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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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三話:奥手で口下手な旦那様

 鳥の声で目を覚ましたら、ベッドの上で眠っている旦那様を見つけた。

 外が明るくなっていることに気が付いて、何もないまま朝を迎えてしまったと、思わずわたしは頭を抱える。


 ……ふて寝をしたまま熟睡しちゃったよ。それってどうなの、新婚さんよ。


 ついでに眠る時ですらローブを被ったままなシュトレリウスにも呆れて、でも面倒くさいからそのまま無視して朝の掃除をするために着替えることにする。




 昨夜もなんにもなかったから、今日は手ぇぐらい繋げよと言おうと思っていたけれど。

 ……あの様子だと、それすらもビッミョウだよなあ。


 だって二人が並んでも余裕な、大きいベッドのど真ん中にわたしが眠っているというのに。端っこの、わたしが触れない位置にでっかい図体を丸めるように眠っているという避けっぷり。


 ……ここまで手を出さないとは、もしかしてアレか?偽装結婚とかそういうの?


 底辺貴族の家の長女のお相手に、国で有数のファウム侯爵家の長男が選ばれるなんてことがまずあり得ないし。

 父親同士が仲良しでとか言われても、格も身分も違いすぎるからね。


 没落貴族のご令嬢のわたしと、産まれた時から「呪われた子」だと言われたために一人で暮らす家を与えられていたみたいだけど。そんなシュトレリウスだから、合っていると言えばちょうどいい組み合わせなんだろう。


 それとも女性じゃなくて男性が好きとか、そういうのを隠すためにわたしと結婚したんだろうか。そっちのほうが本当の理由なら、まったく触れてこないことも納得できる。

 ベッドが一つしかないから、あんな端っこにいたことも理解できる。


 向こうではそれほど珍しいことではなかったから、わたしに偏見はない。実際、部屋住みの舎弟の中にもいたし。


 しかしここでは男女が添い遂げることが普通の世界だから、当然ながら何がなんでも結婚させられる。よっぽどな人なら適齢期過ぎて相手がいなくなるけど、わたしの旦那様になった人は有数の資産家であるお貴族様だ。


 つまり底辺貴族でも結婚しないよりマシというわけで白羽の矢がわたしに……って舐めてんのか。


「でも、それなら納得」


 見目麗しいとまではいかないけど、そこそこ可愛く生まれ変わったこのわたし。さらに十六歳というぴちぴちの若妻相手に何もないんだから、そっちの可能性のほうが高そうだ。


 自分は銀なのにわたしは地味なうっすい茶色の髪だからとか、体型もフツーすぎて食指が動かないとか失礼な意味ではないはずだ、たぶん。


 しかしこちらにも世間体というものがある。いくらファウム家に他にも跡継ぎがいるからって、わたしが産まないわけにはいかないんだよね。

 他に愛人を作るのは嫌だから、やっぱり養子を考えないとかなあ。




「何をぶつぶつと言っている。朝から鬱陶しい」

「クソ分厚いローブを年中被っている人に言われたくない」


 ぬうっと黒い影が出来たと思ったら、寝起きなままのシュトレリウスがわたしを見下ろすように見つめていた。

 ローブの真下から覗き込む形で見上げるから、隠れている銀の髪と相変わらず悪い目付きとにらめっこする。


「何が納得だと?」

「養子を考えた方が良いかと思って」

「養子?」

「だって何もないじゃないですか、わたしたち」


 ほらって両手を広げて見上げたら、なんとも言えない表情をして口元が歪んだ。


 まともに見えるのが口元だけだから、これが何を意味しているのかまだわからない。

 わたしの言葉に躊躇っているのか納得しているのか、それとも不快な気分になっているのかもわからないから、そのまま次の言葉を待っていたら溜息が返ってきた。


「必要ない」

「それは困ります」

「何故だ」

「いつ孫の顔を見せてくれるのかと催促されているからです。特に父親から」

「……」


 向こうの世界ではできなかったから、わたしも自分の子供というものが欲しかったりする。実家はヤクザだったけど、優しい両親に可愛い弟妹がいたんだもん。家族は多いほうが嬉しい。


