十四話:お城でお茶会
ちょっとその、いつもとは違って余裕のあるところを見せられてしまって、自分がいかに大事にされているかを知ってしまった。
……だからって、それ以上は進まないんだけど。
「明日は国王様とのお茶会なのですよね?本当にこちらを手土産として持っていっていいのでしょうか?」
「これがいいって言ったのは向こうだから、いつも通りの物を持っていけばいいんじゃないかな」
シュトレリウスとのことはひとまず脇にでも置いといて。明日に迫った国王様とのお茶会の準備をユイシィとしていく。
服とか髪型とかではなくて、リクエストのパウンドケーキを三種類、作ることだ。
「気に入ってくださったのは嬉しいですけど、こういうお菓子はないんですかね?」
「無駄に飾り付けられている物ならあるみたいだけど、そもそも見た目重視だから軽くて甘いってだけの創作お菓子が多いんだって」
「それなら中身がギッシリ詰まっている、こちらは新鮮でしょうね」
ふぅんと頷くユイシィと一緒に、明日持っていくパウンドケーキを焼いていく。
今度はイチゴジャム入りとヨーグルトバターを混ぜた甘い物を二種類と、クリームチーズとラムレーズンを混ぜたお酒に合いそうな物の三種類。
「この前のチーズたっぷりの物はワイン、て感じですけど。今回の物はブランデーとかが合いそうですね」
「前にリュードもそっちのお酒と一緒に食べてたから合うと思うよ」
組み合わせが尽きるまで延々と持ってこいって言われそうだけど、そうなったらバケツプリンならぬボウルプリンを持っていってインパクトで黙らせることにしよう。
「よし、焼き上がったら冷ましておこうか」
「はい。……いい香りですね」
一応、出掛ける前の朝食の時に端っこを味見してみよう。でもこれ本当に混ぜるだけだから、さっさと料理長さん作ってくれないかな。
プリンの時にはすぐにレシピくれって言ったのに、見た目が地味すぎて宮廷料理人としては作りたくないのかな?
「それにしても一本丸ごと持ってこいだなんて、他に誰かいただく人がいるってことでしょうか?」
「……お茶会に出ていない人のことは考えないほうが精神的にいいよ」
「そうですね……」
国王様だけでも十分なんだからと、部屋の脇のさらに隅に置いておいて無視することにする。
「これはなんだ?」
「今日のお茶会で持っていくパウンドケーキの試食です」
「……甘い」
王女様とデーゲンシェルムは甘めが好きだから手土産として相手に合わせた甘さにしたら、シュトレリウスが眉間をぎゅっとして紅茶で流し込んでいった。
「その代わり、クリームチーズとラムレーズンを入れたほうは少し苦いかもしれません」
「酒には合うだろう」
小さく微笑んで頷くってことは、国王様とお酒を飲むことがあるのかな?
……実の父親と飲んだことはあるんだろうかと気になったけれど、さすがにこれは本人同士の問題だもんね。
ウチの父親は酒に弱いから、今まで通りに紅茶で乾杯だね。
この前よりはちゃんとした服装で、でも手土産は茶色い塊というアンバランスさ。味だよ、大事なのは!うん。
そうして当たり前のようにデーゲンシェルムが迎えに来た馬車に乗り込んで、二度目の真正面からお城の中へ入っていく。
ガタガタと相変わらず揺れが激しいなあと思っていたら、長くて使い込まれている指が額に触れてきた。
「今日は酔わないのか?」
「ちょっとは慣れたみたいです」
余計なことを考えすぎたり、変態の変態トークを聞かされるとダメなのかも。今日は大丈夫だから魔法は使うなと手を取ったら、そのまま握り返されてしまった。
「……」
なんだろう。前まで固まっていたのはシュトレリウスのほうだったのに。
それでも考えてみれば、わたしから何かすることは一度もなくて。……ぎゅっとはしたけど。
押し倒したのも偶然というかたまたまというか、とにかく今までなんにもなかったのも当たり前だよねってくらい、なんにもしてない。
だって前世でも家族以外とまともに会話すらしてこなかったから、こういう時にどうすればいいかが本当にわからない。
触られるのは緊張するし固まるし、心臓が飛び出そうになるからほどほどにしてもらいたいけれど。
……け、結婚してるんだもんね。手を繋ぐのも普通だし、それ以上も、その……少しずつ頑張れたらいいな。うん、頑張ろう。
そのまま揺られてお城に入っても、いつもなら添えるだけの手は繋いだままで。これから国王様に会うっていうのに、隣りで歩いているシュトレリウスのほうに緊張してしまっていた。
「酔ったのか?」
「いいえ、大丈夫です」
見上げてもローブを被ったままだから目は合わないのに、ちょっとだけ気まずくて俯いてしまったら額に手のひらが触れていく。
緊張するから触らないでほしいのに、もっと触れてほしいと思ってしまう自分がいてわからなくなってくる。
「無理だと思ったら帰るぞ」
