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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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八話:お城でお茶会

「お迎えに上がりました。さあ、王女様の待つお城へ向かいましょう」

「帰れ、変態」


 今日も鬱陶しいくらいに白金プラチナの髪と蒼の瞳を輝かせ、いつもシュトレリウスを迎えに来る馬車から変態が降り立った。


「ああっ朝から罵倒されるとは、なんと私は幸運な男なのでしょうかっ」

「キモイ」


 恍惚とした表情を浮かべて艶っぽい溜息を吐き、さらに潤ませた蒼い瞳をわたしに向けてくる変態。……もとい、デーゲンシェルム。

 わたしの夫になったシュトレリウスと同じく、この国では少数派の魔法使いの一人だ。


 そんな変態と旦那様と一緒に、一般市民よりも底辺に近い没落貴族のわたしがどうして馬車に乗らなくてはいけないのか。


「さあ、どうぞ。シュトレリウス様にはいまさらですが、メイリアさんは初めてですよね。お城で王女様がお待ちですよ」


 そう。何故かこの国の王女様からお茶会の招待状をもらったことで、わたしは持ってくるようにと指定された手土産と一緒に馬車に乗り込むことになった。




「変た……。デーゲンシェルム様は、まだ十八歳なのですか?」

「ええ、そうですよ。私がシュトレリウス様よりも先にお会いしていたら、メイリアさんとは年回りがちょうどよかったですね」

「例え路頭をさ迷うことになっても変態と添い遂げる気はありません」


 「惜しい!」とか言ってるけど、そんなの絶対にこっちから願い下げだ。頼まれても無理。

 結婚しなくちゃ家が(かたむ)くって言われても断固お断りする。


「……」

「?」


 狭い馬車の中で変態に見つめられるのも視界に入れなくちゃいけないのも嫌だからと、馬車に乗ってからずっとわたしはシュトレリウスのローブの中に隠れている。

 だから何かを言いかけて口を開いたのに、結局何も言わずに閉じてしまった気配を感じて上を見た。


「どうしました、シュトレリウス様?」

「……いや」

「酔いました?」

「そういうものはあまりない」


 常に魔力を溜め込んでいる身体だからか、ちょっとくらいの怪我はすぐ治るし体調が悪くなることもほとんどないらしい。

 羨ましい。わたしはすでに変態に悪酔いしそうになっているっていうのに。


「いやいや、それは無詠唱ができるシュトレリウス様だけですから。王女様も私も詠唱が必要なので、喉を潰されたらさすがに魔法が使えません。当然、治癒魔法も無理です」

「ふぅん」


 国を守るくらいの膨大な魔力を所有しているなら万能かと思ったんだけどそうでもないらしい。

 涼しい顔して魔法を使う人が近くにいるから知らなかったけど、魔法が使えることも珍しいのに無詠唱はもっとレアだとデーゲンシェルムが言っていく。


 何も言わずに魔法が使えるのは便利だろうけど。シュトレリウスがさらに稀少な無詠唱の魔法使いって言われても、そうだろうなとしか思えない。


「口下手だからでしょ?」

「ですね。王女様はなんとか無詠唱で魔法を使いたいみたいですけど、明確に想像しないといけませんから面倒くさいんですよ。長くても詠唱を言って魔法を発動させるほうが私には簡単ですね」

「……」


 それは馬車に乗ってからも城に着いてからも、まったく止まることのない口元を持っているからじゃないのかね。

 どっちにしても自分には使えない魔法に興味はないから、どーでもいいけど。




 城へと着いたら馬車から降り立ち、真っ白い塔の中へ案内されていく。お城に隠れるように建っている塔は、まるごと全部が王女様の居住区らしい。

 意味がわからん。


「……」


 降りる時に手を差し伸べられてから、わたしの左手はシュトレリウスの右手と繋いでいる。繋いでるっていうか添えているだけっていうか、つまり手を握ってはいないんだけど触れているというか……。


