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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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番外編:庭師の一日

「今年ももうすぐ咲くかな……」


 どっこいしょと曲げていた腰をまっすぐ伸ばし、今まで手入れをしていた薔薇園を見渡して一息つく。


 ここの主はファウム侯爵家の長兄、シュトレリウス様。

 初めて来た頃はまだ胸の辺りまでの背だったのに、今では見上げなければお顔が見れない。来た時から黒の分厚いローブを被っていらっしゃっていたから、見上げても顔を見ることは叶わないが。


「おはようございます、リュード」

「おはようさん、奥様。……旦那様」


 声のほうに顔を向けたら、茶色の髪を一つにまとめたメイリア様が庭師の自分に向かっていつもの朝の挨拶をする。

 しかし今日はいつもと違う。黒の長いローブを頭から被った旦那様までご一緒なさるとは……。


「もうすぐ薔薇が咲くと言っていたでしょう?」

「ああ、はい。もう二、三日といったところでしょうか」

「ではちょうどいいですね。お城へ持っていったら、リュレイラ様がお喜びになるでしょう」

「……」

「リュレイラ様?」


 無言で頷く旦那様の隣りで、にこやかに微笑む奥様の口から聞き慣れない名前を耳にしました。思わず尋ねたらなんでもないことのように呟きます。


「王女様です」

「王女様!?」


 そんなお方にこの薔薇を持っていくとおっしゃる奥様。


「だって綺麗だし。リュードが昔から手入れしていた薔薇でしょう?次のお茶会のデザートは向こうが用意してくださるというので、この薔薇を手土産に持っていこうかと」


 綺麗と言われれば嬉しくはありますが、持っていく場所はお城で渡す相手が王女様と聞けば、恐縮する以上に恐れ多くて仕方がありません。


「いえっ奥様、王女様にはきちんとした花屋の花を持っていってください」

「シュトレリウス様もお気に入りということで、この薔薇を持っていくと言ってしまったのよ。別なものを持っていったら失礼じゃない」

「すでにお話ししていたのですか……」


 がっくりと肩を落として、せめて最高だといえるものを見繕わなければという考えに切り替えます。


「王女様は金の御髪をお持ちでしたね。ではオレンジよりはピンクが入っている薔薇を選んでみます」

「リュードに任せるわ」


 よろしくと言ったら無言のままの旦那様と手を繋ぎ、畑がある方向へと歩き出します。

 ご令嬢が畑仕事をすることも驚いたが、それよりも初めて見る光景に呆気に取られてしまいました。


 奥様は十六歳で旦那様は二十六歳。歳も離れていれば階級も違うお二人だからと、あまり会話がないのも一緒にいないことも、そのようなものなのだろうと思っていましたが……。


「シュトレリウス様、今日の昼食は何にしましょうか。野菜が美味しそうです」

「なんでもいい」

「メニューを言え、メニューを」

「……魚は出ないのか」

「わかりました。ムニエルにでもしましょうか」

「……」


 こくりと静かに頷く旦那様に、嬉しそうに微笑む奥様。

 このような光景が見れるとは、長生きしてよかったなあと目頭が熱くなります。


 代々、魔法使いが輩出されるファウム家の長男として産まれたというのに。実の母親からまったく似ていない外見を疎まれ、城には近いが人が寄り付かないような屋敷にまだ五歳のシュトレリウス様がいらしてすでに二十年以上。


 来る人はお城からの使いばかり、増えたと思ったらデーゲンシェルム様という同じ魔法使いだけ。

 結婚をすると聞いた時は大丈夫かと不安になったものでしたし、最初の一ヶ月はやはりダメだったかと落ち込むこともありましたけれど。


「見ているだけでクソ熱いんでローブを取ってくれません?」

「……」

「取れや」


「……」


 あの口の悪さと手の早さはどうにかならないかとも思いましたけれど。渋々ローブを取る旦那様の銀の髪が、日の光を浴びて輝いています。


「家でくらい取れって言ったでしょ?誰も気にしてないんだから」


 少しムッとしつつも小さく微笑む旦那様など、どんなに庭を手入れしても綺麗に咲かせてもできなかったことでした。


「良かったですなあ、坊っちゃま」

「……まあな」


 いつの間にか近くで薔薇を手に取る旦那様が、自分の呟きに小さく答えてきました。

 初めて来た時よりも表情は豊かに、口数も多くなったのはやはり奥様が来たからでしょう。

 隣りに立つ旦那様を見上げたら、初めて紫色の瞳と目が合います。


「気にしていないと言ったでしょう」

「家の仕事はどうした、リュード」

「そちらは奥様が仕切ってくださるので、いまさら執事の出番はありませんよ」


 アッサリと言う自分に、それでも小さく笑うだけで。名前を呼ばれたら奥様のところへ戻る旦那様を見送り庭を見渡します。


「さて、王女様に献上する薔薇を綺麗に仕上げなくては」


 ああ今日も、なんていい一日なのだろうか。


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