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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第一部:初めての春
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番外編:王女様のお友達

 わたくしは、みんなからは王女様と呼ばれている存在。

 国王様をお父様に持てば、誰だってそう呼ばれるわよね。


 リュレイラ・ウェン・ヴェルラウーシェ。それがわたくしの本当の名前なのに。




「お初にお目にかかります。メイリア・ヴァン・ファウムと申します」

「初めまして、メイリアさん。わたくしはリュレイラ・ウェン・ヴェルラウーシェです。リュレイラと呼んでちょうだい」


 スカートの裾を軽く持ち、静かに頭を下げて謁見の挨拶をするシュトレリウスの奥様になった人。

 薄い茶色の髪の先だけ緩く巻いて、伏せた瞳は蜂蜜の色。


 銀の髪に紫の瞳を持つシュトレリウスと、白金プラチナに蒼の瞳を持つデーゲンシェルム。

 そして金の髪に深紅の瞳を持つわたくしの中では、逆にとても目立っている見た目ね。


 外にはメイリアさんのような外見の人たちの方が多いなんて、あんまりこの塔から出ないわたくしには不思議でなりません。

 十二歳になったら社交界が始まって外に出ることになるだろうけど、それまではこの塔の中がわたくしの世界のすべてです。


 ……ちょっとつまらないとは思うけれど、国の大切な(コア)を守る聖女なんだから仕方がないわね。


 部屋に入ったら丸いテーブルに案内をして、椅子を引いてもらってお茶の用意が済んだら全員に下がってもらいます。ここにはわたくしたち以外に魔法を使える人はいないので、何かあっても大丈夫ということです。


 この塔自体にも強固な守りが(ほどこ)されているから、許可のない人は近付くこともできないのですけれど。


「?」


 椅子に座ったメイリアさんが、向かい側に座るデーゲンシェルムを見たらシュトレリウスの近くに椅子を寄せていき、それでもちょっとだけ離れるように座り直してしまいました。

 肩が触れた瞬間にシュトレリウスのほうを見上げたら、ローブ越しだというのに目が合ったみたいに視線を逸らし、ついでにちょっとずれるとは……。


「何をしていらっしゃるの、メイリアさん?」

「失礼いたしました、リュレイラ様。変た……、デーゲンシェルム様を視界に入れたくなかったもので」

「ね!?どうですか、王女様。こんな風に今まで私に向かって言う人はいませんでしたよね?」

「……」


 今も向かい側で鬱陶しく蒼い瞳を潤ませて感動しているデーゲンシェルムを視界に入れないように、わたくしに向かってにこりと微笑みながら言い放つ不思議な人。

 言われたデーゲンシェルムは興奮して、蒼い瞳を輝かせながらうっとりとしています。それを見るメイリアさんの表情は毛虫でも見るような見下した視線ですね……。


「その視線を独り占めしているシュトレリウス様が心底羨ましいです」

「やらん」


 サッとメイリアさんがシュトレリウスのローブの後ろに隠れたと思ったら、しっしと手を振りながらシュトレリウスの口からも聞いたことのような言葉が放たれました。


 ……なるほど。これは目の前で見たら驚きますね。


 わたくしもいつものように「まあまあ!」とデーゲンシェルムと一緒に興奮して、椅子から立ち上がらないようにすることで精一杯ですもの。


「とても仲良くやっているようで安心いたしました」


 けれどシュトレリウスのローブをつかみながらも、デーゲンシェルムをゴミを見るような視線で睨んでいたメイリアさんが、わたくしの言葉でパッと手を離し椅子に座り直してしまいました。


 あら、何か変なことを言ってしまったかしら?




「挨拶はこのくらいにして。せっかく持ってきてもらったのですから、プリンとやらをいただきましょうよ王女様」

「ええ、そうね。デーゲンシェルムが食べたいと言っていたので書いてしまったのですけれど、大変ではなかったですか?」

「たまに作っていたものですし、意外と簡単なのですよ。それよりもリュレイラ様のお口に合うと良いのですけれど……」

「シュトレリウスはメイリアさんの食事をいただいているのでしょう?十分ですわ」


 マズイ物は食べないシュトレリウスが、毎日メイリアさんの作る食事は必ず食べると話していたのです。それだけで味がわかるというものです。

 小さく微笑むわたくしの言葉にメイリアさんが見上げたら、シュトレリウスは視線を逸らしてしまいました。


 ……うぅん。この二人の無言のやり取りを目の前で見ることが癖になりそうです。

 もう少しつつきたくなりますけれど、デーゲンシェルムに急かされてプリンをいただくことにしましょうか。




 少し黄色がかった、ふるふると震える山のような形のデザートが目の前に並べられます。

 会話を盗み聞きしていたことは褒められないけれど、こうして新しいデザートがいただけるのならよくやりましたと褒めて差し上げますわ。

 簡単だと言うのなら、料理人に作り方を教えてもらえないかしら?食べたくなったらメイリアさんを呼びつけるなどしたくはありませんからね。


 カップから出して用意しておいたお皿に載せたら、とろりとシロップのようなものと一緒に現れます。

 ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、ほうっと小さな吐息が口元から零れました。


 なんという不思議な香りなのかしら……。


 クリームと果物まで持ってきてくれたみたいで、お皿にキレイに飾っていくその手つきは慣れている者のそれで。こうして目の前で完成するお皿を見るなんてこと、今までなかったわと思いました。


