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30歳童貞フリーターです

 煌びやかなイルミネーションで彩られた街中を、幸せそうなカップル達が通り過ぎる。

 夕方から降り始めた雪は薄らと降り積もり、すでに辺りを雪景色に変えていた。


 俺は幼い子供を連れた夫婦に最後のクリスマスケーキを売った後、なるべく雪が積もっていないところに腰を下ろした。

 分厚い布地で作られたサンタクロースの服を着ているとはいえ、12月の夜は冷える。

 地球温暖化が進んでいるのが嘘みたいだった。


 口元を手で包み込んで痺れた指先に熱い息を吹きかける。

 来年で30歳の誕生日を迎える俺にとって、夜間の店頭販売のバイトは正直しんどかった。


 「お疲れ様。 キミのおかげでノルマを達成することができたよ」

 野崎さんが温かい缶コーヒーを手渡してきた。

 どうやら一日の働きに対する労いのようだ。

 彼女の頬は寒さでわずかに紅潮していた。


 「あ、すみません」

 缶コーヒーを受け取り、プルタブを開け、口をつける。

 舌先を火傷しそうなほど熱々な黒い液体が喉元を通り過ぎ、体の隅々を温めていく。


 「明日は大雪になりそうだねえ」

 野崎さんは俺の隣に並んで座ると、空を見上げた。

 

 ぱっちりした睫毛に雪片がかかっている彼女の容貌は、とてもアラサーとは思えないほど若々しくて可愛らしい。

 きめ細やかな肌に皺やたるみはひとつもなく、女子高生だと言われても頷いてしまうくらいだ。

 おまけに服の上からでも膨らみが分かるほど胸が大きい。

 

 近くで野崎さんのナイスボディを見ると、局部が熱くなってくる。

 童貞の俺が彼女をオカズにしているなんて、絶対に本人には言えない。

 

 俺は湧き上がってくる劣情を必死に押し殺し、返答をした。

 「先輩も大変ですね、本部の出世組なのにこんな現場の仕事をさせられて」

 「元出世組だよ。今はしがないコンビニの店長だ」

 

 元々、野崎さんは全国展開するコンビニチェーン「イレブンイレブン」の本社で

バリバリのエリートとして働いていたらしい。

 だがそこで何か大きなミスをやらかしたようで、今は左遷されて地方都市の店舗で店長をしている。

 もっとも、飄々としている彼女は毎日ニコニコと業務をこなしているのだが。


 「崎島くんこそT大で工学の博士号を取得しているじゃないか。立派な学歴だよ」

 「過去の話ですよ。そんな肩書き、今の俺には紙屑です」


 一応、俺は日本トップクラスの大学を卒業している。

 しかし、数年前に世界中を巻き込んだ大不況の煽りを受けて就職口が激減したのが運命の分かれ目。

 大学卒業後の就職口が見つからなかった俺は、

なんとか野崎さんが店長をしているコンビニに職を得て、今に至るまでバイト店員として働いている。


 「あはは。まあ、生きてればいいこともあるさ。今夜はクリスマスだ。サンタクロースが来るかもよ?」

 くぅ、彼女の笑顔が心に沁みる。いかん、涙が出てきた。

 

 サンタ服の袖で涙を拭い、とっさに平静を装った。

 男としてカッコ悪いところを野崎さんに見せるわけにはいかない。

 

 「そろそろ雪も本降りになってきましたし、片付けましょう」

 俺達は販売に使った資材を店舗内に片付けると、夜勤の店員に引き継ぎを行った。

 

 全ての業務が終わり店舗を出たのが夜の12時過ぎ。

 野崎さんと別れ、帰路につく。

 雪に照らされた夜道を歩いている人は誰もいない。

 しんしんと雪が降り積もる音が聞こえるほど静かだった。


 「サンタクロース、か」

 そんなものの存在を信じたのは小学生までだったな。

 夜中に目が覚めて枕元のプレゼントを見つけてしまったこともあった。

 その後、サンタクロースを探そうと寝間着のまま外へ出て風邪を引いたっけ。

 もっとも中学生になった頃には、クリスマスのプレゼントは両親が置いていたものだと知ってがっかりしたわけだけど。

 

