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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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番外編:虹の作り方

 わたくしはリュレイラ。この国の王女様と呼ばれる存在。

 金の髪を持って産まれたからと、他の人とは違う魔力を体内に宿していると言われているけれど。


「はあ……退屈ね」


 長い詠唱の言葉を間違えないように言って、さらにきちんとどういう作用がするのか理解しないといけません。

 魔力を持っていても、こうしてお勉強をしないと使えるようにならないなんて。


「魔法使いって万能じゃないのよねえ」


 国を守ることが産まれた時から決まっている使命でもあるからって、閉じこめるようにお城の裏の塔に入れなくっても良いじゃない?

 わたくしがさらわれたり、悪用されないように守っているということはわかっているけれど。


「そういえば、メイリアさんもあんまり外には出ないって言っていたわね」


 無口で不愛想な魔法使いの妻を思い浮かべながら、普段は何をして過ごしているのかしらとカップを置いたら扉が叩かれました。


「リュレイラ様。シュトレリウス様とデーゲンシェルム様がお着きになりました」

「わかりました」


 さあ今日も、しっかりと国を守れるように特訓をしましょうか。




「今日は何をするの?」


 真っ黒いローブを被ったままのシュトレリウスを見上げて尋ねたら、その隣りにいる白金プラチナの髪を一つに束ねたデーゲンシェルムが答えていきます。


「基本的な水と火、土と風の詠唱は覚えたみたいですから、今日はそれらを組み合わせてみましょうか」

「組み合わせる?」


 デーゲンシェルムの言葉に首を傾げるわたくしの前に、シュトレリウスがスッと長い指を伸ばしたら。

 手のひらに丸い球体が現れて、どんどん大きくなってしまいました。


「あ、これは外でやった方が楽しいんですよね」

「楽しい?」


 その場で次にいこうとするシュトレリウスを止めたデーゲンシェルムが腕を引っ張って、魔力が漏れないように囲われているこの部屋から出ようと窓を開けてしまいます。


「ダメよ、デーゲンシェルム。外に漏れたら大変だわ」

「これは大丈夫なやつですよ。じゃあシュトレリウス様、続きをどうぞ」


 小さく頷いたシュトレリウスが、手元の球体を浮かせたら。

 ある程度の高さまで上がった球体が弾け、霧のようなものが飛び散りました。


「きゃっ!?」

「ほら、リュレイラ様。大丈夫だったでしょう?」


 周囲いっぱいに魔法で出した水の塊が弾けたことの、どこが大丈夫なのかと呑気なデーゲンシェルムを睨んだら。


「わぁ……」


 良く晴れた秋の空に、綺麗な虹がかかっていました。




「すごいわね!これはどうやったら、わたくしにもできるのかしら?」


 危険な魔法ではないことがわかっても、コントロールがまだまだ怪しいわたくしが、部屋の外に出てはどんな影響が起こるかわかりません。

 部屋の中に戻ったら椅子に座り直し、そうして詠唱が書いてある魔術の本を開くデーゲンシェルムの手元を覗きこみます。


「今のは水を出す魔法と、その場に留める魔法を合わせて水の球体を留めおいて。さらに広範囲に広げる魔法で弾けさせつつも、特定の場所にだけ効果が起こる魔法を組み合わせた物です」

