五話:特別な印
出掛けるまでにも色々あったけど、途中の馬車の中でもあったけれども。
とりあえず久しぶりに、わたしはシュトレリウスと一緒にこの国の王女様に会いに来た。
リクエストにもあったプリンを渡して、一体いくらするんだというカップに紅茶が淹れられる。
そうしてお茶会の準備が整ったら、四人を残して他の人たちは部屋から出て行ってしまった。
やっぱり不用心じゃないのかな?
だって魔法が使える人ばかりが揃ってるっていっても、無詠唱で即座に魔法が出せる人はシュトレリウスしかいないわけで。
それでもこの建物自体に魔法が掛かっていて、許可した人以外は入れないと言われたら考えなくていいことだろうけど。
ウチもだけど、許可した人以外がどういう理由で近付けないのかも、どんな魔法が掛かっているのかもわからないし。
よくわからないことは置いといて、リクエスト通りだけどちょっと違うプリンをすぐにほうばったリュレイラ様が、いつも以上にパアッと表情を変えていった。
「前のものは硬かったわよね?これはとろとっろだわ、どうしてかしら?」
金の巻き毛を揺らすように小首を傾げて、深紅の瞳を輝かせる王女様は可愛すぎる。
それでもこの国の王女様だからか、同い年なはずの弟妹よりもしっかりしてるんだよな。偉いなあ。
「前のものよりも生クリームを多くして、作り方も少し変えると別なものになるんです」
「ふぅん、素敵ね。……もちろん、シュトレリウスはとっくに食べたことがあるのよね?」
「ああ」
「むぅ……」
キラキラと瞳を輝かせて「もう一口」って楽しんでいたはずなのに。
なぜかシュトレリウスをじいっと睨むように見上げて、先に食べたかどうかと訊いてくる。
「家で出した時はお酒が入っていたので、こちらは逆にお砂糖を多めに入れました」
「そちらはお父様が気に入りそうね」
王女様と国王様は好みが似ているらしく、特に甘い物が大好きだ。
見た目も金の髪に深紅の瞳だから、親子って感じで面白い。
「お酒ってブランデーですか?」
「それとラム酒ですね。香りと味に深みが出るので二種類入れました」
「うわっ、それは美味しそう」
王女様の隣りに座って、にこにこと食べていた白金の魔法使い、デーゲンシェルムが食い付いた。
「最近は食事に参加できなかったですから、こうしてプリンを作ってもらおうとシュトレリウス様に頼んだんですよ」
王女様じゃなくて、大の大人のお前が頼んだんかい。
「それならフツーのプリンにしてやったのに」
「相変わらず、イイ舌打ちですね!」
王女様の前だというのに、チイッと思わず舌打ちをしながら顔を歪ませたら、変態紳士が満面の笑みで喜んでいく。
お前も親指を立てるんじゃない。あと、ものすっごく輝く碧い瞳もこっち向けんな。
「今日の朝食はなんだったのですか?」
「野菜をたくさんいれたキッシュですけど」
「あーほらぁ!最近のオムレツも美味しそうだと思って我慢していたのに、キッシュなんてふわふわじゃないですか」
よくわからない悔しがり方をしながら、なぜか王女様に訴えていく。
どういう意味だと首を傾げたら、呆れた視線を向けた王女様が首を振る。
「ダメよ、そんなに毎日お邪魔しちゃ。デーゲンシェルムが来ることがわかったら、遠慮して遅く起きれないじゃないの」
「いつも同じ時間に起きていますけど?」
日中と違って、朝晩はかなり寒くなってきたけれど。
それでもフツーに早めに起きたら畑を整えて食べる分を収穫して、軽く掃除したら朝食を作っていると言ったら二人が固まった。
「……あの、フツーに起きてるんですか?」
「朝なんだから起きるでしょ」
「じゃあ夜もフツーに、前と同じく寝ているのかしら?」
「ええ、もちろん」
ちょっと顔を引きつらせたデーゲンシェルムが、どうして前と同じ時間に起きているのかと訊いてきて。
同じくなんとも言えない表情をした王女様が、もしかしなくとも夜も変わりないのかと、心配そうに尋ねてくる。
「あの、今のメイリアさんの言葉ってマジですか、シュトレリウス様?」
「……」
「マジなのね、シュトレリウス?」
「……」
顔を引きつらせたままの二人の問いに、シュトレリウスは一言も話さずにただ無言で頷いていくだけだ。
なんだ、なんか喋れや。あと、どういう意味が込められているんだ。
「半年は経ったわよね?」
