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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
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八話:お城での邂逅

 王女様とのお茶会は普通に始まらず、座ってからもニコニコと微笑まれて大変気まずかった。

 気まずすぎることしかない。どうすればいいんだ。やっぱりローブの出番だな、帰ったら縫おう。




 前にも通された部屋に入って、お茶の支度をしたら四人だけ残して出払っていく人たち。

 相変わらず無用心だと思うけど、国で珍しい魔法を使える人が三人もいるこの部屋が一番物騒で安心なのかな。


 その魔法使いたちは、幼女と変態と黒い塊なんだけど……頼りない。


「あら、新作が出ていたのね?」


 買ってきたばかりのチョコレートの箱を開けたら、ぱあっと年相応に王女様の顔がほころんだ。

 しかしさすがにチェック済みのお店だったらしい。美味しいけれど、ちょっとお高いもんね。王族御用達だからかな。


「まだいただいていなかったのなら、ちょうど良いですね。シュトレリウス様が今日のお茶会の話をしていなかったみたいで、メイリアさんがお菓子を用意できなかった代わりに急遽こちらを用意しました」

「あらあら。イチャイチャしすぎてわたくしとの約束を言い忘れたのね?」


「……」


 「仕方がないわねえ」とちょっと呆れた溜息を吐きつつも、王女様がさっきから、わたしたちをからかい続けることをやめてくれない。

 シュトレリウスのせいだと、じろっと一人ローブを被っている隣りを睨みつけたら顔を逸らしやがった。向かってこんか、この野郎。


 そんなわたしたちにも生温かい視線を向ける王女様と変態。

 ……もしかしなくとも今日はずっとこのままなんだろうか。勘弁してくれ、非常に気まずい。


 何を言えばいいのかわからなくて視線をさ迷わせて無言でいたら、ちょっと残念そうな顔をした王女様が一息吐いた。


「今日はまたお父様にも呼ばれているのでしょう?あまり長居はできないわね」


 ちぇと年相応に唇を尖らせて不満そうに呟く王女様。可愛い。どうしてわたしの周りには可愛い人しかいないんだ。


 なんだか訳もわからず落ち込んできたわたしの頭に、いつもの大きい手のひらが乗っていった。


「……」


 やっぱり、こっそり覗き見をするのはやめろと言いたい。

 わたしがちょっとだけ俯いたのを見ていて、なんでもないように頭を撫でるなんて卑怯だ。

 頭を撫でてくれたからって、そんなに簡単には機嫌なんてよくならないんだからな。もっと撫でろ。


「……」


 じいいっとこちらを無言で見つめる二つの視線が痛い。


 うっかりいつものように「もっと撫でろ」と言いかけて踏み止まって良かった。危なかった、恥ずかしい真似を晒すところだった。


「イチャイチャしているわ」

「イチャイチャしていますね」


「……」


 こそこそとしているけれど見えてるからな?同じテーブルの目の前にいるから当たり前なんだけど、聴こえてるからな?

 ちょっとだけ離れるように椅子に座り直したわたしに気が付いたシュトレリウスは、それでももうちょっとだけ撫でたらやっと手のひらを離してくれた。


 ……くそぅ。わたしの機嫌が良くなるまでちゃんと撫でるとか、読まれてるみたいで恥ずかしい。つまりバレバレってことじゃないか。

 自分はローブに隠れっぱなしで、ちっとも読ませてくれないくせに。




 そのままほとんど無言の奇妙なお茶会は、紅茶を一杯だけ飲んだら終わってしまった。

 恥ずかしいからって、からかわれたからって、せっかく嬉しそうに出迎えてくれた王女様に申し訳なかったかな。次はその……頑張ろう、うん。


「またね、メイリアさん」

「はい。次はパウンドケーキを持ってこようと思っているんですが、召し上がったことはありますか?」


 せめて次の約束とお菓子の確認をしようと尋ねたら、深紅の瞳がぱちくりとして首をこてんと傾げた。あ、もしかして庶民過ぎたかな。


「パウンドケーキとは、どんなお菓子なのかしら?」

「粉と卵とバターだけで作ったケーキです。どれも同じ量を入れるのでそう呼ばれています。どっしりとした重めのバターケーキと言えばわかりやすいでしょうか」

「美味しそうですね!」


 パアッと蒼い瞳を輝かせた変態は置いといて、少し考え込んだ王女様がわたしの隣りの人を見上げた。


「シュトレリウスはいただいたことがあるの?」

「……たぶん」

「バナナとかチョコとかナッツとか、色々入れた茶色の四角いケーキですよ」

「それなら何度か食べた」


 お茶のたびに何かしらお菓子を作るから、どれのことかわからなかったみたいで付け加えたら頷いてくれた。

 中身の具を色々変えすぎて、同じものだとは思わなかったのかな?


