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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
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五話:可愛いお客様

 またしてもとても気まずいまま朝食をいただき、ローブを被ったシュトレリウスはデーゲンシェルムと国王の待つ城へと向かって行った。


「……行ってらっしゃいませ」

「行ってきます……」


 わたしも俯いたままで、シュトレリウスも顔を逸らしているけれど。それでも最近言うようになった、出掛ける前の挨拶はちゃんとしてくれた。

 二人とも、ものすごーく小さい声だけど。




 昨夜っていうか今朝は何があったのだと、茶色の瞳を輝かせるユイシィから逃げるように街へ向かったわたしは、ローブを作るための布を買いに出掛けることにした。


 だってそろそろ本当に欲しい。夫婦揃ってローブ被って生活なんて怪しさしかないけれど、他に見る人も来る人もいないからいいってことにする。


「んー。身長くらいの長さがないと、シュトレリウスみたいに口元から腰までは隠れないよね?」


 しかし確かあれは、前が見えるような特殊な魔法陣が組み込まれた魔導具って言ってたはず。

 つまり普通の布では前が見えなくて意味がないなと気付いたけれど、帰ったら作り方を聞けばいいかと手頃な布を手に取った。

 シュトレリウスが黒だから、わたしは白っぽい色にしよう。


「布も特殊でこれじゃあダメなら、この布でエプロンとか作ればいいもんね」


 そうそう。新婚の若奥様が身に着ける物といえばフリフリのエプロンと決まっているし。


「……」


 パァンッ


「服は着る、服は」


 エプロンの下になんにも着ないとかないから。それもそれで新婚っぽくはあるかもしれないけどそんな特殊プレイをする気はない、断じて。

 そもそもアレはもっとこう、出るとこ出てる体型のほうが見てて楽しいんじゃないの?


「って誰が貧相だ!」


 ビシッと今はいない隣りの人に突っ込んで、とりあえず色々と誤魔化しておく。

 布以外では初夏の新作チョコレートがゲットできたからと、わたしは歌いながらスキップしながら帰り道を浮かれて歩いていった。


 ふっふふんふんふん、今日のお茶のお供は豪華だぜ。ユイシィとリュードにもあげようっと。




「ん?」


 長くて量のあるふわふわの栗色の髪を二つに縛った少女が、目の前を半泣きでとぼとぼ歩いている。こんなところで珍しい。しかも一人って危ないな。いやわたしの他には誰もいないけど。


 時折、何かを探すようにキョロキョロと首を振っているということは迷子かな?でも年の近そうな子なんて近所にいたっけ?


「どうかしたの?」

「ひゃっ!?」


 うおっ、目がでかい!

 王女様もなかなか目が大きかったけど、こっちの子のほうがちょっとツリ目だ。もちろんシュトレリウスみたいな三白眼じゃなくて、勝ち気な感じの可愛らしい目元。


 いや、シュトレリウスだって可愛いところはあるんだからね。寝起きとか、寝顔とか。起きてても可愛いところもあるけど。


「……」


 パァンッ


「きゃあっ!?」


 美少女とオッサンの可愛さ比べをしてどーする。落ち着け、わたし。なんで勝てるところで寝顔を出した。

 寝顔がアレでもオッサンは可愛くないだろ、世間一般的に見て。


「失礼、お嬢さん。何か探し物?それとも迷子?」

「あ、ええと……家を探していたんですけど。いつもこの辺りで迷子になっちゃうので、馬車から降りたらはぐれちゃって……」


 とりあえずウチが近いからお茶でもどうぞと、歩きながら何を探していたのか訊いてみたらやっぱり迷子だった。ちょっとビクビクしてる気がするのは、わたしが急に自分の頬を叩いたからかもしれない。


 すまんね、お嬢ちゃん。気合い……じゃなくて、気の迷いを正しただけで意味はないんだ。


 だって無愛想なオッサンのどこが可愛いと言うのか我ながら意味がわからないじゃない。いや、あれはあれでちゃんと可愛いところもあるんだけどね?


「……」


 パァンッ


「きゃああっ!?」

「……失礼」


 落ち着け、わたし。可愛いとか頭沸いてんのか。可愛くないこともないけど今は全力で脇に置いておいて後から考えることにする。よし、これで落ち着いたぞ。




「わたしは街から来たけど途中の道でも馬車とはすれ違わなかったから、向こうもどこかで迷っているんじゃない?」

「そうなんでしょうか……。はー、いつも目的地に着かないんですよね」


 どこかに行きたいみたいなんだけど、いつも全然辿り着かないらしい。

 どこに行きたいかと言われても、こっちでは全然ご近所付き合いをしていないから訊かないことにする。案内してくれって言われても、誰の家がどこにあるかなんて把握してない。


 ……それにしても話し方もだけど、着ているものからするとけっこうなお嬢様っぽいな。


 いかん。つい「茶でもしばかない?」って誘ったのはいいけど、そのまま家に入れたら誘拐したとか言われるんじゃない?それは困るな。


「おや、お帰り奥様」

「リュード。ちょうどいいところに」

「は?」


 外に伸びた薔薇の枝を刈っていたみたいで、庭師のリュードが塀の上から声を掛けてきてくれた。助かった。


「お茶の用意をしてくるので、この子とここで一緒に待っていてもらえませんか?」

「は?いやいや、普通に応接室に通せばいいじゃないですか」

「迷子の子を連れてきたばかりか家にまで入れたら、誘拐したみたいに見えるじゃないですか」

「誘拐っ!?」


 泣きべそかいてた少女を誘拐する気も身代金を要求するような必要もまったくないから誤解されたくなくてそう言ったのに、大人しく着いてきていた少女がすっとんきょうな声を出して二歩下がった。そりゃそうか。


