姫、小腹を空かせるために働く。
母屋の裏は野菜や花を育てている庭があり、小川が流れており、突き当りには崖がある。崖には長年かけて掘った洞穴があり、冬の期間に氷を入れて氷室としている。氷室の入り口の近くに水が沸くところがあるので、ばしゃばしゃと水を使って顔を洗った。昨日、葡萄酒を水で割ったのもここの湧き水だ。
「ふーっ、すっきり」
顔を洗ったら、さっそく次の仕事だ。
木製の桶で小川から水をすくって、あまたある野菜と花に撒いた。こつは水を少量入れて、手首を効かせて桶を振って水を飛ばす、一歩も歩かず近場の野菜と花に水をやって、最後に桶に湧き水を入れて、アヴィスの小屋まで行った。小屋は倉庫を増設したように立っており、実際お父さんが木で組み立てた。扉をあけて中に入ると、アヴィスとアヴィス母(お父さんのアヴィス)が並んで座っており、まだ眠っているようだ。私のアヴィスの上に、ルナが眠っていた。
「あれ? 小さくなっている」
と、言うより元の大きさに戻っている。お父さんが行っていた業化というのは一定の時間しかならないのだろうか、詳しく聞いていないから良く分からないが、アスランも知っているようだったから、彼に聞いてもいいなと思った。
水飲み桶に水を入れて、目が覚めないうちに小屋から出た。
部屋に戻り、お手製の牛革のつなぎ(上衣とスカート)を着て、革帯で絞った。つなぎのスカートの部分は彫って紋様を作っており、薔薇と茨を眼で見て彫った。過剰にすると格好悪くなるので控えめにしたが、革のサンダルは鼻緒まで茨の紋様を彫った。つなぎもサンダルも溝の部分には、牛の毛で作った筆と譲ってもらった黒色顔料で影を作っている。帝都の人間でも、お手製でここまで凝っている人はいないであろう。
つまり--「私、カッコいい!」
「なに、独り言いってるの?」
アスランが開いた扉のところで立っていた。
私の悲鳴が響く前に、アスランは気配を悟ったのか、掌で私の唇を塞いだ。
「ごめん、ごめん、扉開いているから皆起きているのかと思って入っちゃったんだ」
柔らかい掌の感触が、唇に心地良かった。
「おっと、失礼」
アスランは非礼を悟って、掌を離した。
「朝っぱらから何用ですか?」
「いやー、実は朝食にありつけなくて」
「これは難易度高いな」
アスランは服を捻って、木を抱えるように服を回して、全身を使って登って行った。
「セシルちゃん、良い犠牲者見つけてきたんじゃね」
養蜂家のおじいちゃんが言った。私の今朝の仕事は蜂の巣取りだったのです。ちなみに、養蜂している蜂ではなく、雀蜂の巣です。
「本当に巣の中にいないの?」
「大丈夫だよ。おととい、香草を混ぜた強力な煙でいぶしたからね」
「そうじゃよ。問題無しじゃよ」
「嫌な予感しかしないんですが」
アスランは朝飯を食おうと家に来たのだが、働かないものにやる飯は無い。
アスランは蜂の巣まで辿り着き、手で揺すり始めた。
「ちょっと、揺するなら揺するっていってよ。こっちにも心の準備が」
「老人を殺す気か」
「やっぱり嫌な予感が」
的中しました。
巣の中から、数匹蜂さんが飛び立ちました。
「「やっぱりか!」」
私とおじいちゃんは同時に言いました。
アスランは枝を両手で掴んで体を持ち上げて、両足で巣を蹴り飛ばした。巣は地面に落ちて、真っ二つに割れた。中を確認してみると、飛びだった蜂以外中に入っていなかった。
蜂がアスランに向っていった。
顔に当たったと思ったが、アスランは何事も無く幹をずり落ちてきた。
「すごいのぉ」
養蜂家のおじいちゃんは感嘆の声をあげた。
アスランは蜂を噛み殺していたのだ。
ぺっとその場で吐くと、走り出して巣を抱えた。
「まだ、来るぞ」
えっ、と思ったときには養蜂家のおじいちゃんが襲われて、悲鳴をあげて逃げていた。
「ほら、来い」
アスランは私の手を握ると、俊足を活かして一目散に逃げた。
私の足はあまりの速さに追いつかず、前につんのめりそうになった。
「世話が焼ける」
アスランは私を担ぐと、さらに速度をあげて走った。
「軽いな。もう少し重いかと思っていた」
「なにそれ」
「……何歳?」
「十五歳だけど」
「軽すぎるぞ。成長してないな。特に胸あたりが」
私の胸はアスランの背中に当たっていた。
「最低!」
「ははっ、悪い悪い。顔に見惚れていて、体のことに注目していなかったんだ」
ん? いま、褒められたのか?
いや、体は貧相といっているのか?
どちらにしろ--。
「もう、降ろせー!」
蜂はもう追っかけて来ておらず、眼を覚ました村人が私達のことを目撃していた。
※セシルは革の紋様の彫りこみを眼で見てやったとあるが、普通は紙に紋様を描いて精度の良い彫りこみを行うので、余程の熟練者のようです。
ここまで異世界と描いているが、猪、牛、狼、蜂など地球の生物が多数出ていますが、一応理由はある。考えるのが面倒なだけではないです。(面倒もあるんですが)