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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
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六話:魔法使いの妻

「久しぶりだねえ、メイリア」

「ようこそ、お父様」


 今日も国王様に呼ばれているからと、シュトレリウスは仕事に出掛けている。なので久しぶりにわたしは父親とお茶をしようと家に呼んだ。

 色々と聞いておきたいこともあったから、ちょうどいいしね。


 なのに椅子に座ったとたん、紅茶を淹れるよりも早くいつもの例の絵をズラッと並べていった。


「新作なんだって。今からだと冬かなあ?季節が変わるからってもらってきたんだ」

「……そっすか」


 定期的に行っているようで、赤ちゃん服の店からもらってきたという秋冬の新作が描かれた絵を並べていく。気ぃ早ぇっつってんだろうが、父ちゃんよ。


「今から見るにはちょっと暑いかもしれないけど、毛糸の靴下って小さいとこんなにも可愛いんだね」

「そっすね」

「そろそろわかったかな?女の子?あ、もちろん男の子でも歓迎だけど」

「あの」

「どっちに似るかなあ?……あれ、シュトレリウス君ってどんな顔だっけ?」

「……」


 聞く前に色々と突っ込みたいところだが置いておこう。一つ一つを説明するのはなんか面倒くさいし。

 それよりも義理の息子になったシュトレリウスの顔が思い出せない時点で、なんで思い出せないのかも思い出せ。いつもローブ被ってるからだろ、父ちゃんや。


 それでもにこにことご機嫌な父親が実家のことについても話してくれて、まだ十歳の弟妹の近況も知れたから良しとしよう。




「それで……お母様は相変わらずですか?」

「ああ、うんまあ……相変わらずだよ」


 結婚式には参列してくれたけど、嫁に行った先のこの家に母親は来たことがない。


「家のために結婚させてしまったって、今朝もふかーい溜息を吐いて泣いていたよ」

「……そっすか」


 最初はそりゃあ、家のためってこともあったかもしれないけれど。

 今は、その。……ええと、あの。そ、そんなに悪くないって思っているからね、うん。


「今日も一緒に行って、今のメイリアを見ようって誘ったんだけどねえ。実家にいた時と変わらずに土まみれだったら情けないからやめておくって」

「……」


 それならこっちでも相変わらず畑を耕していると知ったら卒倒するかもしれないな。食事の支度も掃除もしてるんだけど、これも一緒に黙っておこう。


「そもそも家のために結婚させたって思い込ませているのは、私が不甲斐ないせいだし」

「そこはもうちょっとしっかりしてください、お父様」

「……はい、すみません」


 シュンッと縮こまっちゃったけど、マジでもっとしっかりしてくれや、父ちゃん。

 詐欺まがいのものに引っ掛かることはなくなったみたいだけど、こっちもこっちで相変わらずイイカモっぷりを発揮しているんだろうなあ。家長として頼りがいのほうを発揮してくれ。


「孫は……ええと、当分まだですけれど。仲良く……その、仲良くやっていますから安心してくださいとお母様にも伝えてください」

「うん、わかったよ。……孫はまだなのか……」

「……」


 すみませんね。


 お宅の娘は自分で思っていたよりも奥手でヘタレだったんです。

 手が触れるだけで心臓がうるさくなって、顔が近いと息を忘れて気絶する、そんなことをいまだにやらかしているんです。


 ……自分で言ってて虚しくなったな。何をしてるんだ、わたし。もっと気合いを入れんか、気合いを。


「あ、そういえば。……ええと孫はまだですけれど、魔法使いが産まれるのはどうなんですか?」

「えっ、魔法使い!?メイリアが産むの!?」


 「すごいけど、なんで?」とキョトンとするってことは、シュトレリウスが魔法使いだって知らないのか?