「経ちましたね」
「「はーーー……」」
今度は二人で謎の確認をしながら顔を合わせて、そうしてとても息の合ったタイミングで深い溜息を吐いて頭を抱えていくとはどういうことだ。
いやこの二人も小さい頃から一緒らしいし、何より婚約者同士なんだっけ。
それなら息も合うかと紅茶を飲んだら、そんな二人がいつものユイシィみたいにじとぉっと無言で見つめてきた。
なんだ、なんか言ってくれ。
なんにも言われないまま、とりあえずこの話はなかったことにするらしい。
気を取り直してプリンの残りをほうばっていたリュレイラ様が、そういえばとわたしの首元を指差した。
「メイリアさんがスカーフなんて珍しいわね?」
そんなに開いていない首元だけれど、普段は滅多に飾らないわたしに王女様が突っ込んできた。
「ええ。ユイシィ……メイドから言われたので巻いてきました」
「そうなの?」
何でかしらねと首を傾げたら、サラリと輝く金の髪が横に揺れて流れていく。
その隣りにいる白金の長い髪を一つにまとめたデーゲンシェルムも、同じように首を傾げていくから、わたしが着飾っているのがよっぽど珍しいらしい。
それにしても、ここでローブを取ればわたしの隣りの人も銀の髪を輝かせるんだろう。
なんてまぶしいお茶会だろうか。
「少しでも秋らしくしたほうが良いと言われたんです」
「でもその服が赤系で秋らしいから、多少首元が寂しくても問題なさそうだけれど」
「それもそうですね」
別に夏っぽい、見た目も涼しそうな色と生地のワンピースを着ているわけじゃないもんね。
言われ過ぎて気になって引っ張ったら、スカーフが首元からはらりと解けた。
結び直そうかと全部取ったら、わたしの隣りのシュトレリウスが思いっ切りむせた。
「ぐっ」
「あらぁ」
「ああ、なるほど」
「え?」
王女様とデーゲンシェルムが、わたしがスカーフを取っただけで妙な表情をしている。
なんだ、わたしの後ろに何かいたりする?
思わず後ろを振り返ったら、さらに「あらあら」という言葉まで言っていく。相変わらずシュトレリウスはむせたままだ。
「大丈夫ですか、シュトレリウス様?」
バンバンっと背中を叩いたら「私も次に叩いてください!」と元気よく手を挙げる変態は置いといて。
「メイドが正解ね」
「そうですね」
「え?」
小さく溜息を吐いた王女様と、やれやれと首を振っているデーゲンシェルムが、またしてもわたしを見てなんとも言えない顔を向けてくる。
さっきよりは何かが含まれたような視線だけれど、意味がわからない。
「あのね、スカーフをしてくれないかしら?」
「そのままでもいいんですけど、さすがに王女様の前ですので」
「はあ……?」
しないと失礼な格好だったのかなと思い直して、スカーフを巻き直したらやっとシュトレリウスも収まったようだ。
それでもローブを被りっ放しだから、どんな顔をしているのかイマイチわからないけれど。
今朝のユイシィみたいに、ニンマリとしている王女様の口元が気になるな。
それでもわたしがスカーフをし直したら、お茶会も再開していった。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
シュトレリウスは途中から無言を貫いていて、馬車の中でもそのままで。
家に着いたらさっさと書斎に閉じこもってしまったから、わたしもそのまま夕食を作ろうかと厨房に向かった。
「あ、ユイシィ」
「なんですか?」
今も一応、スカーフをしながら夕食を作っているわたしを確かめたユイシィが頷いている。
そんなユイシィに、今日のお茶会の様子をいつものように話していく。
「スカーフをしていって正解だったよ」
「外したんですか!?」
「え?うん。でもすぐにしてくれって言われたからまた巻き直したよ」
「そ、そうですか……」
「?」
ユイシィも、さっきまでの王女様たちと同じ妙な顔をしているね。
それでも企んでいるような含んでいるような表情じゃなくて、困惑しているみたいな顔だ。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「そう?」
その意味を知ったのは、お風呂から上がって鏡を見てからという遅さ。
朝も見たはずなのに、服に気を取られて全然見ていなかった。
もっと早く気付け、わたし!
