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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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二話:初夜から続く攻防

「……寝すぎた」


 外はすでに日が暮れて、もうすぐ旦那様であるシュトレリウスが帰ってくるって時に、やっとわたしは目が覚めた。

 最近まともに夜は眠れてないもんなあと思いながら欠伸を噛み殺し、髪を整えたら夕食の支度をしようと厨房へ向かうことにする。


 昼食は作ってもらったから、その分、夕食は張り切らないとね。




「あれ、奥様。もう起きて大丈夫なのですか?」

「ごめんね、ユイシィ。寝すぎたみたい」

「良いのですよぉ」

「……」


 「新婚ですから寝不足ですよね!」と、とても微笑ましい笑顔を向けられながら言われてしまった。

 そんな甘い理由で寝ていない訳じゃないってわかったら、きっと信じられないという顔をするんだろうな。


 小さく溜息を吐きつつも夕食の準備をして食堂へと運んだら、いつの間に帰ってきていたのか暑苦しいローブを被ったままの旦那様が座っていた。


「帰っていたのですか、シュトレリウス様?お帰りなさいませ」

「……ただいま」


 なんだかんだ文句言いつつも日が暮れる前に帰ってきて、こうして食事を一緒に摂るんだよなあ。


 仕事は何をしているのかわからないけれど、そんなに忙しくないのだろうか。でも小さいとはいえ土地付きの家を持っているし、管理とか税とか、色々しなくちゃいけない細かい仕事もあるんじゃない?


 それともまさか新婚だからと、周りに遠慮されて気を使われているとか?……まさかね、それはないわ。


「いただきます」

「……ます」


 仏頂面なのは変わらないけれど、手も合わせてはいないけど。ムスッとしたままシュトレリウスが食事の前の挨拶をしてくれた。

 脇に控えていたユイシィも、瞳を真ん丸くして驚いている。


「やればできるではないですか」

「……」


 ローブ越しだからどんな顔をしているのかはわからないけど、にこりと微笑んだらちょっと息を飲んだ気配がした。おい、どういう意味だコラ。


 渋々って感じではあるけど、今朝のことがよっぽど堪えたのだろうか。

 それよりもこの一か月、毎日毎食言い続けていたから、いい加減うんざりしたってことだろうな。とっとと言えってんだよ、まったく。


「……」

「……」


 昼間の賑やかな食事風景とは真逆で、カトラリーの音だけが響く食堂。初対面から変わらない、会話がまったくない食事を今日も一緒にいただいていく。


 この会話がないのも、なかなかアレなんだよねえ。かといって話し掛けることもいまさらだし。そもそも向こうからとかも期待もしていないし、わたしも特に話すことないし。


 いやあれか、仕事の話とか訊けばいいのか。家にまで仕事は持ち込みたくないタイプだったら、訊かれたくないだろうけど。


 そんなことをあれこれ考えつつも、今日も黙々と食事をいただくだけで終わってしまった。


 最初が最初だったから、取り繕っても気を使って話し掛けても意味がないかと早々に諦めて今に至る。だからいまだに普通の会話はゼロだ。


 喧嘩腰ならポンポンと言い合えるのはどうかと思う。思うんだけど、あんまり興味ないからなあ。……それもどうなんだ、新婚一ヶ月。いいけど。




「あー、さっぱりした。……あれ?」


 夕食も終わってお風呂に入り、夜も深まったから眠ろうと寝室に入ったら、いつもと空気が違うことに気が付いた。


 昼間に摘んだミニバラが蕾なのに良い香りを漂わせていて、いつもの寝室が優雅な空間に変わっている。

 ふんわりと香る薔薇に、それだけでホッと肩の力が抜けていった。


 これでも緊張していたんだろうか。……してないな。もう少し気ぃ使え、わたし。


 まあいいやとふかふかのベッドに入っても、昼寝をしすぎて目が冴えている。寝過ぎたからなあ、今日は特に。


「……」


 まあね、夜はアレですよ。ほら、結婚しましたからね?


 それでもとベッドの上に座ったわたしは、ちらりと隣りを見やって小さな溜息が出た。




「……今日もいないか」


 二人が入っても十分余る、大きいベッドの隣りは今日も(から)だ。

 (から)、つまりベッドの上にはわたし一人しかいない。というか入ってきた時から一人だし、続けて扉を開けて入ってくる気配もしない。




 さて、ここで確認しようではないか。


 わたし、メイリア・ジャン・キュレイシー改め。メイリア・ヴァン・ファウム十六歳は、花も恥じらうお年頃。

 ここでは結婚適齢期で、周りではすでに子持ちもいるような年齢だ。


 対する旦那さまのシュトレリウス・ヴァン・ファウムは二十六歳、男盛り。

 成人もとっくに過ぎたっていうのに、今の今までまったく浮いた話一つ流れたことがなかった資産家のご子息。まあ実の母親に「呪いの子」とか言われれば、誰も近付きたくはないわな。


