四話:雪が降る前に
目覚めたらいつものベッドの上で、シュトレリウスの腕の中というとてもいつも通りな朝が来ていた。
「ああ、やっちゃった……」
若干、いつもよりも眉間をぎゅっとしたまま眠っているシュトレリウスの顔を見て、昨夜のことを思い出したわたしはその場で頭を抱えてしまった。
あそこで気絶するとか、本当に耐性がなさすぎて我ながら嫌になる。
ユイシィが用意していたという気合いの入った寝間着だって、そんなに変な物じゃなかったのに……。
「っていうか、むしろ今までで一番まともじゃない?」
胸元はたっぷりの布を寄せてさらに絞ってあるから、ユイシィが言っていたようにボリュームがあるように見えるデザインで。……やかましいわ。
肩が出ているけれど、細いリボンの肩紐はついているし。七分丈でリボンとフリルはついていても控えめだし、色も落ち着いたオフホワイト。
一見地味にも見えるデザインだけど、光沢のある生地だからか野暮ったく見えない。
「でも、これが気合いの入った物ってどういう意味だろう?」
起き上がって全身を見ても、前みたいに一つのリボンを解けば前が全開になるとか、お腹に足にその他いろいろが出ている物でもない。
まあいいかと着替えたら、庭に出て野菜を収穫してこようっと。
「……奥様。もしかして朝からお風呂に入りました?」
「え?」
採れたての野菜を持って厨房へ入ったら、ものすっごくガッカリした顔のユイシィに出迎えられて。
でもわたしを上から下までじろじろ見たと思ったら、なんだか変なことを訊いてきた。
「ああ、うん。今日は意外と気温が高いでしょ?畑に出たら汗をかいたから、着替えついでに入ったよ」
「ふぅん、そうですか」
「?」
寝起きなのに石鹸の香りがしたことが不思議だったのかな。それとも全然別な理由で訊いたんだろうか。
ニンマリとしたような口元が気になったけど、そのままスープの準備に取り掛かったから、わたしも朝食を作ろうとボウルと卵を取り出していく。
卵を割って思い出す。お風呂に入る前に作っておいたプリンは固まってくれたかな。
ボウルをテーブルに置いて確認したら、黄色いふわとろプリンが出来上がっていた。
よしよし、今日も美味しくできたみたいだな。
うんうんと満足げに頷いて朝食の続きを作ろうとするわたしに、ユイシィがどうしたのかと首を傾げた。
「何か足りませんでしたか?」
「ううん、昨日作ったプリンが固まっているか確認しただけ」
「プリン?」
夕食の後に、食堂から出る直前に言われたんだよね。明日はお城に来いっていうのと一緒に、久しぶりにプリンが食べたいって。
「パウンドケーキは結構作ったから、他の新しいお菓子を訊いてくるかと思ったんだけど。前に毎日のように作るように頼んだって言っていたから、料理人が呆れてお城では出してくれなくなったのかな?」
せっかく作り方を教えたのに、わざわざ手土産を指定してくるなんてとボウルの中身をかき混ぜながら呟いたら、ようやくユイシィも昨日の会話を思い出したらしい。
「……そういえば、今日は王女様とお城でお茶会でしたね」
「昨日一緒にプリンを作ったじゃん」
だからこうしてお風呂に入って、いつもよりも良い服を着てるでしょ?
