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姫、村で留守番をする。

 銀狼が不敵な笑みを残して村を去った後、村の家長たちは村長の家に集まった。物見遊山もたくさんいて、その中に私とアスランもいた。

「あれは熊だ。あんなに大きい狼がいるはずがない」

 村の人たちが口々に言いたいことを言っており、言葉が乱反射してただの騒音となっている。

「いや、狼だ」おとうさんの言葉は澄み切っており、騒音の中でも全員の耳に届いた。おとうさんは村の中では新参者だが、物怖じしない態度と冒険者として生活していた経歴から恐れに似た尊敬を得ていた。暴力沙汰を起こしたことはないが、先ほどの銃の腕や逞しい肉体を見て意見をする人は少なかった。

 それは欠点でもあるのだろうけど。


「おそらく俺が撃ち殺した狼は銀狼の群れの一員、銀狼が群れの王だろう。この前も狼が襲ってきたので、おそらくこの村に目星をつけて狙っているのだろう。まずは村の周囲の柵の点検と家畜小屋の修理、農作物の柵も補強するならすぐに行ってくれ。ただし一人では作業をするな、必ず武器を持ったものが一人ついて警戒しろ。それでいいですか、村長」

「いいよ」村長は軽かった。


「それぞれ今日の仕事があると思うが、今日は村の外へは出ないでくれ。俺は外へ出て罠を仕掛けてくるから、何人かに手伝ってもらいたい。ただし、セシルはついてくるな」

 村の人たちの目線が私に集中した。

「どうして。私は平気だよ。昨日だって、森へ一人で行ってたよ」

「俺が平気じゃない」

 むっ……心配してくれるなら従うしかないか。しかし、おとうさんながら女たらしのような言い方は誤解を招くのでしないほうがいいと思う。

「わかりました」

「皆も勝手に外に出るなよ。銀狼の動きを見た人は分かるかもしれないが、あの大きさだ。大人だって簡単にさらわれてしまうぞ。興味本位で出ないように」


「あの……」アスランに目線が集中した。「昨日、村に来たばかりで失礼ですが発言させていただきます。山を下りた先にあるシスの街の冒険者ギルドに助けを依頼してみたらいかがでしょうか。狼は群れになっています。おとうさん一人では……」

「おとうさんと呼ぶな。俺の名前は、ウィルだ。」

「では、ウィル。一人では荷が重過ぎるのでは?」

「まあな。だが、金はどうする。村に金があるとでも思うか」

「金は皆から出して貰おう」村長が威厳たっぷりに言って、部屋の奥の扉をあけて中に入って、大きな壷を持って出てきた。「はい、葡萄蒸留酒ブランデー」村長が持ってきたのは高価なお酒だった。

「これだけでは難しいですね」

「くそ頭悪いの。ウィルは」

「さりげなく、悪口言うな。ジジイ」

「ほれ、くじを行うぞ。一口、一デリス(銀貨)じゃ。一等には葡萄蒸留酒ブランデー


 村人全員の目の色が変わった。次々に家へ走って戻り、銀貨を数枚持ってきて即席で作った籤を持って行った。葡萄蒸留酒ブランデーは金貨一枚ほどの価値がある。銀貨十枚で金貨一枚ほどの価値だ。葡萄蒸留酒ブランデーは近くの店で売っていないので、移動に掛かるお金を考えると大分安かった。


 さて、籤の結果ですが。

「俺の勝利だ!」

 おとうさんが勝ちました。


 村人たちから愚痴を呟かれながら、おとうさんは六人の大人をつれて山へ出かけた。

 シスの街へ連絡に行く人は、アスランが自ら提案したので自分が行くと言ったが、大金を持って出かけなければならないので話がなかなか纏まらなかった。結局アスランが村長の証文を持って、冒険者ギルドに全額後払いをお願いすることになった。

「交渉が大変ですが、なんとかしてきます」

「申し訳ない」村長が頭を下げた。「旅の人にこんなことをお願いして」

「いいえ、大丈夫です」アスランは頭を下げ返した。


「本当にアヴィスに乗らなくていいの?」

 私はアスランにアヴィスを貸してあげようと思ったが、アスランは丁寧に断った。

「何があるか分からないから連れて行けないよ」

「それもそうだけど」

「何かあるか分からないから、今生の別れになるかもしれないよね。別れの接吻キスをしてよ」

「なんで!」

「俺、死ぬかもしれないんだよ?」

 えー、そう言われるとなー。

「頬でいいなら」

「はい」アスランは横を向いて少し屈み、頬を差し出した。

 ……唇を突き出すと、呼吸がし辛かった。耳元に近づけると、息が荒いと勘違いされそうで、息を止めて当たる瞬間恥ずかしかったので眼を閉じた。

 むにゅ。

 眼を開けると、唇を重ねていた。

 ……この男は。

 私は腕を振り回して横っ腹に拳を叩き付けると、地面に膝をついた。

「ありがとうございます」

「最低だ」

「俺は最高の気分だけどね」

「そうですか。私の初めて奪って嬉しいですか」

「嬉しいねぇ、俺以外知らないってのがとても嬉しい」

 アスランは腹をさすりながら立ち上がり、証文を服の中にしまいこんだ。

「必ず戻ってくるから」

「はいはい。待ってますから」

 アスランは笑顔だったが、走り出す瞬間に厳しい顔をしたのを、私は見逃さなかった。

※貨幣価値は時代、国によって全く違うので分かり易くしています。この世界では帝国が大陸の大半を占めていますが、とうぜん他国もあります。他国が出てきたときに、貨幣のエピソードを入れるつもりです。

葡萄蒸留酒ブランデーは造語です。基本、漢字で表せるなら漢字でするスタンスとしております。

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