姫、裸を見られる。
蒸せるような草いきれが充満している。ここは山の中にある小さな窪地で、熱がこもる地形のため残暑が力強く残っていた。
茹だるような暑さのなか、無花果の樹から熟れた実のような花がなっていた。もぎ取り、口に入れると甘い汁があふれ出した。咀嚼しながら、枝を折って、白濁した樹液を瓶に採取した。樹液が瓶からあふれ出す頃には、口の中の甘みは去っていた。
無花果の樹液は乳を乾酪する大事な液体だ。乳は腐りやすく保存には適さない、乳と樹液を混ぜることでできる乾酪は保存に最適な食材で、長い冬を越すのに必要不可欠な栄養源だ。
私は樹木の様子と動物の痕跡を観察して、子守唄を口ずさみながら森を探索した。季節外れの暑さの中、植物の匂いで充満した熱気が肺に入ると、浮かれてしまうような期待でいっぱいになってしまう。
夏が再来したような、勘違いの熱気に満ちていた。
目的地にたどり着いたので、私はアヴィスから降りた。
アヴィスとは巨鳥のことで、おもに狩人によって飼いならされ山を縦横無尽に駆け回る頼れる足だ。狩人は馬を所有することを帝国から認められていない、狩人はアヴィスに乗らなくても狩りは出来るが、帝国から狩人はアヴィスを所有する義務があると通達されているため、一人一羽所有することになる。これを欠かすものは厳罰に処されるのでアヴィスは大事に育てられる。特に冬の間は餌が足りないので、アヴィスを肉にすることが多く、役人に見られて処罰される人も多い。
私は茨の文様を彫った革の腰帯に結わえていた麻袋から、腐った肉を取り出して、手近にあった平らな岩に転がした。腰帯に括り付けている鞘から短刀を抜き出して刀身を確認した。胡坐をかいて、短刀を砥石で丹念にといでから、柔らかな腐肉を半分に切り分けて、片方を岩の上に置いて、もう片方は麻袋に入れた。
この岩は腐肉置き場だ。
冬に入る前に一定の場所に腐肉を置くことで警戒心を解き、冬に入って猟が芳しくない時に、その場所に腐肉を置くことで獣を呼び寄せることが出来る。今日の昼食時にたまたま肉が腐っているのを見つけたので、暇があったので捨てに来たのだ。
巨鳥のアヴィスに再び跨り、少し離れた場所に移動して岩場に腐肉を置いた。虫が集り始めるまで間もなくだったが、その生への営みは醜かった。空から見たら人の営みも蟻のように醜いのだろうけど。
耳を澄まして水の音を探したが近くからは聞こえなかった。仕方ないので、小川の場所が分かるところまで移動してから、余計な脂がついた短刀を灰を使って丹念に洗った。
「アヴィスも水を飲む?」
「くえっ」
私のアヴィスは返事をしてくれる。アヴィスは大きな嘴を川面につけて、音を立てて飲んだ。ごくごくと喉越しさわやかな音が鳴る。
こんな山奥に人は滅多に来るはずも無いけど辺りを見渡した。誰もいない。私は服を脱いで、小川に体を沈めた。浅いので腰までしか浸からなかったが、汗を流すのには十分だった。久しぶりの熱気に肌は汗ばみ、火照っている。指で丹念に体を洗った。冷えて、清々しく、場違いなくらい気持ちが良かった。仰向けになり水面に浮かびながら空を見上げると、まん丸の雲が流されながらいろんな種類の形に変化した。まるで麺麭の形を決めかねているような、迷いのある変容で面白かった。
私は十五歳になるが、女らしいところが発達していなかった。村の人たちは十五歳になれば親が決めた相手と結婚して、早い子だと子供だって生まれている。自由恋愛だって結婚する前は皆している。なのに、私は誰からも相手にされない。たぶん、この小さな胸と、骨ばった体のせいだ。毎日、山へ狩りへ行くのでご飯を十分に食べてもその分消費してしまう。同年代に比べて筋肉はついているけど、力持ちの女の子はもてるわけがなかった。
しばらく体を流水に預けていると、重大なことに気付いた。
「あれ? 首飾りが」
私の首飾りがなくなっていた。
「アヴィス、首飾りが無い!」
アヴィスは座っていたが、私の言葉に反応して、辺りを歩き始めた。
「くえっ」
アヴィスが嘴を川面に突きたてた。
「川底?」
「くえっ」
私は潜って、手探りで川底を探った。
三回目でようやく、透き通った晴天の色をした首飾りを見つけた。
「よかった! とうさんの形見が」
私の本当のとうさんはずっと昔に流行り病で死んでしまった。
いまは義父が私の父代わりだ。昔はかなりもてていたようで、今でも村の未亡人や奥様方、はては流浪の錬金術師からも色目を使われており、義理の娘としては複雑な心境である。
「ほう、美しい首飾りだな」
私の目は点になっていただろう。
私は真っ裸。
声の主は、明るい笑顔をした見知らぬ青年だった。黄金色の髪が川風になびき、深い緑色の瞳が宝石のように輝いている。肌は乳のように白く、陶器のような繊細さを感じる。一目見て底抜けな明るさが感じられた。
「きゃあー! なんでいつの間に!」
私は体を隠すようにうずくまった。
「声がしたから来てみただけ、首飾り見つかって良かったね」
青年は悪気無さそうに言った。
「ちょっとあっち見ててもらっていいですか?」
「駄目といったら」
青年は意地悪そうな顔をした。純粋に意地悪を楽しんでいる顔だ。
「アヴィス!」
アヴィスは主人の危機に奮起して、青年に飛んで体当たりした。
※腐肉置きは実際中世で行われていた狼を狩る猟の方法の一つです。実際は狼はとても頭がいい動物なので、アヴィスのような巨鳥の足跡があれば警戒して食べに来ないかもしれません。ただ自然動物は人間が住んでいる街に来ることもあるので、他の動物の痕跡にたいしてそれほど警戒しないかもしれませんね。つまり、分からん。




