十五話:父と子
国王様にも結婚生活についてあれこれと訊かれ、むせたわたしと無言のシュトレリウスは一言も話さずにそのままお茶会も終わってしまった。
何しに行ったんだろう……。
「この前は赤ワインに合わせたから、次は白ワインに合うものにしてもらおうかなあ」
「……」
「私は今度はたっぷりの具入りがいいですね」
「……」
なんだか当たり前のように次の約束をしていく国王様とデーゲンシェルムに、もしかしなくともレシピが尽きるまで持ってこないといけないんだろうかと前にチラッと思ったことが当たったようだ。
「またねー」とのんきに手を振る国王様と、そのまま残るというデーゲンシェルムと別れたら、まっすぐ帰って今すぐ眠りたいくらいに疲れた。
馬車の中で寝落ちしそう……。
今度こそまっすぐ帰ろうと馬車乗り場へ向かったら、途中で意外な人物と出くわした。
「あれ、メイリア。どうしたの、こんなところで?」
「え、お父様?」
そっちこそお城で何してんだよ父ちゃんと、尋ねそうになって気が付いた。一応、土地を持ってる貴族だったね、ウチ。
小さいし一軒だけだし常に底辺さ迷ってるから忘れがちだけど。
「シュトレリウス君もいたの?ああ、何か忘れ物でも持ってきたとか?」
「かなり違いますけど、そういうことでいいです」
国王様と茶ぁシバいてたとか言っても信じないだろうし、本気にしてもあわわとひっくり返るだけだろうから黙っておこう。
「……シュトレリウス」
「あ」
没落貴族のお父様がお城にいるなら、そりゃあ侯爵様で昔から王族と懇意にしているファウム家もいるよね。むしろこっちがいるほうが自然だわ。
「お久しぶりです、お義父様」
「やあ、メイリアさん。……元気にしていたかな?」
「はい。お義父様もお変わりないようで」
一言も発しないシュトレリウスの手を、前とは違って逃げようとするのを止めるためじゃなくて、ちゃんとわたしは近くにいるっていう意味を込めて握りしめた。
そんなわたしたちを見て「こりゃあ孫ももうすぐだぞ!」とでも言いそうな輝きを見せたウチの父ちゃんは置いといて。
そのまま無言で立ち去ろうとするシュトレリウスの腕もつかんで「お前もなんか言えや」とニコリと圧のかかった笑顔を向けたけど、義父も立ち尽くしたままお互いが無言だ。
「……」
「……」
いや、大の大人が何してんだよ。なんか喋れや。……親子で無理なのか?
無言で固まってるっぽいファウム家の父息子を、キョトンとした顔で見つめるキュレイシー家の父娘。
なんだこの図。端から見ても意味がわかんないと思う。
「あ、デュラー君」
「ん?」
デュラー君とは誰のことだと父親を見たら、焦げ茶色の髪を一つに束ねたデュラー家の当主がこちらに歩いてくるのが見えた。
誰にでも愛想のいい父親は、娘が口説かれている相手とも知らずに手を振っていく。
「おやキュレイシーさん。……と、ファウムさん?」
「こんにちは」
「ああ、これはメイリアさん」
わたしを見つけてにこやかな微笑みを向けたら、やっと隣りで固まっていたシュトレリウスが動いた。
けれど何も言わずに立ち去るのもビッミョウだということはわかるのか、少しだけ躊躇って、結局いつもみたいに無言で軽く頭を下げたらわたしの手を引っ張って出口に向かっていった。
「またお茶しに行くねー」
「はい、お父様」
バイバイとやっぱりのんきな父親に手を振ったら、何故か父親三人がまとめて手を振って来た。……うん、意味がわからん。
「何かありましたか?」
「あったというか何もなさすぎたというか」
「?」
馬車の中でも無言のシュトレリウスは、家に着いた途端、いつものように書斎に籠ってしまった。
やっぱりパウンドケーキじゃ手土産として相応しくなかったんじゃないかと青い顔をしたユイシィに、帰り際のことを話したらホッとした代わりに首を傾げられてしまった。
「この家には奥様のお父様しか来たことがありませんものね」
「うん……」
あの様子だと、自主的に今までこの家に来たことがなかったんだろうか。
まさかシュトレリウスが自分の家族に許可を出してないわけがないよなあとは思うけど。小さい時に隔離されるようにこの家を与えられたのなら、それも納得できるかも。
こういう時、嫁として何かできることは……ないんだろうなあ。この前の言い方からすると、シュトレリウス自身はして欲しいとも思ってなさそうだし。
「はー……」
