九話:突然の求婚
王女様とのお茶会が終わったら、今度は国王様とお茶会をするのだとお城へ来たのはいいけれど。
わたしは声を出さないようにと言われて、さらに存在が普通の人には気付かれにくい魔法まで掛けられてシュトレリウスのローブの中にいる。
そんなわたしを隠すようにデーゲンシェルムが一歩前に出て、件のデュラー家のご当主様と対峙していた。
「お宅のお嬢さんには今朝も会いましたよ。よっぽど私の鞭がお気に召したのでしょうか」
「ははっ、ご冗談を。鞭なら我が家にもありますから特に珍しくもありません。ヴァイツ君を付ければファウム君に辿り着きやすいと思ったのでしょう」
「……」
うーん、これはなんだ?
いつもよりも微笑みを深めたデーゲンシェルムに、同じように笑顔で変なことをサラッと言わなかったか、このオッサン?
鞭が珍しくない家ってなんだよ。一般家庭に鞭はないだろうが。
途中から口元を押さえられていて一言も話せなくされているわたしは突っ込みもできずに、そのまま変態っぽい同士の変態トークを聞かされる羽目になった。
意味がわからん。帰っていいですかね?
二人が話している間もシュトレリウスの警戒が解けることはない。
ローブの中にいるからわかるけど、ずっとデュラー家のオジサンを睨むように見つめている。わたしと繋いでいる手も痛いくらいに握りしめている。
ローブからチラッと見えるデュラー家のオジサンは、今すごーく勢いがあるんだろうなということが一目でわかる雰囲気を纏っていた。
ウチののんきな父ちゃんには到底纏えない雰囲気だわ。ウチは見たまんま、中身もホワホワと頼りないからね。
そんなデュラー家のご当主様は穏和な表情を取り繕っているけど瞳は全然笑ってないし、何よりデーゲンシェルムと話しているのにシュトレリウスからも視線を外さない。
切れ長の瞳が射貫くように、値踏みをするようにこちらを見つめ続けている。
絡み付くような、獲物を見つけた狩人のような視線を感じて一歩下がったら、口元にあったシュトレリウスの手のひらが額に触れた。
「……」
チラッとわたしを見る紫の瞳が心配で揺れている。大丈夫だと小さく頷いて、裾を握ったら少しだけホッとしてくれる。
初対面のオジサンがなんか気持ち悪いとか、不気味に感じるなんてさすがに失礼だし意味がわからないか。
それでもローブを直す振りをしてわたしの視界からデュラー家のオジサンを隠してくれたから、わたしも少しだけ肩の力を抜いたらまた別な声がした。
「お父様。こちらにいらしたのですか?」
ここに来る前に聞いた声で「お父様」ということは、シュトレリウスを狙っているというのはこの子なのか。
親しげに話しかけてきたけれど、目の前にデーゲンシェルムがいることで一歩、いや三歩くらい下がったのかもしれない。声が遠くなったし引きつっている気がする。
「あ、あら、ヴァイツ様。……ご、ごきげんよう」
「先ほどはどうも。会ったばかりであれですが、私とシュトレリウス様は国王様に呼ばれているんですよ。そろそろ失礼しますね」
そう言って今日のところはという感じで別れようとするデーゲンシェルムの言葉を遮って、女の子の弾む声が近付いてきた。
「ファウム様!先日もお家にお邪魔できなかったのですけれど、いつになったら呼んでくださるの?」
「呼ぶ気はない。近付くな」
父親よりも警戒心を剥き出しにして、シュトレリウスが一歩下がってわたしを抱え直した。けれどそれもいつものことなのか、デュラー家の娘はお構いなしにさらに近付いてくる。
「ファウム様にも悪いお話ではないでしょう?たった一人で百年も前ですけれど、わたしの家からも貴方と同じ魔法使いが出たのです。家柄的にもこれ以上ない組み合わせではないですか」
「断る」
家柄と言われると底辺さ迷ってる実家を思い出してへこむなあ。
それよりデュラー家からもかなり昔に魔法使いが産まれていたらしいと聞いて、普通の貴族なら魔法使いについて当たり前のように認識されていることがわかった。
これじゃあ「なんで知らないんだ」と首を傾げられるわけだよ。知らんわ。
これだけ普通の会話でも出てくるなら、もっとちゃんと知っておけば良かったと思うけども。
さらに近付こうとする娘を避けるように、わたしを抱える手のひらに力が籠っていく。
「どうしてそこまで避けるのですか?わたしはファウム様に家族を作って差し上げたいと思っているのですよ」
世間でどう言われているかわかった上で、シュトレリウスの家族を作りたいと言う子が目の前にいる。
それはいまだに、わたしが全然できていないことだ。
「魔法使いが産まれても、わたしもお父様も構いませんとお話ししているでしょう?それに子供ができればご実家との関係も変わるかも知れないではないですか」
「……必要ない」
なんでウチの父親だけしか来ないで、こんなに近いのにシュトレリウスの家族は誰も家に来ないんだろうと思っていたけど。
魔法使いではない弟が家を継ぐことになっているのなら。ファウムという名前だけどそれだけで、シュトレリウスはずっと一人だったのかもしれない。
「ねえ、シュトレリウス様。わたし以外に貴方と結婚をしようと思う人などいないでしょう?」
勝ち誇ったように言い続ける言葉に耐えきれず、ローブから飛び出たわたしはいつかのように腕を組んで仁王立ちをして「ここにいる」と教えてやることにする。
