三階西連絡通路1
信じられるか、信じられないか。
まずはそれが問題だった。
高校校舎二年五組の教室で授業を受けている間にも姿を見せた〈サクラ〉に言葉も出なかった。
クラスメイトや他の人には見えていないのだから、自分にだけ見えている、かと思えば放課後になって教室にやって来た〈姫〉が一瞬だけ〈サクラ〉に視線をやったのだから、もう面倒なことこの上ない。
可愛らしい満面の笑みを浮かべた〈姫〉が教室にやって来て周囲の視線が痛い。
近くの入り口に近いクラスメイトに自分の場所を聞いてこちらにやって来た『いつもとは別人』の〈姫〉は〈サクラ〉の隣に立った。
「なにか用かな?」
「ううん、別に用なんてないよ。これから迎えに来こうと思って」
「…そうなん、だ」
話し口調まで明るく本当に〈姫〉か怪しくなってきた。
「中身が入れ替わったりもするのか?それとも昼間に何か食べたか?アレルギーでそうなるとか特殊な体質だったら病院に行ったほうがいい」
〈俺〉が早口でまくしたてると〈姫〉は困ったように微笑む。
「その〈俺〉が可愛そうな病気にかかってるような目をしないでくれ」
哀れみに満ちた目だ。
「こっちに」
〈俺〉は手を引かれて教室から外に出て、ぐいぐいと引っ張られる。頭二つ以上小さい少女に引っ張られる自分も情けないが、高校校舎と中学校舎をつなぐ三階渡り廊下に到着するとようやく〈姫〉は手を離してくれた。
「エスコートしていただいてありがとう、だけどここは…」
ここは生徒どころか教師ですら使わない通りだ。高校中学連絡通路は各階の東と西に二つずつあるのだが、部活やサークル活動に在籍していて、互いの校舎に用がある生徒以外は使わないので基本的に人通りは少ない。
が、ここ、三階西連絡通路はめったに人が使わない。
高校校舎側から中学校舎側を眺めて〈俺〉は隣に立つ〈姫〉を見下ろしていた。
「ここは『風切りの橋』って呼ばれているの」
「噂は聞いたことがある」
ここを通ると誰かに背中を押されるとか、誰かに話しかけられるとかそういう話だ。
「通って」
〈姫〉に言われて〈俺〉はもう一度、連絡通路を観察するもおかしなところは見つからない。中等部は高等部よりも十分早く一日の工程が終わるために人の姿も見えないほど閑散としている。
「行くの?」
「どうぞ」
〈姫〉に言われて〈俺〉は一歩目を踏み出した。