12.掣肘
とはいえ、良い状況とは言えなかった。彼女は草の床に伏しており、顔は髪に隠れてよく見えない。寝ているのか、気絶している状態なのか区別がつかない。
「気配が掴めなかったのはこのためか」彼は思った。いずれにせよ、意識のある状態ではない。月の青白い光に照らされ、一層白く、今にも消えそうなその存在。彼はなんとかそれを自分の元に取り戻したかった。夜鳥が啼いた。迷っている時間はない。彼女はの状態をできるだけ速く確認し、夜が更ける前に家に戻らなければ。キツォーの自慢の足は躊躇うという選択肢を知らなかった。彼女の元に駆け寄り、様子を見た刹那、彼は凍りついた。彼を瞠若たらしめたその「彼女」の姿は、曰く言い難い容貌をしていた。無いのだ。顔が。厳密には、その他の造りも名状し難い抽象性にあふれている。
「違う」彼は呟いた。これは彼女じゃない。間違いがなかった。では何だ?キツォーは彼女に手を触れた瞬間、悟った。
1つ。これは物体ですらないこと。何某かの映像が常に現実味を帯びたようにそこに写されているといったような、そのような感じであった。2つ。なぜそれが今もこうしてここに投影され続けているのか。誰かが何かの手を使っている。そして、近づく者を見ている。即ち、自分だ。ここで彼は初めて、自分の身に降りかかろうとしている危険に気が付いた。
―罠だった。完全に敵の手中に納まっている。
「どうするか?」彼は考えた。敵愾心を燃やしている場合ではない。ここまで彼を上手く欺き、引き寄せたことを考えても、相手が自分より何枚も上手であることは明らかだった。今もどこかで影を潜めているかもしれない相手に対して戦いを挑むなどという事は、無謀の二文字に尽きる。残された道、そしてその中でこの状況を打開する可能性のある最善の一手はを考えた。答えはあっさりと彼の頭に浮かんだ―距離を取ること、つまり、逃げることである。移動魔法を自慢とするキツォーの、これ以上ない得策であった。
彼は、早速足元に散らばっている木の枝、葉を鋭敏な刃物へ変えた。それを浮き上がらせると、自分の周囲、四方八方へ向かわせた。それは相手への唐突な奇襲でひるませる効果と、敵の、自分に対して向けられている集中を散らせる効果があった。自分から見てさらに北西の位置で音が一つ、聞こえた気がした。