15.波打つ大地
「遠いところ?」
「そうです、私が連れていける範囲で、ですけどね」
「俺を試そうってえの?なら乗らないぜ。正しい答えは『引っ越しまで無用の遠出はしない。父ちゃんにもそう言われてるし、その方が安全だから』だ。二つ返事で『行く』と答えるとでも思ったか?生憎俺も考えるときには考えるんでね」
「許可なら既にお父上からいただいております」
「マジか?」しかしなぜこのタイミングで?
「これからは長旅になるでしょう。その前に、見せておきたいものがあるのですよ」トキーアサンはキツォーの訝しげな表情を読み取ってそう答えた。
「うーんじゃあ行ってみようかな」彼は内なる好奇心を抑えられなかった。
「では、私に掴まってください。繋がっていれば、二人同時に移動できます」キツォーはトキーアサンの肩に手を置いた。
「行きますよ!」
二人は島の最端にいた。彼らの住むファイナゴ国(ここでは便宜上そう呼ぶ)はイカゴ、アサゴ、カクシエンという三つの島から成る。逆三角形を千切ったような形をしていて、東に位置する大きい方の島をアサゴ、小さい方の島をイカゴと呼ぶ。そして、イカゴの北北東の大分距離を取ったところに、十字の形をした人工島であるカクシエンが存在する。彼らが今たどり着いたイカゴの岬からは、アサゴが少し見えるくらいだ。
「何だこれは・・・」キツォーがここで初めて目にしたのは、不断に動き続ける青い“地面”、そして、どこまでも続く水平線だった。彼は泣いていた。このような世界の果てで待っている景色がこれほどまでに美しく、これほどまでに激しく、自分の存在までをも揺るがし得るのかと思うと、感極まらずにはいられなかった。彼は声も出さず、一頻り泣いた後、トキーアサンに感謝の言葉を述べた。彼にとって最初の、泣いた経験であった。来てよかったと感じつつも、彼は自分の中に漠然とした不安があることに気付いた。経験上、自分にとって恐ろしく新鮮で、掛け替えのないものは、すぐに失われてしまう。彼にとってのソランがそうであった。
「俺は、失いたくないものを守れるほど、まだ強くはないみたいだ」
そう言いながら振り返るキツォーの視界がとらえたのは、トキーアサンの後ろに群れる、白装束の人間たちであった。