「どうぞ、リュレイラ様。プリン・ア・ラ・モードです」

「まあ、いつもシュトレリウスはこうやっていただいているのね?」

「それならあんなに早く帰りたがることがわかりますよね、王女様?」

「……うるさい」


 ローブに隠れているからわからないけれど、じっと見つめるメイリアさんとは反対側に顔を逸らしたことから今度も照れているのかしら?

 くすりと小さく微笑みながら、ふるふると震えるプリンをすくって口に運んだら、先程よりも濃厚な香りが全身を駆け巡りました。


「うぅん、美味しいわ」

「ありがとうございます」

「会話を聞いた時から食べたかったんですよね」

「……」

「?」


 何かしら。

 うっとりとプリンをいただいているデーゲンシェルムに向かって、何かを言おうとしたみたいですのに。口元を少し開いたと思ったらきゅっと引き結んで、メイリアさんは虫を見るような目を向けるだけです。


「プリンの甘い味にメイリアさんの鋭い視線が重なって私はすでに昇天しそうです」

「お城の中ではやめてちょうだい」


 先程よりも熱で潤んだ瞳と、ほうっと溜息を吐いていくデーゲンシェルム。

 ちらりと視線を向けて、死ぬのならわたくしの迷惑にならないところでと言っておきます。


「もちろんですよ、王女様」

「……」

「?」


 わたくしにはあっさりとした笑顔を向けたデーゲンシェルムに、また何か言いかけたメイリアさんがプリンを口元に入れていきます。

 まるで言葉を発しないようにふさいでいるみたいです。


 何を言いたいのかしら。そしてシュトレリウスがそのたびに、ちらちらとメイリアさんを見ていることに気付いているのかしら。


 シュトレリウスが他人を気にするなんて、こうして目の前で見てもやっぱり信じられませんね。




 わたくしに魔法を教えてくれる教師の一人として雇ってから、もう五年以上も経つのねえと、なんだか懐かしい気持ちになります。

 ローブの下を絶対に見せない、最低限しか話さない、用事が終わったらさっさと帰る。銀の髪を持つ魔法使いというだけの情報しかない不思議な人。


「メイリアさんはシュトレリウスと、家でどのような会話をしているのですか?」


 だからこそ、結婚することになったと聞いた時はとても驚きました。だって結婚をするということは、誰かと生活を共にするという意味になるのです。

 わたくしの質問には首を少しだけ傾げて考え込んだメイリアさんは、たった一言だけ言っていきます。


「何も話しません」

「何も?」

「えっ、すでに放置されているのですかシュトレリウス様!?益々羨ましいっ」


 ダンッとテーブルを叩きながら自分の欲望を惜しげもなく口にするデーゲンシェルムは無視します。

 こくりと紅茶を飲んで座り直し、もう一度、訊き直すことにいたしましょう。


「家ではシュトレリウスとどんなお話をするのですか?」

「特に何も話しません」

「ああ」


「はあ!?」


 「ねえ?」と隣りを見やる二人はローブ越しだというのにとてもわかり合っているようです。

 ではデーゲンシェルムが話していた、仕事について何も知らないと言うことは本当なのでしょうか。そんな、いや、まさか……。


「国で珍しい魔法使いを夫に持つのに、どうして何も訊かないのですか?」

「どうしてと言われましても……。魔法が使えることも知らなかったですし、興味もなかったので」

「はあっ!?」


 金に白金プラチナに銀の髪。

 それをこの国で持つ意味は、膨大な魔力を体内に有する証なのに……。

 知らなかった?興味がない?


