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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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九話:書斎の中で

 昨夜はちょっと、我ながらかなり大胆なことをしてしまった。


 わたしから、その……近付いたことは前にもあったけれど。

 それでもあんな風に訊いた後になんて、どうかしていたとしか思えない。




「今日もお弁当がいるんですね」

「昨日はプレゼントの話で盛り上がって、あんまりお仕事ができなかったみたい」


 せっかく基本だけじゃない魔法を教えてもらっていると、お弁当を食べながら楽しそうに話していたリュレイラ様だったのに。

 その邪魔をしたばかりか、ウチの弟妹きょうだいの誕生日プレゼントまで手配させてしまったなんて。


「それでデザートは多めに作っていたんですね?」

「うん。全然足りないとは思うけど」


 せっかく秋の味覚が手に入ったからと、今日のデザートは栗のプリンだ。

 ちょっと口当たりがねっとりするから好き嫌いがわかれる物だけど。独特の甘さもあるから、きっと好きだと思うんだよね。


「色は地味でもホイップが上に乗っているなら喜ばれるでしょう」

「崩れないように持っていってもらわなくちゃ」


 昼食はシュトレリウスの分だけでいいって言われたから、一緒に摂らないんだろう。

 それでもきっと、王女様にってだけ渡したらねそうな人がいるから三人分作っておく。


「ん?王女様に渡すのに三人分、ですか?」

「うん」


 味は全部一緒だけれど、これが喜ばれたらお酒入りも作ってみようかなと呟いたら。

 ユイシィもねそうな残りの一人に気が付いたみたい。


「王女様とデーゲンシェルム様。それと、国王様ですね?」

「そう。パウンドケーキも散々、食べてもらったみたいだから」

「本当に、かなりたくさん作りましたよねえ」


 そんなに減らないはずの粉物が、一気に減って驚いた。

 三種類ずつ毎回作っていたら、小麦粉以上に砂糖もお酒もガンガン減っていって。さすがにどうしてくれようかと思っていたら、シュトレリウスがお城から材料を持ってきた時にはまた驚いた。


「おかげで、いつ終わるのかと途方にも暮れましたけど」

「一応、終わって良かったよ」


 そもそも、わたしとシュトレリウスの仲を心配した父親たちが画策したものだったし。

 そこになんで全然関係ない、デュラー家の当主と国王様まで参加しているんだ。意味がわからん。


「そうですねえ。こう考えると旦那様と奥様の子供を待っている人が、かなりいることになりますね」

「待たなくていい、待たなくて」


 特にデュラー家の当主と国王様なんて、親戚でもなんでもないただの野次馬だし。


 まったく、どこまでいっているのかとか、うら若き乙女に訊く内容か!?セクハラジジイどもめ。


「わたしも待っているんですけど?」

「……」

「ちなみになんにも言いませんけれど、リュードも待っていますよ」

「……」


 じとおっと下から睨みつけるように見つめるユイシィの茶色い瞳からは、そっと視線を逸らしておく。


 ま、待っているとか言われても、なんかこう、もうちょっとの一押しがいるんだよ!




「はい、シュトレリウス様。ちゃんと食べてくださいね」

「ああ」

「あとこちらは王女様たちに渡してください」

「わかった」


 お城へ出掛けるシュトレリウスにと、お弁当と一緒にプリンも渡していく。

 昨夜のことなんてなかったかのように、お互いフツーを装っている。別に、もっと戸惑えとかないけど。


 いつも通りに見送って、それでもまたどこにも触れずに馬車に乗りこんでいくシュトレリウス。

 昨日も酔わないようにと支えるくらいで、今日もわたししか見送りがいないのに指先すら伸ばしてこない。


 ……ちょっとだけでも、気まずくなったのかな?