「るっせーんだよ、小娘。ここにいるわ」
急に現れたわたしにもだけど、何を言われたのかわからずにデュラー家の親子はポカンとした顔で固まった。
「あれ、フェイナちゃん?」
「え?……あ、メイリアさん」
どんな小娘だと思ったら、家の前で迷子になってた栗色の髪の女の子が目の前にいた。
なるほど、並んで見ると確かにそっくりだ。勝ち気な目元と切れ長の瞳が特に似ている。
「……ん?つまりシュトレリウスを追いかけてる子ってフェイナちゃんなの?」
「”シュトレリウス“?」
「メイリアさん、しーっ!」
デーゲンシェルムが慌てて指を立ててそれ以上は話すなと言ってくる。
“ファウム“ではなくて“シュトレリウス“と呼んだわたしに、初めてデュラー家の当主がわたしに怪しい輝きを放つ瞳を向けてきた。
「……なるほど。噂は噂でしかないと思っていましたが本当だったようですね」
ニヤリと微笑む表情には、デーゲンシェルムと話していた時の面影はまったくない。本能的に下がりたくなったけど、ここで下がったら女が廃る。
下がりそうな足を踏みしめて逆に睨むわたしに、初めて少しだけ目が見開かれた。
「それよりどういうことですか、お父様?」
「ああ、それはな」
急に現れたわたしにも驚いていたフェイナが、父親の言葉に首を傾げてどういう意味なのかと尋ねた。
言わないほうがいいと決めたばかりなのに、デーゲンシェルムの態度からしても言ってもいいことなんて何もないとわかっているのに。
なんとか言わないようにと身ぶり手振りで制していたデーゲンシェルムには手を向けて黙らせ、代わりに一歩下がってシュトレリウスの手を握って宣言をした。
「わたしの名前はメイリア・ヴァン・ファウム。シュトレリウス・ヴァン・ファウムの妻はわたしだ。よく覚えとけ」
「ほう」
「は!?」
まさか本当に言うとは思わなかったみたいで、デュラー家のご当主様は感心するように顎を撫でながら頷いた。フェイナは栗色の髪を揺らして、ただでさえ大きい瞳を真ん丸くして固まった。
「メイリアさん……」
「言ってどーするんですか」とちょっと呆れるような、心配をするような顔で見つめるデーゲンシェルムと、相変わらず身動き一つしない旦那様を見ながらこっちにも言ってやる。
「国を守っているというのなら覚えておけ、デーゲンシェルム。国より土地より立場より、自分の一番身近な大切な人を守れなくちゃ意味がないんだよ」
言われっぱなしで黙っていられるほど、わたしは人間ができていない。
それがシュトレリウスのことなんだから、わたしの家族になった人のことなんだから。このまま放っておくほうがおかしいだろうが。
そんなシュトレリウスはローブを被っているからわからないけれど、かなり困惑しているらしい。
だって会わせたくなくて隠して守ってくれたのに、当のわたしが飛び出て喧嘩を売るようなことを言ったんだから、シュトレリウスもどうすればいいかわかんないだろう。
そんなシュトレリウスに向き直って胸倉をつかんだら、しっかりと確認をしてやらなくちゃ。
「お前の妻は誰だ」
「……メイリア」
「そのわたしが大人しく守られているだけと思っているの?」
「思わない」
妻の名前を言うのを躊躇ったくせに、絶対に大人しくしていないと言い切るな。そっちを躊躇え、阿呆。
それでも一番大切なことを確認できたからと、相変わらずポカンとしているフェイナたち親子に視線を向けて、「おととい来やがれ」と言うことにする。
「シュトレリウスの妻はわたし、メイリア・ヴァン・ファウムただ一人。魔法使いでも一般人でも、産むのはわたしだけって決まっているの」
手を繋ぐ以上のことはしてないけれど、シュトレリウスも妻はわたしだって言うんだから他の女はお呼びじゃない。
フンッと一息吐いて言い切ったら、絶対にやらんと手を振って追い払ってやる。
しばらく睨み続けていたら、フッと小さくデュラー家のご当主が口元を歪めた。
もしかして、シュトレリウスと同じく自分至上最高の笑顔なんだろうか。……不気味っていうか、気持ち悪いな。
「……フッ。フェイナ、お前では敵わない相手のようだ。諦めなさい」
「お父様!?」
ポカンとしたままの娘の肩に手を置いた父親が、そのままわたしのほうに近付いてくる。
なんだ、喧嘩なら買ってやらぁと睨み付けたら、労働とは無縁の細い指が伸びてきた。
「触んな」
「これは失礼、お嬢さん。……いや、メイリアさん」
髪に触れる前に手を払ったら、意外そうな顔をしてすぐに引いてくれた。ここで頬をつねろうとした旦那様は、やっぱりちょっとおかしいんだな。
けれどさっきまでシュトレリウスに向けていた視線はわたしを見つめたまま離れない。
絡み付くようなねっとりとした視線に気持ち悪さを感じていたら、至極丁寧な仕草で礼をして、ものすごく変なことを言い放った。
「私はベリウス・ショウ・デュラーと申します。……メイリアさん。私の妻になりませんか?」
「お父様!?」
「デュラーさん。何を言っているかわかっているんですか!?」
「……」
今度はこちらが呆然とする番だけど、顔を上げたご当主様はとても真面目な瞳をわたしに向けていた。
そんな人に言うことなんて、一つしかないと決まっている。
「頭沸いてんのか、オッサン?」




