七選帝候、秋の会合
帝都の街並みは整理整頓された玩具箱のように綺麗だった。都市計画は放置すれば醜いものになるが、それは生命力のある醜さだ。この帝都には調整された美しさしかなく、遊びが無く、生命力が失せていた。遊びの無いものに面白みは無い、人間と同じことだ。
王宮近くの館に、私は土足で入った。扉の奥には頭部が転がっていた。頭部が転がっているのは珍しいことだ。白濁した液体が切断された首から流れている、表情は張り付いたような笑い顔だ。笑っているときに殺されたわけではない、私を見て笑ったのだ。
「久し振りだな。魔弾の射手。暇をしていた所だ」
頭部は赤いカーペットをゴロゴロとボーリングのように転がり、私の足を噛んできた。
「また、自殺したの?」
「今回は違う。あいつが俺を殺しに来たのだ」
階段の上には刃こぼれした斧を片手に持った巨漢が、膝をついて喘いでいた。目からは涙が流れている。よほど苦戦したのだろう。だが、無意味なことだった。
「素晴らしいぞ。良くその斧で俺の首を切断した」
笑っている。可笑しいのだろう。世界最強の戦士を殺せない-―自殺すらできないのに、どうして他人が殺せるだろうか。世界最強の戦士は、世界最強の戦士ですら殺せないのだ。
地球にいた頃に、自衛隊にいた彼は、最前線にて地獄をみた。地獄も天国も、脳の産物だと思っていたが――本当の地獄は地球にあったと、彼は言った。彼は狂い一度は病院に叩き込まれた。だが彼の肉体は狂いはしなかった。とある情報機関に接触を受けて、莫大な報酬を得る為に実験動物となった。人間を機械化する実験だ。被験者は何人もいたらしいが、彼が唯一最期まで実験に耐え抜いた。そして更なる実験の末、世界で唯一自己修復ナノマシンを投与した機械人間となった。
実験動物だった。試作品だった。このデータから量産化する予定だった。
しかし実験動物は創造主を超え、同じ力を持つものが現れるのを許さなかった。
彼は地獄を地球に叩き付けた。宗教の聖地であるエルセレムに核を落とし、軌道エレベータ、G8の首都に核を落としたのだ。彼は正気だった。正気でも、狂ったことは出来るのだ。そして、誰も彼もが彼を暗殺しようとした。だが、不可能だった。最期の手段の核も、自己修復ナノマシンに屈した。核は新しいクレーターを作り、新しい名付け親を一人生んだだけだった。
国連は彼を災害と認定した。
地球は彼を排除しようとした。
それがワームだ。ワームは地球の意思だ。
この生物を排除しなければいけない――という意思だ。
世界最強の戦士の言葉だ――信じざる終えないものだろう。
そしてワームは何人かの漂流者を生み出した。
「馬鹿な男だ。世界最強の戦士は殺せない」
右手で銃を構えた。巨漢は疲れきっており、指一本も動かせないように見えた。
「今日は、七選帝候の会合の日だ。賊は死ななければならないよ」
銃弾一発。生きたものの落ち着く先は死だ。死を前借しただけだ。
円卓の上には本物の珈琲が湯気を立てていた。
「久し振りだな。魔弾の射手」
「どーも」
世界最強の戦士の妹であり、教授だ。私とは学歴の差がありすぎるので何を考えているかさっぱり分からない、何が楽しいのか新約聖書を読んでいた。
「お兄さん、頭だけなったよ」
「どうせ死なないわ」
冷たいな。そのお兄さんのために、ワームの解析をして異世界まで来たのに、そのときの情熱は冷めているのかも知れない。今では後悔の念のほうが強いのだろう。
しばらくすると、世界最強の戦士は機械の体を音も立てずに部屋に入ってきた。
後ろからは、大きな体のアメリカ人を連れて来た。
「これはこれは、魔弾の射手。久し振りだな」
「どーも」
本当に久し振りだ。予定ではカチュアがこの席に着くはずだった。
アメリカ人は肥っているように見えるが、溢れる肉は贅肉ではなく筋肉だった。地球にいる頃はプロレスラーであり、軍での経験もかなり積んでいた。七選帝候の中では、善人よりだ。
「さて、揃ったな」
司会が来た。皇帝の第一子であり、残念なことに皇位継承権第三位の皇子だ。
「揃った? 残りの三人はどうした?」私が聞くと、皇子は呆れたように言った。
「来ないよ。おばさん。久し振りに来たからわからないと思うけど、どっかのサボり癖のおばさんと一緒で残りの三人は随分と前から来なくなったよ」
皇子は七選帝候たちから可愛がられていたので、皇帝の使者をしていた。魔王を倒したときは、小さなガキだったけど、今では優秀な戦士となっていた。皇子になるより、戦士になったほうが楽しい人生を送れるだろう。
「さて、決をとりますよ」
皇子が部屋に響く声で言った。
「現皇帝の帝位を認めますか」
「「認める」」
全員一致だった。春夏秋冬、年に四回、皇帝の帝位を証明する日だった。魔王を倒したのは言うまでも無く七選帝候だった。皇帝も同じように戦ったが、戦功で言えば、七選帝候には遠く及ばなかった。その人物が皇帝になったのは、人格の賜物だった。腕力が強いものが上に立つのが最良とは決まっていない。
「はい、以上ですが。皆さんから何かありますか?」
「毎回言っている事だけど、くだらないわね」
「最初に決めたのは教授ですよ?」
「分かっているわよ。私はね。はやく、あなたが皇帝にならないかなって思っているのよ」
皇子は顔を濁らせた。
第三王位継承権とは周りが勝手に言っている事だ。我々七選帝候が認めない限り、そのような言葉には何の意味も無いが、あとから産まれた双子の弟と妹が第一と第二と呼ばれているのは、母親の身分が保証されているものだったからだ。彼の母親は奴隷だった。そのような出自に、皇帝は不相応と臣下から判断されていた。
だが、七選帝候の少なくとも四人の意見は違っていた。
実力のある第三皇子に勤めてもらいたかったのだ。
「ムリですよ」
「私たちが言えばすぐよ」
「臣下と民が許してくれません」
「力無きものに、発言する資格は無い」
教授は笑いながら言った。火種がつけばいいと思っているのだ。いい加減、平和には飽きたのだ。
「それに、俺は恋に生きると決めたのだ」
「「はあ?」」
たまに馬鹿なことを言うと思っていたが、本当に馬鹿だったようだ。
「皇帝になれば何でも手に入るぞ」
「何でもなんていらない、大事なものは一つだけでいい」
ああ、あのことか
「運命の出会いだ」
だが、その果てには人種の差がある。
「だから皇帝になっている暇なんて無い」
パンゲアの人間と、地球の人間が混じれば、地球の細菌が活動を活発化して、お前の身を食らうだろう。
「ねえ、おばさん。カチュアはウィルに殺されたのか?」
違うよ。魔王に殺されたんだ。ウィルは嘘をついたようだ。私も嘘をつこう。いま、魔王が復活しつつあることを言えば、世界最強の戦士が黙っているはずが無い、知られるわけには行かないのだ。
「そうだよ」
「そうか。でも、俺の愛する人の父親なんだ」
「アスラン。気にするな。カチュアの死は本人によるところが多い。だから、いいんだ」
アスランは力強く頷いた。
旧権力の魔王の娘と、皇帝の皇子が恋仲とは、中々笑える状況だ。
面白くなりそうだ。
すこしだけ……黙っていよう。




