八話:プレゼントは贅沢に
そのまま肩を落として、トボトボと仕事の続きをするという父親と別れたら。
わたしもシュトレリウスを見送って、さっきの部屋に戻ることにした。
うーん、それにしても困ったな。
これはわたしも何を贈ればいいのかわからなくなってきたぞ。
部屋の中は好きに使っていいと言われたので、ぐるっと見ながらウロウロして。
さすがに引き出しの中とか鍵付きの書棚っぽいところは触れないでおく。変態と違って妙な物は入っていないとは思うけど、プライバシーだしね。
お城の中だからか貴重な魔法使いの部屋だからなのか、とっても広い上に奥にも部屋があって意味がわからない。
「実家よりも広いな。魔法が使えるようにってことなのかな?」
奥の部屋は眠れるようになっていて、さらにその奥には謎の扉があった。
もちろん厳重に鍵が付いている。いや、開けないけど。
「ウチの書斎もこんな感じなのかな?」
そういえばいまだに入ったことがなかったな。
そもそも仕事をしているのなら、お茶の一つや二つ、運んであげれば良かった。
そうして本を手に取ったり、ふっかふかのソファにゴロンと横になったりと時間を潰しながら執務室を堪能していった。
「待て、なんだこのソファ。めちゃくちゃふわふわなんだけど」
そういえば家のベッドも、なかなかにふかふかだったことを思い出す。
これはアレか、シュトレリウスの趣味なのか?
思わず全然ふかふかでもふわふわでもない、自分の胸元をじっと見つめる。
あれか、もしかしなくとも本当は巨乳が良かったとか?
とりあえず家具をふかふかのふわふわで集めて、気を紛らわせているとかなんだろうか。
そもそも毎回、胸元にボリュームがある物を必ず選んでくるユイシィだし。
つまりわたしの胸は、ちっともボリュームがないということで。……やかましいわ。
豊胸エステとかなんかないのかと、とりあえず本を読んでみる。
当たり前だけれど、そんなものがシュトレリウスの執務室にあるわけがない。
いつもネグリジェを買ってくるという、例の店の人に訊いたら教えてくれるのかな。
でもまだ巨乳好きとは限らないし……。
「メイリア」
「あ、はーい」
またしても、じいっと見ていたら外から声が掛かって黒い塊が現れた。
家では被らない日が多くなったけど、相変わらずお城の中では被りっ放しだなあ。
「待たせたな」
「大丈夫です」
何をしていたという質問には、ちょっと答えられないから訊かれなくて助かった。
いや、逆に訊かれたほうが良かったか。
だって鬱陶しいくらいな大きさはいらなくても、それなりのブツは欲しいよね、男子として。
「なんだ?」
「いえ。重さを感じなくさせる魔法はないのかなと思っただけです」
今も軽々とシュトレリウスが片手でお弁当を持っていて、もう片方はわたしと繋いでいるけれど。
馬車の中でデーゲンシェルムがうめいていたように、結構な重さがあると思うんだよね。
「あるにはあるが、少し面倒な詠唱を唱えなければいけない」
「そうなんですか」
「自然に逆らう魔法は複雑にできている」
「ふぅん、なるほど」
水を出したり怪我を癒したりするのと違って、自然を相手にするのは無理をさせると反動が大きいと話していった。
軽く頷きながら聞いていたら、なんだか遠巻きにじろじろ見られていることに気が付いた。
なんだ、喧嘩売ってんのか?
