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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
19/91

四話:薔薇の誘惑

 二度目の抱擁をしたわたしたちは、そのあと二人で固まった。

 ……なにしてんだ、お前らは。


「……」

「……」


 急に離れるのも変だなと、そのままぎゅっとしていたけれど。さすがにそろそろ離れないと……ほら、朝までこのままって訳にもいかないし。

 シュトレリウスの仕事が途中だって言っていたのを思い出したから、まだ固まったままのシュトレリウスの背中を叩いて気付かせることにする。


「シュトレリウス様、お仕事が残っているのですよね?」

「……ああ」


 やっと気が付いてくれたみたいで、わたしからもゆっくりと離れていく。

 さっきまであった変にモヤモヤした気持ちはどこかに行ってくれたから、ぎゅっとしてもらえて良かったな。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「……」

「?」


 ちゃんと見上げて目を合わせて言ったのに、シュトレリウスはなんとも言えない妙な表情を浮かべている。なんだろう?


 首を傾げたら、目の前に銀色の髪が近付いてきた。




「!?」

「なぜ薔薇の香りがする?」

「へっ?」


 庭に咲いている薔薇と同じだと、怪訝な顔をしてわたしに顔を寄せるシュトレリウス。近い近い、あと、くすぐったい。


「ええと、あの……ユイシィが。庭の薔薇の花びらを香油に染み込ませて、香り付けしたと言ってました」

「香油?……ああ」


 耳元で囁くようにシュトレリウスの声が静かに響いている。さっきよりも近い。

 香りの元がどこから来るのか探っているようで、香油が塗られた首にシュトレリウスの唇が当たっていった。


「んっ」


 「ここか?」と呟いた声と一緒に軽く唇が当たって、さらに銀の髪もなぞるように触れていくから、くすぐったくて思わず声が出る。


「……」

「……」


 わたしのほうが窓側だから、逆光で見えにくいとは思うけど。

 全身が真っ赤だし固まってるし、恥ずかしくて目をつむっているからどうすればいいのかわからなくて困る。


「メイリア?」

「……」


 目をまた閉じてしまったからって、そ、そういう意味じゃないからっ!


 でもどういう顔をすればいいのかわかんなくて、裾をつかんだまま固まるわたしの頬を包んでいくのはどういうことだ。困る。違う、そういう意味で閉じたんじゃない。でもいまさら開けにくい、困った。


 そ、そりゃあ結婚したから普通の行為なんだろうけど。……今朝だってし損ねたし。

 だからってすぐその日のうちにって、再チャレンジするのは心臓がもたないから別な日にしてもらいたい。チェンジで。いや、タイム、全力でタイム。


「……う」

「メイリア!?」

「うーん……」


 さっきのシュトレリウスじゃないけれど、固まったまま息も忘れたわたしはそのまま気を失った。




「……ん」


 窓から光が差し込んだみたいで眩しい。朝なのかな?もう?

 昨夜は結局どうなったんだっけと目を開けたら、とても近い距離に今日も輝く銀の髪があった。


「ん!?」


 わたしが倒れたから運んでくれたらしいけど、そのまま自分も眠ったってこと?


「あ」


 シュトレリウスの服をしっかりとつかんでいる自分の指を見つけて原因がわかった。気を失ったくせに離さないとは何がしたいんだ、わたし。


「すー……すー……」

「起きない、よね?」


 倒れる直前につかんだのかはわかんないけど、お腹のあたりの服をつかんでいたから、そのわたしを包むように眠っているシュトレリウス。

 ええと、その、つまりあの、腕の中で眠っていたってことになる。……今日も朝から意味がわからん。


 すやすやと眠っているシュトレリウスを起こさないようにと、ゆっくり動こうと後ろに下がったら、なぜかそれ以上進まなかった。


「?……っ!?」


 何につっかえているんだと見やったら、大きい手のひらにガッチリと囲まれていた。


 そういう大胆な行動は、もっと起きている時に発揮せんか。まったくとぶちぶち呟きながら手をつかんだら、逆にもっと引き寄せられて布団の中に逆戻りされてしまった。


「へ!?」

「……ん」

「ちょっ」


 引き寄せたわたしに擦り寄るように、シュトレリウスがどんどん潜り込もうとする。

 くすぐったい、っていうよりも恥ずかしい。てか、どこ触ってんだゴルァァッ!