「ではシュトレリウスは何度もいただいているのね?」

「ああ」

「それなら問題ありません。次はそちらを持ってきてくださる?」

「かしこまりました。……喜んで」


 ちょっとだけニンマリした口元が気になるけれど、前もシュトレリウスが食べたならってプリンを食べてくれたもんね。今度も気に入ってくれるといいけれど。

 甘いほうが好きならチョコチップとバナナを組み合わせて、砂糖多めのホイップも持ってくればいいかな?見た目地味だしなあ、あれ。


「色々と中身を変えられるなんて素敵ね」

「見た目は地味ですけれど、お酒を染み込ませたりジャムを入れて甘めにもできるんですよ。簡単なわりにアレンジが利くので我が家の定番です」

「うぅーん、早く食べたいわ」


 扉まで見送ってくれた王女様が、金の髪を揺らして次のお茶会は早めにねと念を押して手を振ってくれる。やっぱり可愛い。

 そんな可愛い王女様からのお願いを無視し続けるシュトレリウスは、ちょっとおかしいんじゃないだろうか。




「甘くない物も出てきたことがなかったか?」

「ありますよ。お砂糖の代わりに塩を入れて、ベーコンと野菜で焼いたやつですね」

「えっ、それも美味しそう!」


 食い付きのいい変態は無視して、やっと色々と思い出したシュトレリウスが呟いた。

 他には何を入れていたか話したら、三日に一回は出ていたものの正体がわかってくれたみたい。……出しすぎたな。だって日持ちするし簡単なんだもん。


 けれど最近よく我が家に来るデーゲンシェルムが、わたしたちの会話を聞いている途中で首を傾げる。


「私はまだ一度もいただいたことがありませんよね?」

「ありませんし今後も出す気はありません」


 そもそも朝食を一緒にいただくのもおかしいだろーが。遠慮しろと睨み付けたら蒼い瞳が輝いた。


「放置ですね!」


 おい、そこでほうっと艶のある溜息を吐きながら震えるんじゃない。門にいた護衛の顔が引きっているだろうが。


「デーゲンシェルム様は、まさか城でもそのままなのですか?」

「私はいつでも私ですけど?」

「げぇ、変態……」


 どこにいても変わらないとは、それなら魔法使いは変態だと思われるじゃないか。

 あ、旦那様は年中ローブを被っている無言の黒い塊だった。……あれ、わたしの周りって変態しかいなくね?マジか。衝撃の事実だ。


 ちょっと呆然としながらも馬車に乗り込んで、ぐるっと回って今度は正面玄関からお城の中に入っていくらしい。行きよりものんびりと馬車が進んでいく。


「わたしは馬車の中で待っていればいいですか?」

「いや。連れてくるように言われている」

「聞いてないんですけど」

「……すまん」


 王女様と国王様に呼ばれているのに、なんでこの男は一言も言わないかな!?

 昨夜のあの状況じゃ、全部吹っ飛んだのもわからなくもないけれど。


「この服で問題ありませんか?」

「ない」

「どちらも非公式ですから問題ありませんよ」

「会うメンツがヤベェって言ってんだよ」


 二人は城に勤めててよく会うから気楽なんだろうけど、こちとら最近まで田舎に住んでた底辺貴族だぞ。

 子爵とか侯爵に会うのもここに来て初めてだっていうのに、国のトップと会うのに普段着はないだろ。初デートの時くらいの気合いを入れないと失礼すぎる。


「そもそも王女様とお茶をするとしか聞いていなかったので、もう手ぶらですよ?」

「先ほどの店で同じ物を買っておきましたから大丈夫ですよ」


 可愛がっている王女様とのお茶会で出したチョコレートを出せば文句は出ないと、デーゲンシェルムが爽やかに言い放った。

 助かったけれど、こいつは出世しそうだな。対する旦那様は……うん、頑張れ。




「そういえば結婚したことは話さないほうがいいんですよね?」


 家とわたしに何かの魔法を掛けて他の人が見つからないようにしているのなら、たくさんの貴族たちが出入りをしている城でバラしたら意味がないと確認のつもりで訊いたら、珍しくデーゲンシェルムも深刻な顔で考え込んでいる。


「そうですね。今はほら、デュラー家がうろついていますし」

「……」


 すっかり忘れていたけれど、シュトレリウスを狙ってる子がいるんだった。そうでなくとも急にのし上がってきた家なんて、厄介でしかないのはわかる。新参者が影響力を増したら古参が黙っていないだろうし。