「シュトレリウス様は銀の髪なんですけど」

「へえ、なかなか派手だね。あ、だからローブ被ってるのかな?」

「……」


 もしかしなくても、わたしが世の中のことに疎いのは遺伝なんじゃないだろうか。


「あの……、さすがにファウム家がどんな家かは知っていますよね?」

「え?……お金持ち?」


 ダメだこりゃ。




 ファウム家が魔法使いという国を守る魔力を持った子が生まれやすいということで、国の中枢を任されて大きくなった家だと知らないのなら。

 シュトレリウスが魔法を使えるってことを知らないのなら、もう一つの訊きたかったことも知らないかもなあ。だって父ちゃん、のんきだし。


「それにしても大通りにも近いのに、ここは相変わらず静かだねえ」

「その大通りからは一本外れてますからね」


 そんなのんきな父ちゃんは、この前の迷子のフェイナみたいなことを壁を見ながら呟いた。


「まあ当たり前か。シュトレリウス君が何かしてるって言ってたから」

「え?」


 何かって、何をしたら静かになるって言うんだよ。


 首を傾げたらさっきと反対に、なんで知らないんだという風に父親が首を傾げた。


「シュトレリウス君は城に勤めているだろう?王女様とも懇意にしているそうだから、この家は見つかりにくいようになっているんだって。許可した人だけが迷わずに来れて中にも入れるから、そこだけは母さんも安心していることなんだよ」

「は?」


 初耳なんだけど、なんだそれ。

 つまり魔法がかかってるってことなんだよね?この家に。


「メイリアも外に出るだろう?その時にも強力な護衛がついてるって言ってたけど、それも聞いてないの?」

「うん、なんにも……」


 いつものユイシィみたいに父親が「嘘おっ!?」と驚いて、なんで知らないんだと逆に尋ねられたけれど。知らないもんは知らないんだから仕方がないじゃないか。


「まあ式もお互いの両親しか呼ばないくらいに警戒しているシュトレリウス君だから、メイリアにも言わなかったのかもしれないけど……」

「え?」

「職場が城だし王女様からも言われて式はお城でって言われたみたいだけど、シュトレリウス君が却下したでしょ?」

「あ、ああ、はい。そういえば」


 王女様も言ってたもんね。ウチに合わせて質素にしてもらったけど、そもそもシュトレリウスが先に断ったんだって。

 でも今の父親の言い方だと、そういう意味以外に聞こえるんだけど……?


 怪訝な顔で見上げたわたしに、父親がとっても呆れた溜息を吐いていく。わたしが吐くなら昔からよくあったけど、父親に吐かれるのは初めてだな……。


「この家も見つかりにくいって言ったばかりじゃないか。王女様に近い役職のシュトレリウス君の奥さんて言ったら、色々と狙われやすいのはわかるでしょ?」

「はあ、まあ……」

「はあ、まあじゃなくて。……せっかく色々と守ってくれているのに、肝心のメイリアがこれじゃあシュトレリウス君が可哀想だよ」

「そうですね……」


 つまり結婚式にお互いの両親しか呼ばなかったのも、この家が何かで守られているのも。……もちろんわたしが外に出てもなんにもないのも、全部わたしを守ろうとしてくれてたってことらしい。


 魔法を使うなと言っても変な顔をするのは、すでに使っていたからか。


「経済的に助かっているのはこっちだけど、メイリアはもっとシュトレリウス君を大事にしないとバチが当たるよ」

「……はい。気を付けます」


 だってそういうの全部いま初めて聞いたんだもんとか、口下手でなんにも言わないシュトレリウスが悪いんだとか。言い訳にもならない言葉は結局押し込めて、素直に頷くだけしかできなかった。




「奥様?」

「……」

「奥様?」

「はっ」


 そのまままた赤ちゃん服の絵と子宝祈願のお守りを無理矢理置いていった父親を見送ったら、とりあえず畑の草むしりをしようと一心不乱に雑草を抜いて気を紛らわせることにした。


