美少年02
〈元大公〉が勢い良く立ち上がって〈俺〉に掴み掛かった。
右腕を外側にひねってその場で身体を回転させ、腹ばいにして地面に伏せさせて〈俺〉はこの奇行を沈静化させ、首筋に肘を打ち込んで完全に沈黙させる。
秘匿学科で習った護身術がこんな場面で役に立つとは思わなかったが、とりあえず〈姫〉を追って外に出る。
「さすが〈騎士〉ね」
「あんまりうれしくないね」
〈俺〉は〈元大公〉があそこまで精神的に追い詰められているとは思わなかったが、このままだと〈姫〉にいつ襲い掛かってくるか分からないな、と気を引き締めなおす。
〈姫〉と〈俺〉が再び大講堂に入り、そのままステージの上に上がる。
「トリックでもなんでもないわね、あれは」
〈姫〉は確信めいた声で周囲をゆっくりと見回した。
「ここはステージ。ここだけは世界が変わる」
「ここだけは作られた世界だからな。役者はその世界の住人になって演じる。つまりここだけ、世界が変わる、なるほどね」
〈俺〉は〈姫〉の言いたいことがなんとなく分かった。
「この限定された空間だけが、リアルに置き換わる瞬間、事象が発生するならあのビデオは外にあったはずだ。映像が…」
改変されるには何か必要だったはずだ。
「〈プロスペロー〉の首が落ちたときは…」
〈俺〉が考えていると〈姫〉が俺の左隣に立ち、二人でステージから客席を見回す形になる。
すっと差し出された白い右手。
「触れて」
〈俺〉が〈姫〉の手に触れた瞬間、観客に違和感を感じてそちらを見ると、どこにでもいるような二十歳くらいの女性が観客席に座っていた。
「最後に〈プロスペロー〉は観客に語りかける、つまりそのとき、リアルはステージだけじゃなくて観客席までに及ぶのか」
「たぶんね。でも彼女は何もしていないし、何も出来ない」
「なぜ?」
確信している〈姫〉に〈俺〉は彼女に何を感じているのか尋ねたつもりだった。
「だって〈アリエル〉は〈プロスペロー〉の命令がなければ『魔法』は使えないでしょ?」
「そうなの?」
「知らないけど」
どうやら適当だったらしい。
ステージの袖から物音がしてそっちを見ると〈元大公〉がステージに上がって〈俺〉の肩を掴んだ。
「俺は死にたくないんだ!」
このチキンやろうは面倒かもしれない、と〈俺〉が呆れていると、〈姫〉は〈俺〉と重なった手を見下ろしていた。
「少し、まずいわね」
〈姫〉が小さい声で呟いた。