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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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三話:気まずいままの夜

「……はっ!?」


 床に倒れたはずなのに、起きたらベッドの上に横になっていた。

 たぶん、シュトレリウスが運んでくれたのかもしれない。


 気を失うまで抱えていた赤ちゃん服の絵とお守りは、丁寧に窓側のテーブルの上に置かれていて思わず頭を抱えた。


「うぅ……かなり恥ずかしい」


 やっぱり早く自分用のローブを作らなきゃ。

 あんな状態で倒れたんだから、シュトレリウス以外ともどんな顔をすればいいのかわからない。


 タオルでも被ろうかとウロウロしていたら、ノックをしてユイシィが入ってきた。


「何してんですが、奥様」

「はっ」


 見つけたスカーフを被ったら、半眼のユイシィに思いっ切りぶん取られる。


「あっ!」

あごの下じゃなくて鼻の下で結ぶとか、何を考えてるんですか」


 もっと恥ずかしいと言われては、確かにと頷くしかない格好だ。

 頭から布を被ったら、なんとなく鼻の下で結んでしまっただけで意味はないんだよ。


「旦那様は真っ黒いローブを被って、奥様がそれじゃあ怪しさしかありません」

「はい、すみません……」


 前にわたしもローブを被ったら、サバドになると言ったのはわたしだもんね。

 はい、もう被りませんので。




 食堂にはすでにシュトレリウスが座っていて、気まずいだろうにローブは被っていなかった。

 わたしのほうが気まずいとわかっているから、気を使ってくれたんだろうか。


 だって真正面のわたしと視線は合わないようにと、若干、斜め下を睨んでいるもんね。


「今日の夕食は久しぶりにわたしが用意しましたよ」

「ありがとう」


 いつものユイシィはスープ係りで、メインもサラダもわたしが作るからなあ。

 だから今日は久しぶりに張り切ったと、茶色の瞳を輝かせるユイシィは可愛いんだけれど何か企んでる気がしないでもない。


 ……前みたいに、夕食に媚薬を仕込んでいたりとかしていないよね?

 それが効くのはわたしだけで、シュトレリウスが効かないことはすでに知っているはず。


 でもさっきは「奥様から押し倒しましょう!」とか言ってたしなあ……。


 今の状態で押し倒しても、シュトレリウスは押し倒し返すどころか書斎に逃げるだけじゃない?

 そんなことを考えながら無言で咀嚼そしゃくしていたら、ものすっごく睨み付けるような痛い視線がチクチクと刺さり始めた。


「何、ユイシィ?」

「いえ、普通だなと」

「?」


 なんだ、もっとモジモジ気まずくなれやとでも言いたいのか。

 相変わらず意味のわからん注文が多いメイドだな。


 シュトレリウスにまで見られていたら、カトラリー落としたり舌を噛んだりするだろうけど。

 幸いローブを被っていないおかげで、シュトレリウスもこっちを見ていない。


「……」

「……」


 それでも気になってチラッと見上げたら、紫色の瞳と目が合ってしまった。


 ちょうど同じタイミングで見上げるんじゃない。

 サラダに伸ばしたはずのフォークを左手に刺してしまったじゃないか。


「……」

「……」


 なんでもないように続きを食べていたら、今度はうんうんと満足そうに頷いて親指を立てながら満面の笑みを向けてくるユイシィ。


 なんだ、その笑顔は。

 刺した左手は痛いし、恥ずかしくて赤くなってるわたしの何に満足してるんだ。




 せっかくユイシィが作ってくれた夕食だけれど、あんまり味がわからないまま終わってしまった。

 張り切ってくれたみたいなのに「美味しい」とも言えなかったから、これは明日の朝に伝えることにしよう。


「お待ちください、奥様。夜はこれからですよ!」

「は?」


 シュトレリウスも無言のまま、さっさと食堂からいなくなってしまった。

 だからわたしも早めにお風呂に入ろうと思ったのに。


 右手をわたしに向けて左手は腰に添えて、フンッと興奮しているユイシィが目の前に立ちはだかる。


 あの、お風呂に入ってきても良いですかね……?


「夜はこれからだと言ったでしょう。それに、わたしは新作を用意したとも伝えていたはずです」

「はい……」


 さっきの食堂での無言のやり取りを見ただろうに、張り切っているユイシィは聞いていない。

 サッサとわたしが持っていた地味で素っ気ない寝間着をぶん取ったら、用意したという新作を渡して背中を押していく。


「ここで旦那様の背中の一つや二つ、流して差し上げることも妻の務めなのですけれど」

「背中!?」


 そ、それ、は、一緒に風呂に入れと言っているのか!?


「まだ無理でしょうから、今日はそちらのネグリジェを着て寝室へ向かってください」


 真っ赤になったまま固まったわたしを、チラッと見たユイシィが半眼になって。

 「ダメだこりゃ」とでも言いそうな、呆れた溜息を思いっ切り吐いたら「それはまた今度」と言い放つ。


 待て。今度も何も、い、一緒にお風呂なんて入らないからね!?