お城に行くから、ちゃんと清潔にしたかどうかと確認の意味で訊いたのかと思ったのに。
どうやらすっかり忘れていたユイシィは、「しまった!」とよくわからないことを叫んでいく。
「着替えたってことは、その服装でお城に行くんですよね?」
「うん。いつもよりも良い服でしょ」
呼ばれていたことを言わなかったシュトレリウスのせいで、普段着でお城に行く羽目になった時もあるけれど。それ以外では一応、正装に近い格好をしている。
何度も呼ばれたし、そのたびに服についても話しているのにとユイシィを見たら、鍋の中身を回しながら何かを懸命に考えこんでいた。
「どうかしたの?」
「あー……と。その服に問題はありません」
「うん?」
視線をさ迷わせて、ぐるぐるとかき混ぜていくユイシィは珍しく歯切れが悪い。
わたしも頷きながらボウルに次の卵を割り入れて混ぜていくけれど、何を心配されているのかがわからない。
「日中はまだ暖かいですけれど、季節はもう秋ですからね。服に問題はありませんけれど、首にスカーフを巻くとか付襟を付けるとかしてください」
「あ、そうか」
いくら服に問題はなくとも暖かくても、季節はとっくに秋だもんね。
今日の服はちょっと首元が開いたものだから、これじゃあちょっと寒いかも。
「マフラーには早いけど、スカーフなら暑苦しく見えなくて良いかもね」
「そういうことです」
「わかった。ありがとう、ユイシィ」
「いいええ。王女様にはまだ早いですからね」
「?」
最後に何かよくわからないことを呟いたけど、首を傾げたら笑顔が返ってきたから脇にでも置いとくか。
今日はキッシュにしたから野菜たっぷりで綺麗だな。
多めに作った日は、パンに挟んでサンドイッチにするのも良いかもしれない。今度しようっと。
昨夜のことがあるから気まずいけれど、今日はお城に行く日だからか食堂にいたシュトレリウスはローブを被っていた。
わたしも被りたい気分だ。
やっぱりお城から帰ってきたら仕上げよう。うん。
こっちからはどこを見ているのかわからないと、シュトレリウスの視線の先が気になるな。
チラチラと見上げてもなんにも言わないから、今日はわたしのほうを見ていないのかもしれない。
……そりゃあ、あの。昨夜はとても中途半端にされた妻の顔なんて、真正面から見たくはないよね。
なんだか良さそうな雰囲気になってくれたのになあと思っても、気絶した身では説得力が皆無だ。
今日も気まずい無言のまま、カトラリーが重なる音と咀嚼するだけの朝食が終わってしまった。
せっかく綺麗にできたのに。……ちぇ。
「あれ、今日もデーゲンシェルム様はいらっしゃらないのですか?」
ふんふんとご機嫌なままわたしたちについて門まで来たユイシィが、空の馬車を見てあからさまにガッカリと肩を落とした。
「ああ。城で待っているはずだ」
「なぁんだ……。中身はアレでも見た目がいいから楽しみにしていたのに」
それはあれか、いま目の前にいるシュトレリウスはカッコ良くないとでも言うのか。
ちょっとムッとしたわたしにも気が付かず、はーーーっとたっぷり溜息を吐いていくユイシィ。
「あ、行ってらっしゃいませ。旦那様、奥様」
「……はい」
ちぇっとわかりやすく溜息を吐いたユイシィは、目の保養にしている白金の魔法使い、デーゲンシェルムが馬車に乗っていないことに落胆して。
そうしてひらひらとやる気のない手をわたしたちに軽く振ったら、すぐに家に戻って行った。
ちゃんと最後まで見送らんか、こら。
「……」
「……」
迎えの馬車に二人で乗りこんでも、ガタガタと揺れる音がするだけで馬車の中は相変わらずの無言だ。
それでも酔いやすいわたしをシュトレリウスが支えるために、向かいの席じゃなくて隣りに座っているけれど。
距離は近いのに、昨夜のことが申し訳なさすぎてなんて言っていいのかわからない。
とっても気まずい空気だし、昨日のことをぐるぐると考え過ぎて。さらには下を向きっぱなしで、わたしはあっという間に酔ってしまった。
「ほら」
「……あ、りがとうございます」
