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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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七話:お城でピクニック

「そういうわけで、明日から昼食をシュトレリウス様に持たせてあげてください」

「はあ……」


 何がそういうわけなのかは、さっぱりわからないけれど。

 朝と同じく馬車で来たデーゲンシェルムが、出迎えたわたしに昼を用意しろと言ってきた。




 今日は早いのか訊けなかったから、少し多めに用意はしていたけれど。

 まさかまたデーゲンシェルムもいるとは思わなくて、仕方なくもう一品作ることになった。……面倒くさい。


「メイリアさんの野菜は美味しいですね」

「それはどうもありがとうございます」


 むしゃむしゃと、まったく遠慮をしないで食べていくデーゲンシェルム。

 帰らないんかい、早よ帰れや。


 相変わらず無言のこの家の主は、デーゲンシェルムがいるからか朝のことがまだ気まずいのか、真っ黒いローブを被ったまま無言で咀嚼そしゃくしていくだけだ。


「お昼っていうと、お城では何も食べていなかったってことですか?」


 わたしもまだちょっと気まずいから、向かいに座っているデーゲンシェルムに尋ねることにする。

 だって今まで、弁当がいるなんて聞いたことがなかったもん。


「私も城に個人的な部屋があるので、王女様と一緒ではないときはそちらに運んでもらっているんですけどね。そのときにシュトレリウス様と同じメニューなのかと訊いたら、作ったことがないからわからないと言われてしまったんです」

「作ったことがない?」


 つまり今の今まで、軽くお茶をするだけで。

 あとは朝食と夕食だけだったってこと?