「そちらのネグリジェの反応は明日の朝に聞きますから、しっかりちゃんと、絶対に旦那様に見せて感想を聞いてくださいね!」

「……」


 どうやら今まで全滅だったことにデザイナーが燃えて、今日のブツは相当頑張った一品らしい。


 でも、そ、そんなことを言われても。


 シュトレリウスに「似合いますか?」とでも訊けばいいんだろうか。

 前の時はちゃんと似合うって言ってくれたけど、出掛ける朝じゃなくて、眠る前に訊いてどうすればいいというのか。


「念入りに身体を磨き上げすぎて、のぼせないでくださいね」

「磨く!?」


 どどど、どういう意味でと訊く前にお風呂場の扉が閉まって、一人で残されたわたしはしばらくその場で固まっていた。




「……いないな」


 固まっただけで倒れなかったから、そのまま普通にいつも通りにと意識しながらお風呂に入って上がったけれど。

 ベッドにすでにシュトレリウスがいたら、どんな顔をしようかとそっと扉を開けたら人の気配がしなかった。


「なんだ、書斎にでも行ったのかな」


 ちょっとだけホッとして、ちょっとだけつまらなそうに呟いたら急に視界が真っ暗になった。


「?」

「入らないのか?」

「……また髪を拭いてきませんでしたね?」


 ポタポタと滴が上から落ちたかと思ったら、わたしの後ろにシュトレリウスがタオルを被った姿で立っていた。


「まったく、そろそろ風邪を引くと何度言えばわかるんですか」

「引いたことはない」

「引くかもしれないじゃないですか」


 わしゃわしゃとタオルで拭きながら、何度目かの注意をしたら同じ言葉が返ってきた。

 いくら魔力が体内に閉じ込めているからって、物理的な攻撃は痛がるんだから、そのうち引くかもしれないじゃない?


「……」

「なんですか?」


 一旦開いた口元を閉じて、何か言いたそうな視線を感じて上を見上げたら視線を逸らされてしまった。

 なんだ、喧嘩売ってんのか。


 高値で買ってやらあと姿勢をずらしてまで睨みつけたら、なんとも言えない表情のシュトレリウスがタオルの間から覗いていた。




「なんですか?」


 あれ?前にもそういえばあったかな。


 今は夜で、ここは寝室で。

 立ったままだと身長差があり過ぎるからと、ベッドの縁に座って髪を拭いている状況もとっても見覚えがある。


「……」


 そしてわたしはすでにシュトレリウスに言っている。

 わたしに触れる時に、許可なんていらないのだと。


「……」


 どうしよう、意識し出したらとってもぎこちない動きになってしまった。

 睨むために場所を移動したから、ちょっと見上げればシュトレリウスと視線が合ってしまう。


 さらに言うなら、タオルの中を覗きこむように膝で立ったもんだから、とっても近い。……顔と。


「っ……」


 きょろきょろと視線をさ迷わせて固まるわたしに使い込まれた手のひらを伸ばして、逃げないようにと両頬を包んでいくシュトレリウスと。

 髪を拭くために両手で頭を抱えているわたしは、必然的に距離が近いことにやっと気が付いた。


 頬に触れるだけで、視線を合わせるために顔を上げようともしない。

 触れた瞬間に身動みじろぎをしてしまったから、もしかして嫌がっているとか思われたのかな。


「シュトレリウス様?」


 頭を挟むようにしていた両手も離して座り直しても、ただ無言でわたしを見つめているだけらしい。

 じいっと無言でいるシュトレリウスの視線に耐えきれなくて見上げても、紫色の瞳とは目が合わなかった。




「んっ」


 今日も月の光が反射して眩しい銀の髪が近付いてきたと思ったら、熱い吐息がわたしの中に入ってくる。


 急に近付かれて塞がれても、やっぱり嫌な気持ちには全然ならない。


 もっと近付きたいのに、それ以上はまだ躊躇ためらいがあって。

 でもやっぱり、わたしに触れる人はシュトレリウスしか考えられない。


 ぎゅっと背中に回した腕に力をこめたら、やっと少しだけ離れて紫色の瞳と目が合った。


「……触れていいのか?」


 今まで散々、不意打ちしてきたのはそっちのクセに。

 でも、そんなことじゃなくて、その先の、もっと深いところまでだと気付いたから。


「シュトレリウス様以外が触れるのですか?」


 わたしに触れていい人なんて、これからもずっと一人しかいないんだよ。


 ちょっと驚いたように、いつもは細めている目元が見開かれているけれど。


 小さく微笑んだら、初めて触れた日みたいに。

 ゆっくりと近付いて、大きい手のひらに包まれていった。











 ……あ、タイム。ちょっと待った。

 唇が触れることも全然慣れないっていうのに、その先なんてまだ覚悟をしていなかったよ。


 っていうか首が食べられそうな触れ方だし、なんならいつの間にわたしは押し倒されてしまったんだろうって、気が付いたらもう意識が飛んでいた。


「……」

「メイリア?」

「うーん……」

「メイリア?」


 すっごく中途半端になってしまったのは申し訳ないけれど、これ以上は無理だったと今日もわたしは気を失った。


「……またか」

「うーん……」


 本当に、申し訳ない。


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