二話:変態からの爆弾発言
「はあ……今日はなんという幸運な一日の始まりなのでしょうか」
ほうっと艶やかな溜息を吐いたデーゲンシェルムもとい変態が、朝食が並べられる食堂の席でうっとりと座っている。気持ち悪い。
喉を潰さなかったからか、長い詠唱を唱えて顔を自力で癒し、元のムカつくくらいのイケメンに戻しやがった。
チィッ、もっと殴ってもよかったか。
一応はデーゲンシェルムというお客様がいるからか、わたしはいつものシュトレリウスの向かいの席には座っていない。代わりに変態がにこにこしながら座っている。
わたしは変態と離されたら着替えさせられ、いつもシュトレリウスが座っている側の隣りに席を用意されてしまった。
「そのまま大人しく座ってろ」というユイシィの無言の圧がかかった微笑みのせいで、真正面から変態を眺めながら朝食をいただかなければならなくなった。意味がわからん。帰れや。
いつもの席じゃないから、さっきの気まずい空気のままでシュトレリウスと向かい合わないのはいいけれど。代わりに隣りに座っているんだから、とても近くてこれはこれで困る。
肩が当たっている気がする。気のせいってわかっているけど意識し出したらもう無理だ。
こういう時こそローブを被ればいいのか。次に出掛けた時には買ってこよう。
そのまま変態が話す変態トークを聞かされながら、朝食が静かに並べられていく。
そもそもなんで食堂にいるんだ、帰れや。いや気まずいからいてもいいけど。今日だけ。
「いただきます」
「……ます」
いつもの食事の前の挨拶をして、なるべく落ち着くようにと念じながらカトラリーを動かしていく。
緊張しすぎて味がわからん。美味しいはずなのに。代わりに変態がどんな感じで美味しいのか言ってくれているから、一緒にそれっぽく頷いておこう。
「スープが美味しいですねぇ」
「ありがとうございます。これだけは奥様にも譲らない、わたしの仕事ですから」
「ああ、そうか。いつもならメイリアさんも作っていたのですよね?」
「ええ、そうです。卵料理は特に色々作るんですよ」
「……」
最初の一ヶ月はむしゃくしゃしてたから、細かくカットしたトマトをぐちゃぐちゃにかき混ぜた卵に塩コショウをするだけの、八つ当たりスクランブルエッグしか作らなかったけれど。
プルプル卵焼きにふわとろオムレツと、最近では他の料理も作るようになったからね。
「あのプリンは美味しかったですよ。王女様もお気に入りで、毎日食べたいと料理長に無理を言っているくらいで」
「可愛らしいですね」
「私も毎日食べたいと言っているんですけど、我が家の料理長は面倒くさがって作ってくれないんですよ」
「それはそうでしょう」
「イイ返しですね!」
「……」
「でももう一声足りない」という変態は置いといて。
プリンを気に入ってくれたんなら嬉しいけど、そんなに毎日作れというくらいなら作り方は教えないほうが良かったかな。料理長よ、すまん。電動泡立て器とかないから腕が疲れるよね。
次にお城に呼ばれる時には、もっと簡単な他のデザートを教えてあげようかな。
そんな風に考えていたら、デーゲンシェルムがユイシィに向かってカップを差し出した。
「せっかくだからスープのお代わりをいただけませんか?」
「かしこまりました。ただいまお持ちいたしますね」
普通に話す分には目の保養になるイケメンの爽やかな笑顔と声で、ユイシィもいつもよりご機嫌に見える。変態ってところに目をつぶればイケメンだもんね。
変態ということに目をつぶっても溢れ出てて、ちっとも隠れていないところが難だけど。ダメじゃん。
会話が弾んでいる向かい側の席とは対照的に、いつも通りの無言の食事中なわたしたちに顔を向けたデーゲンシェルムが思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、さっきメイリアさんが言ったタイミングってなんですか?」
「ごふぉっ」
「ぐっ」
「タイミング?」
ここで訊いてくるとは思わなかったから思いっきりむせたわたしとシュトレリウスに、デーゲンシェルムとユイシィは怪訝な顔をして首を傾げた。
一生懸命胸を叩いて、でも思い出したら恥ずかしくて。反対側に向いたついでにちょっとだけ離れたわたしたちを見たユイシィの茶色の瞳がものすっごく輝きだした。
ち、違うから。なんにもないから。いや、ありそうだったんだけど、そこの変態に邪魔されて……邪魔とかじゃなくて、いや邪魔なんだけど。
べべべ別に誘ったわけでもないしなんかこう、そろそろいいんじゃないとか思ったら、たまたま!そう、たまたまそういう雰囲気になっただけで!!