わたしの身体を引き寄せて、それ以上酔わないように、動かないようにと腰に腕が回される。
そんな仕草も自然で、やっぱりわたしだけが進めていなくて子供のまんまなんだなってことがわかった。
……情けない。
「どうした?」
思わずローブをぎゅっと握ったら、もっと酔ったのかとシュトレリウスが覗きこんできて。
ローブの中の瞳は心配で揺れていて、自分のことでいっぱいなわたしはやっぱり落ち込んでくる。
「……あ、の」
「?」
「昨日、は、……すみません」
すぐに俯いて、それでも小さく謝るわたしの頭に大きい手のひらが乗って。
ゆっくりと撫でていくのは嬉しいのに、どうしても子供のあやしかただと、ひねくれたことしか浮かばなくて唇を尖らせてしまう。
こういうところが、子供っぽいんだろうけど。
ここではまだ十七歳なんだから仕方がないってことにして、そのまま黙って撫でられていたら、尖らせた唇に軽く触れた気がして思わず見上げてしまった。
軽く触れるだけですぐに離れたシュトレリウスに、今度はわたしからちょっとだけ近付いてみる。
やっぱり昨夜みたいに驚いてしまったけど。
もう一回って近付いたら、今度はちゃんと絡ませながらもっと深く触れてくれた。
何度か触れて、やっと離れたら自分のしたことに恥ずかしくなって俯くわたしに。
シュトレリウスはなんにも言わずに、ふんわりと優しくぎゅってしていく。
こうして触れるだけでホッとして、でもドキドキしてしまう人はシュトレリウスしかいないんだって、改めてわかったから。
「……もうちょっとだけ、待ってください」
視線を合わせたままは、恥ずかし過ぎてさすがに言えない言葉を。
通じるかはわからないけれど、小さく呟いたら今度は額に唇が軽く触れていった。
「雪が降る前にしてくれ」
「が、んばり、ます……」
ちょっとだけ見上げたら、なんだか困った顔で微笑んでいるシュトレリウスと目が合って。
でも、待つって言ってくれたから。
……ええと、なるべく早めに頑張るよ、うん。
フッと小さく微笑み合って、ぎゅっと抱き締めるくらいに近付いたら。
何度も唇を重ねながら、ちょっとだけ心も近付いていった。
「痛っ!?」
ガタンと大きな音とともに床が大きく揺れた瞬間に、思いっ切り舌を噛んでしまった。
こんなに大きな揺れってことは、地震でもあったのかなと目を開けたら、ここは部屋じゃなかったことを思い出す。
「……えー、コホン」
シュトレリウスも噛んでしまったからと、まとめて魔法で癒してもらっていたら。
外から遠慮がちな声と、しきりに咳払いをする音が何度も聴こえた。
あれ?そういえばここはどこで、何をしようとしていたんだっけ?
「王女様には上手く言っておきましょう」
「え?」
王女様?王女様って、ここでどうしてリュレイラ様の名前が出てくるんだろう。
首を傾げているわたしに、外の声は相変わらず咳払いをしたまま扉を開けようとしてこない。
「このまま自宅に戻りますか?それとも適当に半日くらい、郊外を走らせましょうか?」
「へ?」
部屋みたいなのに部屋じゃなくて、自宅に戻ろうと言うことは、ここは自宅でもないわけで。
走らせるということは、さっきのガタンと急に止まった音とこの広さということは……。
「ふむ。大変お邪魔してしまったようですね、失礼いたしました。人気の少ない郊外に向かって馬車を走らせますので、どうぞごゆっくり」
「まま、待って待って!出ます、出ますからっ!!」
ようやくお城に向かって出掛けていたことと、これから王女様とお茶会をするってことを思い出して慌てて外に向かって今すぐ出ますと声を掛けた。
ここは馬車の中で、扉の向こうにはたくさんの人がいるんだった。
うわぁぁ……、恥ずかしいなんてもんじゃない。
「……チッ」
「”チッ”!?」
こら、シュトレリウス。とっとと腰に回しているその腕を離して、わたしを早く解放しないか。
このままじゃ、いつまで経っても外に出られなくて御者が困ってしまうだろうが。
あと、なんでいま舌打ちした!?
ひ、人気のない郊外に馬車を走らせるなんて、意味がわからんことをさせてどうするつもりだ、この野郎!