 シュトレリウスが相手にしていなくても、それこそ王族と懇意にしているファウム家の長兄でも、火の粉はどこから降りかかるかわかんないもんね。

 わざわざ飛び込むバカな真似はしないほうが懸命だ。


 納得して黙っていることにしたわたしに、デーゲンシェルムがガッカリした顔を向けてきた。……今度はなんだ。


「メイリアさんのことだから、喧嘩を売るのかと期待していたんですが……」

「向こうから何か言ってくるとかやってくるとかならそれなりの挨拶はするけど、頭角を表したばかりの家なんて裏で何をしているかわからないじゃないですか」


 自ら(やぶ)をつつく気はないと言ったら、デーゲンシェルムが不満そうに唇を尖らせる。……可愛くない。

 いくら見目麗しくとも、さっき拗ねた可愛い王女様を見たばかりだから可愛くない。キモイ。




 もうすぐお城に着くなあと馬車に揺られていたら、シュトレリウスの大きい手のひらがわたしの頭の上に乗ってきた。


「酔っていませんよ?」

「……馬車から降りたら一言も話すな」

「え?」


 シュトレリウスは長ったらしい詠唱は唱えないで魔法を使う。魔法使いの中でも珍しい、無詠唱で簡単になんでもやってしまう。

 それでも魔法を使う時には手のひらが淡く光るから、わたし自身に何かの魔法を掛けたことがわかった。


「ああ、そうですね。王女様のいる塔と違って、ここからは色んな人とすれ違いますから」


 デーゲンシェルムには何を掛けたのかわかったみたいで、ポンと手のひらを叩いて言うけれど。説明もなしに喋るなと言われても、だからなんだとしか思えない。

 それでもいつも以上に険しい目元のシュトレリウスに、黙って怪訝な顔を向けたらまたデーゲンシェルムが代わりに口を開いた。


「他の人にメイリアさんを見えにくくする魔法ですよ。存在を薄くするだけなので喋るとバレるんです。私たちには見えていますけど」


 そんなことをしなくても、うっすい茶色の髪のフツーの見た目だから目立たないと思うって言ってもするんだろうな。

 馬車から降りてもローブの中に隠すようにして慎重に歩いていくシュトレリウスを見たら、いつもどんな風にお城で過ごしているのかわかって溜息が出そうになった。


 これじゃあ同じ魔法使いしか知り合いができないか。

 一人は変態だけど、もう一人は可愛い王女様だからいいってことにしよう。




 そうして入った王女様の居住区である塔とはまた違う白い建物のお城は、シュトレリウスが警戒していることもあって緊張してきた。門番もなんかゴツイし。


 見えにくくしてもらって良かったかも。だってやっぱり、この服じゃダメじゃね?

 それでも二人は平然と、とてもいつも通りに入っていく。門番もスッと道を開けて完全にフリーパスだ。この場合は顔パスか。


 だって黒いローブ被っている人も白金プラチナの髪を輝かせた変態も、この国では一人ずつしかいないだろうからね。


「ヴァイツ様、ごきげんよう」

「やあ、ヴァイツ君」


「……」


 しばらく何人かとすれ違って気付く。にこにこと微笑んでいるデーゲンシェルムに挨拶をする人は何人かいたけど、シュトレリウスには軽くお辞儀をしたら逃げるように去っていく人ばかりだ。


 ファウム家の長男のはずなのに、誰も挨拶をしてこない。それどころか見えないはずの視線を避けるように、あからさまに顔を逸らしている。


 はぐれないようにと、いつもと違って馬車から降りたあとは手を繋いでいる。


 一人だけだから少ないけど、ちっとも頼りないけれど。ここにちゃんといるってことを知ってもらいたくて、その手をわたしからもぎゅっと握った。


 ……恥ずかしいから、視線までは合わせられないけれど。


「……」


 それでも握り返してくれたから、ちゃんと意味は伝わったみたい。




 段々、人が少なくなってきたなと思っていたら、初めてこちらに向かって声を掛ける人と出会った。


「おや、こんなところで魔法使いのお二人にお会いできるとは」


 その声を聞いた途端、さっきよりもシュトレリウスがきつく手を握った。見上げたら入ってきた時よりも険しい表情で、この人に会わせたくないんだと気が付いた。


「デュラー家のご当主様ですよ」

「……」


 振り返る前にデーゲンシェルムが小さく教えてくれたけれど、声を出すなと言われているから頷くだけにする。


 声のするほうを一緒に振り返り、ローブの隙間から覗き見たその人は。


 焦げ茶色の髪を一つにまとめて穏やかに微笑みながらも、その瞳の奥は笑っていないどころか怪しい輝きを宿していた。


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