「もっと早く言ってくださいよ!」

「食べ忘れることもあるから問題ない」

「問題ない訳ないでしょう!?」


 どうしてこう、自分のことになると無頓着なんだか。




「明日から、お昼に帰ってこない日はお弁当を用意しますからね」


 たまに早く終わって帰ってくるときは、一緒に用意して食べていたから気が付かなかったけど。

 大食いなわけじゃないから特に突っ込まなかったのに、まさか昼抜きだったなんて信じられない。


 憤慨しながらウィンナーをブツリと突き刺したら、向かいのデーゲンシェルムが首を傾げる。


「お弁当ってなんですか?」

「お弁当はお弁当ですよ。その場でフルコースなんて物は用意できないんですから、こういう箱におかずを詰めて、食事を丸ごと持ち運ぶんです」

「へえぇ……楽しそうですね!」

「作ってから時間が経つので、どうしても冷めてしまうところが難点ですけれど」


 シュトレリウスもわからなかったのか、お弁当について説明したら頷いていった。

 ユイシィも怪訝な顔をしているってことは、この世界にお弁当はないということか。


「このくらいの大きいバスケットに食事を詰めて、外で食べたりもしないんですか?」

「テーブルも椅子もないところで食事をするんですか?」

「あ、そうか」


 何か敷いてその上に座ればいいと簡単に思っていたけれど、そもそも地面に座ったりする習慣がないんだった。

 執事か誰かと一緒に出掛けて、テーブルと椅子をセッティングしてもらえば良いんだろうけど。


「それじゃあ、庭園かどこかでする食事と変わらないじゃないですか。そうではなくて、草の上とかに座って食事をつまんでいくんですよ。ピクニックって言うんですけど」

「ピクニック??」


 全然ピンとこないみたいで、そもそも店以外の外で食事という意味がわからないらしい。

 うーん、ここまで通じないのか。

 それなら子供ができても、お弁当を持って外に出掛けて食べるってことはできないのかもしれないな。


「……」


 パァンッ


 それ以前の問題だろうがと気が付いて、わたしは久しぶりに自分の頬を思いっ切り叩いた。

 もちろん「次は私を叩きませんか!?」と手を挙げて言ってくる変態は無視だ。無視でいい。




 そうして昼食を堪能したデーゲンシェルムが、「お城でそのピクニックとやらをしましょう」と訳のわからないことを言ったら、なぜか明日はお城に行くことになってしまった。

 意味がわからん。


「だってお弁当とやらもよくわかりませんし、そのような物を気軽に持ちこめるところではありませんからね」

「そりゃあ、お城だからね」


 そもそも国を守る魔法使いが、妙な物を持ちこんだらいかんだろう。


「だからですよ」

「はあ?」

「あ、先日のキッシュをお願いしますね!」

「……」


 前にもプリンと聞いて食べたかったと言ってきたデーゲンシェルムは、気になっていたというキッシュをリクエストしたらさっさと馬車に乗りこんでいった。


「明日作ることは良いですけれど、見たことがないならわたしも一緒に行って説明したほうが良いですか?」


 だって絶対に無言だろうし、そもそもお弁当もピクニックの意味もわからないシュトレリウスではダメだろう。

 わたしの言葉に一つ頷いて、明日はお城に行くことが決定だ。


 王女様とまたお茶をすることになるのはアレだけど。

 外に出られない王女様が、少しでも楽しんでくれればいいか。




 いつもなら朝食の準備だけだから問題ないけど、今日はお昼も作らなければいけないからと早めに起きて支度をする。


「早いですね、奥様。お弁当のおかずなら、昨夜も下ごしらえしていませんでした?」

「そっちはデザート。四人分のお弁当なら種類をもっとたくさん作らないと」

「お弁当って大変なんですね」


 覗きこみながら朝食用のスープを作り始めるユイシィは、いつもより早起きのわたしの邪魔をしないようにと隅っこに移動した。


 お弁当がないなら、当然お弁当箱なるものも存在しない。

 それならと四角くて深いグラタン皿をお弁当箱代わりに詰めこむことにした。


「問題はあの馬車の揺れで崩れないか、なんだよね」

「ああ。あの揺れはどうにかならないんでしょうかねえ」


 この間、持っていったふわふわのプリンも、やぱりちょっと崩れてしまっていたし。

 だからこそ隙間なくびっしり詰めるのだと意気込むわたしの上に、ぬうっと黒い塊が覗きこんできた。


「それが、弁当とかいうものか?」

「あ、まだ途中なんですから見ないでください!」


 お弁当というものは、ふたを開けた瞬間が一番楽しいんだから。

 春の頃みたいにシュトレリウスが厨房に来たのは気になったからみたいだ。でもこれは、お昼までのお楽しみだ。


「すぐに朝食も持って行きますから、食堂で待っていてください」

「……わかった」


 ちょっとつまらなさそうに、それでも「見るな!」と言うわたしの言葉に頷いて。

 渋々、とっても渋々だけど厨房から出て行ってくれた。はあ、まったく。


「どれも旦那様は食べたことのある物ばかりですけれど、こうして詰まっている様子は見ていて華やかで楽しそうですね」

「外に出られないって聞いているから、王女様もそう思ってくれると良いんだけど」

「きっと喜んでくださいますよ」


 お茶をするくらいだから、どのくらいの甘さのデザートが好きなのかは知っているけれど。

 食事みたいな物はパウンドケーキくらいしか持って行ったことがないから、結局シンプルなおかずばかりになってしまった。


「冷めても美味しい物でも、やっぱり温かい物も欲しいですよね」

「うん。寒くなってきたからね」


 紅茶くらいは出るだろうけど、スープを持って行くわけにはいかないしなあ。


「持って行く方法がわかったら、スープはユイシィが作ってね」