「……はい」
額に触れたついでに軽く頭を撫でたら、また前を向いてくれたけど。
前はこういう時って何を話していたかも思い出せないくらい、心臓の音がうるさくて困る。
「……」
そういえば珍しく変態……デーゲンシェルムが静かだな。迎えに来た時も歩いている今も、いつもなら鬱陶しいくらいなのに。
「デーゲンシェルム様?」
「はい。なんでしょうか、メイリアさん?」
「……なんでもないです」
振り返って声をかけたら潤んだ瞳で見つめ返されてしまったということは、なんか勝手に放置プレイとか想像して悦ってたのかもしれない。……元気というか、今日も人生楽しそうだな。
半眼になって睨み返したら、突き当たりの扉が開いて金の髪が現れた。
「なんか可愛い会話しか聴こえないんだけど、デーゲンシェルムはいるの?」
「いますよ、国王様」
ひょこっと顔を出した金髪のオジサンは、初めて会った時の王女様と同じ感じでこちらを見つめた。
深紅の瞳まで同じなんだ。……遺伝なのか、なんなんだろう。
わたしがシュトレリウスの子供を産んで、もしもその子が銀の髪だったら瞳は紫なのかな。
「……」
パァンッ
「相変わらずイイ音ですね!」
「……急に叩くな」
「すみません。虫がいたもので」
「虫?」
ま、まだ手しか繋げていないのに、ここ、子供とか何年後の話をしているんだか、まったく。
最近叩いてなかった頬を思わず叩いてしまって、呆れたシュトレリウスにいつものように癒されてしまった。
「……ありがとうございます」
「叩くな」
「はい……」
また頬を包むように癒したら、頭を撫でて窘める。
なんだか子供扱いされているみたい。みたいっていうか、十歳も離れていれば子供なんだろうけど。
ちょっとだけ唇を尖らせたら、じいっとこちらを見つめている二つの視線にやっと気付いた。
「なるほど。すごく自然に魔法を使ってるね」
「そっちはついでですよ、国王様。イチャイチャしてるんですから、あれは」
「そうか。それはリュレイラが楽しそうにしているわけだ」
「……」
王女様に楽しみにされて、国王様とデーゲンシェルムにイチャついてるとか言われるわたしたちってなんなんだろう……。
そのまま国王様が部屋に案内をして、わたしは頼まれたパウンドケーキを切り分けていく。
なんだかこの一連の作業も慣れたものだな。まあ家でも毎日やってるから、慣れていると言えば慣れてることだけど。
「この前のチーズがたっぷり入った物もワインが進んだよ。友人と一緒にいただいたけど、三本くらい開けちゃったかな?」
「そ……うですか。お口に合って良かったです」
金の髪だから当たり前なんだろうけど、またしても毒味も何もしないで国王様が真っ先にいただいていく。……やっぱり不用心じゃね?
せめて持ってきたわたしが先に食べてからのほうがと思ったけど、いくら毒味でも国王様より先に食べるのもなんか変だな。
そうしてよくわからないまま始まったお茶会は、いつもの王女様とのお茶会とあんまり変わりがない内容だった。
オジサンなのに幼女と同レベルなのはどうなんだ。この場合は王女様のほうが成熟してるって言えばいいんだろうか。
そんなことを考えていたら、ヨーグルトバター入りのパウンドケーキを食べていたデーゲンシェルムが首を傾げた。
「メイリアさん、これはなんにも入ってないんですけど?」
「そうですよ。普通のバターとヨーグルトバターを生地に練り込んだので溶けてなくなっています」
「なるほど」
前回のバナナはミンチにしたものと輪切りを入れたから、まっさらなプレーンが出てきて逆に不思議だったのかも。
それでも少し酸味があるのに一番濃厚なバターたっぷりの物を、美味しそうに頬張っているからこっちも口に合ったみたいだけど。
「シュトレリウスは飲めるだろう?これにはどんな酒を合わせているんだ?」
「ブランデーやラムでしょうか」
「よし、付き合え」
王女様とおんなじに、ニンマリと微笑んだ国王様が自らお酌をしていくらしい。それを平然と受けとるとは、やっぱりよく飲んでいるんだろうか?
「ああ、ラムの香りがするのは中に入っているからか」
「今回はクリームチーズと合わせました」
「これはお子様には食べさせられないな」
フフンと得意そうな顔をするところもソックリ。
リュレイラ様にはとっくに独立した兄姉がいたはずだけど、そっちもきっとこんな感じなのかな。
「あ、そうそう。それで新婚生活はどうなの?」
「ごふぅあっ」
「ぐっ」
なんでみんなして訊きたがるかな。
「どうなの?ついでに結婚パーティをしなかった代わりにさあ、子供が産まれたら盛大な誕生祭をしてもいいかな?」
「やめてください」
「お断りします」
「ちぇ……残念」
つまらなさそうに唇を尖らせるところもソックリだけれど、どうしてそんなにグイグイと訊いてくるかな。
……なんもないわ、ちくしょー!