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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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六話:一歩進んで三歩下がる

「……はっ」


 もう何度目かわからない、気絶をしたまま迎えた朝。

 隣りにはシュトレリウスがいて、これまたさらに眉間がぎゅぎゅーっとなったまま眠っている。


 アレか、これは無言で怒っているんだろうか。

 でも待つって言ってくれたのに、あ、あんなところに付けなくてもいいじゃん!?


 確かめられないからわかんないけど、首元だけじゃなくてお腹にも絶対に何個か付いているんだろうし。


 歯軋りまでして訴えるような、うなされるような寝方じゃないけれど。

 なんかこう、今までみたいな静かな寝方じゃないな。わたしのせいか。そうか、すまん。


「……」


 そのまま、じっとシュトレリウスの寝顔を見て。

 そういえばわたしよりも先には起きないから、わたしがどんな風に眠っているかは見たことがないよなあと、サラサラな銀の髪を撫でながら思い返す。


 あ、違った。最初から先に眠っていたし、なんなら最近は途中で気絶してたわ。


「うん。頑張ろう」


 何を頑張らなきゃいけないのかは、恥ずかしいから考えないけど。




「あ、忘れてた!」


 今日もいい天気だから、水をやって草を抜いてと支度をしながら考えていて。

 一個、シュトレリウスに聞いておくと言っていたことを思い出した。


「シュトレリウス様、起きてください」

「すー……、んん」

「起きんか、こら」

「ん……」


 ぺちぺちと顔を叩きながら起こしたら、やっとぬぼーっと起き上がる。

 でもこの顔、絶対にまだ目覚めていないな。そもそも目が開いていないし。


 本当に、結婚する前ってどうやって起きていたんだろうってくらいの寝起きの悪さだ。


「シュトレリウス様、お休みの日っていつですか?」

「やすみ……」

「わたし、実家に帰りたいんですけど」

「実家?」


 あ、起きた。

 でもなんか変だ。寝ていた時よりも眉間が寄って、とっても不機嫌だというオーラが出ている。




「実家に帰りたいとはどういう意味だ?」

「そのままですけど?」


 だって弟妹はまだ十歳だから、あんまり外には出られない年齢だし。

 ここまで来てもらうには、ウチの馬車じゃちょっと狭いし座り心地も悪いもん。


「もうすぐ誕生日なんです。春先に結婚して全然帰らなかったら、この日だけでも帰ってきて欲しいと言われまして」

「誕生日は終わっただろう?」

「秋ですから、まだですよ」


「?」

「??」


 ん?あれ、そもそも弟妹の話とか誕生日とか言ったことあったけ?