「シュトレリウス様!」
とっとと書斎にこもりやがったのか、寝室にはいなかったから扉を思いっ切り叩いて「出てこいやぁ!」と怒鳴っていく。
ななな、なんてものを付けるんだ!?
けれど前に扉を蹴った時も反応がなかったように、ちっとも開く気配がしない。
「確か、部屋の音は聴こえるって言ってたよね」
テーブルに額を打ち付けた時、妙な音が聴こえたと出てきてくれたことを思い出した。
じゃあ椅子をぶち壊してやろうかと持ち上げたら、窓に投げつける前に腕をつかまれてしまった。
「何をしている」
「あれ?」
てっきり書斎にいるかと思ったのに、まだ濡れている銀の髪をそのままに血相を変えたシュトレリウスがわたしの腕をつかんでいた。
「書斎では?」
「まだ行っていない」
大人しく椅子を下ろしたら、ようやくシュトレリウスがホッと息を吐く。
椅子を下ろしてその上に大人しく座るわたしに、シュトレリウスがやっと安心したような表情を浮かべた。
部屋に入ったら妻が椅子を持ち上げていたら、そりゃあ驚くわな。
「何をしていた?」
「書斎の扉を叩いても聞こえないようでしたので、椅子で窓をぶち破ろうかと」
「扉には衝撃を吸収する魔法が掛かっている。中にいても聴こえないし壊れない」
それなら渾身の蹴りをしてもビクともしないわけだと、やっと解けた謎に頷いていく。
だってその後にデーゲンシェルムを蹴った時は吹っ飛んだもんね。
「……待て。なぜ窓を壊そうとする?」
わたしの足は前のように衰えていなかったことがわかって、納得していたら。
それでどうして窓を壊すことになるんだと、とっても当たり前のことを訊いてきた。
「部屋の中の音は聴こえるみたいだと思い出したので、窓が壊れればさすがに出てくるかなと」
「もっと穏便な方法にしろ」
どうしてそういう発想になるんだと、呆れたようなよくわからない溜息を吐かれながら窘められてしまった。
そうは言うけど、最初の一か月はちっとも出てこなかったじゃん?
無視をしていたわけでも浮気をしていたわけでもなくて、単純に仕事をしていたのは後から教えてもらったけれど。
……じゃなくて。
「首!」
「首?」
何か付いているのかと、自分の首をさすっていくシュトレリウス。
そっちじゃねえ!
「わたしの、く、首に、何を付けてくれやがってるんですかっ!」
「……」
真っ赤になって指を差しながら抗議をしたら、意味がわかったのかシュトレリウスも固まってしまった。
けれどわたしみたいに気絶しないで、すぐに気が付いたらローブを被って、とっとと書斎に逃げようとするシュトレリウスを捕まえる。
「王女様にも見られたでしょう!」
次からどんな顔をすればいいんだと詰め寄っても、そのまま無視して無言で書斎に向かおうとする。
だって……なんにもなかったのに。
あんなキ、キスマークを見られたら、そういう意味に見えるでしょう!?
「馬鹿!」とポカポカ背中を叩くわたしにも無言で叩かれて、でも途中で振り返って腕をまた捕まれた。
「首以外に付けていいのか?」
「っ!?」
その言葉だけで腰が抜けるわたしを支えるように抱えたら、そのままベッドに押し倒されたら身動きができない。
「……っ」
脇腹なんてくすぐったくて恥ずかしいところを狙うなんて卑怯だ。
たっぷりと付けたらやっと唇を離して、そうして手も身体もわたしから離れていく。
「それが消える前に別なところに付けてやる」
「!?」
そんな恥ずかしい予告なんていらないのに、フンッと意地悪な微笑みを向けたらローブを被って書斎に入ってしまった。
「……」
この、自分では付けられないけれど、見える場所のものが消えたら、別な場所に付けるって言った?
”雪が降る前までに”なんて言ったのに、わたしも頑張るとは言ったけれど。
これ以上なんて耐えられる気がしなくて、今日もわたしは気を失った。
「うーん……」