 朝食のときには被っていなかったけれど、馬車に乗る前にはローブを被り直したもんね。


「今日はデーゲンシェルム様はいなかったですね」

「うわっ、ビックリした」


 どこにいたのか、立ち去った馬車の方向を見ながら門の前に立ったままのわたしの横に、いつの間に来たのかユイシィが溜息を吐いていた。


 近くに隠れていることを知って、シュトレリウスは触れてこなかったのかな。


 それなら仕方がないと家に戻ろうとしたら、つまらなさそうにしているユイシィもついてきた。


「それよりも奥様。せっかく最初のお弁当を渡す日だからと遠慮していたのに、とてもいつも通り過ぎませんか?」

「え?」

「もっとこう、愛情をこめて作りましたとか、行ってらっしゃいのキスとともに渡すとか」

「するかっ」


 どこにも触れないまま行ってくれて、本当に良かった。

 じいっと成り行きを見ていたユイシィに、前のようなことを知られたら恥ずかしくて仕方がない。


「帰ってくるときも遠慮しておきますから、お帰りなさいのちゅーくらいしてくださいね」

「どこかで覗いているかもしれないメイドがいるのに、そんなことは絶対にしません」


 昨夜はどこかおかしかったんだということにして、まだ何か言い続けるユイシィを無視して今日も畑を耕してやる。


「今日は芋類のグラタンだ!」

「そっちにばかり気合いを入れないでください」




「はっ、しまった。自分用のローブを仕上げようと思っていたんだった」


 昨日はシュトレリウスも書斎に行ったなら、自分も刺繍でもしていればよかったのに。

 でもあんな後で、まっすぐで綺麗な魔法陣なんて縫えない気がする。


「今日は仕事を持ってくるかな?」


 芋をたくさん収穫したら土をつけたまま籠に入れて、厨房の隣りの保存室に運んで一丁上がりっと。

 土は払ったけどそのまま来ちゃったからと、床を丁寧に拭いていく。


 そういえばわたしの誕生日プレゼントも買うって言ってたな。

 ネックレスのような物と暗に言われたけれど、もっと着飾ったほうがいいんだろうか。


 最悪、泥だらけのまま迎えたことも思い出して、今のホコリと土まみれの格好も見下ろして頭を抱えたくなってきた。


 寂しい胸元以前の問題で、着飾る前にもう少し身なりもきちんとしないとだな。


「そうですね。奥様は普通、床を拭いたりはしませんよ」

「やっぱり……」


 夕食の支度のときにユイシィに確認したら、そのためにメイドがいるのだと言われてしまった。……申し訳ない。


 もう一度、シュトレリウスにもわたしが畑とか家事とかしていてもいいものか訊いてみよう。

 本当はしてもらいたくないと思っていたら、どうやって一日を過ごせばいいのかわからなくて困るんだけど。


「普通はお友達とお茶とか、社交界に出掛けたり、とかでしょうか?」

「そんなこと実家にいた時からなかったからなあ」

「でも独立したとはいえファウム家の名前はそのままなのですし、いつまでも隠し通せるわけではないとも思いますよ」

「だよね」


 もうすぐわたしの実家には行くけれど、向こうのファウム家には全然行ったことがない。

 あれから義父様とは少しだけ話すときもあるみたいだけど。


「ファウム家は弟さんが継いだんですよね?」

「みたいだね」


 それ以上の情報がなくて、見た目どころかなんにも知らない嫁ってどうなんだ。

 一応、わたしにとっては義弟にあたるのに。


「奥様のご実家に帰る前に下の弟妹きょうだいについても話して、その逆に訊いてみればいいんじゃないですか?」

「そっか、そうしてみよう」


 そうだった、そもそも名前も見た目も知らないのは一緒だよね。

 お城で会ったときに名前は父親が言ったけれど、わたしとの会話で出ただけだから改めて言わないといけないか。




「お帰りなさいませ」

「ただいま」


 ユイシィは宣言通りに姿が見えるところにはいないけど、どこで見ているかわからないから、これ以上は近付いてくれるなと思っていたらアッサリと家の中に向かって行った。


 おい、何かないのか。


 それはそれでどうなんだと思いながら夕食をいただいて、お風呂に入ったらまた書斎に向かっているシュトレリウスがいた。


「今日もお仕事ですか?」

「少し早めに終わらせないといけないものがある」

「また紅茶を淹れましょうか。それともハーブティーにしましょうか」

「そうだな、ハーブティーにしてくれ」

「わかりました」


 その、早めに終わらせないといけない仕事って、ウチの実家に泊まるために一日増えた休みのせいじゃないよね?