 わたしも首を傾げるけど、シュトレリウスも何を言っているのかわからないという顔で首を傾げている。


「わたしの誕生日じゃなくて、下の弟妹きょうだいのですよ?」

「下の」


 やっと意味が通じたようだ。こくりと頷いて納得してくれたらしい。




「それで、実家に帰って何かあるのか?」


 伸びてきた前髪をかき上げて、誕生日だとしか言わないわたしに尋ねてくる。

 ううむ、今日も銀の髪がまぶしいな。


「ええと、誕生日なのでプレゼントを渡しに行きたいんです。毎年していましたから、食事も一緒に摂りたくて」


 って。こんな言い方をしたら、まるでこの家に閉じこめられていたみたいだな。


 街に買い物とかお城にお茶をしにとか出掛けてはいたけど、そもそも友達いないもんなあ。

 それにもうすぐ誕生日なのだと話すって、なんだか催促しているみたいだったかな。でも一つ頷いたシュトレリウスは、最初に言った言葉がきちんと聴こえていたらしい。


「五日後が休みだ。何を買うか考えておくといい」

「あ……りがとうございます」


 さらに午前中に買いに行って、そのまま届けに実家に行けばいいとまで言ってくれる。


 しょっちゅうここに来る父親に預ければいいかと思ったけど、直接渡せるなら嬉しいな。というか家は大丈夫なんだろうか。掃除とか畑とか心配になってきた。


 でもその日に行けるなら、お気に入りになっているチョコレートとかも買って帰るのもいいかもしれない。


「じゃあ手紙を書いておきます」

「ああ」


 そのままシュトレリウスも起きるみたいで、ベッドから出て立ち上がった。




「メイリアの欲しい物も考えておいてくれ」

「わたし?」


 何が喜ぶかなあと考えこんだわたしの頭を撫でながら、わたし自身も欲しい物を考えろと言ってくる。

 それこそチョコレートを買ってきたりしているし、結婚記念日とかでもないのにと見上げたら、ちょっと呆れている紫色の瞳と目が合った。


「誕生日プレゼントがまだだっただろう」

「え。でもケーキとか花とか、色々もらいましたよ?」


 これ以上はさすがにもらいすぎだろうと言ったら、何も着けていない首元をなぞるように触れていった。


「いくらどこにも出掛けないと言っても寂しすぎるだろう」

「……わ、わかりました」


 つまりその、アクセサリーとかを贈ろうと考えているってことなのかな。

 ここではみんなの前でお披露目するだけで結婚指輪も何もないから、前に渡した声が届く魔導具みたいな物をと思ったのかもしれない。


 ……で、でもだからって話しながら首元をなぞられると、くすぐったくて恥ずかしいんだけど。

 ちょっとだけ身動みじろぎするわたしを捕まえるように、触れていた右手はあごに添えて、左手は腰に回して引き寄せられてしまった。




「下の弟妹きょうだいはいくつになる?」


 そろそろ息が苦しいと、クラクラしてきたわたしからちょっとだけ離れたシュトレリウスが訊いてくる。

 いや、その前にもっと離れてくれ。身長差があるんだから、つま先で立つのもそろそろ限界だ。


「はあ……。二人はこの秋で十歳です」

「王女と同じか」


 ぷるぷるしてきたわたしに気付いて、やっと離してくれたのはいい。

 その代わりとばかりに、耳元に囁くように唇を近付けないでくれないか。……くすぐったいし恥ずかしいんだけど。


「っ!?」


 まだまとめていないわたしの髪を、撫でるようにうしろに払ったら。

 そのまま首元をなぞるように滑らせて、あ、朝から何をしているんだ、この野郎っ!


「消える前に付けると言ったはずだが?」

「昨日の今日なんですから、消えているわけがないでしょう!?」


 なんだ、昨日の仕返しか。

 だからってやり返すことができないわたしに、とっても意地の悪い微笑みを向けてくる。




 前に「ヘタレ」って言った仕返しなのか、今では「どっちが?」とでも言いそうなくらいに攻めてくる。


 朝からするには濃厚過ぎるキスにクラクラしながらも、しがみつくように首元に腕を回すわたしを抱えるように押し倒して。


 そのままボタンが外されたと思ったら、いつかの朝みたいな大声が響いていった。


「おっはよーございまあすっ!」

「ん!?」


 爽やかな秋晴れの朝に相応しい、爽やかな声と爽やかなイイ笑顔。

 さらに今日もまぶしい白金プラチナの長い髪をなびかせて、デーゲンシェルムがなぜか門の前から叫んでいた。


「朝からうるさいですよ、デーゲンシェルム様!」


 気付いたユイシィが扉を開けて、近所迷惑だと怒っていく。

 そんなことはちっとも気にせず、グイグイと入ってくるデーゲンシェルムはいつも通りだ。


「朝はフツーに早起きしているって聞いたもので。それなら別に良いかな、と」

「今日はまだ起きていらっしゃいませんよ」

「え、そうなんですか?」


 呆れつつも最近は見ていなかった美青年が現れたからか、怒っていたはずのユイシィがそのまま中を案内しながら扉が閉まった。




「……」

「……」


 ものすっごく中途半端にしてしまうのは、いつもわたしなんだけど。

 こうして第三者の他人に止められると、どうすればいいかわからんな。


「ちょっ!?」


 まあいいかとでも言うように、続きをフツーにしようとするんじゃない!


「いい訳あるかぁっ」


 離さんか、馬鹿者!




「あ、おはようございます。メイリアさん」

「……おはようございます、デーゲンシェルム様」


 やっぱり顔を見たらムカつく気持ちを抑えられなくて、思わず一発殴ろうかと思ったけどやめておく。

 変態をわざわざ喜ばせる趣味はない。


「今日は遅かったようですね。それでも朝食は作ったみたいですけど」

「ええ、誰かさん・・・・のせいで・・・・起こされましたから」


 本当はとっくに起きていたけれどと、殴らない代わりに愚痴ってやることにする。

 だって、せっかくその……、大丈夫そうって思ったのに。


 ぶちぶちと不満を呟くわたしに、首を傾げたデーゲンシェルムは向かいに座っているシュトレリウスをチラッと見て頷いた。


 なんだ、また無言か。

 シュトレリウスの真似はしなくてよろしい。


 急遽増えたお客様の分も朝食を用意したら、ユイシィと一緒に馬車まで見送って手を振るだけだ。


 今日はデーゲンシェルムがいるからか、さっきのことが気まずいからか。

 いつもみたいにわたしに触れることがないまま、無言のシュトレリウスは馬車に乗りこんで行った。


 ……やっぱり、わたし専用のローブを早く仕上げよう。

 今日こそどんな顔で迎えればいいのかわからない。


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