とかなんとか言い訳をしたいのに、それをデーゲンシェルムの前で言うのも変だしシュトレリウスもいるしで、固まったわたしはとりあえず一言だけ絞り出した。
「……なんでもありません」
「……」
隣りのシュトレリウスもこくりと頷いて、でも顔は真っ赤で俯いているわたしにユイシィの瞳は輝きっぱなしだ。あとなんかすごく微笑ましく見つめられている視線も感じる。
まあ実際、結婚したのにまだそこかよっていうツッコミはわたしもしたいけど。
「?」
なぜかすぐに半眼になったユイシィが、ものすごーく見下した視線をデーゲンシェルムに向けていった。
わたしがさっき言った言葉と行動の意味がわかって、なんにもなくしやがった元凶を思い出したらしい。
「……」
「え、なんですかその視線は?」
「チィッ」
「メイドが舌打ち!?」
スープのお代わりを持ってこようとつかんだカップをテーブルに叩きつけ、ユイシィはそのまま食後のお茶の用意をしに無言で食堂から出ていってしまった。
「えっ、あの、スープのお代わりは?」
バタン
「放置!?この家はメイドがお客を放置するんですか!?」
「……」
相変わらず、悲痛な言葉と表情が合ってない。
無言で閉められた扉を見ながら、ゾクゾクと身体を震わせて恍惚とした表情を浮かべている。キモイ。
「殺気の籠った蹴りをいただいたばかりかメイドにまで無視されるなんて……。ああ、私はこのままこの家に住み着きたいっ」
「帰れ、変態」
なんかもう、何もかもがどーでもよくなってくる変態っぷりだ。
どうでもよくなるには、まだまだ早すぎる歳のはずなんだけど。
そのまま無言で戻ってきたユイシィが淹れるコーヒーと紅茶をそれぞれ飲みながら、それでも無言のわたしたちに変態、もといデーゲンシェルムがやっと用件を話していくことにしたらしい。早く言え、そして帰れ。
「そもそも私が朝早くにこちらに来たのはですね、デュラー家のお嬢さんが来たからなんですよ」
「デュラー家?」
っていうと確か、最近大きくなった子爵家だっけ?
何をして大きくなったとか、どんな人なのかとかは相変わらず疎いわたしにはわからないけど、城へ仕事しに行っているシュトレリウスは知っているみたいで肩がぴくりと反応した。
「そのデュラー家のお嬢さんが、なんでデーゲンシェルム様の家に来るのですか?」
もしかして婚約者とか?と首を傾げたら、爽やかな笑顔を浮かべた変態が思いっきり手を振った。
「あはは、まさか。そりゃあ最初はこの顔に一目惚れしたとか言われましたけど。試しに鞭を渡したらそれ以来、私の顔を見ると猛ダッシュで逃げるようになりました」
「いたいけな少女に何してんだ、変態か」
あ、変態だった。
そして底辺を見つめる視線を向けたら、熱の籠った潤んだ瞳を向けられてしまった。
しまった。変態を喜ばせてどうする。
「そう!そんな視線を期待していたんですけどね。いやあ十四歳じゃまだダメですね」
「子供にトラウマ植え付けんな」
コイツも十八歳だった気がするけど、そもそもわたしもまだ十六歳だけど。そういうことはいつものように脇に置いておく。
「それなのに変態の魔窟に自ら向かうなんて、もしかしてドM?」
「できればSが嬉しいんですけどね。まあ目的は私じゃなくてシュトレリウス様ですから、一番身近な私の家に来たのでしょう」
「は?」
「え、だってここは他の人には見つけられないではないですか」
「へ?」
「……」
なんか初めて聞いたことを言ったけど、それはとりあえず置いといて。
隣りで紅茶を静かに飲んでいる無口で無愛想な男に、変態にへこまされた十四歳の子供が何用だ?
首を傾げるわたしと、まったく変わらない、というかローブを被っているからどんな顔になっているのかわからないシュトレリウスに向かって変態が言い放った。
「聞いていないんですか?私の次に一目惚れしたんだと、最近は城で会うたびにシュトレリウス様がデュラー家のお嬢さんに追い駆けられているんですよ。いやぁ若さって素晴らしいですよね」
「はっ!?」
「……」
「……」
よし、聞き慣れない言葉が聴こえた気がしたけど気のせいだ。だって相手がこれだもん。
コーヒーを一口飲んで、静かにカップを置いて深呼吸をしよう。よし、落ち着いてきた。
落ち着いたって言っているのに、聞き間違いだと誤魔化したのに。デーゲンシェルムはそのままつらつらと、今日もまったく閉じない口を開いていった。
「無口なところは寡黙でカッコいいと、滅多に笑顔を見せないところは真面目に見えるらしくて。それに初対面で話しかけた女性に鞭を渡して『とりあえず振ってみて』とか言わないところが素晴らしいそうです」
「お前のせいじゃねぇか、この変態がッ」
「痛いっ!」
「そりゃあお前のような変態の隣りにいれば誰だって誠実で真面目でまともな人間に見えるわボケがあっ」と、カップを置いていた皿を変態の顔面に叩きつけた。
「……メイリア、裾」
「はっ」
シュトレリウスとの初対面でやらかした時のように、テーブルに足を置いて向かいの席に座る変態に皿を投げてしまった。
シュトレリウスのツッコミで我に返って、慌てて裾を直して椅子に座る。
よし、とりあえず基本的なことを確認しようか。それ以外の話は後だ。
「わたしたちが結婚してることを、その子は知らないの?」
「知りませんよ。だってお城でパーティをしなかったんですから」
「は?」
「シュトレリウス様もほら、自分から言う人ではないですし」
城でしないと知らないってどういうことだと首を傾げたら、なんでこれも知らないんだと逆に首を傾げられてしまった。もちろんユイシィも知っているみたいで、とても呆れた視線を向けている。
仕方がないからとデーゲンシェルムがそのまま説明役を買って出てくれた。
「普通の人でも知り合いとか色々呼ぶのは周知させるためですよ。式を挙げれば誰だって自動的に国には登録されますけど、それだけですからね」
「つまり結婚していることを知っている人って、ものすごく少ない?」
「少ないっていうか……。お二人のご両親、国王様と王女様。それとお城の一部の人と私くらいじゃないですか?」
「マジか」
肩をすくめるデーゲンシェルムの言葉に、いまさらながらお城でしとけばよかったと後悔してももう遅い。