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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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一話:新婚生活は波乱万丈


「はー……」


 破談になってもおかしくない初対面だったのに、何故か気に入られたわたしは十歳も歳上の、世間では呪いの子だと言われている人と結婚することになった。


 それは別に良いんだけど。だってわたしもいい歳だし。まだ十六歳だけど。


「はー……」


 結婚式も慎ましやかに行われ、っていうかこっちに合わせて質素にしてくれたから助かった。

 なんだよ、城を貸し切っての豪華挙式って。こちとら今日も畑を耕して食い扶持稼がにゃ食っていけない底辺貴族だぞ。


「はー……」


 それはいい。もう終わったことだから置いといていい。

 問題はもっと別にある。


「はー……」


「……あのぅ、奥様。お辛いのでしたら厨房へ立たなくてもよろしいのですが……」

「はっ」


 おずおずと、深い溜息を吐きっぱなしのわたしに掃除洗濯料理とこまめにやってくれているメイドのユイシィが控えめに尋ねてきた。

 そうそう。今朝採れたばかりの野菜を使って何を作ろうかと考えていたんだった。


「前はご自分でされていたようですけれど、わたしが入ったのですからごゆっくりしてくださいませ」

「ありがとう、ユイシィ。気が紛れるから料理はしたいの。……気を使わせてしまってごめんなさい」

「い、いいえっ!ではわたしはスープを作ります」

「よろしくね」


 生粋のお貴族様なら、メイドや執事に任せてゴロゴロしていればいいんだろうけれど。

 前世でも「自分の身は自分で守れ。食い扶持ぐらい稼げなくてどうする!」という家訓を元に、護身術と料理教室、マナー教室に礼儀作法と、およそ一般市民がしないような将来の役に立って身に付く習い事の数々をさせられていた名残もあるのかも。


 っていうか転生先の実家がそもそも自給自足を強いられていた底辺貴族だったから、料理や掃除はわたしがしていたってこともある。だってお母様はそれこそ生粋のお嬢様だし。


「採れたてだからサラダがいいか。パンを焼いて、卵はオムレツにしようかな」


 ウキウキと今日の朝食は何にしようかと考えていたら、とてつもなく不機嫌な低い声が厨房に響いた。


「……またここにいたのか」

「旦那様!」

「朝食はまだですよ、シュトレリウス様。大人しく座っていてくださいませ」


 わたしの結婚相手のシュトレリウス・ヴァン・ファウムが、今日も暑苦しいローブを頭から被って厨房の入り口に突っ立っていた。


 結婚して家を与えられ、こうしてきちんとメイドも執事も庭師もいるけれど。すでに日課となっているご飯の支度は譲らないわたしに、呆れた溜息を今日も吐いていく。


「お前がしなくてもいいようにとメイドがいるのだろう。仕事を取るな」

「うるさいな。でっかい図体が邪魔ですから、大人しく食堂で待ってろって言ってんだろうが」

「奥様、しーっ!」


 チイッと舌打ちはさすがにまだしていないけど。上から見下ろす不躾な男に下から思いっ切り睨んだら、メイドのユイシィに慌てて口元を隠された。……コホン。


「お食事の用意ができましたらお持ちいたしますわ、旦那様」

「気持ち悪いから普通に話せ」

「んだと、ゴラァ」

「奥様!」


 最上級の微笑みを浮かべて朝の支度をしている最愛の妻に向かって、なんということを言い放つのだ。

 十六歳の若妻に向かって気持ち悪いとはなんだ、気持ち悪いとは。


 フンッと顔を逸らして、わたしはオムレツじゃなくてぐちゃぐちゃのスクランブルエッグにしてやれとコンロの前に向かったら、シュトレリウス・ヴァン・ファウムは扉から離れて食堂へと向かって行った。