思わず小さな溜息が出て、せめて次に父親が来る時にはシュトレリウスの父親も誘ってもらうように頼もうかなと、ちょっとだけお節介を焼くことに決めた。
「おはようございます、メイリアさん」
「……おはようございます、デュラーさん」
今日も今日とて元気なデュラー家の当主は、朝食が終わった頃を見計らったかのようなタイミングで外から声を掛けてきた。
お前は呼んでねーぞと睨み付けたら、とても楽しそうな顔で微笑まれてしまったから意味がない。
「そういえば、ウチの父と知り合いだったのですか?」
「ええ。最近まで落ちぶれていた我が家とも昔から変わらずに接してくださっている、貴重な方ですよ」
そこだけ聞くと聖人か何かみたいに思えるけれど、単純に自分が底辺さ迷ってるから偏見がないだけなんだよね。だって父ちゃん、のんきだし。
「子供の歳が近いこともあって友人になれないかと思っていたのですが、紹介する前にメイリアさんが嫁いでしまいましたからね」
チラッとわたしが出てきた門の方向を見て、要塞かなんかに閉じ込められているみたいなイメージなのかも。
まあ間違ってはいないな。どちらかというと、シュトレリウスが引きこもるための家って感じだけど。
「あれ、デュラー君?」
「おはようございます、キュレイシーさん」
「どうしてここに?」
「フェイナの貴重な友人ですから、お茶をしないかと誘いに参りました」
さすがにのんきな父ちゃん相手でも、「お宅の娘さんを口説きに来ました」とは言えないよな、うん。
そんな父は「友達ができて良かったねえ」とニコニコしている。今日もいつも通りだ。
「メイリア」
「シュトレリウス様」
門の前で話し込んでることに気が付いたのか、ちょっと慌てたシュトレリウスまでやってきた。
「シュトレリウス君、おはよう」
「ファウム君、おはよう」
「……おはようございます」
にこやかなオジサン二人に挨拶をされて思わず返すけど、ローブ越しでもわかる。かなり困惑してるな、こりゃ。
大丈夫だろうかとローブの中を覗き込んだら、驚きに見開かれた紫色の瞳が見えた。
「そうそう。今日はねえ、連れてきちゃった」
「え?」
誰をと聞く間もなく、わたしの父親の後ろからゆっくりと姿を現した。
「やあ、メイリアさん……シュトレリウスも。おはよう」
「おはようございます、お義父様」
「……」
わたしの腕をつかんだまま、シュトレリウスは身動き一つしないで固まってしまった。
「……」
「……」
中庭に案内をしても椅子に座っても、お茶の用意をして並べても、昨日と同じく無言のファウム父息子。
さすがに空気を読んで、改めて誘いに来ますとデュラー家の当主は帰っていったから、こうして家の中でお茶ができるのは助かるけれど。
「……」
「……」
……なんか喋れや、無理か。
「昨日久しぶりに会ったっていうから、じゃあお茶をしに行きませんかって誘ったんだよ。ファウムさんの家に行くのを私から誘うのもおかしな話だけど」
ニコニコとした父親が、どうしてここに連れてきたのかを説明していく。連れてこられたファウム家の当主は、曖昧に微笑みながらローブを被ったままの息子をチラチラと見ているだけだ。
結婚の話を持ってきた時は、普通に会話をしていたような気がしたんだけど。
そういえばすぐにわたしとお茶をしているように伝えたら、離れたところに行ってしまっていたもんなあ。
「せっかくだから、またもらってきたんだよ。ファウムさんはどれがいいと思いますか?」
「え?」
「あっ」
ここでお茶と言えば話すことは決まっている。
止める間もなく父親がテーブルに並べていく赤ちゃん服の絵を、ファウム家の二人は呆然と見つめている。
「あの……お父様?」
「今度は男の子のほうをたくさんもらってきたよ。でも女の子もやっぱり可愛いと思うんだ。ねえ?」
「は、はあ……」
ああ、やっちまったと頭を抱えたくなってきたけどもう遅い。
そのままいつものように服の描かれた絵を広げて、考えているという孫の名前まで言ったもんだから完全にシュトレリウスは固まってしまった。
「そうそう。メイリアが魔法使いを産むかもしれないと言っていたんですけど、別に構いませんよね?」
「え!?」
そ、その話をここでするのは、なんにもない身としてはとっても恥ずかしいんだけれど。
慌てているのはわたしだけで、またしてもファウム家の二人は固まってしまった。
「……魔法が使える者だったら、どうするつもりだ?」
垂れ目が優しい義父なのに、今は思い詰めているようなそんな表情でシュトレリウスを見つめている。