「う、ウチは確かにお金がありますけど、わたしが自由にできるものは全然ありません!」

「いらんわ」

「へ?」


 被り気味に金など間に合っていると言ったら、今度は大きい目をもっと真ん丸くして固まった。


 表情がコロコロ変わるのはどっかの変態みたいだけど、こっちは変態じゃない分、やっぱり可愛いな。歳が近い気がするからかも。いや、あの変態とも二つしか違わなかった。


「私が用意して参りますんで奥様はこちらでお待ちください」

「えっ、だって庭」

「たまには家の中の仕事をさせてもらいますよ」

「あ……」


 門の前で迷子の少女と大人しくしとれと言い放ったリュードは、庭師じゃなくて本当は執事だったことを思い出した。

 ……すっかり忘れてたよ。




 庭師から執事に服まで変えて紅茶を淹れていくリュードに、また妙な顔をしながら見つめる少女。


「あの……お金、いらないんですか?」

「いらないよ」

「旦那様が十分稼いでおりますし、そもそも奥様は倹約家ですからね。たまには無駄使いをしてもいいと思うくらいです」

「ほら、無駄使い」

「これはお土産って言うんですよ」


 ちょっとお高いチョコレートを指差したら、自分たちの分まで買ってきたんだから無駄ではないと言っていった。さらに薔薇園の奥には家庭菜園があるもんね。

 カップに伸びる細くて白い指は畑とか耕したことないんだろうなあと見ながら、やっと名前を聞いていないことを思い出した。


「わたしはメイリア。貴女は?」

「フェイナ、です。……いただきます」


 テーブルと椅子を門の前にセットして、いきなり始まったお茶会に目を白黒としながらも、わたしが勧めた買ってきたばかりのチョコレートに瞳を輝かせているところは年相応に見える。

 うん、やっぱり世間一般的にはこっちが可愛いって言うよね。


「何歳?わたしはもうすぐ十七歳だけど」

「十四歳になったばかりです」


 おお、やっぱりちょっとだけ年下だったか。実家の弟妹はまだ十歳だし他に歳の近い子っていたことがないから新鮮だな。


「あの、どうしてここは人が通らないんですか?」

「さあ、特に用がないからじゃない?一本向こうが表通りだから、帰りはそこから馬車を捕まえればいいと思うよ」

「わかりました」


 全然人が通らないって言うけど、賑やかな表とは離れているし城に近い住宅街ならこんなもんだろう。閑静すぎる住宅街は、かえって怪しく見えるのかな。

 でも本当に誰も通らない我が家の前を、フェイナは不思議な顔で見回している。そんなに変かな?


 そういえば、デーゲンシェルムがなんか言ってたな。この家には他の人が近付けない、とかなんとか。あれってどういう意味なんだろう?

 配達員さんとかは普通に来るし、城からの馬車も毎日のように門の前に止まるから別に不思議には思わなかったんだけど……。これも帰ってきたら訊いてみるか。


「フェイナちゃんの家にはたくさんの人が来るの?」

「はい。ほとんどがお父様のお仕事関係の人ですけど」


 ウチの仕事関係といえば……変態だけとか最悪じゃないか。もっと他のまともな人を思い浮かべようとしたら王女様しかいなかった。それもそれでどんな交遊関係なんだ。

 もっとこう……まあいいか。わたしも人のことは全然言えなかったから置いておく。


 こうやってお茶をするのって初めてだなあと気付いたら、お友達になれないかなあとも思ったけれど。歳はわたしのほうが上でも、絶対身分はあっちのほうが上だなと気が付いて却下することにした。

 結婚してファウム家の嫁になっても、ちょっとなんか違うしな。


 それに年下なのに身分が上で友人と呼んでくれる人って、すでに王女様がいたしね。うん、それだけでいいや。


 のんびりお茶をしたらフェイナも落ち着いたみたいで、表通りまで送ったら家の馬車が迎えに来た。


「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」

「今度は迷子にならないようにね」


 ついでに一人でウロウロしないようにと言って、手を振って別れたら馬車の窓から乗り出して振り返してくれた。実家の弟妹を思い出すような激しい手の振り方だ。


 艶のある栗色の髪もフワフワだし、あれなら銀とも合いそうだなあ。

 なんでわたしはうっすい茶色の髪なんだろう。外に出る時のシュトレリウスはローブを被ったままだから、別にいいけど。




「わぁ!チョコレートっ」

「ちょっと減ったけど、食後のデザートにみんなで食べようね」

「ありがとうございます、奥様」


 いつもの企んだ微笑じゃなくて、年相応の笑顔でクルクル回るユイシィ。こっちも可愛い。


「どうしました、奥様?」

「ううん。夕食を作ろうか」

「今日は何にしましょうかねえ」


 いつも通りに夕食を作って、まだローブを被ったままの旦那様を出迎える。


 口元しか見えないけど、チョコレートを口にしたらシュトレリウスもちょっとだけ微笑んでいる。

 いつもは遠慮するリュードも一緒になってお茶をする食後もたまにはいいよねって、ブランデーまで出してちょっとだけ遅い時間に眠ることにした。


 だけどなんだか恥ずかしくなって、端っこで隠れるように布団にくるまる。


 ……やっぱりわたしって可愛くないな。


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