「……それ、ちっとも基本の組み合わせじゃないじゃないの」

「そうですね、応用ですから」


 基礎がやっと終わったわたくしに、どうしてそんなモノを見せたのかと睨んだら、何事もないようにケロッと微笑んでいきました。


 いつもニコニコしているところは、デーゲンシェルムの良いところだとは思っておりますけれど。

 今日みたいなときは、とてもイラっとするので思わず口元が歪みます。


「先程の魔法が使えるように、まずは水の球体を作るところからしていきましょう」

「わかったわ」


 あんなに綺麗な魔法を目の前で見せられたのです。

 絶対に使いたいと思ってしまったわたくしに微笑んだデーゲンシェルムが、一つずつこなそうと本を向けてきました。


 またしても長い詠唱が必要みたいで、とてもうんざりしますね。


 けれどその場に留めることが出来る魔法は、色々なことに使える基本的な魔法の一つです。覚えたら絶対に得ですし、何よりとっても大切です。


 気合いを入れ直して、今日中に詠唱の言葉を覚えてやろうと意気込みます。




「はい、間違えずに言えるようになりましたね。続きはまたにしましょう」

「ありがとう、お疲れ様です。シュトレリウス、デーゲンシェルム」


 パタンと本を閉じたら、今日のところは終わりだとデーゲンシェルムが言っていきます。

 その間も見本を見せるだけで、無言のシュトレリウスも小さく頷きました。


 疲れすぎたので、昼食の前に軽くお茶をします。

 基本の水を出現させる魔法と似ている言葉だったので、言い間違いをしてしまって時間が掛かり過ぎました。もう頭がパンパンです。


「はあ……」


 カチャリとカップを置いたら、大きな溜息が出てしまいます。

 これを間違えずに言えて、さらにもっと複雑な魔法もすぐに使えるようにならなくてはいけません。


「でも詠唱の言葉は、難しく複雑になればなるほど、かなり長いわよね?シュトレリウスはどうしているの?」


 最初の見本を見せたときだって、スッと腕を伸ばしたらあっという間に水の球体が現れたのです。

 いくら歳が離れているからって、今覚えた詠唱の言葉をあんなに短時間で唱え終えるはずがありません。


 今まで無言だったシュトレリウスも、カップを置いたら少しだけ動きました。


「詠唱の言葉は確かに大事だが、それよりもどの魔法を使うか意識しないと発動しないだろう?」

「ええ。そこもまた、頭がこんがらがってしまうのよね」


 どんな魔法を使っているのか、明確にイメージをしないと作動しないのです。

 これでさらに短命だなんて、魔法使いは理不尽すぎます。


「詠唱の言葉を唱えるよりも、イメージするほうを先に覚えただけだ」

「ふぅん?」


 つまりそれは、言葉をあまり発しないようにした偶然の産物、ということになるのかしら。


「それなら会話がないとダメな私やリュレイラ様には向かない方法ですね」

「それもあるけれど、想像力が足りないってことじゃないの」


 ははっと笑いながら「やっぱり自分に無詠唱は向かない」と早々に諦めたデーゲンシェルムは置いといて。

 わたくしはいざという時に長い詠唱を言わなくてもすむ、無詠唱が使いたいのです。


 魔法が作動する時間が圧倒的に速いことももちろんですけれど、何より敵にどの魔法を使う気なのか気付かれないところが魅力的だと思っています。


 敵なんていないし平和だし、そもそも成人してからもあまり外には出られない身の上ですけれど。




「確かにのどを潰されたら、私たちでは魔法が使えなくなってしまうところは困りますよね。しかしそれよりも、私はこれ・・が面倒くさいと思ってしまうんですよ」

「そうね、わたくしもそれが厄介だと思っているわ」


 今もお茶をしながら、シュトレリウスだけは書類を書き続けています。

 書類の内容は、虹を作るためにシュトレリウスが使った魔法についてです。


「無詠唱魔法って、後処理がとっても面倒くさいところがあれよねえ」


 デーゲンシェルムはきっちりと本にも載っている詠唱を唱えて魔法を使う魔法使いです。

 けれどわたくしの目の前に真っ黒いローブを被っている人、シュトレリウスは、一言も言葉を発しなくても思い描いた魔法が使える、この国の歴史を見てもかなり珍しい魔法使いなのです。