 いまさら離すのも妙だよなと思ってそのままだけど、ちょっとローブの中に隠れたい。顔が赤くなっている気がしてムズムズしてきた。

 でもまた頬を叩いたら、きっと癒すために触れられるんだろう。それは困る。


 そうして降りてからも止まらないデーゲンシェルムの話を聞きながら廊下を歩いていたら、少し先に見えていた扉から金の巻き毛が現れた。


「デーゲンシェルムの声しかしていないけど、本当に連れてきてくれたのかしら?」


 まだ幼さの残る声を響かせて、にこりと王女様が顔を出して挨拶をしていく。


「初めまして、メイリアさん」


 こうして魔法使いだらけと一般人の、意味がわからないお茶会が始まった。




「……やっちゃった」


 いくらアレでも王女様の前ではマズイという常識はあるからと我慢をしていたけど。

 わたしが何も言わないのを良いことに、変態が変態トークブチかまして鳥肌通り越して鳥になるってくらい気持ち悪くなっていたからって。


 王女様とお茶会をした部屋から出て早々、「今日の夕食はなんですか?同じ馬車で帰るのですから、ご一緒したいのですが」とかぬかしやがるから、さすがに我慢も限界だった。


 書斎の扉をぶち破れなかった回し蹴りを変態にお見舞いし、溜めていた分の鬱憤(うっぷん)を晴らせたのは良かった。

 けれど塔全体が王女様の居住区なのだから、その中で声を出せば全部聴こえるってことは、ちょっと考えればわかるってもんなのに……。


 変態は宣言通りに門の手前で置いて叫ぶ声も無視して家まで急いでもらった。気持ち悪ぃことを叫ぶんじゃねぇ。


 最近作っていなかった、むしゃくしゃした時に作るぐちゃぐちゃスクランブルエッグが作りたい。今すぐ。変態ごとぐちゃぐちゃにかき混ぜ……るとマズそうだから却下で。


「……」


 うがーっと頭をかきむしるのは、まだシュトレリウスがいるからしなかったけど。転がりたくてしょうがなくなっているわたしの頭に、大きい手のひらが乗ってゆっくりと撫で始めた。


 この前、撫でろと言ってから、なんだかんだと毎日のように撫でてくれているな。さっきもわたしを落ち着かせるために撫でてくれていたかも。変態が気持ち悪すぎて気付かなかったけど。


 ちょっとだけ近付いて、そのまま静かに頭を撫でてもらうことにする。ついでにゆっくりと深呼吸もしたら、やっとほんのちょっとだけだけど落ち着いてきた。


「……」


 家まで何分かかるっけ?今さらながら、ここにあのうるさい変態がいないことを悔やむとは。……間が持たない。なんか喋れや、無理か。

 じゃあわたしが話そうと考えこむけど話題がない。


 王女様は驚いていたけど、別に会話がなくても過ごせる人だっている。わたしとかシュトレリウスとか。

 そもそも端っこのほうで田舎暮らししていたから、話す人って家族とか近所の人とかだったし。


 前世でも家がヤクザってことで、遠巻きに見られているだけで話しかけてくる人はいなかったことも原因かも。家では結構賑やかだったけど、周りが賑やかだと自分から話さなくてもいいやって思うもんなあ。


「普通に話せたのか?」

「え?ああ、もちろんですよ。さすがに王女様の前ですし」

「……」


 そもそもわたしの口調が悪いのは、前世の家でそういう言葉を使った会話をしていたわけだからではない。


 わりと大人しい人たちばかりだったけど、食事時に見るのはバラエティーではなくて仁侠映画。それも古くてコテコテのやつ。あんなの毎日見せられていたら、そりゃ口調もそっちになるわ。


 さすがにマズいと思った両親が礼儀作法やマナー教室なんかに通わせてくれたから、取り繕うくらいのことはできるようになったけど。


 こっちの父親が事業に失敗して路頭に迷うかもって時に、オロオロしながら毎日「どーしようどーしよう」とうろつくだけに嫌気が差して、背中蹴り上げて「いいから金策して来いやぁっ」とか言ってからどんどん出ちゃって今に至るというわけだ。


 商才ないし優しいから、つけこまれて失敗するタイプなんだよね。学習しないから懲りずに引っ掛かるし……。いいカモ過ぎるだろ、お父ちゃんよ。


 懐かしいことを思い出しながら頭を撫でられ続けていたら、ふと手が止まっていた。


「もう十分ですから、大丈夫ですよ。手が疲れましたよね。ありがとうございます」

「……」

「?」


 もういいよって見上げてお礼まで言ったのに、ローブ越しでもなんだか戸惑っていることがわかる。


 ビッミョウにだけど、こうしてたまーにだけど何を考えているのか段々わかってきた。

 でも今日はわからない。まだ家に着かないみたいだし二人きりだ。今のうちに何か言うことでも思い出したのかな?