「シュトレリウスはどうして話さないのですか!」

「訊かれなかったからだ」

「メイリアさんも、もっと興味を持ってくださいな!」

「はあ……」


 「いまさら?」とでも言うように隣りを見やって同じような角度で首を傾げていく二人。

 椅子から立ち上がって色々と言いたい気持ちを抑えるために、わたくしは紅茶を一口飲んで息を吐きます。


「変な夫婦ですよね。だから私は本当に結婚したのかなと思ったのですよ」

「それは間違いありませんよ。枢機卿様が立会人ですから」

「それでどうして私は呼ばれなかったのですか?」

「身内ではないからでしょう」


 だって、わたくしもお父様も呼ばれていませんもの。

 メイリアさんの家に合わせて両親同士しか呼ばない小さな式にしたと聞いています。


「もっと早く説明していれば城でできたかもしれませんね」

「断ると言ったはずだ」


 自分の家の事情で本当の身内だけの式にしてしまったからか、メイリアさんがわたくしの言葉に小さくなってしまいます。けれど先に断ったのはシュトレリウスなのです。


 そんななんでもない話をしていたら、あっという間に時間になってしまいました。




 わたくしの近くにいる人は年上ばかりです。

 こうして歳の近い人と会ってお茶までできたのは、シュトレリウスの奥様だからです。それ以外の人では簡単に許可が出ませんし塔にも入れません。


「次は二人だけで会えないかしら?」


 わたくしはまだ未成年なので、お城の一角でしか動けません。

 馬車で降り立つ場所も専用の門を通ってしか来れない塔に過ごすわたくしに、会いに来てくれる人などいないのです。


 それにわたくしは王女です。まだ一度しか会っていないのに二人きりでなど不躾だったかしら?


「私もご一緒いたしましょう」

「ダメよ。デーゲンシェルムがいたらメイリアさんは来てくれないじゃない」


 キリッとした表情で、わたくしの守りが少なすぎると護衛を申し出てくれますけれど却下です。

 だってわたくしと歳が近い方と会うことも、こうしてお茶をすることも初めてなのですから。


「……一人では来させない」

「それで良いですわ」


 毎日一人で過ごすわたくしを誰よりも知っているシュトレリウスが、小さく条件を言ってきました。

 メイリアさんはそんなシュトレリウスをちらりと見て、わたくしに微笑みます。


「わたしで良ければ喜んで参じましょう、リュレイラ様」


 次のデザートは何にしようかしらと気の早いことを思いながら、こうしてわたくしにお友達ができたのでした。




 すでに外は暗くなってしまったようで、今日のお茶会はお開きとなります。

 もう少しお話したかったのですけれど、お泊りは無理でしょうから仕方がありませんね。


「ここに泊める気か?」

「ええ。……ダメかしら?」


 扉まで一緒に向かいながらそう話したら、ぐるんと勢いよく振り返ったシュトレリウスが妙な声を出して訊いてきました。

 だってもっとお話したいのです。それならお泊りをしてもらったほうが早いじゃない?


 またちょっと困惑した表情のメイリアさんは、隣りのシュトレリウスの表情を窺うように見上げています。


「いけませんよ、王女様。新婚の邪魔をしては」

「あ、そ、そうね。ではまたこうしたお茶会ならいいかしら?」

「……」


 とても渋々といったように、やっとシュトレリウスが頷いてくれます。少しホッとしたメイリアさんも、改めてわたくしに向き直ってくれました。

 小さな次の約束をして、今日のところは大満足です。


 そのままデーゲンシェルムも帰るというので同じ馬車に乗るようですけれど、貴方こそ二人の邪魔をしているのではないのかしら?


 自分の欲望に忠実なことは少しだけ羨ましいですけれどと扉を閉めたら、廊下からドカッという音がしました。


「てっめぇ、気持ち悪ぃんだよ!!」

「痛いっ!ああ、こうしてシュトレリウス様は蹴られたのですね!?」

「うっさいわ、この変態がっ」


 明らかにメイリアさんの怒る声と、デーゲンシェルムの嬉しそうな声が響きます。


「もっと踏んでもいいんですよ!?いいえ、むしろ踏みにじってください!」

「るっせぇ、ついてくんな!」

「そんなことを言わずに」

「チィッ」


「……」


 この廊下は特殊な造りになっていて、門に入った瞬間からあらゆる声がわたくしのいる部屋に届くようになっています。

 それでもこうして怒鳴りあう声は、それだけで響くのですけれど。


 好奇心を押さえられなかったわたくしは、そおっと扉を開けて廊下を覗くことにしました。


「城へのお迎えなら私が参りますのでもっと蹴飛ばしてください!」

「二度とウチの敷居を跨ぐんじゃねえっ」

「落ち着け、メイリア」


「……」


 廊下でうずくまっているデーゲンシェルムにゴミ虫でも見るような視線を向けながら吐き捨てるメイリアさんの頭を撫でてなだめていくシュトレリウス。


 何かしら、この光景は……。


 扉を守っている護衛も固まっているみたいですけど、当たり前のようにやりあっている三人は妙にしっくりと合っています。

 まるで昔からそのように付き合っていたと思えるくらいに自然です。


「……なるほど。面白い人を妻に選んだのね、シュトレリウス?」


 次のお茶会が楽しみだわと、いつも静かな塔に響く声を聴きながら扉をそっと閉めることにします。


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