を思い出したから、ついでにここで言ってやろう。


「名前をいい加減、呼んでください」

「名前?」

「そうです。わたしの名前」


 結婚したから当たり前といえば当たり前なんだろうけど、わたしはユイシィにも庭師にも”奥様”と呼ばれている。

 たまに来る父親がわたしの名前を呼んでくれるけど、毎日いるのに最初からちっとも呼ばないんだもん。


「名前を知らないとか?」

「いや、知っている」

「じゃあ呼んで」


 撫でていた手のひらをつかんで、いつかみたいに逃げようとする前に捕まえて見上げる。

 逆光でローブの中は見えないけれど、とても躊躇っているのがわかる。


「……メイリア」

「はい」


 開けたり閉めたりと忙しなく口元を動かして。ついでにきっと、ローブの下では視線もかなりさ迷っていることだろう。


 それでも小さく、最近言うようになった挨拶と同じくらいに小さくだけど、やっとわたしの名前を呼んでくれた。


 照れくさくなってきたのを誤魔化すように、握った手をぶんぶんと振っているわたしに向かってシュトレリウスが口を開いた。


「腹が出ている、メイリア」

「肉がはみ出したような言いかたすんなっ」


 タオルが落ちて、さっきまで隠れていた姿を真正面から見せていることに気が付いた。

 真っ赤になりながらも失礼な言い間違いをする旦那様を蹴り上げてやることにする。


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