「なんですか?」


 ローブ越しでは見にくいと、少し立ち上がって覗き込むように見上げたら、銀の髪と紫の瞳が見えたところでガクッと思いっきり馬車が揺れた。


「わわっ!?……ああ、家に着いたのかな」


 この急停車どうにかならんのか。危ないじゃないか。それこそ魔法でちょちょいっとさあとか思いながら起き上がろうとしたら、同時に馬車の扉が開いた。


「お帰りなさいませ。旦那様、奥様……」

「ただいま、ユイシィ」

「まぁまぁまぁ、申し訳ございませんっ」

「へ?」


 笑顔のユイシィが出迎えてくれたと思ったら、うふふと微笑みながらもバアンッといきおいよく扉を閉めた。なんで。


「あっ、ダメです開けないで!っていうかこのまま一晩借りてもいいですか?」

「は?いやちょ、ユイシィ?」


 いつまでも降りないわたしたちに馬車を引いてくれていた御者が来たみたいなのに、必死に変なことを言いながらユイシィが追い返そうとする。

 ちょっと待てやと慌てて起き上がって、わたしはやっとなんの上に乗っかっているのかがわかった。何っていうか誰っていうか……。


「新婚のお邪魔をしたら馬に蹴られますよ!」

「ちがっ、違う。ちょっ、待てや、ゴラァ!」


 止まった瞬間に態勢を崩したわたしを抱えるように、端から見たらわたしが押し倒しているような格好で、シュトレリウスがわたしの下でなんともいえない顔をして固まっていた。




 慌てて扉を開けて誤解だと言うわたしに、なんでないんだよと、よくわからないユイシィのお説教を聞きながら夕食の支度をする。ああ、ただでさえ変態で疲れたのに……。


「プリンはどうでしたか?」

「喜んでくれたよ」

「朝採った卵で作りましたからね!」


 ふふんと今度は得意そうに言うユイシィと一緒に食堂へ夕食を運んでいく。


「でも毒見がいらないなんて便利なんだかわからない身体ですね」

「だから普通に持ち込めたんだけど。構造が違うのかな?」


 さすがにわたしが先に食べるとか、お付きの人が最初に食べるとかするのかと思ったのに、あっさりと王女様が一番にプリンを放ばって驚いた。

 美味しいっていってくれたから、かき混ぜてして朝から頑張った甲斐があったけど、さすがに無用心な気がする。大丈夫かな、この国は。


「そもそも旦那様も今まで普通に召し上がっていますものね」

「ああ、そっか」


 金と白金プラチナよりは格が下がるらしいけど。それでも魔法が使える銀の髪を持つシュトレリウスは、最初からわたしが用意する食事を何も言わずに食べていた。今のところ倒れてもいないし何もない。


「物理的な痛さはあるみたいだけど、体内に魔力がこもってて解毒してくれるのかな」

「物理的にって、もしかして王女様の前でも旦那様を蹴ったのですか?」

「いや、変態に我慢が出来なくて」

「それは仕方がありませんね」


 見目麗しいのに残念と、ユイシィと意気投合してところで食堂に入ったら暑苦しいローブを被ったままの旦那様が座っていた。

 うんまあ、さっきのことがあるからね。被っているとは思ったよ。わたしも被りたい。


「いただきます」

「……ます」


 それでもこうして挨拶はしてくれるから、いいか。

 いやこっちは見えないのに向こうは見えてるんだった。今すぐ脱げと言おうとして踏み止まる。それこそ真正面からばっちり目が合うってことじゃないか。


「……」

「……」


 結局、今日も無言で夕飯をいただいていくわたしたち。



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