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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第二部:近付く夏
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一話:じれったい朝

 ちょっと色々あった日だったけど。

 朝起きたらまたわたしはベッドのど真ん中を占領するように一人で爆睡していて、シュトレリウスは端っこでローブに(くる)まって静かに眠っていた。


 あれだ。例によって書斎に一人でさっさとこもりやがったから、わたしがいつものように先に寝た結果なだけだ。

 これもそろそろどうにかならんのかとも思うけど、今日は仕方がない。わたしも頭から布団を被って寝たくらいだしね。


「……ん」

「おはようございます、シュトレリウス様」

「……」

「シュトレリウス様?」

「……」


 なんだろう、コレは。

 わたしの声に気付いて起き上がったのはいいんだけど、目はぎゅっとして口元も引き結んで、さらには頭をフラフラさせている。可愛い。


 パァンッ


「なんだ!?」

「気合いです」

「そうか……」


 思わず自分の頬を叩いたら、シュトレリウスが音に驚いて目を開けたけど。

 まだ眠いみたいで瞳を開けたり閉めたりさせながら、頭も段々っていうか身体が前に傾いていっている。


「倒れますよ!」


 ベッドの上だからそのまま倒れても問題はないんだろうけど、顔から突っ込もうとするシュトレリウスに慌てて駆け寄って受け止めたら静かな寝息が聴こえてきた。


「すー……すー……」

「……寝てる?」


 そういえば前も頬を叩いた音で起きたことがあったけど、その後すぐに寝直してたな。

 あの時も全然起きていなかったからで、もしかしなくとも寝起きが悪いのか?




「すー……すー……」

「……」


 思わず受け止めてしまったから、わたしの腕の中にシュトレリウスがいる。それはいい。だって支えたのはわたしだし。


「すー……すー……」

「……」


 腕の中ということは、ええと、その、む、胸に顔が当たってるんだけど。それもいい、置いておく。だってそれ以外でなんかしっくりくる場所がないし。

 いや普通にベッドの上なんだから、このまま横に寝かせればいいだけなんだけど。


 そう。ベッドの上なんだから、横に、寝かせ……。


「……」


 パァンッ


「!?」


 それじゃあまたわたしが押し倒したみたいじゃんと、さっきとは反対側の頬を勢いよく叩いたら、シュトレリウスが今度こそバッチリ起きて何事かと周囲を確認している。


「……メイリア。また叩いたのか?」

「気合いを入れただけです」

「叩くな」

「……」


 だ、だってわたしから抱き、……ぎ、ぎゅっとしてるみたいだなって気が付いたら恥ずかしくなってきて。なのに安心しきった様子で、すやすや眠ってる顔が可愛いとか思っちゃったのが悪いんだ。


 もっと寝かせてやろうと思ったのはいいけど、それじゃあ押、押し倒したみたいじゃないかとかグルグル考えたら心臓がうるさくなってきて。結局いつのものように落ち着かせるために叩いてしまっただけで……。


「叩くなと言っただろう」

「……」


 魔法は使わせたくなかったのに、けっこう強めに叩いたからと、いつものように両頬を包まれながら癒しの魔法をかけられている。

 使わせたくないと思っているし、叩く以外で心臓を静まらせようとも思っている。思っているけど手っ取り早いのが頬を叩くことそれなんだから仕方がない。




 ちょっと呆れた顔で小さく溜息まで吐いたシュトレリウスが、なんでもないことのようにわたしの頬を癒したら、まだ赤くなっているのはどうしてなのかと覗き込んできた。近いっつってんだろ。


「熱でもあるのか?」

「ありません」

「??」


 腫れが引いたはずなのにわたしはまだ顔がっていうか全身が赤いし、ムスッとした顔のままだからと今度はゆっくりと頭を撫でていった。


「もっと撫でて」

「……」


 わたしの気が済むまで撫で続けろと言って、ちょっとだけ近付いて。ついでに逃げないようにと服もつかんだら固まった。

 でもまだわたしがムスーッとしてるからと、妻の機嫌を取ることにしたらしい。さっきよりもゆっくりと、大きい手のひらがわたしの頭を撫でていく。


 触れられるのは嫌じゃないし、何度か(なだ)めようとして撫でてくれていたからか、肩の力がちょっとずつ抜けていった。

 気持ちがいいからと軽く瞳を閉じて撫でてもらっていたら、シュトレリウスが途中でまた固まった。なんで。


「シュトレリウス様?」

「……」

「手が止まってる」

「……」

「撫でろや」

「……」


 目を開けて見上げたら、すでに昇りきっている朝日が反射して銀の髪が今日も眩しく輝いている。けれど紫の瞳は困惑しているような、よくわからない表情を浮かべていた。

 「いいから撫でろ」と言ったら、ぎこちなくも撫でてくれるけど。そんな妙な顔をするようなことが何かあったっけ?


 また瞳を閉じて、ゆっくりと撫でる感触を堪能しながら考えてみることにする。




 寝巻きが変かな?

 でも今日の寝巻きはとても普通、の、はず。……普通だよね?


 「新婚なんだから!」とユイシィが用意したものではあるけれど、前のように肩とか腹とか足とかは全然出ていない。

 代わりにリボンであちこち絞るようなデザインになっているから、頑張らないと谷間ができない控えめな胸元もボリュームがあるように見えている。……うっさいわ。


 髪が変かな?