「シュトレリウス君が話していることが珍しいんじゃないの?」
「あれ、お父様」
まだいたんかいと突っ込んだら、これから帰るのだと話していく。
それにしても普通の会話じゃんと首を傾げるわたしに、ちょっと困ったような顔でお父様が微笑んでいく。
「お城ではまず口を開かないことで有名だからね」
「あ……」
そういえば前に来た時も、必要最低限しか喋らなかったな。
あれは「近付くな」だったっけと思い出して、これでも結構喋るようになったことにも気が付いた。
「あとはデーゲンシェルム君以外の人と一緒にいることも驚かれているんじゃない?」
「まだ言ってないんでしたっけ」
「……」
国でも貴重な魔法使いだからと、その家族にも何かあると悪いからと守ってくれているのは知っているけれど。
本人が無口なことも相まって、長男なのに跡継ぎじゃないってところもアレなのかも。
「公表されて家に押し掛けられても、街に出られなくなることも困りますから、わたしは全然構いませんよ」
「そうか」
ちょっと戸惑って、でもあんまり言いたくなさそうな気がしたから。
繋いでいるほうの手をぎゅっと握り返して、ローブの中の瞳と目を合わせるように覗きこんだら頷いてくれた。
「シュトレリウス様、まだですか?」
お腹すいたよーとお城の廊下に響かせながら、待ちきれなくなったデーゲンシェルムが迎えに来た。
「あ、キュレイシーさん。さきほどのプレゼントは私と王女様に任せてくださいね」
「は?」
ちょうど父親もいたからと、意味がわからないことをイイ笑顔とともに言っていく。
任せろって、どういう意味だ。
「メイリアさんにはパウンドケーキにプリンにお弁当にと、たくさん作ってもらいましたので。何かお礼をしないとと、リュレイラ様と言っていたところだったんです」
「それでさっきのプレゼントをどうする気?」
前に上等な革の持ち手がついた、鞭を持っていたことのある変態だ。
まさかその手の店じゃねーだろうなと睨んだら、爽やかな笑顔を向けてきた。……怪しい。
「騎士が使っている革のベルトは私も愛用していますから、大きくなっても使えるような物もあると思います。総レースのワンピースは、リュレイラ様がよく使っているお店にあるだろうということで、すでに連絡してあります」
「は?」
「それで昼食後に業者が来ることになっていますから、メイリアさんはサイズを教えてくれませんか?」
「え?」
一体いくらになるんだと、わたしたち親子は頭を抱えていたというのに。
それにパウンドケーキはかなりの種類を作ったから大変だったけど、そんな高価なものを二つも出すくらいの物ではないぞ、断じて。
中古でもキツイかもしれないと思ったのに、新品でさらに王家御用達っぽい店で買うなんて。
「メメ、メイリア……」
「断っておくから」
「うんうん、よろしく」
あわわと震える父親にしっかり頷いて、そんな身分不相応な物が相応しいウチじゃないとしっかり言っておかなくては。
「あら、一から手作りじゃないわよ?」
「それでも我が家にとっては恐ろしい金額じゃないですか」
むしろ家宝にするレベルだと、着いて早々に伝えたら、それでもきょとんと小首を傾げられてしまった。
ああ、やっぱり生活レベルが違い過ぎる……。
お弁当は喜んでくれたし、「せっかくだから外で食べましょう」と。
建物に囲まれた場所だったけれど、綺麗な庭園でお弁当を食べれて楽しかった。
それでもこれは別問題だと訴えるわたしに、既製品だからそんなに高くないはずだと言ってくる人はこの国の王女様だし。
「だってかなり作ってもらったじゃないですか」と、なんでもないことのように大金をポンと出そうとする人もそれなりに良い家の息子だ。
さらに「もらっておけばいい」と簡単に言うわたしの隣りの人は、国で有数のお金持ちの長男だった。
……ダメだ。金銭感覚がおかしい人しかなくて、圧倒的にわたしが不利だ。
「そもそもウチはあれですよ。没落貴族って言われていたくらいですし、今もカツカツで生活しているんですよ」
ウチの台所事情を話すのは恥ずかしいけれど、そもそもわたしがシュトレリウスと結婚したのも、言ってみれば金目当ての政略結婚みたいなものだし。
「うーん、困ったわね。じゃあ業者に直接いくらになるのか尋ねてくれるかしら?その値段が不適切だと思ったのなら、別なところに頼むわ」
「誕生日なんだからいいと思うんですけどね」
「贅沢はキリがないですから」
だからって自分で掃除洗濯、料理に畑仕事としているご令嬢はわたしくらいだろうけど。
