「出会い」
この世界は多くの種族が共存しています。
ゴブリンにオーガ、エルフにドラゴン。でも今回のお話はとある泣き虫な魔女のお話。
田舎町のピエトーネにドーラという魔女がいました。
ドーラはまだ魔女の中では若く、この町に小さな家を構えて魔法の研究をしていました。
この町でドーラはちょっとした有名人です。近所付き合いがよく、人懐っこい性格は町のみんなから愛されていました。それから、よく泣くことでも有名
です。
ドーラの家のお向かいに住んでいるのはロマーノさん一家。
一人息子のミハイルくんは魔法使いの見習い。お父さんもお母さんも上級の魔法使いで、毎日学会や講義で大忙し。だからほとんど毎日お手伝いさんと2人で過ごしています。お父さんとお母さんが帰ってくるのは月に一度くらいで、ミハイルくんはいつも少しさみしそうにしていました。
そんな2人が出会ったのは肌寒い秋の日。
ミハイルくんがお手伝いさんと買い物から帰る途中のことでした。
前の方から隣町の学会から帰ってくるドーラが見えました。すれ違うその時、ドーラは小石につまづき、転んでしまったのです。
「うぅ……どうして私はいつもこうなのかしら……」
ぽろぽろと涙をこぼすドーラにミハイルくんは
「大丈夫?これあげるから元気だしてよ」
と大きな林檎を1つ差し出しました。突然の出来事に目を丸くしたドーラでしたが、涙を拭って赤い目のまま
「ありがとう……!」
とはにかんで見せました。
「お姉さんは魔法使いなの?」
ミハイルくんがドーラの杖を見てそう言うと、ドーラは得意げな表情で
「私は魔女よ、人間よりずっと長生きする魔法使いみたいなものね」
と説明しました。
「そうなんだ!じゃあ今度僕にも魔法を教えて!じゃあね!」
風のように現れて去っていったミハイルくんは、お手伝いさんと共に家に帰って行きました。
「優しいけど、ちょっと不思議な子ね……?」
こうして2人の物語は始まっていくのです。
次の日の朝、ドーラの家のドアを叩く音が聞こえました。
「こんな時間に誰かしら……」
ドーラは眠い目を擦りながら寝巻きのままドアを開けましたが、そこには誰もいませんでした。
「なに……?いたずら……?」
ドアを閉めようとしたその時、
「お姉ちゃん、僕だよ。魔法を教えてくれないかな?」
足元の方から聞こえた声の主はミハイルくんでした。
「ああ、昨日の!でもこんなに早くから!?」
ドーラが驚くのも無理はありません。時計が指し示す時間はまだ夜も明けきらない朝の5時です。
「迷惑だったかな……?」
ミハイルくんの純粋無垢な瞳はドーラの心を撃ち抜きました。
「全然!!さぁ、入って入って!」
簡単に部屋を片付けて、ミハイルくんを居間の椅子に座らせると、ドーラは手際よくホットチョコレートを作って差し出そうとしました。
しかし、ドーラの手から滑り落ちたカップは真っ逆さまに床へと落ちていき、たちまち部屋はチョコレートの甘い匂いで充たされてしまいました。
「ああぁ…!?」
ドーラは慌てて床に広がるホットチョコレートを掃除しました。カップが割れなかったのが不幸中の幸いでしたが、ドーラの目はうるうると涙で満たされていました。
「ごめんね……今作り直すからね」
半べそのまま急いで床を拭いていると、
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あわてなくていいからね」
幼いながらに気が利くミハエルくんは、ドーラの頭をその小さな手で撫でながらそう言いました。
「ありがとう……」
ドーラは涙目を拭って立ち上がると、今度はゆっくり慎重に丁寧に作ったホットチョコレートをミハイルくんの元へ差し出しました。
「お口に合うといいのだけれど……私着替えてくるわね」
ドーラが研究室で着替えを済ませると、ミハイルくんは温かいホットチョコレートをゆっくりとすすっていました。
「ごめんなさいね、遅くなっちゃった。改めて、私はドーラ。
色んな魔法の研究をしているわ。それで、何を知りたいのかしら?」