 そして今は夕飯を作っている最中なことを思い出して、慌てて揚げ物をしようとコンロの前に立とうとしたらユイシィに「危なすぎる」と奪われてしまう。


「もしかして養子の話をしたんですか?」

「養子?」

「前に何も無さすぎるからと、親戚に手頃な子がいないか訊いてみるとおっしゃっていたでしょう?」

「ああ……ううん。すっかり忘れてたくらいだよ」


 そうそう。なんにも無さすぎて孫を熱望している父親を諦めさせるためにも、養子の話をしようと思っていたんだった。

 ……ええと、その、最近はあの、ほら。ちょっとだけ接触が増えたから、もしかしたら、もしかするのかもしれないけれど。


「そうですね。そろそろ手を繋ぐ以上のことがあってもいいですよね。……ねえ?」

「……」


 まだ触れられるだけで固まっちゃう二人だから、ユイシィの圧のかかった微笑みからは、すいっと視線を逸らして無視することにする。




 今日も結局材料を混ぜるくらいしか手伝ってないから、明日の朝はちょっと豪華にしようかなあ。卵とじとか。……それは豪華なのか?

 じゃあ具だくさんキッシュはどうだろうと思いながら寝室に入ったら、珍しく先にいたシュトレリウスがベッドを叩いていた。……何してんだ、お前。


「何をしているんですか、シュトレリウス様?」

「ああ……なんでもない」

「?」


 それでも枕にいつもいる端っこを叩いて首を傾げている図は、おかしさしかないから突っ込もう。


「何か探し物ですか?リネン類を洗ったときは何も落ちていなかったですけど」

「違う。……最近よく眠れた場所があったのだがどこかわからないだけだ」

「よく眠れた場所?」


 訊いてもわかんない答えが返ってきたけど、シュトレリウスは寝付きも悪かったのかな。

 それならあちこち叩いて寝やすかった場所を探すのはわかる。わかるけど意味がわからん。


「……ん?」


 最近、シュトレリウスがよく眠っていた場所って、もしかして……。


 まだ首を傾げながらも諦めたのか、ローブを被って書斎に向かおうとするシュトレリウスを捕まえて確認してみよう。


「たぶんですけど、ここですよ」

「ここ?」


 自分の胸の辺りを叩くわたしに、もっと怪訝な顔をして首を傾げる。まあここで眠っていたときは、どっちも寝ぼけていたから覚えていないだろうね。

 仕方がないとローブを引っ張ってベッドの縁に座らせて、そのまま頭を抱えてぎゅっとしてやったら固まった。


「ここですよ。最近のシュトレリウス様のお気に入りの場所は」

「……」


 わざわざ潜り込んでまで、わたしが動かないようにガッチリ腰を抱えてまでこの場所に顔を埋めて眠っていたんだからね。


「一回目は前に倒れこもうとしたシュトレリウス様を受け止めて、たまたま、でしたけど。二回目はそっちから潜り込んで寝直したんですよ」

「……」


 「だからよく眠れた場所はここのはずだ」と、固まったままのシュトレリウスに言ったらものすっごい顔をしていた。……大丈夫かな。


「シュトレリウス様?」

「……」

「どうし……へ?」


 少し離れて覗き込むように目の前を手のひらでヒラヒラとさせたら、シュトレリウスがみるみる真っ赤に変化していった。相変わらず固まったままで目も開いたままだけど、もれなく耳まで真っ赤だ。


「シュトレリウス様?」

「……すまん」

「え?」


 一言だけ呟いたら書斎に逃げるように飛び込んで、その日は朝になっても扉が開くことはなかった。


 もしかしなくとも、最大級に照れた顔だったのかな。


「なるほど」


 ものすごく貴重な顔を見たぞと、わたしは自分から胸に顔を突っ込ませたのも忘れて笑いを堪えた。


 ……あとで自分のしたことを思い出して、全身を真っ赤にしてもだえたのは言うまでもないけれど。


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