 毎朝、ここに来てからしてるやり取りだけれど、いつも間に立つユイシィは今日もオロオロと見守っている。


「奥様、お言葉をもう少し控えませんと……」

「お互いさまだからいいの」

「それはまあ、そうですけれど」


 メイドと言ってもイイとこのお嬢様なユイシィは、わたしの口の悪さを毎回、(たしな)める。

 しかしわたしは直す気なんてさらさらないし、向こうだってそれは同じだろう。だって初対面がアレだったんだから、取り繕うほうが変だっていう話だ。


「ウチはこれで良いのです。さあ冷めてしまいますから手早く作って食べましょう」

「はい、奥様」


 はーっと諦めの溜息を吐いたユイシィが、わたしの隣りに立ってスープの味を見ながら調味料を足していく。

 わたしはむしゃくしゃした時にやる、卵をぐちゃぐちゃにかき混ぜて採れたてのトマトを細かくカットして塩胡椒した、簡単スクランブルエッグを作る。


「むしゃくしゃした時にするメニューって言いますけど、ここに来てから毎日ってことじゃないですか」

「そうだけど?」

「……毎日、むしゃくしゃしているのですね、奥様は」

「うん」


 あの男の言い方にも問題があるのはわかるけど、わたしも口の悪さでは負けていないからこれはお互いさまなんだけど。

 どうしてもイラっとくることがあるんだから、毎日卵に八つ当たりするのは仕方がない。人じゃなくて物でもなくて、最終的に美味しくお腹に納まる卵に八つ当たりしているだけなんだから許してほしい。


 こうして出来上がった朝食を持って、わたしも食堂へ向かった。




 パンにはコーヒーだよねと用意したら「紅茶がいい」とかぬかすから、ユイシィが慌てて厨房へ逆戻りする羽目になったりしたけれど。

 今日もいい香りのコーヒーと一緒に朝食をいただこうっと。


「……シュトレリウス様、”いただきます”は?」

「……」


 何も言わずにパンに手を伸ばす旦那様に向かって、じろっと睨みながら言ったら手が止まった。けれどそのままつかんでちぎって、何事もなかったように口に運んでいきやがる。


「そのパンが美味しく出来るまでに、どれだけの手間暇と人の手が掛かっているのかわかっているのですか?食事をいただきたいのなら、最低限の”いただきます”は言ってくださいませ」

「……ます」

「声が小さい!」

「チッ」

「舌打ちすんな。舐めてんのかワレ」

「奥様!」


 これがわたしのイラっとすること、その一だ。


 今まで誰かと食事をしたことがないのかわからないけれど、食べ方は綺麗なのに挨拶をまったくしない。

 人が丹精込めて作った食事を何も言わずに食べるだけとはどういうことだと、初っ端から喧嘩したのは今ではいい思い出……になるわけではまったくなく。


 今現在、結婚してから早一か月は経とうとしているというのに全く改善の見込みがない。


「三歳児でも挨拶くらいできるのに、図体ばかりでかくなりやがって」

「奥様!」


 フンッと無言の相手に向かって、今日も朝からぶちぶちと文句を言い続ける。ローブを被ったままだから表情は見えないけれど、明らかにぴくりと肩が動いたのがわかった。


「……ご馳走様。これでいいか」

「手を合わせて」

「そんな習慣はない」

「礼儀です」

「……」


 食べ終わって立ち上がったシュトレリウスが、ぼそりと小さく呟いたけれど。

 まだ足りないと言うわたしを睨むように口元を歪めて、フンッとそのまま出て行ってしまった。


「まあ、やっと言ってくれたから良いってことにしてやるか」

「初めて聞きました……」


 ぽかんとした表情で、ユイシィがシュトレリウスが出て行った扉を見つめて呆然としている。

 まだ甘いとは思うけど、一か月かかって食事の終わりの挨拶はしてくれたんだから、わたしも少しは態度と口調を緩和してやることにしよう。


 階級も身分も何もかも向こうが上なのに、なんだかわたしのほうが偉そうだな。……まあいいか。


「良かったですね、奥様。今日も旦那様は残していませんよ」

「残したら食べ終わるまで椅子に縛り付けてやるわ」

「奥様……」


 嬉しそうにお皿を下げるユイシィに、いい歳した男が好き嫌いとは何事だと言い放ったら呆れた視線を頂戴する羽目になった。


 わたしも大概、可愛くない奥さんだね。反省しよう、ちょっとだけ。




 なんの仕事をしているのかわからないけれど、毎日のように馬車が迎えに来て乗り込む旦那様。

 馬車でわざわざ迎えに来るなんて、結構いい役職とかに就いているのかな?