昨日はままならなかった自己紹介を済ませると、
「僕はミハイル。僕、お姉ちゃんの研究を見てみたいんだ」
てっきり派手な魔法を見せて欲しいとかそんなことだろうと思っていたドーラは意外なお願いにきょとんとして、
「そんな事でいいの?つまらないわよ?」
と聞き返すと、
「全然いいよ、僕はそれが見たいんだ」
とミハイルくんはじっとドーラのことを見つめました。
「わかったわ、でもほとんど本とにらめっこしてるだけだから、つまらなかったらすぐ帰ってもいいわよ?」
もう一度念を押してから、ドーラは研究室にミハイルくんを招き入れました。少し狭く、散らかった薄暗い研究室には大きな本棚と年季の入った焦げ茶の大きな机と椅子が置かれていました。
ドーラは机の引き出しから眼鏡型のレンズの小さな拡大鏡を取り出してかけると、早速とても小さな文字で書かれた参考文献を読み始めました。
ミハイルくんは机の近くに置いてある小さな背もたれのない椅子に腰掛け、ドーラが本を読み漁る様子ををまじまじと観察しました。
ドーラは時々ミハエルくんとの雑談を挟みながら、長い間研究を続けました。時には思うように研究が進まず、涙目になることもありました。ですがその都度、ミハイルくんは声をかけて励ましました。
あっという間に時間は過ぎて、そろそろ日も沈み始めるかという頃、ドーラは机に突っ伏して眠りに落ちてしまいました。
隣でその様子を見ていたミハイルくんは、
「お姉ちゃんはとっても頑張り屋さんなんだね」
と呟いて部屋に落ちていた毛布をそっとドーラの肩にかけました。そして近くにあった紙切れと羽ペンで、
「きょうはありがとう、またくるね。」
と書き残して、静かにドーラの家の向かいにある自宅へと帰りました。
それからというもの、ミハイルくんは定期的にドーラの研究室へ通いました。
来る日も来る日もドーラの研究を熱心に観察し続け、2人はいつしか心が通じ合う程に仲を深めていました。
それとともにミハイルくんは成長し、15歳になりました。もう“くん”なんてつける年頃ではありません。
「俺、進学することにしたんだ。進学して、上級魔法使いになって、アンタ と研究をしたい!」
ミハイルは上級魔法使いになるために、上級魔法学校への進学を決めました。それをドーラは
「本当!?やったじゃない!私も楽しみだわ!」
と、自分のことのように手放しで喜びました、
しかし、その二人の間にちょっとした壁が立ちはだかりました。
ミハイルが進学しようとしている上級魔法学校は田舎町のピエトーネにはなく、都市部の学園都市ロマーノまで出なくてはなりませんでした。
つまり、2人は初めて離れて暮らすようになってしまうのです。
ミハイルがロマーノへ出発する前日の夜、2人は家の近くの小高い丘に腰を下ろして話し込んでいました。
「明日だね」
「明日だよ」
ドーラの声にミハイルはうつむき加減で答えました。
「1人で平気?」
「なれっこだよ」
少しずつドーラの声はくぐもっていき、ついには
「当分、会えないんだね……」
と、大粒の涙で頬を濡らしました。下を向いてドーラの目から落ちていく雫を見てミハイルも涙目になりながら
「大丈夫だよ、大丈夫だから……」
と繰り返しました。するとドーラはミハイルの方に顔を向けると、
「帰ってきたら、また一緒に研究をしましょう?今度はあんな暗い部屋じゃなくて、色々なところで、色々な人と、色々な研究をしましょう?」
涙を流しながら、一言ずつ紡ぎ出すようにドーラは目を見てそう言いました。
「それなら俺は、アンタを守れるくらい強くなってみせるから……!どんな時でも守れるくらい……強くなるから!!」
初めて会った日からずっと大きくなった手で、ドーラの濡れた頬に手を添えて額を寄せ合いました。2人の顔はすこし笑っているように見えました。
翌日、ミハイルは大きな荷物を馬車に載せて、ピエトーネから発って行きました。
次回は執筆中です、今しばらくお待ちください。
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