産まれる可能性は他の人よりも高いってだけみたいだから、確実に産まれるとは限らないけれど。もしかしなくともお義母様みたいに、わたしが遠ざけようとでもすると思っているのかな。
「どんな子でもわたしとシュトレリウス様の子供には変わりありませんから、まったく問題はありませんよ、お義父様」
「しかし」
「シュトレリウス様が魔法使いだということも最近知ったばかりなのです。だからといって、変わることはあり得ません」
「え!?」
今度は慌てた様子でわたしの父親を見て、信じられないという顔をしている。
なんでだと首を傾げたら、なんでもないようにわたしの父親が言い放った。
「ウチの周りに魔法使いはいませんでしたし、職場がお城で仕事の内容は国を守るってだけでしょう?まさか娘がここまで知らないとは思っていませんでしたけど、魔法について偏見がないことは昔から言っていたじゃないですか」
「キュレイシー……」
「へ?」
何も知らないはずののんきな父ちゃんが、なんだかおかしなことを言っているぞ?
ポカンとした顔で見つめたら、ちょっと呆れた顔で見返されてしまった。
「あのねえ、メイリア。いくらウチが端っこの貴族だからって、誰が国を守っているか知らないわけがないでしょう?」
「え、でもファウム家がどんな家なのかは知らないって」
「国で有数のお金持ちで私の昔からの親友って以外に知っていなくちゃいけないことってある?」
「……あんまりないかな」
「だろう?」
隣国にカチコミに行ってもいないし、魔法使いが産まれやすいってだけで他は特に普通の家だ。
けれど納得したわたしたちに、意味がわからないという顔をしていくファウム親子は呆然としたままだ。
「……キュレイシー。知っていて黙っていたのなら、どうして結婚を許したんだ?」
世間でなんと言われているか知らないはずではないだろうと言うけれど、それ言ってるの貴方の奥さんなんですけど。そっちをどうにかしろよと呆れたら、同じく呆れた視線をわたしの父親も向けていく。
「大切な娘だからこそ、一番信用している家に嫁に出したんじゃないか」
そっちこそ何を言っているのだと、思いっ切り深い溜息を吐いていった。
……なんか今日の父ちゃんはいつもと違って頼りがいがあるな。
「ファウムさんこそ、大事にし過ぎて適齢期過ぎちゃってどうしようって焦っていたじゃないか」
「い、いや、それはまあ……」
もしかしなくとも、この家を与えたのって母親から離すためっていうよりも守るためだったのかな。
初めて聞いたみたいで、シュトレリウスが混乱しているのがローブを覗き込まなくてもわかる。ちょっとだけその手を握って、安心するように軽く叩いた。
「そういうわけですので、魔法使いでも普通の子でもまったく問題ありません」
まあいつになるかと言われたら、さっぱりわからないとしか言えないんだけれど。
ちょっとすれ違っていた父と子は、ちょっとだけわかり合えたみたいで良かったけれど。気になっていたことを思い出したから帰り際に訊いてみることにする。
「どうして一度もこの家に来なかったのですか?」
「この家には特定の人しか来れないようになっていると聞いたから……その、辿り着けなかったら嫌だなあと思って」
「なんだそれ」
モジモジしながらいイイ歳したオッサンが何を遠慮しているんだか。
「次からはいつでも来てください。……孫の名前はまだ考えなくてもいいですけれど」
「孫はまだなのか……」
「……」
なんでそこでガッカリする。
子供の話をしたからって、じゃあ今夜から頑張りますとかないんだぞ。
「おや、話はついたようですね」
「デュラーさん?」
なんでここにと首を傾げたら、すぐさまシュトレリウスに腕を引っ張られて遠ざけられてしまった。
「うちの娘を口説くとか手段がおかしいよ」
「そうでもなかったでしょう?」
「ん?」
シュトレリウスの後ろから奇妙な会話をし出した父親を覗き見たら、いつかの王女様みたいな企んだ笑顔を向けられてしまった。……なんだ、その顔は。
「キュレイシーさんに、娘夫婦をなんとかならないかと言われましてね。なんとかなったようで安心しました」
「ん!?」
「それが孫はまだみたいなんだよ……」
「そこはほら、ファウムさんのほうでなんとかしてもらいましょうよ」
「私からできることはないよ」
ガッカリと肩を落とすわたしの父親に、慰めるデュラー家の当主。そんな二人と普通に話している義父とは、どういう関係だ?