 寝起きだからボサッとしてるのかもしれないけれど、編み込んだ束が緩く一つにまとまっているから、そこまで見苦しく乱れているわけではないはず。


 じゃあなんだと首を傾げたら、今度こそ完全にシュトレリウスの手が止まった。


「……」

「……」


 ……ん?あれ?もしかして、前に似たようなことがあったような……?

 そう、あれは恥ずかしくて目を閉じてしまって、それで、ええと、あの、ほら……。


「……」

「……」


 あれ、もしかしてあれかな?わたしがずっと目を閉じてるから、シュトレリウスもどうしたものかとか思っているのかな。

 あの時は途中で目を開けてしまったから中途半端になったけど、今はずっと目を閉じてるもんね。


 いや待て。だからといって、そ、そそ、そういう意味で閉じてるわけじゃないんだけど。


 思わずつかんでいたシュトレリウスの服をぎゅっとしてしまって、もっと緊張してきた。心臓もうるさい。頬を叩いて落ち着かせたい。

 でもここでそれをやったら、絶対に二度とこんなタイミングは来ないだろうから我慢して待ってみることにする。


「……」

「……」


 服をつかんで目は開けないで、せっかく落ち着いたのに全身が赤くなっているのがわかる。でもちっとも動かないわたしに、シュトレリウスが逆に動いた。




 頭に置きっぱなしだった手が離れ、代わりにものすっごく躊躇いながらも頬に添えるようにそっと触れていった。


 ……両頬を包まれるのは、初めてじゃないけれど。

 癒すためじゃないから、ちょっとだけ上を向くようにわたしの顔が手のひらと一緒に持ち上がる。


 ……マズイ、心臓が飛び出そう。落ち着け、わたし。


 しかしすでに頬は包まれているから叩けない。代わりにもっとシュトレリウスの服をつかむけど、なんだか催促しているみたいな気がして恥ずかしい。


 なんとか落ち着かせようと頑張るけど、考えてみたら人生初のことなんだから落ち着くわけがなかった。


 じゃあ仕方がないかと覚悟を決めたら、前よりも誰よりも、わたしに近付く気配がした。







































「おっはよーございます。シュトレリウス様、メイリアさん。ちょっともー聞いてくださいよぉ!!」

「へっ!?」

「!?」


 なんで朝から変態……デーゲンシェルムの声がする?

 けれど変態はそのままズカズカと我が家に入ってきたようで、ユイシィの怒った声と一緒に響いてきた。


「急に来て叫ばないでください、デーゲンシェルム様。っていうか不法侵入ですよ!」

「そこは私たちの仲ではないですか。それに朝から叩き起こされたのは私もなんですよ」


 そのまま勝手に我が家に入ったっぽいデーゲンシェルムの声は、扉の閉まる音とともに聞こえなくなった。


「何しに来たんだ、あの変態」

「わからない」


 朝っぱらから迷惑な変態だなと舌打ちしそうになって気が付いた。


 ちょっと待て。ものすっごく至近距離でシュトレリウスの声が聴こえるのはなんでなんだ?


「……」

「……」


 改めて真正面から目を合わせたら、前の鼻がつきそうなくらいの距離ではなくて。


 本当に、あともう数ミリで唇が触れそうなところまで近付いていたと知った。


「ふぎゃあああぁぁぁっっっ!!!」

「ぐっ」


 渾身の右ストレートをシュトレリウスの鳩尾にお見舞いしたわたしはそのまま寝台から飛び出して、呆れながらも紅茶を淹れるユイシィの横でのんきに座っていたデーゲンシェルムの顔面に飛び蹴りをかました。


「おらぁッ!!」

「ふぐぉっ!?」

「奥様っ!?お気持ちはわかりますが、急にどうされたのですかっ」


 ものすっごくイイ顔で椅子ごと後ろに倒れ込むデーゲンシェルムにさらに馬乗りになり、鼻血も出てるけど気にせずに往復ビンタで鬱憤(うっぷん)を晴らしてやる。


「てっめぇぇ許さんっっ!!」

「あだだだだ痛い痛い!」

「うるっせぇ変態!」

「意味がわからないけどそこがイイ!」


 後ろで止めたほうがいいのか、わたしがスッキリするまで放っておいたほうがいいのかとオロオロしていたユイシィは、親指を立てて輝かしい満面の笑みを浮かべているデーゲンシェルムの表情を見て一言呟いた。


「朝食の支度をして参りますね。ごゆっくり思う存分どうぞ、奥様」

「ああっメイドにも放置されるとは、ここは天国ですか!?」

「黙れ変態、今日こそ許さんっ」


 「タイミングってもんがあんだろーが、ああ!?」と首をつかんで思いっきり揺らしていくというのに、変態は益々うっとりとした表情になっていく。キモイキモイキモイ。


「朝から殺気立ったメイリアさんに(なじ)られるなんて最高の朝ですね!」

「こっちは貴様のせいで最悪だわっ、このクソ変態ッ!!」


 癒しの詠唱をさせる暇なんて与えずに、気が付いたシュトレリウスがわたしの腕をつかむまで変態の首を絞め続けた。


「うへへはは……ぐ、ぐるじいぃ」

「落ち着け、メイリア」

「これが落ち着けるか、ボケェッ」


 なんかもう色々まとめてぶん殴りたい!


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