 けれど……


それ・・、毎回書かなくてはいけないのでしょう?」


 今さっき使っていた魔法の種類、唱える言葉、さらにどういう作用がするものなのかという魔法の内容についても事細かに書いて提出しなければいけません。

 これは魔法使いには必須の書類で、国王様であるお父様も、王女であるわたくしも例外はありません。


 国を守るための魔力で魔法使いなのです。

 特に城を守ることが仕事なのに、どんな魔法を使ったのかがわからなければパニックになります。


「その点、詠唱を言わなければ魔法が使えない私には必要のない仕事ですね」

「ええ。今のところ、わたくしも書いたことはないわ」


 デーゲンシェルムの場合は簡単です。

 目の前で唱えるので、どの魔法を使っているのかが第三者にも聞くことで確かめられます。

 同じ部屋に書き留める人がいれば、それで終わりなのです。


「いざという時は無詠唱って便利だけれど。長ったらしくても面倒くさくても詠唱を唱えるから、自分で書かなくていいところが楽なのよね」


 それにどうすれば無詠唱で魔法が使えるのかという、とっても基本的なことは本人にすらわかっていません。

 それでは説明できませんし、魔力を持っているからといっても例が少なすぎて解明もできません。


「無口な人ってだけが条件なわけでもないから、魔力の扱い方がうまいってことになるのかしら」


 それとも理解が早過ぎて、唱えている時間がもったいないくらいに感じて短縮してしまうのかしら。

 想像すればと簡単に言うし、先程のように手本を目の前で見せてはくれるけれど。

 こればかりは本人の才能となるのかもしれないと、小さく溜息が出てしまいました。




「さあな」


 ちょっとガッカリしたような、わたくしの独り言のような言葉には、たった一言、ポツリと呟くのみです。


 こう、もうちょっと何かないのでしょうか。

 シュトレリウスに期待はあまりしてはいませんけれど、さすがに短すぎて素っ気なさすぎです。


「シュトレリウス、まさか家でもそんな調子ではありませんよね?」


 せっかくこのシュトレリウスと長続きしそうな奥様を迎えて、さらにはもうすぐ半年が過ぎるというのに。

 こんなに話さない人なんて、わたくしだったら絶対に無理だわ。


「知らん」

「……」


 ローブを被っているからわからないけれど、本当にどうでもいいというような言い方ですね。

 メイリアさんは一体、シュトレリウスのどこを気に入ったのかしら?


 次のお茶会では絶対に訊き出そうと思っていたら、ぬうっと黒い塊が立ち上がりました。


「用が済んだなら帰るぞ」

「あら、執務室へ行くのではないの?」

「今日の仕事はこれで終わった」


 そんなに早く家に帰りたいのかしら。

 前だったらまっすぐは帰らないで、それこそ城に与えられている自分の部屋に閉じこもっていたくらいだというのに。


 あ、違ったわ。

 結婚したての春先も仕事がたまり過ぎていて、早く帰っても書斎にこもりっきりだったと言っていたわね。


 そのおかげで今も何もないとしても、そろそろ何かないのかしら?




 うーんと考えこんだわたくしの隣りで、デーゲンシェルムも頷いています。


「メイリアさんの食事は美味しいですから、きっとお昼も食べたいのでしょう」

「あらあ、それなら早く帰らないといけないわねえ」


 白金プラチナの髪を輝かせたデーゲンシェルムが、優雅に紅茶の入ったカップを置きながらニコリと微笑んで言っていきます。


「てゆーか、シュトレリウス様って昼はどうしているんです?城の料理人は用意したことがないと言っていたんですけど」

「え、そうなの!?」

「私も先日、初めて聞きました」


 たまにこうして魔法を使った後に、糖分補給としてお茶をすることはあったのですけれど。

 それでもすぐにお城へ行ってしまうので、てっきり昼食は用意されている物だと思っていました。


「まさか魔法使いにも効く毒か何かが入っていた、とか?」

「そんなわけがあるか」


 わたくしたちは体内に、他の人が持たない魔力を持っています。

 閉じこめるようにしているからか、毒や媚薬などはまったく効きません。外からの攻撃は痛みをともなうので、こちらは防御を素早くするしかないのですけれど。


「口に合わないだけだ」


 フンッとなんでもないことのように言い放ち、さっさと部屋から出て行こうとするシュトレリウスのローブをしっかりとつかんで引き留めます。


「それなら、メイリアさんにお昼を作ってもらえば良いじゃないの」


 小首を傾げて提案したら、ものすっごく鬱陶しいものでも見るような視線を感じました。


 わたくしとシュトレリウスは身長差があり過ぎるので、こうして見上げてもローブの中は暗すぎて見えないのです。

 それでも嫌そうに歪んだ口元が、すべてを語っていますね。


「帰りも私が一緒に家に行って、メイリアさんに頼んでおきましょう。シュトレリウス様も不健康から脱出できますし、このままお一人で帰ってもメイリアさんには伝えないでしょうからね」


 そう言って「行きますよ!」と背中を押して扉に向かったデーゲンシェルムは、ウキウキとシュトレリウスの家に向かって馬車に乗り込んでしまいました。


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