 でも何もないなら当たり前だけど産まれることはない。それなら早めに養子を取ったほうがお互いに良いんじゃないと言ったら、さらにもっと口元が歪んで睨むような視線を感じた。


「……勝手にしろ」

「わかりました」


 さすがに外に愛人でも作ってこいとは言われなかった。

 わたしもその気はまったくないので、今日のお昼に父親が様子見がてら来る時にでも訊いてみようかな。




「ユイシィは養子ってどう思う?」

「そうですねぇ。孤児を引き取る人もいますけど貴族は相続の問題もありますから、大体は少しでも血の繋がりのある親戚の子なんかを養子にするみたいですよ」

「親戚かあ……」


 それなら余計に父親に訊いたほうがよさそうだなと思いながら皮を剥いていたら、スープをことこと煮込んでいたユイシィが怪訝な顔を向けてきた。


「奥様には必要ないのではないですか?」

「近々、迎えるかもしれないから訊いたんだけど?」

「は!?」


 新婚なのに!?とポカンと口も目も大きく開けて、そのままユイシィは固まってしまった。


「……いいいいえ、あの、まさか。そんな、奥様。いやな冗談ですわ、おほほほ」

「まったく冗談じゃないからこうして訊いたんだってば」

「嘘おっ!?」

「いやあ、マジマジ」


 昨夜も頑張って起きていたけど、ちっとも来ないから先に眠ってしまっただけで。

 ここのところ寝不足なのは新婚特有の甘ったるいコトではなく、単純にまったく書斎から出てこないシュトレリウスを待っていたからというわけだ。


「……あ、あの、あれですよ。奥様はそりゃあ口は悪いし手は早いし、しょっちゅう足だって出しますけど。容姿は人並みに整っていますし、胸もそりゃあ豊満とは言えませんけど、そこそこありますし」

「ちっとも褒められている気がしないけれどどうもありがとう」

「すみません……」


 なんとかわたしのいいところを言おうと頑張るユイシィだけれど、いかんせん人並みなスペックすぎて褒めるところが見当たらない。……残念。


 元気出して!と見送られ、今日はわたし一人で食堂へ朝食を持って行くことになってしまった。たぶんユイシィなりに気を使って二人きりにしてあげようとした結果なんだろう。




 そんなわけで今日は二人きりで朝食をいただいていく。けれどそこはいつも通りに、無言で黙々とただひたすら咀嚼(そしゃく)するだけだ。


 しかし今日は一個だけ違う。ユイシィに話したことでちょっとスッキリしたから、いつもの八つ当たりスクランブルエッグではなくふわふわのオムレツなのだ。

 まあ、単にわたしが食べたかっただけなんだけど。


「何してんですか、シュトレリウス様?」

「これは何だ」

「オムレツです」

「……」


 恐る恐るとでもいうような手つきで、初めて出たふわとろオムレツをフォークでつついているシュトレリウス。何してんだ、こいつ。


「別にスクランブルエッグだけしか卵料理が作れないわけではありませんので」

「……そうか」


 ローブ越しだから表情は読めないけれど、わたしが食べ始めたら器用にナイフとフォークで切り分けていった。


「味はどうですか?いつも一緒に炒めるトマトを、他の野菜と一緒に中に入れてみたんですけど」

「不味くはない」


 フツーに美味いって言えばいいだろーが。まあ見た目と同じで味も可もなく不可もなく、なんだろうけど。……ここでも残念だな、わたしは。


「ああ、そうだ。今日はお父様がお茶をしに来るんですけど、シュトレリウス様はお仕事ですよね?」

「いや、今日は家にいる」


 いるんかい。


 別にいなくてもいいんだけどという意味を込めて、笑顔を向けながら一緒にお茶はしないよねと確認しようか。


「つまりいつものように書斎にこもっているということですね?」

「義父が来るなら挨拶せねばならんだろう」

「逆ならありますけど、ウチの父親と話すことなんてないでしょ」


 っていうか起きた時に言ったじゃん。なんの話をしに来るか、わかってんのかな?

