4.白との出会い
初めて行く道を彼は、右も左も分からず進んでいった。帰る道の為に、森の目印を覚えていよう、などといった機知は彼には毛頭なかった。未知との遭遇への期待。彼の心の中はそのことしかなかった。彼は移動魔法を得意としていたが、自分の足で速く走ることも好きだった。大地を踏みしめる感覚、そして足が呼吸をするかのように空を感じ、蹴る感覚がたまらなかったのだ。道を辿ることに飽きた彼は、野を突き進むことにした。トキーアサンと行動を共にする際には道の上の移動が主だったため、別の行き方を選んだ方が新しい発見があるのでは、という考えのためである。3時間移動を続けたが、キツォーの期待も空しく、新しい出会いはなかった。せいぜいハガクレチョウを3匹見つけただけであった。
「トキーアサンは外の世界のことを時々教えてくれるけどさ、あれ嘘なんじゃねえの?」キツォーはブツブツと文句を言いながらも歩みを止めなかった。
トキーアサンはよく、彼が暇を持て余しているときに物語った。父のことを話すのが大半であったが、他にもキツォーが知らない世界のことをよく知っていた。一日の殆どを地下室で過ごす彼にとって、トキーアサンの話はかなり魅力的であった。何しろ彼が普段関わる存在といったら、父、トキーアサン、そして外で出会う十数種の動物たちくらいのものだったからである。しかし、その理由から、トキーアサンの話はあまりにも彼の日常とかけ離れているため、疑っている節がないわけではなかった。その内容についてはここではまだ語るまい。
「やっぱりあいつの作り話なのかなあ」気を落とした彼は歩みを止め、近くの少し開けた野で休むことにした。陽の当たる少し背の低い木があり、キツォーはそこを腰の下ろし場に選択した。体力的にも、精神的にも、一区切りをつけたいところであった。彼はその木に近づいて行ったが、それが彼の知るものとは少し辺りの様子が違うことに気が付いた。幹の中腹よりは低い位置に水平に出た枝、それにぶら下がる縄。そして、垂れた二つの縄を結ぶのは木の板で、そこには、人間が座っていた。