「ひゃんっ」

「んー……」


 待て、いいから待て。

 く、首筋をなぞるように潜るんじゃない。変な声が出たじゃないか。


 背中を叩いて逃げようとするわたしをガッチリとつかんだシュトレリウスは、さらにもっと下に進んでいこうとする。

 逃げようと暴れる足はまとめて挟まれるし、離れようと押したら背中に回された腕に力が(こも)って動けなくなった。


「んぅっ」


 前襟の重なっている部分に唇が当たって、さらに奥の素肌に頬がくっついた。

 待て。そ、そこは……。


「ん」

「……っ」


 しばらくもぞもぞとしていたシュトレリウスが、やっとしっくりくる場所を見つけたからか、すりっと一回撫でたらまた静かな寝息が聴こえてきた。


「ッ!?ッ!」


 この野郎、そこはむ、胸だって言ってんだろうがっ。


 ぎゅっと背中に回した腕はそのままに、わたしの胸の真ん中に顔を埋めたらシュトレリウスの顔がへにゃっと崩れて寝息を立てた。


「!?」

「すー……すー……」

「そ、そんな顔すんなっ」

「すー……すー……」


 ああもう恥ずかしいしくすぐったいって言っているのに、すやすやと眠っているシュトレリウスはちっとも聞いていない。いつものわたし以上に爆睡かましている。……わたしの胸の間に顔を埋めながら。


 頑張らないと谷間ができないって言っているのに、どうやらそこをお気に召したらしいシュトレリウスはムカつくくらいに安心しきった顔で眠り続けている。


 くそぅ、可愛い寝顔で許してもらおうとか思ってるんじゃないだろうな。乙女の胸に無断で近付いておいて、この野郎。


「……っていうか、こっちのほうが他より難易度高くない?」


 それをサラッとするとは無意識って怖い。いや、すごいと言うべきか。


「すー……すー……」

「……」

 

 朝日が当たって今日も輝いている銀の髪をちょっとだけ撫でたら、わたしも布団を被って眠り直すことにする。だって起きないんだもん。


 起きたらきっと、なんでこんなことにと固まるかもしれないけれど。

 そういうのも全部後ってことにして、シュトレリウスはわたしの背中を、わたしはシュトレリウスの頭を抱えるように眠ることにした。




 コンコン コンコン


「シュトレリウス様、今日はお休みですか?」

「……んん?」


 どうしてまた変態の声が聴こえるんだ?それも今日は外じゃなくてもっと近い。

 扉をノックする音も聞こえるから、もしかしなくとも寝室のすぐ外にいるんだろうか。


 変態が扉のすぐ外にいるなんて朝から最悪じゃないか。その声で起こされるとか最悪な目覚ましすぎる。今すぐ壊れろ。


「今日は国王様に呼ばれているんですから無断欠勤は困りますよー」

「へ?」

「ん……起きる」


 国王様って言った?

 なんでそんな人から呼ばれるんだっけと起き上がったら、同じくぬぼーっとした表情のシュトレリウスも起き上がっていった。


 まだ半分しか開いていない瞳をこすりながら、それでもなんとか起きようと頑張る。この前みたいに頭がフラフラしているけれど。

 ……結婚する前はどうやって一人で起きていたんだ?っていうくらいの寝起きの悪さだ。


「おはようございます、シュトレリウス様」

「……ん、おは……」

「シュトレリウス様?」

「……」


 いつもよりも近い位置にわたしがいることに気が付いたからか、バチッと目を見開いたと思ったら固まった。次の瞬間、ものすごい勢いで顔を逸らしていく。


「?」

「な、違っ……。ふ、」

「ふ?」

「服をちゃんと着なさい」

「へ?」


 服ならちゃんと着てるじゃんと首を傾げながらも下を見たら、服同士を結んでいたリボンが解けて前がはらりと開いていた。




「……」

「……」


 これは寝巻きだから、その下にはあの、ほら、何も着ていなくて。いやパンツは穿いているけどそうじゃなくて。

 つまりその、ええと、あの。上が特にバッチリ見えて、見えて……。


「ふぎゃぁぁぁっっっ!!!」

「ぅぐっ」

「どうしました!?」


 見えていなかったってことにしたいけど、それでも恥ずかしいから今日もわたしは渾身の右ストレートをシュトレリウスの鳩尾に容赦なくめり込ませる。


 慌てて前を閉めるけど、そんなんでさっきの恥ずかしさが消えるはずはない。


「どうしたんですか、今の音はもしや殴られているとかですか!?朝からなんと羨ましいことを、シュトレリウス様っ!」

「うるっせぇぇっっ!」

「ほぐぅぉっ!?」


 扉を叩きながら「今すぐ代わってください!」と朝から欲望全開な変態の顔面にも、前と同じく飛び蹴りをお見舞いしてやることにした。


 うっさいわ、この変態!


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