 わかってるなら一緒に養子の話がしやすいけど、かえってややこしいことになりそうな気がする。


「どうなっても知りませんよ」

「……どういう意味だ」


 その質問には答えずに、食後のコーヒーを飲んだら今日も空になったお皿を片付けて、お茶会の準備をしに厨房へと向かった。




「シュトレリウス君、メイリア。久しぶりだねえ」

「お久しぶりです、お父様」


 お前もなんか言えやと肘で突くけど、結婚前の顔合わせの時と同じく小さくお辞儀をしただけだった。

 何しにきたんだ、こいつは。


 そのまま放置しようと決めたら挨拶もそこそこに、いつものように父親がずらっとテーブルに並べていった。にこにこと笑顔を向けながら一つ一つ説明までし始める。

 今日もやっぱ、この話か……。


「女の子ならこの服がいいと思うんだ。レースが可愛いだろう?靴も小さくて可愛いよねえ」

「そっすね」

「メイリア、口!」

「……そうですわね、お父様」


 まったく気乗りしない返事をしたら、隣りのシュトレリウスを見ながらシッと口元に指を当てて黙らせようとしてきた。

 結婚してからもまったく取り繕ってないんだけど、申し訳なさそうにぺこぺこと謝る父を見て笑顔を向けて言い直してやる。

 あんまり意味ないとは思うけど。だって隣りの人は固まったままだもん。


「シュトレリウス君もいるならこっちがいいかな。男の子だって、もちろん可愛いと思うんだよ」

「……」


 そう言いながらわたしの父親が赤ちゃん服の店でもらってきた絵を次々と並べて、「早く着た姿が見たいねえ」と、まったく悪気のない顔で言い放った。


「まだ気が早いとはわかっているんだけど。こうしてメイリアが結婚したってことは、やっと私にも孫が出来るんだなあって嬉しくなっちゃって……」

「……」


 話ながら涙ぐむ父に、シュトレリウスが混乱しているのがローブ越しでもわかる。さらにわたしから距離を取るように、横にじりじりと移動しやがってもいる。

 おうコラ、逃げんじゃねえ。


 もっと離れてそのまま立ち上がって逃げようと思っているだろうがそうはいかん。親切にも忠告したのに、のこのこ席に着いたほうが悪いんだよ。

 がっしりと腕をつかんで、昔話まで始めた父親に向かってにっこりと笑顔を向けていく。


「しばらくは二人きりの時間を楽しみたいと話したでしょう?孫の話はこちらから言い出すまで置いといてくださいませ、お父様」

「メイリア……。そ、そうだね。まだ結婚して一ヶ月だもんね」

「そうですよ、お父様。……ねえ、シュトレリウス様?」


 腕をつかまれて逃げられないシュトレリウスにもにこりと微笑みかけ、可愛らしく小首を傾げてなんか言えやと圧をかけていく。


「……」


 結局小さくしか頷かずに、今日のお茶会はこれにて終了になった。

 大量の赤ちゃん服が描かれている絵はしっかりと置いていって、ついでとばかりに安産のお守りとか気ぃ早ぇっつってんだろうが、父ちゃんよ。


「あー、訊きそびれた」


 親戚筋に、わたしたちの養子にしても良さそうな子でもいないかと訊こうと思ってたのに。

 これは次の機会にでもするかと、茶器を片付けていたらぐったりと椅子に座りっぱなしの黒い塊がいた。


「だから最初にどうなっても知りませんよって言ったでしょうが」

「……いつも、ああなのか?」

「ええ、まあ」


 むしろ今日なんてまだ軽いほうだ。

 孫の名前まですでに考えているとわかったら、この男はどんな顔をするんだろう。


「だからとっとと諦めるように養子の話をしようかと思ったんですよ」


 あんなに期待に瞳を輝かせている父親に向かって、「わたしたち、まったく何もないので産まれる予定はありません」とか言いにくいけど。こればかりは一人でできるものじゃないからね。


「そうか……」


 はーっと深い溜息を吐いたシュトレリウスが、ぽつりと呟いて重い足取りのまま家の中に戻っていった。


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