執事で庭師なリュードにも、もっと贅沢をしても罰は当たらないとも言われているけれど。
これがわたしの性分なんだから仕方がないって思って、そういえばシュトレリウスはこんな奥さんで大丈夫なのかと不安になってきた。
「メイリアの分は別に買う」
「そういう意味じゃないんですけど……」
思わず見上げたら、頭を撫でて。わたしの誕生日プレゼントは自分が出すと言っていく。
やっぱりちょっとズレてるな。まあ、いいけど。
「ただいまあ」
「お帰りなさいませ」
おっそろしい金額だったらどうしようかと思っていたけれど、かなり良心的な価格でホッとした。
それでも十歳の誕生日に贈るのは贅沢すぎるから、きちんと特別なんだということを主張しておこう。
「へぇー。革のベルトに総レースのワンピースなんて、十歳の贈り物にはぴったりですね」
「ぴったりなの?」
こんなことがあったと、いつものようにお城での話をしたら。
ちょっと羨ましそうに、でも嬉しそうにユイシィが芋類の皮をむいていった。
「やっぱり区切りの十歳って特別ですからね。それにどちらも王家の関係者が贈ってくださったのでしょう?大人になるって自覚も生まれますし、きっととても喜んでくれますよ」
「そっかあ」
シュトレリウスに釘を刺されていたようで、そんなにお高い物は持ってこなかったのかもしれない。
それでも普段から考えれば、恐ろしく贅沢な逸品だから。まだ十歳には早いかなあと思っていたんだけど。
「あ、でもそれほどの物を用意されてしまったら、ご両親とか奥様たちは何にするんですか?」
「そこなんだよね……」
あれほどの物と対抗はできないから食べ物系にしようかと思っていると話したら、「食べ盛りなら嬉しいでしょう」とユイシィも慰めてくれた。
「たまーに買ってくるチョコレート屋さんの、季節限定の詰め合わせとか」
「うっわああ、贅沢!」
「夕食の食材もいつもより豪華にすれば良いかな、と思ってるよ」
「そうですね。十分、特別感がありますよ」
それでもこっちの用意した物は霞んでしまいそうだな。……仕方がないか。
夕食が終わってお風呂にも入ったら、最近では入っていなかった書斎に入ろうとするシュトレリウスが見えた。
「お仕事は終わらなかったんですか?」
「ああ、少し残っているものを片付けるだけだ」
プレゼントを一緒に見たり、弟妹の話をしたりしたことで、いつもよりも時間が取られてしまったのかな。
昼食をいただいていなかったことも気になるけれど、あんまり夜更かしもして欲しくない。
「紅茶か何か持ってきましょうか?」
「ああ、頼む」
前みたいに何かを壊さなくても声を掛ければいいと言って、さらに扉に鍵は掛けていないと言われてしまった。
用意したら恐る恐る、ノブを回していく。あ、開いている。
「開けてあると言っただろう」
「鍵なら前に掛かっていましたよ?」
「……入られたら困るからだ」
「え?」
怪しい本でも置いてあるのかと思って見上げたら、ちょっと困っていたけれど。
「魔法が使える者だと知っていると思っていたし、何よりいつ死ぬかもわからないからな」
だから触れないでいれば、死別した時も簡単に次にいけると思っていたとは初耳だ。
カップに紅茶を淹れて、書斎のテーブルに置いていく。
それでも出ようとしないわたしに、シュトレリウスがいつもとは逆に見上げてきた。
「どうした?」
「今は?」
「?」
今はだって、毎日のように近付いてくるし。……今日はまだ頭を撫でるくらいだけれど。
それでも近付いてくれたってことは、その先もって、考えてくれているってことになるの?
ローブを被っていないから、とっても戸惑っていることがわかるけれど。
だって勝手に自分が死んだ後のことまで考えて、さらに自分じゃない人にわたしを任せようとしていたなんて。
「わたし、シュトレリウス・ヴァン・ファウムに嫁いだのですけれど」
「……すまん」
他の誰でもなくて、シュトレリウスが夫なのに。
前にも言った言葉を伝えたら、やっぱり戸惑ったまま、それでも小さく謝っていく。
「わたしの夫は誰ですか?」
「……私だ」
「忘れないでくださいませ」
「わかった」
そりゃあ春は喧嘩腰だったし、何より会話なんてものもないし。
そもそも瞳だって合わなくて、結婚したのにと愚痴っていたけれど。
ムスッとしたまま、ちょっとだけ顔を近付けてやったら驚いた顔をするシュトレリウスに、もう一回、ちゃんと近付けたら逃げるように書斎から飛び出した。
「おやすみなさい!」




