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姫、初対面では名前をあげない。

「暴力はいけないと思います」

 青年の頭はアヴィスの嘴に挟まれて、万力のように締め上げられていた。青年の両腕は必死に動くが、私の命令を受けたアヴィスは頑なに離そうとしなかった。

「そのまま着替え終わるまで、甘噛みしてて」

 アヴィスは応じるように嘴の力を強くした。

「いやいや、力強くなっているし」


「着替えました。どうぞ、楽にしてください」

 アヴィスが嘴を開くと、唾液で頭髪を濡らした青年が痛そうに頭を擦った。

「酷いなぁ。裸見たくらいで」

「乙女の裸を見るとは不届き千万です」

 私の村では偶然ぶつかって、男が女の上に倒れてしまい、辱められたと訴えて結婚した例がある。一説によると、女のほうの姦計かんけいだったらしい、今では六子の母親だ。


 青年は小川の水を手ですくいよだれのついた頭を洗った。

 私は青年の気配にあらかじめ気づけなかった。慣れた山とはいえ、狼も熊も出るときは出る、緊張感を持ってあたりの気配を確認していたので、とても不思議だった。


「俺の名前は、アスラン。君の名前は?」

「見知らぬ人に名前をあげることは出来ません」

「なんだよー。俺は名乗ったのにー」

 私はアヴィスの手綱を引いて、山道を歩いた。途中で灰汁あくを抜くと美味しい山菜が生えていたので、引っこ抜いていると、アスランはアヴィスの鼻先を指で突いて遊んでいた。

 噛まれたのに怖がっている様子は無い、一人で旅しているだけあり度胸があるようだ。


「いつまでついてくるんですか」

「ん? ついて行っちゃだめ?」

「……もしかして迷子ですか」

 森と山は迷子と自殺志願者の溜まり場である。

「うーん、そうともいえるね。実は人を探しているんだよ。剣の達人なんだけど知らないかな」

「……この山に剣の達人なんていないと思いますよ。鷹匠の達人とか、猟犬を育てる達人とかならいますけど」

「君が知らないだけで、他の人が知っているかもしれないだろ。だからさ、人のいるところへ連れて行ってよ」 


 強引な人だけど、悪い人では無さそうだった。

 それにカッコいいし……だが面食いはいけない。

 本質を見なければ、永久に盲目のままだ。

 大切なものは目には見えないのだから。


 革の腰袋に山菜がいっぱいになったので、アヴィスに跨った。

「出発?」

「私のおとうさんでいいなら紹介するけど」

「頼むよ。何の手がかりも無くて困っていたんだ」


「ここの森は広葉樹なんだね。光が地面まで降りそそいでいる」

 アスランの足は早かった。剣の達人を訪ねるだけあり、本人もかなり鍛えているようだ。アヴィスが本気をだしていないとはいえ、走るアヴィスについていけるのは並みの人間ではなかった。

「蒸気革命以後、原生林が切られて針葉樹が植えられていますからね。元々は、広葉樹が中心だったんですよ」

 針葉樹の森は貴族に管理されて、一般人には入れないように禁猟区となっている。少数民族であった狩猟民族は原生林のみの猟を許されていた。現在では森林伐採を制限されているので、狩猟民族も文化を保ちつつ生活することが出来ている。

「へえ、帝都近くの森は針葉樹林だったけど、全部人工的に植えられたものだったのか、知らなかったな」

 アスランは帝都近辺の出身者なのかな?

「まあ、一応狩猟民族ですから、そのくらいは知ってますよ」


 家に着くまで、アスランは走る速度を落とさず、一度も根をあげなかった。これにはアヴィスがアスランのことを気に入ってしまったようで、走りながらアスランにちょっかいを出し続けていた。

 私は村の出入り口でアヴィスから降りて、手綱をひいて家まで歩いた。基本的に村の中では騎乗はアヴィス、馬ともに厳禁だ。急には止まれない訳で、誰かを踏みつけたら危険だからね。

 埃を手でたたいて落としながら、家へ目指していると異変が待っていた。

「あれ、君のお父さん?」

 あまり見たくない光景が目の前に広がっていた。

 私のお父さんがうつ伏せで倒れていて、後頭部の上に巨大化した猫が座っていた。

※西洋では産業革命時に広葉樹が伐採されて、成長の早い針葉樹に植え替えられました。広葉樹の森があったときは光で草が成長するので放牧もできたようです。この物語では産業革命の代わりに蒸気革命が起きています。これは魔王が行ったものであり、七選帝侯とはあまり関係がありません。

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