 そういえば、何年も実家には帰っていない。

 親父とお袋は俺のことを心配しているだろうな。

 もう30歳だというのに浮いた話のひとつもない俺は親不孝者には違いない。

 

 築10年のアパート「すみれ荘」にある1Kの自室に帰りつく。

 「ただいま」

 一人暮らしなので誰もいないと分かっていても、実家に居た時の挨拶の習慣は抜けない。

 当然返事はなく、部屋はシーンと静まり返っている。

 

 なんだか、どっと疲れが出てきた。

 「飯喰って寝よう。明日も仕事があるんだ」

 湯を沸かし、安売りキャンペーンで買い込んでおいたカップラーメンから好みの味を選び、お湯を注いで3分待つ。

 かきこむようにして食べ終えてさっとシャワーを浴びた後、寝間着のスウェットに着替える。

 

 「そう言えば今日の野崎さん、可愛かったな。 ……。」

 我慢できずに野崎さんをオカズにして一発抜いた。

 やや自己嫌悪に陥った後、俺は布団で死んだように眠った。






 ドォン、と響くような音が外から聞こえた。

 間髪を入れず、安普請のアパートがわずかに揺れる。

 

 「何だよ……こんな夜中に」

  目をこすりながら枕元の時計を確認すると、午前2時。

 

 こんな時間に交通事故? それとも、地震か?

 コートを羽織って靴を履き、玄関から屋外に出た。

 

 俺のアパートは市街地のはずれに位置しているため、周囲は畑や田んぼばかりだ。

 人はもとより車すら通ってはいなかった。


 音の発生源を突き止めるために、しばし辺りを見回す。

 数十m先の休耕田から白い煙が上がっているのが見えた。

 何かが焦げるような臭いも漂ってくる。

 

 俺は雪に足を取られないように慎重に煙がなびいてくる方向に歩いて行った。

 

 どうやら、すり鉢状に穴が開いた地面の中心部から煙は発生しているようだった。

 さらに、穴の中心部には奇妙な機械がひしゃげて転がっていた。


 元は箱のような形をしていたのだろうか、薄茶色の金属でできたその機械の側面は大きくへこんでいた。

 機械の後方にはロケットの噴射口のような配管が取り付けられており、それが動力部と思われるユニットと繋がっている。

 配管が一部裂けており、そこから例の白い煙が上がっていた。


 さっきの音はこれが墜落した音なのか。

 何かの乗り物のようだ。

 大学時代、工学を専攻していた俺ですらこんな駆動装置がついた乗り物はみたことない。

 

 目を凝らすと乗り物にはハッチがついているのが確認できた。

 

 慎重に穴を下り、謎の乗り物に近づいていく。

 もし映画の世界なら謎の乗り物はUFOで第一発見者である俺はUFOから出てきたエイリアンに喰われるところだよな、と

無駄な空想を展開しているうちに、乗り物の近くにたどり着いた。


 耳を澄ますと、中からかすかに呻き声が聞こえた。

 「まさか本当にエイリアン……」

 

 おそるおそるハッチの取っ手に手をかけたその瞬間。

 急にハッチが開き、俺の顎にクリーンヒットした。


 頭の中で白い星が飛んだ。

 体が仰向けに倒れていくのが分かる。 

 

 まるで映画のコマを引き延ばしたように時間がゆっくりと感じられた。

 ああ、これが死ぬ直前に見る走馬灯ってやつか。

 どうせなら童貞喪失してからあの世に逝きたかったな。


 背中が地面に叩きつけられた衝撃を感じた後、目の前が暗くなっていった。

 意識が途切れる直前、サンタのように赤い服を着た女が俺を覗き込んでいるのが目に入った。  


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