 いい加減、名前以外になんにも知らない今の状態はどうかと思ってるけど。それこそいまさらすぎて訊くタイミングがわからない。

 まあいいか。いやもうちょっと興味持てよ、わたし。


「行ってらっしゃいませ、シュトレリウス様」

「……」


 朝のことがあるからとにこやかに見送ってあげたのに。ものすごーく嫌そうに口元を歪めやがったから「とっとと行け!」と追い出したら、ユイシィになんとも言えない無言の視線を向けられてしまった。


 手が早いのも問題だね。手というか、足で蹴り上げて馬車に突っ込ませたんだけど。ローブに足形が付いたけど気にしない。あいつの態度が悪いからだもん。


 なんというか初対面がああだったから、前世の地の部分がかなり出てしまっていることは否めない。


 ……落ち着こう。ここはあれだ、現代日本ではないのだ。


 世間では呪われていると言われている旦那様と結婚しなければいけない可哀想な令嬢のわたしが、「どっちもどっちだ」とか言われる状況は避けたい。なんかすでにバレている気もするけれど。


 そうして出掛けている間に掃除をしたり刺繍をしたりと家のことをしつつ、実家からもらった種を蒔いた裏の畑を耕していく。

 うん、今日の野菜の艶も最高にいい。気持ちも落ち着くね。


「奥様は変わってるなあ。普通、ご令嬢は泥まみれを嫌うってのに」

「ウチは昔からこうでしたから」


 庭師のリュードがちょっと呆れながらも、もうすぐ咲く薔薇の手入れを念入りにしていく。これは専門知識と経験がいる物だから、庭に関してわたしは絶対に手を出さないと決めている。


「その薔薇、シュトレリウス様がお好きなんですよね?」

「そうです。来られた時から植えられていた花なので、一番気を使っているんですよ」


 結婚してから与えられたお屋敷は、シュトレリウスが小さい頃からほとんど一人で暮らしていた屋敷だ。だからちょっと小さめで、わたしでも一人で掃除とかできる馴染みのある大きさで正直助かっている。


 だって何人もメイドがいる家とか息苦しいし落ち着かない。

 まあ前世は部屋住みの人とかがいたヤクザの家だったから、大所帯には慣れているけど。

 それでもわたしが住んでいた母屋とは別な場所にいたから、同じ家に何人も世話係がいるとか監視されているような気がして落ち着かない。


 早咲きのミニバラをリュードからちょっとだけもらったので、寝室に飾ったら昼食の支度をしようと厨房へ向かう。昼食は一人分あればいいもんね。


「手抜きでいいか。サラダパスタとかの簡単一品で」

「そんなことは許しませんっ」


 朝に余ったパンを焼いて、メインは茹でたパスタと畑から採ってきた野菜をドレッシングで()えるだけでいいかなと呟いたら、厨房で昼食の支度をしていたユイシィが目を吊り上げて「まともな食事をしてください」と怒っていった。


 朝に残ったパンは卵液に浸けていたようで、ふわふわのフレンチトーストと果物、さらにホイップまでつけた可愛らしいランチを用意してくれた。

 もちろん野菜はきちんとサラダになっていて、スープとコーヒーもきちんとついているランチセットだ。


「美味しいぃぃ、ユイシィ最高!メイドオブメイド!」

「えへへへへ」


 この、じゅわっと滴るメープルシロップとホイップの絶妙なハーモニーもさることながら、果物の酸味まで計算されたかのような完璧な甘さの配分。

 いいよぉ、最高のメイドだよぉ!と褒めちぎりながら、ご機嫌で昼食をいただいていった。


 仏頂面が目の前にいないってだけで心が晴れやかだわあ。……新婚一か月でそれってどうなんだ。


 思いがけずスペシャルランチを食べれて満足したわたしは、そのまま昼寝もたっぷりして素晴らしい午後を過ごすこととなった。


 この家に来てから一ヶ月、夜はあんまり眠れてないからと日課になった昼寝を今日も(むさぼ)る。


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