「え、なんだろう?」
「幼馴染とはちょっと違いますし……」
「友人でいいんじゃないか?」
今度こそポカンとしてしまったわたしたちに、父親三人が色々と画策していたことをバラシていった。
「……ええと、じゃあわたしを後妻にって話は?」
「妻には一度も勝てなかったと話したでしょう?勝てなかった相手がいるのに、他の女性を迎えたりはしませんよ」
「単純に一目惚れした奥さん一筋って言えばいいのに」
「そもそも私は誰にも負けない方を屈服させるのがいいのです。すでに敵わない相手がいる人をどうにかしようとは思いませんね」
相変わらずの変態トークだけれど、父親がボソッと突っ込んだ言葉を無視していることからも奥さん一筋なことは本当らしい。
なんか変なことも言っているけど、これで朝イチに家に来ることがなくなるなら忘れよう。
「いや待て。娘夫婦をどうにかしろって言わなかった?」
なんつーことを他人に頼むんだと父親に詰め寄ったら、拗ねるように唇を尖らせてツーンと顔を逸らしやがった。可愛くないからやめろ。
「だって結婚してもうすぐ二か月経つのに、ちっとも変わりがないんだもん」
「リュレイラ様も心配していましたしねえ」
「国王様もだよ」
「うん!?」
はーやれやれと、どうして父親三人に溜息を吐かれなくちゃいけないんだ?
あと国王様と王女様は人のことに首を突っ込み過ぎだと思います。やめてくれ、マジで。
「メイリアが持ってきたパウンドケーキを酒の肴に、色々と愚痴を聞いてもらったんだよ。私は飲めないから紅茶だけど」
「ボトルを三本も開けるとは思わなかったなあ」
「その時にキュレイシーさんから相談を持ち掛けられたんですよ」
「国王様の前で話すことじゃねぇだろうが」
一緒に残りのケーキを食べた友人て、父ちゃんたちかよ。勘弁してくれ。
頭を抱えるわたしに、いつになく真剣な父親がいい機会とばかりにずずいっと近付いてきた。
「それで、どうなの?」
「……な、何が?」
おい、後ろのオッサン二人も近付いてくるんじゃない。
「孫はいつ来るのかって訊いてるんだよ、メイリア?」
「え、ええと……い、いつでしょうね?」
視線をさ迷わせてジリジリと後ろに下がるわたしに、とてつもないプレッシャーをかけてくる父親たち。
いや、おかしくね?普通は嫁じゃなくて息子に言うものじゃないの?
ほら息子!と手を伸ばしたら、さっさと家の中に逃げていく後ろ姿が遠くに見えるだけだった。
「あ、この野郎、逃げんじゃねえ!」
「メイリア、待ちなさい!孫はいつ来るのか教えなさい!」
「うっせぇ!」
「このセクハラジジイ共!」と捨て台詞を吐いて、わたしも大慌てで家の中に隠れることにする。
「気合いを入れんか、新婚がっ!」
「うるっせぇっ!気合いを入れただけでどうにかできるかっ!」