 それだったら休みの意味がないなと思いながら、書斎の扉を開いてお茶を書斎机に置いていく。


「どうした」


 昨日と同じだけど、ちょっと違う。

 だってせっかくの休みなのに、馬車で遠出しなくちゃいけないし、何より行き先は嫁の実家だし。

 さらに会ったこともないわたしの弟妹きょうだいの誕生日なんて、疎外感も半端ないよね。


「もう一日、休むためのお仕事ですか?」

「いや、違うものだ」

「本当に?」

「ああ」


 なんの仕事をしているのか、具体的にはいまだに知らないけれど。

 それでもあんまり無理はしないで欲しいなと思ったら、大きくて安心する手のひらが頭を撫でていった。


「メイリアの弟妹きょうだいなのだろう?会えるのが楽しみだ」


 いつも細い瞳をもっと細めて。

 それでも睨むような目元じゃなくて、小さくわかりにくい微笑みを浮かべている。


「色味は同じなんです。薄い茶色の髪と蜂蜜色の瞳で」

「ギルタが兄でミレナが妹なのか?」

「そうです、双子。とっても可愛いですよ」

「メイリアにそっくりなのか」

「……似ていません」


 だってわたしは可愛くないもんと、ちょっと唇を尖らせたら。

 それでも楽しみだと言っていくシュトレリウスは、嘘を言っているように見えなくて。


 仕方がないから、いいってことにしてあげるけど。

 可愛いのは弟妹だけで、わたしはちっとも可愛いところがない。




 頭を撫でてもちっともわたしの機嫌が直らないことに気が付いたのか、立ち上がって抱えたら、なぜか椅子の上に、シュトレリウスの膝の上に乗せられてしまった。


 なんだこれ、どういう状況だ。


 そうして片手は撫でながら、もう片方はペンを走らせながら仕事をしながら続きを話す。


「メイリアの欲しい物も考えているか?」

「なんとか」


 あんなに豪華な贈り物を贈られたら、どうすればいいのかと途方に暮れてしまったけれど。

 街に出た時にちょっとだけ覗いて見たから、たぶんあれなら普段も使える装飾だと思う。

 それよりも……


「なんだ?」

「あの、もうちょっと普段から着飾ったほうがいいですか?」

「着飾る?」


 いつもは家事がしやすいようにって、最低限のフリルしかついていない服だし。

 畑仕事をするからと、洗いやすくて汚れても良いものだから安物だし。


 ちょっとだけ見上げたら少し考えこんだけれど、小さく溜息を吐いたらまたペンを動かしていった。


「出掛ける時はしているだろう?普段は動きにくいならどちらでもいい」


 好きにすればいいと言っていくシュトレリウスの口調は、突き放すような、どうでもいいとでも言うような口調じゃなくて。

 わたしの好きにしていいっていう、尊重するような言い方だった。


「そうですか」


 それなら良かったとホッとしていくわたしに、カタリとペンを置いたら顔を上げられた。


「泥だらけになるのはどうかと思ったが、好きでしているのなら良い」

「……そ、そうですか」


 き、急に顔を近付けるんじゃない。

 昨日も今日もなんにもなかったのに、急に触れられるとやっぱり心臓がうるさくなってきてとっても困る。




「そ、それより……シュトレリウス様の弟って、どんな人ですか?」


 なんだかまた食べられる気配がしたからと、必死に腕を押しながら尋ねたのに。

 押しているわたしの腕を取ったら口づけて、「どうでもいいだろう」と素っ気なく突き放す。


「どうでも良くはないでしょう。一応、わたしにとっても義弟おとうとです」

「歳は向こうのほうが上だが、そうなるのか」


 少し不思議な顔をして、それでもボタンを外す指は止まってくれない。


 ま、待って。

 ここは書斎だし、そもそも椅子の上だし。

 それよりもシュトレリウスの膝の上に乗っている状態なんだけど!?


「会う予定のない弟はどうでもいい。メイリアの弟妹きょうだいの話を聞かせてくれ」


 「この状態で!?」と固まるわたしの唇を塞いだら、話も何もできないんだけどっ。


「消えかかっているではないか」

「つ、付けなくていいです!」


 開いたわたしの首元を見て、前に自分が付けた”印”が消えていると不満そうな声で呟いていく。


 次は別なところにとは予告されたけど、だからって、ここは書斎で椅子の上なんだけどっ!

 そもそも首元とお腹以外の、一体どこに付けるつもりだと言うのか。


「そうだな。……どこがいい?」

「ひゃっ!?」


 意地悪な顔で微笑んで、するりとあごに手を添えていくシュトレリウス。


 どどど、どこって、どこって……。


「うーん……」


 みるみる真っ赤になったわたしは久しぶりに気絶をした。


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