「わたしが作った物を王女様が口になさるのですか!?」

「プリンもパウンドケーキも一緒に作ったじゃん」

「一から全部は初めてですっ」


 そんなことになったら眠れないと、あわあわと困惑してしまった。

 シュトレリウスが毎日食べているし、デーゲンシェルムもおかわりしたくらいだから大丈夫だと思うんだけど。




 さすがに今朝は遠慮したのか、迎えに来るだけで朝食の時間にデーゲンシェルムは現れなかった。

 いつもなら御者に預ける荷物も、今日は大きいからとわたしが抱えて持つことになっている。


「四人分なら重いだろう」

「そうですけど、今日の物は崩れると困りますから」


 なるべく形が崩れにくいようにしたし、隙間がないようにとしっかり詰めこんだけれど。

 それでもガタガタ揺れる馬車は危険だからと、抱えているわたしの膝からお弁当を取っていった。


「持て」

「私がですか!?」

「食べたいと言ったのはお前だろう」


 なんでもないことのようにデーゲンシェルムに渡したら、いつものようにわたしを抱えるように座り直した。

 そうして静かに馬車が動いて、扉の外からユイシィが手を振っていく。


「酔ったらどうするつもりだ」

「そうですけど……」


 自分が作ったものだしと、チラチラ気にするわたしに。

 目元を手のひらで覆ったら、そのままローブの中に隠すように引き寄せていった。


「くっ、重い……」

「うるさい」


 確かに自分の分も作れと言ったのはデーゲンシェルムだけれど、結構重いお弁当四人分を抱えなくちゃいけなくてうめいている。


「キッシュはちゃんと入っていますよ」

「わ……かりました、頑張ります」


 まだ発車したばかりなのに、苦しそうにしているデーゲンシェルムの声が聞こえる。

 大丈夫かな。あと、そんなに重かっただろうか。


 最初だからと張り切り過ぎて、ちょーっと詰めすぎたかも。うん、頑張れ。




 足がしびれたというデーゲンシェルムから荷物を取ったシュトレリウスは、荷物を持っていないほうの手をわたしに差し出してとっとと城の中へ入っていく。


「ちょっ、待ってくださいよ!」


 なんとか追い駆けてきたデーゲンシェルムも一緒に、お昼までは王女様の魔術特訓があるからと、お城の中にあるシュトレリウスの部屋に行くことになった。


「随分、奥にあるんですね」

「魔法使いはまとめられているんですよ。この辺りから魔力が漏れないようになっていて、さらに部屋にも色々と制限が掛かっています」


 デーゲンシェルムが説明をしながら案内をして、シュトレリウスの部屋に着いたら。

 暇なら図書館もあるしと戻っている途中で、わたしと同じ薄い茶色の髪が見えた。


「メイリア」

「あれ、お父様」


 前みたいにお城の廊下で父親と会ってしまった。

 でもこれならちょうど良いかもと、そのままわたしだけ残ろうとしたら二人の足も止まってしまった。


「こんにちは、メイリアさん」

「お久しぶりです、デュラーさん」


 前にちょっとあったデュラー家の当主も一緒にいたら、そりゃあ警戒もするだろうね。

 でもあれも、亡くなった奥さんとの惚気を聞かされただけの気がするんだけど。


「フェイナは風邪を引いてしまいまして。治ったらまたお茶でもしてあげてください」

「わかりました」


 簡単に挨拶をしたら、ローブ越しにも殺気を放っているシュトレリウスに肩をすくめて。

 デュラー家の当主はその場を立ち去るという大人な対応なのに、姿が見えなくなるまで睨みつけているシュトレリウスはどうにかならんのか。




 まあいいかと、そのまま父親に話し掛けることにする。


「四日後がお休みなので午後に着くように行こうと思います」

「それならちょうど週末だし、そのまま泊って行けばいいよ。二人も久しぶりに話したいこととかたくさんあるだろうし」


 嫁の実家に泊まりたがる夫はいるのだろうかとシュトレリウスを見上げたら、小さく頷いてくれた。

 まあどこででもローブ被ったままだし、何より無口だもんな。問題ないか。


「二人は何か欲しい物でも言っていましたか?」


 そうそう、せっかくだから欲しい物を訊こうとも思っていたんだった。

 手紙じゃギリギリになるから、ちょうど良かった。


 けれどちょっと溜息を吐いた父親は、肩も落として小さな声で情けないことを呟いた。


「それがねえ。ギルタはメイリアを迎えに来た馬車に乗っていた、護衛の騎士のベルトみたいなものが欲しいって言ってて」

「ベルト?」

「ああいうのじゃないか?」


 今さっき出てきたシュトレリウスたちの部屋の手前にいる騎士を指差して、腰に着いているベルトを確かめる。


「相当、上等な革のベルトじゃん」

「色艶もいいし、何よりほら、小物が入れられる小さいバッグが付いているところが便利だって」

「なるほど……」


 革だけ買って手作りしたら安く上がりそうだけど、ミシンがないから手縫いになるんだよなあ。

 四日後までに間に合うかなあ?


 うーんと考えこむわたしに、さらに重苦しい溜息を父親が吐く。


「それより問題はミレナでね。どこで見てきたのか総レースのワンピースが欲しいって……」

「総レースのワンピース?」


 それこそいくらして、さらに手縫いなら何日かかるんだという代物だ。


「どっちもまだ余裕がないウチに新品は無理だから、帰りに中古で良いのがないか探してみるよ」

「そっすね……」


 ベルトはバッグ付きが気に入っているだけだから、なんとでもなりそうだけれど。

 ワンピースは中古でも相当な値段がしそうで思わず眩暈めまいがした。


 妹よ、いつの間にそんなに金の掛かる女になってしまったんだ。


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