 単に目つきが悪かっただけなんだけど、わたしも口が悪いからお互いさまだね。

 ……それは今は置いといて。


 そんな二人は一か月前に結婚した。


 初対面でやらかしたわたしを何故か気に入って、破談にされても仕方がないのに今のところ離婚の気配はない。今朝は逆に旦那様を蹴り上げて家から追い出したようなもんだけど、これも今は置いておく。


 そもそも離婚されたら今までのファウム家とのお付き合いもなくなって、没落貴族と言われてカツカツの生活をしていた我が家は路頭に迷うだろう。


 だからどこを気に入ったのかわからないけど、結婚してくれたのは正直助かった。

 向こうだっていい加減、適齢期過ぎた長男をそのままにもしておけなかっただろうからちょうど良いよね。


 そんなちょっとお互いアレな事情がある結婚だったけれど、それも今は置いておこう。


 つまりわたしたちは新婚ほやほや。いちゃいちゃするにはもってこいの甘酸っぱい時期、の、はず。


 なのにあの男はまったく手を出さず、初対面でわたしの頬を思いっ切りつねり上げた時くらいが唯一の触れ合いになったというわけだ。


 前世では二十歳過ぎまで生きたわたしだったけど、実家がヤクザで親は組長ってことで、友人はおろか交際経験ももちろんない。つまり結婚したこともないんだから、こういう時にどうすれないいのかさっぱりわからない。




 いやあ、でもあれじゃない?

 年頃の男女がひとつ屋根の下にいて同じベッドで寝起きするんだから、そろそろほら、何かしらあるでしょ?フツー。


「ないんだよな、これが」


 そんなことはこの一か月まったく起こらず、わたしは今日もちっとも寝室に入ってこない旦那様を待ち続ける。

 もう大人しく待っているのも飽きて、ベッドの上で腕を組んであぐらまでして態度も目つきも何もかも悪いけど気にしない。だって来ないんだもん。


「……せめて手ぇぐらい握れないのか、あの男は」


 一応、こういうのは向こうからが良いかなと大人しく待っていたんだけど。いい加減、一か月放置は酷すぎる。


 と、いうことで今日は昼寝もしたことだしと、フンッと腕を組んでベッドの上でひたすら待つことにした。




「……」


 静かに夜を照らしていた月もかなり上のほうに昇りきった。時計もいい時間を指している。

 しかし来ない。ちっとも。


 寝室の扉が開かないということは、わたしが来る前に来ていたんだろう。つまり寝室から続いている、隣りの書斎に入ったままということになる。

 そしてその扉を開ける気配はしない。


 仕事の邪魔をするのはダメだよなあと、わたしは書斎に入ったことがない。それでもいい加減待ちくたびれたのでとノブに手を掛けたら鍵が掛かっていた。


「……コホン。シュトレリウス様、いらっしゃいますか?」


 ノックの音とわたしの声が響くだけで、書斎からはなんの返事もないしコトリという物音すらしない。

 まさか中で寝てんのか?それとも十歳も年下のぴちぴちの若妻を放って夜遊びにでも出掛けたとか?


「……おうコラ、出てこんかいっ!」


 思わず扉に向かって回し蹴りをしても、頑丈な扉はビクともしないどころか音も響かずにシンッと夜の闇の中に消えてしまった。


 あれ?結構強めに蹴ったんだけど、音がしないどころかビクともしないとは、わたしの蹴りも(なま)ったのかなあ。

 そういえば馬車に突っ込ませた時は少しつんのめっただけだったかも。


「畑仕事に精を出しすぎて(なま)ったか。これはいかん」


 それより何か反応がないのかと扉を見るけど、相変わらずなんの物音も聴こえなかった。


「防音が効いてんのかな?引きこもりにはピッタリの部屋ではあるけど、倒れたりしたらどうすんだ?」


 書斎の鍵も預かっていないとくれば、フンッと息を吐いて扉を睨むことしかできない。

 明日から護身術の練習を再開して扉を蹴破ってやろうと今日はベッドに戻ることにした。


「もしかして、わたしが眠るのを待ってたりする?」


 それならどんだけヘタレなんだよと、本人の前ではしたことがない舌打ちを思わずして布団を被った。

 こうなったらふて寝だ。一か月もぴちぴちの若妻を放っておくとはなんたることだ。


 ……一か月も生娘のままとは、孫を楽しみにしている両親が聞いたら卒倒するんだろうな。


 それもこれも口下手な上に奥手のアイツが悪いということにしておいて、明日は手ぇぐらい繋げと脅してやろうかと思いながら瞳を閉じる。


 このまま何もなかったら、破談にはならなかったけど離婚になるんじゃないの?

 向こうはいいかもしれないけど、せっかくここでは家族ができると思ったのに……。


 フンッと被り直した布団に潜って、今日もまったく目も合わせない旦那様に向かって悪態をつきながら眠りについた。


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